第二章 蕃じいちゃんとの再会! ウチらのカレーに足りないもの-4
母屋の居間では、蕃が一人で、真咲良と新輝が来るのを待っていた。
傾き始めた太陽に顔を照らされながら、目を閉じ、呼吸する音すら立てず、正座して静かに待つその姿は、まるで僧侶のようにも見えた。
しばらくすると、廊下の方から、ドタドタという足音が聞こえてきた。
「蕃じいちゃん、できたよ!」
障子をガラッと開けて、真咲良が入ってきた。
「真咲良か。で、肝心のカレーは?」
蕃は目を開け、真咲良の方を向いた。
直後、お盆を持った新輝が、遅れて早歩きでやって来た。
「姉ちゃん。カレーを持ってるのは僕なんだからさ、そんなに先に行かないでよ」
彼は、疲れとあきれが入り混じった顔をしていた。
「おお、店の看板メニューのチキンカレーを作ったんだな」
蕃は、座ったまま首を伸ばし、お盆のカレーを覗きこんだ。
「そうだよ。やっぱり、ウチらが勝負できるカレーは、これしかないと思って」
「作るのにも、一番慣れてるしね」
真咲良と新輝は、蕃の前にカレーを配膳していった。
蕃から見て、左側に真咲良のカレーが、右側に新輝のカレーがおかれた。
「ふむ。桂樹からレシピを教わったと聞いてはいたが、二人ともなかなか、個性の出たカレーになっているな」
横並びに置かれた2つのカレーを、蕃はじっくりと、なめるように見た。
「そう? ちなみに、向かって左側のカレーが……」
「言われなくても、大体わかる。わしから見て左側が真咲良の、右側が新輝のカレーだろう?」
真咲良が言う前に、蕃は、カレーを見ただけで、誰がどれを作ったのか当ててみせた。
「すごい。さすが蕃じいちゃん……」
新輝は、目を丸くした。
「二人の性格や、カレー作りの上達具合も、ときどき桂樹から連絡を受けていたからな。なんとなくわかるさ」
蕃の顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、蕃じいちゃん。ウチらが作ったカレー、食べてみてよ」
真咲良は、蕃の右背後にまわり、座っている彼の右手に、握るようにスプーンを持たせた。
「そう急かすなよ。さて、まずは真咲良の方から……」
蕃は苦笑しながら、真咲良のカレーを手に持ち、自分の前に引き寄せた。
そして、一口食べて、無言で咀嚼し始めた――。
「どう? 蕃じいちゃん」
真咲良は、明るい声で蕃に訊いたが、彼は黙ったままで何も答えなかった。
しばらくして、蕃ののどから、カレーを飲み込む音が聞こえた。
「……なるほど。では続いて、新輝の方だ」
蕃は、真咲良のカレーをいったんテーブルの右側に置き、左側の新輝のカレーを手で引き寄せた。
そして、真咲良のカレーの時と同じく、一口食べて、無言で咀嚼し始めた――。
「僕のは……どうですか?」
新輝は、蕃の左背後にまわって、おそるおそる訊いた。
緊張のせいか、口元が震えており、話す言葉は丁寧語になってしまっていた。
やがて、先ほどと同じく蕃ののどからカレーを飲み込む音が聞こえたが、彼は依然黙り続けていた。
しばらくの間、三人の中で静寂が流れた――。
「蕃じいちゃん。黙ってないで、ウチらのカレーがどうだったか、教えてよ」
しびれを切らした真咲良が、最初に口を開けた。
彼女の催促を受けて、蕃は眉をぴくりと動かしたが、そのほかの反応は特になかった。
「……僕らのカレー、不味かったのかな」
新輝は、かなり不安そうな面持ちだった。
「いや。二人のカレーは、どちらも基礎はちゃんとできておる」
蕃が、ようやく口を開いた。
「なんだあ。それならそうと、早いとこ言ってくれれば……」
真咲良は、安堵した様子を見せたが、対する蕃の表情はこわばったままだった。
「だが! 二人のカレーにはそれぞれ、足らんところがある。このままでは、カレー力を習得するのは難しいぞ!」
蕃は立ち上がり、二人の方を振り返って言い放った。
「!?」
彼の言葉に、真咲良と新輝は、強い衝撃を受けた。
特に新輝は、カレーの出来に自信があったからなのか、驚きのあまり、目を見開いてそのまま硬直していた。
「足りないところって、どこなの? 蕃じいちゃん、今しがた、ウチらのカレーは基礎は出来てるって……」
「確かに、二人のカレーは、今のまま店に出しても、顧客にはある程度受け入れられるだろう。だが、今の二人の目的は何だ?」
真咲良の言葉を遮り、蕃は厳しく問うた。
彼の表情は、先ほどよりもさらに、真剣なものになっていった。
「それは……自分たちのカレーで『ジャンキーカリー』のに勝って、店を立て直すことだよ」
新輝は、まだショックから立ち直れていないらしく、その口調は淡々としていた。
「そうだろう? そして、『ジャンキーカリー』に勝つには、並のカレーでは太刀打ちできない。それについても、二人ともよくわかっているだろう」
蕃の言葉に、二人はただうなずくことしかできなかった。
彼の言っていることは正しく、二人の考えも彼と同じで、真新しさは無かった。
だが、このときの蕃の口調には、どこか並々ならぬ説得力があり、それが二人を頷かせていた。
「真咲良。桂樹のレシピをベースに、自分の感覚を頼りにアレンジしているのはいい。だが、そうした独りよがりなカレー作りでは、そう遠くないうちに行き詰まるぞ」
蕃は、目を見開いて真咲良を指さし、鋭く指摘した。
「そんな! 『料理は、レシピだけじゃなく作る人間の感覚も大事だ』って、父さん昔言ってたよ」
「もちろん、感覚は大事だ。だがそれは、何でもかんでも自分の裁量で作ればよいというものではないぞ」
「……!」
真咲良は、最初こそ反論したが、彼のさらなる指摘の前に、言葉に詰まってしまった。
「姉ちゃん。やっぱり、フィーリングだけでカレー作りはできないんだよ。もっと、テクニックとか数値を重視しないと」
新輝は、ようやく調子を取り戻し、じとっと真咲良を見た。
「そういう新輝のカレーだって、蕃じいちゃんに言わせれば、完璧じゃないんだからな」
真咲良は、不満そうに口をとがらせた。
二人が、お互い顔を向き合わせていると、再び蕃が口を開いた。
「新輝。お前のカレーは、桂樹に教えたレシピに沿って、よくできている。真咲良のカレーよりも、万人受けする味だろう」
「ほら見ろ姉ちゃん。やっぱり、レシピ通りに作った方が……」
新輝は得意げに話したが、蕃の表情は、やはりこわばったままだった。
「しかし! 技術だけでは、カレーを食べる者の心を動かすのに限界があるぞ」
蕃の指摘に、新輝はぎょっとした。
「レシピや技術は、カレー作りだけじゃなく、料理の基本でしょ? それだけじゃダメだって……」
蕃が、料理人らしくないことを言ったような気がして、新輝は困惑していた。
「レシピや技術については、『ジャンキーカリー』だって負けてはいない。彼らだって、日々新たなメニューを研究し、顧客に受けるカレーを模索し続けているんだぞ。技術一辺倒だけでは、カレーを食べる者たちの心は動かせん」
「……!」
新輝は、蕃の顔を見上げ、直後避けるように視線をそらした。
蕃は、そんな彼の反応に気づいていたものの、特に注意せず話を続けた。
「いいか。二人は今カレーを作って、わしから指摘を受けた。これで、カレー力を習得するために、自分たちに今何が欠けているか、わかったはずだ」
「いや、イマイチまだ……」
口答えする真咲良だったが、蕃は話をやめなかった。
「少し休んだら、次は二人で力を合わせて、一つのチキンカレーを作ってみろ。お互いの短所を、お互いの長所で補いあうことを意識するんだ」
蕃はそう言い残して、居間から出て行ってしまった。
開けっ放しにされた障子を見つめたまま、真咲良と新輝は、しばらく呆気にとられていた。
「新輝」
またしても、真咲良が先に口を開いた。
「何? 姉ちゃん」
新輝は、真咲良の顔を見ずに答えた。
「蕃じいちゃんの言ってたことの意味、わかったか?」
「いいや。姉ちゃんは?」
「さっきも言ったろ。ウチに訊くなって」
「やっぱりね。わかってて訊いたんだ」
「こいつぅ……」
真咲良は、新輝の頭を小突くようなそぶりを見せ、直後顔をほころばせた。
そして、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時刻を確認した。
「蕃じいちゃんの言ってた通り、一時間くらい休んでから、やるか」
真咲良は、スマホをポケットにしまって、その場で寝転がった。
「賛成だね」
新輝も同じように、疲れた顔をして寝転がった。
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