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フレイが宮廷魔道士団に入団することが決まった日から一ヶ月後、フレイの正式な入団日がやってきた。
「転移魔法陣が使い放題とは……役得だな」
「便利だよね〜」
フレイはエルゼに連れられ王都へ到着したところである。なぜだか今日のエルゼは上機嫌だ。
「公営の転移魔法を使ったのは初めてだ。今までは料金高すぎて使う気にならなかったからな」
転移魔法陣というのは移動速度に関しては他の追随を許さないが、残念ながら料金もまたそれ同様なのである。
「この前の口ぶりからも思ったけど、冒険者って儲からないの?」
先日再会した時の態度や言葉から推察するエルゼ。最難関ダンジョンにおいて、公式の記録を大幅に上回った階層まで到達していることを踏まえれば、それなりの資産を築いていてもおかしくはないと思うのだが、現在のフレイからそんな様子は一切見て取れない。
「本当ならもっと稼げてるんだろうが、俺は稼ぎを魔道具の開発にほぼ全額回してたから基本貧乏だった」
「魔法バカなのも変わってないんだね〜」
エルゼは呆れたように肩をすくめた。
「けど、そのおかげでかなり高性能なのが作れたからな!後悔は全くしてない」
「ふーん、今度見せてよ」
「見て驚くなよ?魔法省の魔道具開発室なんて目じゃないぞ」
「はいはい。楽しみにしとく」
そんな会話を繰り広げているうちにフレイ達は魔法省の敷地内にある宮廷魔道士団の屯所に到着した。
「なんともまぁ、立派な建物ですコト。今日からここが俺の職場かぁ」
目の前に座する歴史を感じさせる重厚な造りの建物を見上げながらフレイは言った。
「凄いでしょ。私、ここのトップなんだよ?」
フフン、と胸を張って自慢げに言うエルゼ。
「中はどんな感じだ?どれどれ」
「ちょっと!?なーんで無視するの!?」
そんなエルゼを無視し、ズカズカと中へ入ろうとするフレイ。扉には自動開閉の魔法がかけられていたようでフレイが近づいた途端、ひとりでに開いた。
「あ、おかえりなさい団長。……そちらの方がシュミットさんですね」
そこで待っていたのは真面目そうな黒髪の少女であった。
「フレイ、紹介するね。この子はローレ・クライトン。優秀なウチの団員だよ!……ローレちゃん、フレイの入団試験の準備は出来てる?」
「はい。手筈通りに」
「え?ナニソレ」
入団試験があるなんて聞いていないフレイは一人置いてけぼり。
「抜き打ちってヤツ?形式上必要なんだよね」
隠しててゴメン、と口にするエルゼ。しかし、何故だろうか。全然申し訳なさを感じない。むしろどこか浮き足立っているように見える。
「あとはローレちゃんお願い。じゃあ、フレイまた後でね〜」
そう言うとエルゼは行ってしまった。
「では、シュミットさん。準備室へ案内します。こちらへ」
「はいよ」
フレイに先行して歩くローレ。フレイはそれについて行く。そこでフレイはあることに気がついた。
「ローレ、だっけ?君相当魔力操作上手いでしょ。それに……なかなか面白い魔力を持ってるなぁ」
興味深そうにローレを見るフレイ。フレイは常に自らの周囲に魔力探知を広げているが、それによってローレの魔道士としての特性を一目で看破した。
「確かに魔力操作には自信がありますが……魔力の質に関しては初めて言われました」
自身の特徴をピタリと言い当てられたことに少し驚きながら答えるローレ。
「しかし、シュミットさんが」
「あ〜、家名はなんかむず痒いから辞めてくれ。フレイでいいよ、どうせここでは君の後輩なんだし」
「ではフレイさん、と。フレイさんがエルゼ団長の話に違わない魔道士のようで安心しました」
「エルゼが俺のことを?」
「はい。ある日を境に口を開けばフレイさんの話ばかり。おかげでフレイさんとはなんだか初対面の気がしません」
柔らかな雰囲気で話すローレ。
「団長は『フレイは性格が悪い!』ともたくさん言ってましたからそれは不安ですが」
「それは嘘だな。こんな性格のいい人間、なかなか見つからないぞ?」
即答するフレイ。それを見て、ふふ、と可笑しそうに微笑むローレ。フレイは当初ローレに対して委員長っぽい堅物タイプのような印象を覚えたが、案外そうではないのかもしれないと認識を改めた。
少し歩いて二人はある扉の前で立ち止まった。
「こちらが準備室です。今回の試験内容は団員との模擬戦となります。模擬戦にて一定の実力を示すことができれば合格です」
「え、それだけ?他に筆記試験とかは?」
もっと面倒な試験が待ち構えていると踏んでいたフレイは拍子抜けする。
「特にありません。今回の試験内容を設定したのは団長ですから、フレイさんの入団に関して試験を行った、という口実が作れればいいと判断したのだと思います」
「さっきエルゼが言ってた『形式上必要』ってのはそういう事か。確かに、名高い宮廷魔道士団にコネだけで入ったっていうのも問題だしなぁ」
納得の意を見せるフレイ。同時に公務員はお堅いなぁ、などと内心で思う。
「今日はフレイさんはご自分の装備を持ってくると団長から聞いているのですが」
「あぁ。言われた通り万全の準備をしてきた」
前もってエルゼに言われていた通り、フレイは自分の装備類を収納魔法に詰め込んで来ていた。
「では、中へお入り下さい。準備が完了したら、室内の転移魔法陣を使用してください。試験会場へと繋がっています」
「ご丁寧にどうも、ローレちゃん。満点合格を掴んでくるわ」
「えぇと、その……フレイさん、頑張ってください!」
ローレからのエールを受け取り、フレイは室内へと入った。ローレの歯切れが少し悪かったのが気になりつつも、早速準備を開始する。
使うであろう魔道具の選定。それからそれらの調整。どこか故障していないか、十全に稼動するかをチェックする。
「どれも異常ナシ……と」
その中からいくつかを即座に使えるように装着しておく。
「一応、鈍ってはいないと思うが……どれ」
軽く体を動かすフレイ。自らの身体も問題なく動くことを確認し、部屋に設置されている魔法陣を起動する。
魔法陣を使用する前に手を顎に当て、少し考え込むフレイ。
「後からコネ野郎だのなんだのチクチク言われんのは面倒だな。せっかくなら相手をボコボコにするくらいが丁度良いな。うん、そうしよう」
そう決心するやいなや、転移魔法陣に飛び込んだ。フレイの視界が眩い光で覆われる。
「……ん???」
視界が開けると、そこは広い魔法戦用のフィールドだった。流石魔法省の管轄であると言うべきか、建築としての造りもフィールドを覆う結界魔法の質も、どれも目を見張るものがある。
ただそれよりも不可解な点がフレイにはあった。視界が戻るよりも先。フレイの魔力探知に反応したのはフレイがよく知る魔力。
嘘だろ、とは思いつつもフレイが相手を視認すると疑念が確信へと変わった。
「じゃーん!今回の試験官は私、宮廷魔道士団団長エルゼ・バルリングでーす!どう、驚いた?」
満面の笑みでフレイを迎え入れるエルゼ。それを見てフレイは天を仰ぎ、顔を手で覆った。
「マジか……」
そこで、フレイの脳裏で点と点が繋がった。やたら上機嫌で、抜き打ち試験を打ち明けた際もどこか浮き足立っていたエルゼ。ローレの、『試験内容は団長が設定した』という発言と最後の歯切れの悪い応援。
全て、目の前の戦闘狂が仕組んだことであるとフレイは理解した。
フレイが魔法陣に飛び込む直前に抱いた、圧勝するという決意は今やどこかへ吹き飛んでしまったのであった。