第四章 姉弟の逆襲! これがカレー力だ-2
ガラムの秘書と名乗る女性から、『カレーのやすなが』に電話がかかってきたのは、翌日の午前中のことだった。
「文化会館だって?」
まだ、頼香たちの襲撃を受けたときの爪痕が残る店内。
厨房に備え付けてある固定電話の受話器に向かって、真咲良は素っ頓狂な声を上げた。
カウンター席の片付けをしていた新輝は、それを耳にして、肩をびくつかせた。
「何かあったの? 姉ちゃん」
彼はカウンター席越しに真咲良に顔を近づけ、話の内容を聞こうとしたが、彼女は手でそれを制止した。
そして、「はい、はい」と何度か相づちを打ったあと、受話器を乱雑にガシャンと置いた。
「……新輝。勝負の日程、決まったよ。今度の土曜日だ」
しばらくの沈黙のあと、真咲良は静かに言った。
「土曜日っていう、明後日か。急な予定だけど、蕃じいちゃん家での特訓から日が空くよりいいかもね」
新輝は、それほど驚く様子を見せず、ポジティブに状況を認識した。
「そうね」
そんな彼に対して、真咲良の様子は依然変わらなかった。
「それで、会場はどこなの? 『ジャンキーカリー』の厨房とか?」
新輝の問いに、真咲良は首を横に振った。
「えっ? じゃあどこ?」
「聞いて驚くなよ……あの文化会館の、大ホールだ」
「!」
真咲良の回答に、新輝は頭をぶたれたような衝撃を受けた。
文化会館。正式名称をT市文化会館というそれは、『カレーのやすなが』のある大通りの商店街をさらに北に行った、交差点の角にあるホールである。
地元の地方銀行が作った施設であり、その規模の大きさから、中学高校の文化部の県大会や、コンサートなどの公演で使用されることが多い。
そんな施設の大ホールを借りきって、真咲良たち『カレーのやすなが』と、『ジャンキーカリー』のカレー対決が行われるというのである。
「文化会館をすぐに借りきっちゃうなんて、さすが世界的大企業だ……」
驚きのあまり、新輝は思わず感心してしまっていた。
「そんなのんきなこと言ってる場合? それだけ相手は本気だってことじゃない」
真咲良は真面目な顔をして、新輝を注意した。
「それはわかってるよ。でも、こんな会場を使ってやるなんて……僕らは、見世物じゃないかんだからさ」
新輝はため息をついた。
「ジャンキーカリーにとっては、見世物かもね。田舎の個人経営のカレー店の、しかも店主じゃなくてその子どもが、世界規模のチェーン店に挑もうって言うんだからさ」
真咲良の自嘲気味な言葉に、新輝の表情は曇った。
「姉ちゃん……」
「心配しないで、新輝。ウチらは、やれることをやるだけよ。蕃じいちゃん家で身につけたカレー力で、必ず勝つ!」
真咲良は、拳を高々と突き上げた。
* * *
その日の夜から、テレビCMやインターネット広告などで、真咲良たちと頼香のカレー対決のことが大々的に宣伝されるようになった。
急遽決まったものとはいえ、それら広告によれば、会場の席は地元民向けに無料開放されるほか、インターネット中継による動画配信がされるとのことだった。
「どうして社長は、あの姉弟にこだわるんだろうか」
夜遅くの、『ジャンキーカリー』T市支店店長室。
本社からの会場決定メールに添付されていたCM動画を、タブレットPCで見ながら、頼香はぼんやりと考えていた。
そのとき、扉をノックする音が聞こえた。
入ってきたのは、店員の一人である、サングラスに黒スーツ姿の男性だった。
「支店長。カレー対決用のレトルトパウチ一式が、本社工場より届きました」
頼香は、タブレットPCから顔を上げて、「ありがとう、また見とくわ」と言って、再びその画面に視線を戻した。
会話はそこで終わったが、男性はなかなかその場を立ち去ろうとはしなかった。
「どうしたの? いつまで、そこに突っ立ってるつもり?」
動画を見終えた頼香は、一度タブレットPCを閉じて、男性に問いかけた。
「我々は、あのカレー屋の姉弟に勝てるんでしょうか?」
男性のその一言に、頼香は眉をひくつかせた。
「何を弱気になってるんです! 我が社のカレーは、研究部門が、人間の味覚について総力を結集して研究した結果、出来ているものなんですよ?」
「それは、承知しております。ですが……」
男性の弱気な態度が、頼香をさらにムキにさせた。
「研究部門の結果に基づいて開発しているのですから、我が社の勝利は、科学的に決定づけられているも同然です! もっと自信を持ちなさい」
立ち上がって早口で言う頼香の剣幕に、男性はのけぞった。
サングラスで見えないが、その瞳は恐怖の不安で濁っているように感じられた。
「申し訳ございませんでした! 支店長の言うとおりです。失礼します」
男性は頭を下げ、店長室から出ていった。
(そうよ……心配することはないわ。科学的に我が社のカレーが正しいし、勝利が約束されているのよ)
落ち着きを取り戻した頼香は、心中で自分にそう言い聞かせながら、机についた。
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