第三章 模索の連続! カレー力って何なんだ-2
真咲良と新輝のカレーが完成したのは、スパイスのふりかけ方のやり取りをしてから、約50分後のことだった。
彼女たちは、先ほどのやり取りのあと、ほとんど会話することなく、カレーを作っていた。
窓から見える外の様子は、日が暮れかかっており、弱々しい日光が、窓から差し込んでいた。
真咲良は、寸胴鍋からおたまでカレールウをすくい、新輝の持っていたご飯の盛られた皿にかけた。
そして新輝は、できあがったそれをテーブルの上に載せた。
「出来たね」
「うん。姉ちゃん」
真咲良と新輝は、ぼそっと言いあって、できあがったカレーを見つけた。
カレールウは、真咲良が先ほど作ったカレーほどではないものの、少し黄色がかっており、中の鶏肉や野菜には、目を凝らさずともはっきり見えるほど、スパイスがこびりついていた。
先ほどのやり取りのあと、鶏肉の味付けは真咲良が、カレールウ作りは新輝がそれぞれメインで作っていた。
それぞれの作業を二人がお互いから取り上げ、単独で行い、最後にそれらを組み合わせた結果だった。
「なんか、それぞれで作ったときよりも、見た目が悪いな」
真咲良は、腕を組みながらうなった。
「カレールウの味は、大丈夫だと思うよ。鶏肉の味は、どうなってるかわかんないけど」
新輝は、両手を腰に当てながら、カレーを見つめ続けていた。
「そんな、イヤミっぽく言わなくてもいいじゃんかよ」
「イヤミじゃなくて、事実だよ」
二人はムッとして、お互いの顔を見合わせたが、すぐに表情をゆるめた。
「まあ、ここでケンカしても仕方ない。早いとこ、蕃じいちゃんに持ってって、味見してもらおう」
真咲良は、壁際の戸棚からお盆を取り出して、カレーを載せた。
新輝は、何も言わずに頷いた。
* * *
昼間と同じように、居間では、蕃が目を閉じて正座していた。
目の前のテーブルには、スプーンが置かれていた。
やがて、障子の外から足音が聞こえてきたため、その目をカッと見開いた。
「蕃じいちゃん、チキンカレーができたよ」
障子を開けて、カレーを載せたお盆を持った真咲良が入ってきた。
「……」
彼女の後ろには、新輝が無言でついてきていた。
二人とも、むすっとした顔をしていた。
「……そうか。では味を確かめよう」
真咲良がテーブルにチキンカレーを置いたと同時に、蕃はスプーンを握った。
そして、息を吸い込んだあと、カレーを一口食べた。
「新輝と一緒にカレーを作ったのは、本当に久しぶりなんだ。味、どうかな?」
真咲良は、元気があるように装って、蕃に訊いた
不安な本心を隠しきれていないせいか、その声は少しうわずっていた。
「……」
蕃は、真咲良の問いかけに何も答えず、無言で目を閉じたまま、カレーを咀嚼し続けていた。
やがて、蕃ののどから、カレーを飲み込む音が聞こえた。
彼が、カレーを一口食べてから飲み込むまでの間は、わずか一、二分程度だった。
しかし、真咲良と新輝にとっては、何十分もかかっているように感じられた。
「これは、いかんな」
ゆっくり目を開けた蕃の表情は、非常に険しかった。
「やっぱり……」
新輝は小声でつぶやいたが、蕃の耳にはそれが届いていた。
「二人とも、わしが言ったことを実践してないな?」
蕃は、鋭い目つきで新輝を、続いて真咲良を見た。
「いや。言われた通り、二人で作ったよ。いろいろぶつかることはあったけど」
「言い訳はいらん!」
真咲良の言い分を聞いて、蕃は激昂した。
その剣幕の前に、二人とも思わず、肩をびくつかせた。
「わしは、二人で力を合わせてカレーを作れと言ったはずだ。それは、ただ技術だけを組み合わせればいいというものではない!」
蕃は二人に、スプーンを順々に突き付けながら、言い放った。
「姉ちゃん、だから言ったじゃないか。やっぱり僕の作り方に合わせた方が……」
新輝はうつむきながら、肘で真咲良の腕を小突いて、小声で言った。
しかし、彼のその態度が、さらに蕃を怒らせた。
「新輝! それは違うぞ」
「!」
うつむいていた新輝は、顔を上げ、それに気づいた真咲良も、続いて顔を上げた。
「二人は姉弟とはいえ、別々の人間だ。性格の違い、考え方の違い、そして思いの違いがあるのは当たり前だ。だからこそ、技術を合わせるだけでは、いいカレーは作れないし、カレー力を身に着けることはできん!」
「……」
真咲良と新輝は、蕃の話を集中して聞いていた。
二人にとって耳の痛い話だったが、『カレー力』という言葉が出てきたことで、蕃が重要なヒントをくれるのではないかと期待していた。
「わしに持ってくる前に、二人は出来上がったカレーを見て、何か気づかなかったか?」
「まあ、見た目が悪いっていうか……」
「正直、味も自信なかったよ」
蕃の問いかけに、真咲良と新輝は口々に答えた。
「そうだろう、そうだろう。カレールウの中で、スパイスと食材が不協和音を起こしている。旋律が崩れていれば、カレーという音楽は成り立たん」
「カレーは、音楽……」
蕃の奇妙なたとえを、真咲良は反芻した。
「そうだ。カレーという音楽を作るにあたって、どうすれば調和がとれるのか、二人でじっくり考えるんだ」
「調和……調和か」
新輝は、後頭部を掻きむしりながら、合点がいかない様子だった。
「繰り返し言うが、二人が本当に力を合わせない限り、カレー力は高まらん。このままでは、『ジャンキーカリー』を倒すことなどできないぞ!」
そう言い終えると、蕃は素早く立ち上がった。
そして、二人の肩に手をかけ障子の方へ向かせて、そのまま背中を押し、居間の外へと押し出してしまった。
「ちょっ、蕃じいちゃん!」
新輝が居間に戻ろうとしたのもむなしく、蕃は障子を勢いよく閉めてしまった。
真咲良と新輝は、居間から追い出された格好になった。
「新輝、やめとけ」
真咲良は、障子を開けようとした新輝の腕を、ギュッとつかんだ。
「姉ちゃん! でも……」
新輝は、不満げな顔で真咲良の方を振り返った。
だが、その真剣な面持ちを目の当たりにして、障子から手を放した。
「蕃じいちゃんの言う通りだ。ケンカしながら作ってちゃ、そりゃいいカレーはできないよな」
真咲良は、一度考えるようにうつむき、再び顔を上げた。
「さっきはごめん、新輝」
新輝は、予期せぬ真咲良の謝罪に、きょとんとしてしまった。
「めったなこと言わないでよ、姉ちゃん。らいくないよ」
空笑いしながら、真咲良から視線を外した新輝は、一拍おいて、彼女の顔を見た。
「僕も頑固なところがあったよ。ごめん」
新輝は、頭を下げた。
その後頭を上げると、にたっと笑う真咲良の顔があった。
「さあ、もう一回カレーを作ってみよう。今度は、蕃じいちゃんの言う通り、本当に二人で力を合わせてな」
「そうだね!」
真咲良と新輝は、お互いの顔を見合わせて笑顔で頷き、早歩きで離れへ向かった。
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