第四章 姉弟の逆襲! これがカレー力だ-1
真咲良たちが蕃の家を出た、翌日。
『カレーのやすなが』の真向かいに開業した、『ジャンキーカリー』T市支店は、今日も店外に長い行列ができていた。
広々とした店内1階は、ファミリーレストランに似たつくりであり、家族連れ向けのボックス席から,
少人数向けのカウンター席まで、そのほぼ全てが埋まっていた。
そんな、人々の談笑が響きわたる一階とは対照的に、事務所や厨房のある2階は、とても静かだった。
その、事務所内の店長室では、頼香が、タブレットPCでテレビ会議をしていた。
室内のつくりは簡素だが、彼女が付いているデスクをなど、各種備品は手入れが行き届いており、清潔感があった。
「ええ、順調です。この地区のカレー店は、ほぼ撤退しました。今や私どもの店が、トップシェアを獲得しております……」
タブレットPCに向かい、頼香は淡々と、店舗の業績や営業戦略を報告していた。
そのときである。
「店長、店長! 大変です!」
店長室の扉越しに、男性の声と、激しくノックする音が聞こえた。
「今は、本社への報告会の最中なの。あとにして」
頼香は、扉を一瞥して言い放ち、再びタブレットPCに向かった。
「それどころじゃありません!」
しかし、扉越しからは、男性の悲鳴が聞こえ、ノック音はさらに大きくなっていった。
「あとにしてと言ってるでしょう! もし来客なら、しばらく応接室でお待ちいただきなさい!」
テレビ会議を再び邪魔された頼香は、怒りのあまり立ち上がって、声を荒げた。
すると、扉越しからは、「申し訳ございません」という声が聞こえたあと、やがて静かになった。
「ようやくね。まったく、何をやってるんだか……」
頼香がひと息ついて、席に着こうとしたとき、勢いよく店長室の扉が開いた。
「!」
頼香は、驚いて椅子から転げ落ちそうになったが、机をつかんで身体を支えた。
そして、態勢を立て直して扉を見ると、そこに立っていたのは――。
「あなたたちは……!」
店長室の入口では、真咲良と新輝が横並びに立っており、その両脇には、二人に押しのけられたらしい、黒スーツの男性店員たちが倒れていた。
「帰ってきましたよ、僕たち」
口を真一文字に結んで、新輝は頼香をにらんだ。
「誰かと思えば、『カレーのやすなが』のご姉弟さんたちじゃないですか。しばらく姿が見えませんでしたが、今日はどんなご用件ですか?」
頼香は、平静を装っていたが、そのうわずった声などから、動揺しているのは明らかだった。
「頼香さん。あんたこの前、こう言ってたよね? 『ウチのカレーを超えるカレーを作れたら、店をたたんでもいいですよ』って」
真咲良の言葉に、頼香はハッとした。
約1週間前、『カレーのやすなが』で二人に対面した際、確かにそう言い放った。
この口上は、彼女がほかのカレー店に乗り込んだ際も、必ず言っているものであった。
これに対して、今までのカレー店は、店主が再起不能寸前になったこともあり、店をたたむところがほとんどだった。
『カレーのやすなが』も、今までのカレー店と同じだろう。
頼香はあのとき、そう考えており、真咲良と新輝のことは、ほとんど気にも留めていなかったのだ。
だが、その二人が今、目の前にいる。
初めての経験に、頼香は計り知れないほどの衝撃を受け、動揺しきっていた。
「……ええ。言ったことはもちろん覚えてますよ。ですが、あなたたちに、我が社を超えるカレーが作れるのですか?」
精いっぱい虚勢を張る彼女に、真咲良と新輝は、まったくひるまなかった。
「言われた通り、僕らは戻って来たんです」
「この店を超えるカレーを作って、ウチらの店を立て直すためにね!」
二人は店長室に入り、じりじりと頼香に詰め寄っていった。
「以前もお伝えしたでしょう? 我が社のカレーに、一介の個人経営のカレー店が勝つことなど不可能です。勝負は、やらなくても目に見えてますよ」」
「そうやって逃げるの?」
「いいえ。事実をお伝えしたまでです」
「やってみなきゃ、わからないじゃないですか!」
頼香が、二人の言葉をなんとかかわしていると、タブレットPCから男性の声が聞こえた。
「ミス頼香。いったん落ち着きなさい」
声の主の日本語は、少し片言交じりの、特徴的なものだった。
そして、それを耳にした頼香は、表情を硬いものに一変させ、机に手をつき、立ったままタブレットPCに向かった。
「社長! 申し訳ございません。報告会をかき乱してしまって……」
「ノープロブレムです。それよりも、今部屋にトゥーレイドしてきているという、ハイスピリティッドな二人の顔を、ぜひ見せてくれないか?」
「しかし……」
頼香の様子がおかしいのを目の当たりにして、真咲良と新輝は、その場で立ち止まり、様子をうかがっていた。
「新輝。話の相手は、誰だろ?」
「社長って言ってたし、まさか……」
二人がひそひそ会話していると、頼香がタブレットPCに向かって「承知しました」と言い、それを180度回転させて、画面を二人に向けた。
「あっ、こいつ!」
真咲良が指さした先のタブレットPC画面に映っていたのは、ジャンキーカリーの社長である、ガラム・ミハギノ本人だった。
彼は、社長室と思しき部屋で、デスクについていた。
画面越しに見える調度品は、どれも重厚感があり、背後のガラス張りの窓からは、東京都心のビル街が見えた。
テレビCМと同じく、外側に向かってカールした髪型に、ぎょろっとした大きな目が特徴的な顔をしており、その下は高級スーツで身を包んでいた。
「いきなりこいつ呼ばわりとは、ラフな言葉遣いのレディですね」
ガラムは、余裕の笑みを浮かべていた。
本人の癖なのか、あるいは意図的なものなのか、その小馬鹿にしたような笑みは、英語交じりの口調も相まって、真咲良をいら立たせた。
「CМと同じくらい、いやそれ以上に、実物はいけ好かない男だね!」
「姉ちゃん、初対面なんだから、抑えて抑えて……」
新輝は、真咲良の興奮を抑えようとしたものの、彼女は逆にどんどんヒートアップしていった。
「こいつも、父さんの仇みたいなもんなんだよ? 新輝はよく落ち着いてられるな」
「いや、言いたいことはわかるけどさ……」
真咲良と新輝のやり取りを見て、ガラムはまたも高笑いをした。
「アクティブなご姉弟さんだ。ミス頼香から話は聞いていたけど、実際はそれ以上だね」
「このっ……!」
真咲良は、タブレットPCにつかみかかろうとした。
がしかし、新輝が彼女の肩をつかみ、なんとか抑え込んだ。
「さて、君たち姉弟のオファーだが……実に面白い。ぜひそのチャレンジ、受けて立とうじゃないか」
ガラムの返事は、頼香の予想していなかったものだった。
「社長! お言葉ですが、いくら我が社のカレーが日本一、いや世界一とはいえ、こんな一介の個人経営のカレー店と直接勝負するだなんて、時間の無駄では……」
頼香の反論を聞いた瞬間、それまで笑顔だったガラムの顔が、一転して険しいものに変わった。
「ミス頼香。君の言う通り、我が社のカレーがナンバーワンと考えているならば、たまにはこうしたイベントもいいじゃないか。何を怖がっているのかな?」
彼の言葉を受けて、頼香は青ざめ、背筋を伸ばし姿勢を正した。
そして、上半身をほぼ直角に曲げて「申し訳ございませんでした!」と謝罪した。
「姉ちゃん、すげぇや。布勢さんがあんな感じになるなんて」
「さすが、世界的カレーチェーン店の社長をやってるだけのことはあるな」
新輝と真咲良は、再びひそひそ話をしていた。
やがて頼香は顔を上げ、それと同時に、ガラムは二人に視線を戻した。
「さて、『カレーのやすなが』の姉弟さんたち。改めて訊くが、我が社のカレーと勝負する気はあるかね?」
「もちろん!」
「僕も、姉と同じです」
ガラムの挑発的な言葉に、真咲良と新輝は堂々と返した。
絶対に屈しないという強い意志が、ひしひしと感じ取れた。
「ワンダフル! 勝負の会場や日程、必要な人員は、全てこちらで用意しよう。君たちは、我が社からのコンタクトを待っていてくれ」
二人は、ガラムの提案に耳を疑った。
あまりにも自分たちにとって、待遇が良すぎる。
「その提案、嘘じゃないよね?」
「ああ約束しよう。こういうのを日本では、『武士に二言はない』って言うんだろう?」
真咲良の追及に対しても、ガラムは涼しい顔をしたままだった。
(この男、本気だ……でも、なんで?)
真咲良はこのとき、ガラムの提案に疑問を持ったと同時に、タブレットPCの画面越しに、言葉では形容しがたいオーラを感じた。
今までは、お調子者の日系人という感じだったが、それだけではない、何か別のプレッシャーを感じた。
「姉ちゃん、姉ちゃん! そんなにずっとにらまなくても」
新輝から肩をゆすられた彼女は、我に返った。
いつの間にか、ガラムをにらみつけていたようだった。
「……わかった、わかったよ。あんたらの連絡、待ってるから。新輝、今日のところは引き上げよう」
真咲良は、半ば投げやりになって、新輝を店長室から連れ出そうとした。
「姉ちゃん? 急にどうして――うん。わかったよ」
新輝は真咲良の心変わりに戸惑ったが、彼女があまりにも自分の手を引っ張るため、きょろきょろしながら、店長室をあとにした。
やがて二人がいなくなり、室内は元の静けさを取り戻した。
「社長、いったいどういうおつもりなんですか? 今までは、ああした提案があっても、相手にせず断れと……」
ガラムの意向に納得できない頼香は、机についてタブレットPCを元に戻し、苦言を呈した。
「さっき言ったとおりさ。チェンジ・オブ・マインドというやつだよ。たまには、こうしたイベントも面白いじゃないか」
「ですが……」
「それに、私は嬉しくもあるんだよ。あの姉弟が――『カレーのやすなが』が、心折れずに立ち向かってきていることがね」
「はあ……」
頼香は、ガラムの本心がますますわからなくなっていった。
しかし、彼が真咲良たちの話を再度した瞬間、背筋がゾクッとするような目付きをしたのに気づき、それ以上詮索するのをやめた。
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