本屋のホリー
翌日。
今日もローザの家に集合していた。
家が綺麗になったため、さらに集まりやすくなってしまった。
イクスは用事があるとのことで、顔を見せたあとすぐに帰ってしまった。
ちなみに、ニトロは一足先に到着しており、空き部屋にて何やら小物を作っているらしい。
もともと暇だったことに加え、気が向いたために来てしまったとのことだった。
「――今日は、私からいいかしら?」
珍しくローザが話を切り出す。
「――何かあったんですか?ローザさん?」
「――んー……何かってほどじゃないんだけど……ハンスちゃんのお勉強のために、本が欲しいなって思って。」
「……本……ですか……?」
「そう、本よ。ハンスちゃん、読み書きもちゃんとできないみたいで、色々とできるようになっておいた方が今後のためになると思うの。――ね?ハンスちゃん?」
「――うん!ローザ!ローザがそういうならボクもそう思うよ!」
ハンスはすっかりローザに懐いている。
もともと全身から母性が溢れているローザと、ママを求めているハンスは相性がよかったのだろう。
そのおかげでベルは一安心だ。
「それなら、今日は本屋さんに行ってみますか?」
「そうね。そうしてもらえると助かるわ。」
「分かりました。それでは、今日は本屋さんにてハンスさんのお勉強のための本を探すことにしましょう。」
「ありがとうベルちゃん。お願いするわね。」
さっそく本屋に向かった。
外装は相当に古びており、全く客入りがないのが窺える。
――ギキィ……ガランカラン……。
入り口の扉を開けると、長い間開けられていなかったせいなのか、歪な音がする。
「……す、すみませーん……どなたかいらっしゃいますかー……?」
ベルが怖る怖る呼び掛ける。
もしここが洋館であれば、きっとお化けの一人や二人が出迎えてくれただろう。
それほどまでにお店の中の雰囲気は暗かった……。
――バサバサバサ……。
ベルはビクリと反応してしまう。
誰も触っていないのに、積み重ねてあった本が崩れた。
店の中にある本は、本棚などには並べられておらずに積み重ねられていた。
どの本も微妙なバランスで積み上げられているのだろう。
「……あのー、どなたかいらっしゃらないのですか?」
ローザがハンスを連れ、怖がる様子もなく店の中へと入ってくる。
「――――――けてー……。」
ベルが再びビクリと反応する。
何か聞こえた……。
この店に取り憑いた何かかもしれない。
その音……いや、声は、細く弱々しい声だった。
「――――た、たすけてー。」
声の聞こえたと思われる方へ近付いてみるが……姿がない。
高くて細い声は、さっきよりも大きく聞こえる。
「……い、一体……。」
「――こ、ここですー。たすけてー。」
声は一際大きな本の山の中から聞こえる。
ほぼ間違いなく、積み重ねてあった本が崩れてできた山だろう。
「――い、今助けます!」
ベルは、聞こえてきた気味の悪い声に返事をし、本の山をかき分け始める。
ベルの様子を見て、ローザとハンスもそれを手伝った。
「――あ、ありがとうございますぅ。このままここで息絶えるのだと諦め始めてましたぁ。」
本の山の中から出てきたのは細身の女性だった。
目に涙を浮かべて、その場にぺたんと座り込んでいる。
「――い、一体なぜこんなことに……?」
ベルは大体の見当はついているのだろうが、とりあえず聞いてみる。
自分を落ち着かせたかったこともあるのかもしれない。
「はいぃ。実は、探し物をしていたら本が倒れてきて……埋まってしまったんですぅ。」
見た目は知的な印象なのに、喋り方はどうも賢そうには感じられない。
「……そ、それは……ご愁傷様です……?」
「――し、死んでませんよぉ……!」
「――す、すみません!」
ベルには悪気はなかった。
散らばった本を片付けつつ、女性が落ち着くのを待った。
「――し、失礼いたしました。私はホリーと申します。」
本から助け出した時の雰囲気とは打って変わり、知的な雰囲気で自己紹介をする。
凄まじいギャップだ。
「……えっと……ホリーさんですね?私はベルです。こちらは……。」
「――ローザと申します。こっちの子はハンスちゃんよ。」
ローザはベルの紹介に続いて、自分とハンスの紹介をする。
「――ベルさんにローザさんにハンスさんですね?よろしくお願いします。ところであなたたちは……なぜここへ?」
「あ、はい私たちは……。」
「――私たちは、ここにいるハンスちゃんのお勉強のために本を探しにきたの。」
ここは、ハンスの件を提案したローザに自分で話してもらう方がいいだろう。
「……お勉強……ですか……なるほど……。」
ホリーはハンスの方を見ながら納得がいかない様子だ。
ハンスは内面こそ子供のようではあるが、外見は既に大人だ。
不思議に思っても無理はないだろう。
「何かいい本はあるかしら?」
ホリーの疑問などお構いなしにローザは聞く。
「……い、いい本ですか……。ご存じかとは思いますが、最近は世の中の景気も最悪なためお客さんも入っておらず……ろくに本の整理もできていない状態で……。ちなみに、どのような本をお探しでしょうか?」
「……そうねぇ……まずは読み書きなんかができるといいかしら?そういったことを学べる本はあるかしら?」
ローザは本当にハンスの母親のようだ。
「――よ、読み書きですか……。分かりました。そうであればあちらの本棚に……。」
ホリーは、大きな子供が読み書きもできないことに驚いた様子だったが、すぐに気を取り直し、本の在処を指さす。
いや、積まれた本の塔を指差している。
「……え、えっと……あの中にあるんですか……?」
ベルは思わず聞いてしまう。
「いえ、本はあの本のうしろの本棚に……。少し待っててくださいね。……――にゃふん!」
ベルの質問に答えながら目的の本棚に向かうホリーは面白い悲鳴をあげながらすっころんでしまう。
「――だ、大丈夫ですか!?」
「は、はいぃ。わ、私、普段から何もない所でよく転んでしまうんです……ここにいると余計に酷くって……。」
ギャップがすごい。
心なしか頭身すらも変わっているように感じられる。
「――そ、そうだったんですね……。で、でしたら場所を教えて下さい。私が取ってきますので……。」
「――で、でもせっかく久しぶりに来て下さったお客様にそんなことをさせるなんて申し訳ないですぅ。――ぎゃっふん!」
そう答えながら立ち上がったホリーは、再び歩き出すとともに転んでしまう。
「……えっと……やっぱり私たちが欲しい本ですし……自分で取りに行きますね?――ね?ローザさん!」
ベルはローザにも振る。
「――そうねぇ。やっぱり探してる本は自分で手に取った方がいいもの。」
ローザはナイスフォローをする。
狙ったのか天然なのかは謎だ。
「――そ、それじゃあ、お願いできるかしら?」
ホリーは立ち上がりキリッとしながらいう。
「――は、はい!!」
などと返事はしたものの……あの中からどう取り出したものか……。
ベルは無言で立ち尽くしてしまう。
もはやあの本の塔は本の壁……いや、城……?
普通に探しては三泊することになってしまうだろう……。
「……あ、あのー……?」
微動だにしないベルを不思議に思ったのか、ホリーはベルに声を掛ける。
「……あ、えっと……あはは……。」
ベルは乾いた笑いで誤魔化す。
「――そ、そうですよね!あの状態じゃ取り出せませんよね!や、やっぱり私が!――うにゃんっ!」
「――っ!?い、いえ、だ、大丈夫です。私が何とか……。」
ホリーの申し出にベルは見栄を張ってみるものの、沈黙してしまう……。
「――で、では私が取り出し方を指示しますので、ベルさんはそれに従って頂けますか?」
「……え?指示……ですか……?でもあれだけの量では……少しずつ分けていくしかないんじゃないでしょうか……?」
「い、いえ、私ここに長くいて慣れてますし、少しくらいはお役に立てるかもしれませんし……。」
「――わ、分かりました!では、お願いします!」
ベルはとりあえずホリーを信用し、ホリーのいうことに従ってみることにする。
「――そ、それでは……ベルさんは、正面の一番大きな本の山を倒れないように押さえておいてください。」
「――え?正面ですか?でもその裏に目的の本があるのでは……いえ、分かりました。」
疑問を感じながらもベルはホリーのいうことに従ってみる。
「ローザさんと……ハンスさんも可能であれば、左側の本の山をベルさんの右側に動かしてください。」
「了解よぉ。」
「ローザがやるならボクもやる。」
「動かし終わったら、ベルさんはもう手を放していただいて構いません。」
「――わ、分かりました!」
ベルが手を放すと、数冊の本が滑り落ちるが、本の山はうまくバランスを保ったまま綺麗な壁を維持している。
「それでは、今ベルさんが離れた本の山の左側の本を、倒れないようにしつつ重点的に動かしていってください――――。」
ホリーは、うしろから見ているからなのだろうか?
まるでパズルでもするように、最も最短で目的の本にたどり着けるように指示をしていく。
指示に従っていると、あっという間に目的の本に辿り着いた。
「――こ、これでしょうか?」
ベルが目的の本と思われる本を手に取りながらローザやホリーに見せる。
子供っぽい表紙の本を手に取って喜んでいるベルは、自分が情けなくなってくる。
この本を探すためだけに大変な思いをしたのかと……。
「それで合ってますわ。」
ホリーの返答がもらえる。
「ホント。よさそうな本ね。」
ローザも喜んでいる。
この本のどこを見てそう思うのか……。
「――ほ、ホントです!こ、これはすごいです……。」
だが、実際に本を開いて読んでみると、効率よく読み書きが習得できるような内容になっており、探した甲斐があったと納得させられる。
「それはよかったわ。私も目的の本を取り出せたしね。」
ホリーも見たことのないような言語で書かれた本を持って喜んでいる。
ベルたちは図らずとも、ホリーの手伝いをさせられてしまったというわけだ。
ホリーがそれを狙ったかどうかまでは分からない。
あるいは、それを悟らせないほどにホリーが上手だったのかもしれない。
「他にもよさそうな本があれば教えてもらっても構わないかしら?」
ローザがホリーに問う。
「ええ、もちろん。本が好きな人は好きよ。」
「――で、でしたら!お勉強だけではなく、人々を豊かにするための知識を得られるような本はありませんか?」
ベルはホリーに聞く。
「……豊かに?あなた面白いことをいうのね。この終わってしまった世界でそんなことをいう人がいるとは思わなかったわ。」
「……えと……はい……。」
ベルはどこまで話すべきか悩み、返答に困ってしまう。
「……ホリーさん、だったかしら?私たちは、このベルちゃんの提案で、世界を変えたいと思ってるの。ここに本を探しに来たのもそのためにハンスちゃんに色々知ってもらおうと思ったからなの。」
「――ああ、そういうこと。ろくに娯楽も楽しめないような世の中で勉強のために本を探しに来るなんて妙だと思ったのよ。もともとおかしな組み合わせだったし、何か企みがあるのかとは思っていたけど……そういうことだったのね。」
ローザの申告にホリーは答える。
「……す、すみません……なんだか騙したみたいになってしまって……。」
「……そんなことないわよ?別に騙されてなんかないし、悪いことが目的でないのも分かってたしね。でもそうね……なんだかおもしろそうだし、私も混ぜてもらってもいいかしら?」
ホリーは口元をニヤつかせながら興味深そうに聞いてくる。
「……え?それって……。」
「そう、あなたたちに協力させて欲しいっていってるのよ。これでも知識はそれなりにある方だし、困った時には何か役に立てるんじゃないかしら?まぁ、見ての通り腕力には自信はないけどね。」
ホリーは全て見通した上でいっているのかもしれない。
確かに、ホリーの知識や、指揮をする力に関しては、短い時間の中でも明らかなものだった。
そんなホリーが協力してくれるなら心強い。
「……で、ですが、きっと世界が変わるまでは、平和とは程遠い中に身を置くことになってしまいます。それでも……本当にいいんですか……?」
「ええ、それも分かってるわ。まったく構わないわよ。だってその方が楽しそうじゃない。」
きっとホリーはすべて織り込み済みでそういっているのだろう。
そうであれば、少しでも多く人の力が必要なベルが断る理由はない。
「――分かりました。でしたら、是非お願いします!」
「ええ、任せて。」
「――はい!」
こうしてホリーもベルの計画の一員となった。
「――それじゃあ、ベルちゃん。いい本も見つかったし、そろそろ帰りましょうか?」
数冊の本を抱えているローザがいう。
「――あ、はい!これでハンスさんのお勉強も捗りますね!」
「そうね。今日は本当にありがとうね。」
「――い、いえ、こちらこそいつもありがとうございます。」
「――もう帰るのね?」
ホリーが聞いてくる。
「――あ、はい!色々とありがとうございました!これからもよろしくお願いします!」
「……ええ、私は大体ここにいると思うし、何かあったらいつでもくるといいわ。」
「――はい!困った時は頼らせてもらいますね!それでは、ありがとうございます!」
ベルは感謝とあいさつをして店から出ていく。
「ええ、待ってるわ。なんでもいってちょうだいね。――ふぎゃんっ!」
店の入り口まで見送ってくれた凛とした雰囲気のホリーは、小さく手を振り終えると同時に大きく転んだ。