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「あ~、ったく何だよ、魔法学院の卒業資格が無い魔道士は使い物にならないとかよ!好き勝手言いやがって!今時学歴主義とか流行らねぇっての、あの無能ギルマスが!!!」


 この大陸でも最難関とされるダンジョンの攻略拠点となっている町にて、朝から酒に酔い大声で悪態をつく銀髪の男が一人。

 そう、彼こそが宮廷魔導士団にて話題になっていた天才魔道士、フレイ・シュミットその人である。かつて栄光をほしいままにしていた男はなかなかに落ちぶれた姿になっていた。……付け加えるなら、絶賛無職である。

 順を追って説明しよう。魔法学院にて周囲から一目置かれる存在であった彼は、学院を追われた後、冒険者となった。

 経歴不問、完全実力主義の冒険者の世界は他と一線を画す強力な魔道士であるフレイにとっては思いのほか居心地の良い環境であった。

 ただ最近この町の冒険者ギルドに就任した新たなギルドマスターがすべてを変えてしまった。このギルドマスターが貴族出身であり、完全な学歴主義者だったのである。それ故か彼は冒険者たちを見下し、好き勝手に改革を始めた。

 その横暴な態度にもちろん所属する冒険者達は反発し、ギルドとの間で小さないざこざが起こった。フレイやその他一部の冒険者はそれがきっかけで新ギルドマスターの反感を買い、クビにされてしまったのである。


「実力を見ろよ、じ、つ、りょ、くを~!!!誰がテメェのギルドデカくしてやったと思ってんだぁ!?」


 事実、フレイが攻略を続けていたダンジョンはこの大陸でも最難関とされるモノであり、ギルドの成長に一役買っていたのは間違いない。

 ただ……道端でアルコールに溺れながら不満を叫んでいる迷惑な人間であるのに変わりはない。今も通行人から白い目を向けられ、親は子の目を塞ぎ「見ちゃダメ」とささやいている。

 今や、神童と称されていた魔道士の姿は見る影もない。


「おい、貴様!他の者の迷惑になっているだろうが!そこから退け!」


 いつの間にか憲兵がフレイの前に立っていた。通行人の誰かが呼んだのだろう。


「…………」


 そんな憲兵を無視し、微睡むフレイ。


「おい!寝るな!」


 憲兵が必死にフレイを起こそうと試みるも意味をなさなかった。結局、フレイは酒瓶を強く握りしめ、寝たまま憲兵にズルズルと引きずられ連行されてしまうのだった。


「今日は王都から宮廷魔道士団がいらっしゃる。貴様のような酔っ払いを転ばしておくわけにはいかん」


 憲兵は独り言のつもりで呟いたのだが、意外にも返答が返ってきた。


「宮廷魔道士団ねぇ……なんでまたこんな辺境に?」


「む、起きたか。なんでも例のダンジョンにて“スタンピード”の兆候があったそうでな、それの対処だそうだ」


 スタンピード……ダンジョンの内部から地上に多くの魔物が這い出てくる現象を指す。起こる頻度こそ稀だが、甚大な被害をもたらす一種の災害とされている。事実、魔物たちの行進になすすべなく蹂躙された村や町も少なくない。

 そこでフレイは今日道行く人々に対して抱いていた違和感が何か分かった。


ーーなるほど、通りで冒険者の数が多いわけだ。スタンピードの兆候があるとダンジョンは立ち入り禁止になるからな。


 ダンジョンの内部で魔力が膨れ上がり、モンスターが溢れかえるが故に起こるスタンピード。だからこそ普段よりもダンジョンの危険度も跳ね上がるのだ。同様の理由からダンジョン内部にてスタンピードに対処するのも困難を極める。地上で待ち構えるのがセオリーである。


「今回も兵士、冒険者、魔道士合同の大規模なものになるそうだ」


「あのダンジョンのスタンピードとなりゃ、そうなるのが妥当だろうな。俺はギルドから冒険者資格停められてるから参加できねぇけど」


 ハハハと笑い飛ばしながら言うフレイ。明るい様子の一方、その脳裏にはある人物のことが浮かんでいた。


ーー宮廷魔道士団ってことはエルゼも来るんだろうな。なんせ団長サマだもんな、アイツ。


 かつて魔法学院にて切磋琢磨したライバルのことを思い出すフレイ。フレイは現在絶賛無職の自分と、この国の魔道士のトップにまで上り詰めたエルゼとを比べ、どこか自虐的な笑いを浮かべた。


「というか貴様、酔いが覚めているのではないか?そろそろ自分で歩け」


「はいよ……ん?」


 フレイが立ち上がると同時に、何かに気付いた素振そぶりをした。


「どうした?」


「いやあ、急用を思い出した。ここまで運んでもらって悪いが……じゃあな、憲兵!」


 フレイはそう言うと、怪訝そうな顔をする憲兵を横目に強化魔法を自身に使い、人間離れした速度で走り始めた。

 背後から憲兵が制止の声を上げたが、フレイはそれを完全に無視。疾走を続ける。

 フレイは常時発動している自身の魔力探知によって尋常でない数の魔物が接近していることを察知していた。


ーースタンピードがもう始まってる。こんだけ近づいてるってなると、今から戦力集めても手遅れか……?


 普段のもう少し冷静なフレイであれば何かしら真っ当な対抗策を出したのだろうが、酒が回ったフレイは正気とは到底思えない判断を下した。


「……俺が全滅させればよくね?」











 町から少し離れた丘から、町とダンジョンとの間に広がる平野を見渡すことができる。フレイがそこに到着した時、遠目に魔物の行進が目視できた。


「さて、単身でスタンピードに突っ込むなんてありえねえが……知ったことじゃねえな」


 幾多もの魔物を見下ろすフレイの片手には空になった酒瓶が握られていた。追加で体内に取り込まれたアルコールは酒乱をより激しいものにした。


「ハハ!モンスター退治でストレス解消だァ!!!」


 もはや微かに残っていたはずの理性も完全に吹き飛んだ。今のフレイはリミッターが外れた状態、言い換えれば暴走している真っ最中である。


「テメェらごとき、俺一人で全員ぶっ飛ばしてやるよ!」


 たった一人で魔物らに突撃するフレイ。多勢に無勢。普通この数を一人で相手取るなんてことできようがない。完全な自殺行為である。ただ悲しいかな、ここには誰もこの酔っ払いを止められる者はいない。


「めんどいから詠唱破棄!!!オラァ!!!」


 そう、“ここにいる誰もフレイを止められない”。


 フレイが右手を横に薙ぐと、そこから業火が生まれ、嵐のごとく吹き荒れる。焔はそのまま多くの魔物を飲み込み焼き尽くしてしまった。

 フレイの猛攻は続く。周囲を魔物に囲まれ、その悉くから敵視されているというのに臆することもなく、魔物の攻撃をいなしながら殲滅を続ける。

 

「オイオイ、スタンピードもこんなモンかぁ!?」


 酒の力でハイになっているフレイ。それでもその戦いぶりは実に洗練されており、そしてどこまでも一方的であった。

 焔の嵐に、風の刃、飛翔する氷の槍に何もかもを貫く光線……殺意の塊のような魔法を次々に巻き起こし、強化魔法によって得た俊敏性と耐久性をもって、雷光の如く縦横無尽に戦場を暴れ回るフレイ。

 一騎当千。今のフレイはまさにそう形容するのが相応しい。

 実に大味な広範囲かつ高威力な攻撃魔法を放ったかと思えば、厄介と判断した魔物をたとえどんなに遠く離れていても正確無比な魔法狙撃で即座に撃ち抜く。そしてそれほどの戦いを長時間持続できるほどの体力と集中力。

 かつて戦況を覆すには優秀な魔道士一人で十分と語った兵法家がいたが、現在この平野で起こっている戦闘はまさにそれである。


「ハハハハハッ!!!オラオラオラァ!!!」


 鬼神の如く戦い続けるフレイに、魔物でさえもどこか怯えた様子を見せ始める。しかしフレイは攻撃を緩めない。恐怖におののいた者から確実に仕留めていく。

 恐怖が凄まじい速度で伝播し、戦場の流れが変わった時点でたった一人の魔導士の勝利が決まったようなものであった。












 日が傾いた黄昏時。スタンピードなど嘘のように、そこに魔物は一匹たりともいなかった。戦闘で荒れ果てた平野には魔物から出た魔石やドロップアイテムの山が聳え立ち、激しい戦闘で消耗した魔道具類、空のポーションに酒瓶が転がり……そしてたった一人、かつて神童と呼ばれた天才魔道士が日を背にして佇んでいた。


「久々にこんな好き放題やったなあ……」


 そうつぶやいた彼の顔には疲労が濃く出ていたが、それでも同時に彼の目は果てしない達成感や、未だ冷めやらぬ高揚感に爛々と光っていた。

 静けさに包まれた戦場に一陣の風がフレイの背後から吹き、続いて着地音が鳴る。スタンピードに誰よりも早く気付いたフレイがその存在を見逃す筈がない。ましてやその魔力の持ち主が誰なのかも気付かない筈は無かった。

 振り向いたフレイの目に映ったのは宮廷魔道士団の制服。


「随分、久しぶりだな。エルゼ」


「フレイ……!」







 


 



 

 

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