ハンスの取り扱いと大工のニトロ
少し離れてはいたが、ハンスを連れて、一番近かったローザの家へと集まる。
ローザの家の中は、客人を迎え入れられる程度には綺麗になっていた。
「――それで、どうするんだ?こいつ……?」
初めにイクスが口を開く。
「…………どうしましょう?話を聞けるといいのですが……。」
殺人鬼のハンスの様子を見て、ベルは肩を落とす。
「……そうねぇ。なんで人殺しなんかをするのか聞いてみるべきかしら?」
ローザは考えているのか考えていないのか分からないところがある。
だが、今はローザのいう通り、まずは動機を聞いた方がいいだろう。
動機が分からなければ、ハンスをどうするか考えることもできない。
「――では、ハンスさん……。あなたは……なぜ人を殺して回っていたのですか……?」
ベルが質問をする。
自分が質問をするのが最も適切だと考えたのだろう。
「……ボクは……ボクはママを探してたんだよ?」
ハンスの返答は、やはり要領を得ない。
いや、ある意味ではブレないということなのかもしれない。
「でも、ママを探していたなら……なぜ女の人を殺していたのかしら?」
ローザが聞く。
確かにその通りだろう。
探しているのに殺しているというのは妙な話だ。
「……だってママは……ボクを捨てていなくなっちゃったから……でも、こうやって迎えに来てくれたからもう許すよ!」
ハンスの言葉は本当なのだろう。
ハンスには既に殺意がない。
おそらくハンスのママというのは……本当に母親だったかどうかはこの際問わないとしても……ハンスが大事にしていたベルに似ている母親が、ある日突然消息を絶ち、それを裏切られたと考えたハンスがその復讐のためにママに似た人間を殺して回っていたということだろう。
そして幸か不幸か、ベルがハンスを探して出会ったことによって、ハンスはそれを迎えに来たと考えたということだ。
それ故に既に殺意はなく、裏切られていたと思っていたものが払拭されたということだろう。
「……ですが、私はハンスさんの本当のお母さんではありませんよ?」
ベルが口を開く。
「そうね……。でも、ハンスちゃんが悪いことをしないのならそれでいいんじゃないかしら?」
ローザのいう通りだ。
勘違いで始まった殺人が勘違いで止まるのであれば、それも悪いことではないだろう。
「だがな、ベル、ローザ。きっとこのハンスの探している本当のママとやらは、既にこの世にいない可能性もあるんだぜ?こんな世の中だ……万が一ハンスがそれに気付いて再び殺しを始めるようなことがあれば……その時には手の付けようがなくなるんじゃねぇか?」
イクスのいうことも間違ってはいないだろう。
「――そ、それは……。」
ベルは考え込んでしまう。
「それなら、私たちでハンスちゃんの面倒を見てあげたらどうかしら?」
ローザが突拍子もないことをいう。
「――で、でも!私はハンスさんと一緒に……その、生活したりするのは躊躇われるといいますかなんといいますか……。」
ベルの声が小さくなっていく。
だが、ベルの気持ちも最もではある。
ある日突然知らない男……ましてや大量に人を殺していたようなものと一緒に住めといわれても、普通の思考を持つものであれば断るだろう。
「なら、ハンスちゃんはうちにおいてあげたらどうかしら?」
ローザがいう。
「――で、ですがローザさん!」
ベルは当然のごとく驚く。
「だってハンスちゃん、ちょっと大きいけど、なんだか私の子みたいで可愛いのよね。」
「……おいおいローザ……そいつは殺人鬼なんだぜ……?」
「でも今はもう殺すつもりはないみたいよ?」
「……そ、そりゃそうかもしれねぇが……。」
「それに……ベルちゃんがお願いすれば、なんでもいうこと聞いてくれるみたいじゃない?」
「……ローザさん……。」
ベルもイクスも呆れ顔だ。
「でも、このままハンスちゃんを放って置くわけにもいかないんじゃないかしら?」
ローザは二人の説得を続ける。
「……た、確かにそうですが……でも……。」
「私なら大丈夫よ。もともとたくさんの子供たちの面倒を見ていたんだもの。いまさら一人くらい大きい子が増えた所で問題ないわ。だから……ね?」
ローザは優しい顔でいう。
「…………ろ、ローザさんがそこまで言うなら……。」
ベルは渋々承諾する。
「――ありがと、ベルちゃん。」
「……だがなローザ、なにか少しでもおかしいと思ったらすぐにいうんだぞ?」
「イクスちゃんもありがとう。もちろんそうさせてもらうわ。でもきっと、大丈夫よ。」
ローザはさらに優しい顔でそう答えた。
「それじゃあ、私たちはこれで……。」
「俺も今日は帰らせてもらうぜ。ローザは何かあったら遠慮なくいうんだぞ?」
「分かってるわよ。ベルちゃんもイクスちゃんもありがとね。」
「――え?ママ……?どこに行っちゃうの……?」
帰ろうとするベルに対して、ハンスが不安そうな声で質問する。
「……あ……えっと……ハンスさんは……ここにいるローザさんのいうことをちゃんと聞くんですよ……?そうすれば、必ずまた戻ってくるので、いい子で待っててくださいね?」
ベルはハンスにいう。
イクスは笑いを堪えているのかくっくっと声が漏れてしまっている
「…………ママがそういうなら……分かった……。」
ハンスは残念そうな顔をしながらも素直に従う。
「それじゃあハンスちゃん。よろしくね?」
ローザの優しい声を最後に、ローザの家をあとにした。
一夜明け、再びローザの家。
「――んで?今日はどうするんだ……?」
真っ先に口を開いたのはイクスだった。
特に目的もなかったが、ベルの足は自然とローザの家に向いていた。
イクスもベルと同じだったのだろう。
「……今日は……ローザさんの家を直すのはいかがかと思っています。」
「――私の家を……?」
ソファに腰掛け、膝枕したハンスの頭を撫でながらローザは答える。
ハンスはご満悦のようだ。
たった一夜でこれだけハンスを手玉に取るとは、さすがローザといったところだろう。
「……はい。私もイクスさんも……そしてハンスさんも、こうしてローザさんにお世話になることが多いですし、そのお礼の意味も含めて家の修理のお手伝いをしたいと思いまして……。」
ローザの家は、ローザが正気に戻ってからは綺麗に掃除が行き届くようにはなっていたが、壊れた部分や劣化した部分に関してはそのままにしてあった。
実際、ローザ一人で直すには無理のある損壊であったため、何も予定のない今日を利用して修理しようとベルは提案した。
「……でもよ、ベルの嬢ちゃん。四人いても、さすがに難しいんじゃねぇか……?」
「……そ、それは……。」
ローザの家は中々に広い。
もともと子供や夫もいたため、それなりの広さに加え、倉庫代わりに使っていた空き部屋もいくつかあるとのことだった。
なにより、ベルたちには家を修理する技術も知識もない。
簡単な修理であれば見様見真似でどうにかなるかもしれないが、これだけの規模になるとそれも難しいだろう。
「――いや、待てよ。そういやこの近くに大工がいるって聞いたことがあるな……そこを当たってみるか?」
イクスが思い出し、提案する。
「――はい!是非!」
ベルは喜んで提案を受け入れる。
笑顔で見守っていることから、ローザも拒否するつもりはないようだ。
大工を訪ねる。
「――すまねぇ、ここに大工がいるって聞いたんだが……。」
到着するや否やイクスが聞く。
「――おう?なんだ?仕事の依頼か?」
しゃがみ込んで作業をしていた、イクスよりもさらにごつい男が返事をする。
「……ああ、家の修理を頼みてぇんだが……。」
「おう、そうか。今暇してたからな。構わねぇぜ。」
「――え……?でも今、何か作っていらっしゃったのでは……?」
ベルは大工の返答に疑問を感じ、質問する。
「――ああ、これか……?これは趣味で作ってるもんだからな……。別に構わねぇよ。」
大工は作りかけのそれに視線を向けて答える。
「……では、さっそくで申し訳ないのですが……修理の方、お願いできるでしょうか?」
「おう、任せとけ!」
大工を連れてローザの家へ戻る。
道具は大工が持参したものを使っており、木材などの材料を揃えると、すぐに修理を開始してくれる。
機械などを使わず全て道具と己の腕だけで修理を進めていくため、カンカンと釘を打つトンカチの音が心地いい。
「――すぐに来て下さり、本当にありがとうございました。」
作業を進めながら、ベルは改めて大工に感謝する。
「まぁ、暇だったからな。」
作業に集中しているのか、大工はぶっきらぼうに返事をする。
「……他に、お仕事はなかったんですか……?」
少々失礼かもとは思いつつも、ベルは遠慮なく質問を続ける。
「……ああ……最近は世の中がこんな調子だからな……そもそも仕事が入ってこねぇや。」
「そうですか……。」
世の中のほとんどの人間が貧しい生活を送っている以上、家の修理などよりも、明日……いや、今食べるものにお金を使うのは当然だろう。
どんなに家がボロボロでも、修理に回せるだけの余裕がないというわけだ。
「なんでこんな世の中になっちまったのかねぇ……。」
大工はぼやく。
おそらく、思っていることがそのまま口からこぼれてしまったのだろう。
「それは……。」
ベルは返答に困る。
それは、この国自体が既にダメになってしまっているからだろう。
国の方向を決める権力者がいい加減だったから……。
当然、それも大きな理由の一つだ。
だが、その国にいる一人一人がそれを放置し続けたのも原因だろう。
暴走した権力者を止められるのは、数で圧倒することのできる国民、庶民だけだ。
権力者もそうでない人間も、その全てが自分のことしか考えずに責任や覚悟を持たないで生きようとした結果がこれなのだろう……。
「でもな、俺ぁそんな中でも大工の仕事だけは辞められなかった……。作り続けてりゃいつかは俺の作ったもんが人を変えてくれるかもしれねぇと思ってたからだ。」
「……もしかして、先程作っていたあれも……?」
「……ああ、あれはベンチだ。誰が使うかもわからねぇが……近くにあった公園のベンチは穴が開いてもうダメになっちまってたからな……。俺が新しいのを作りゃ……この国も少しくらいは綺麗に見えるかもしれねぇだろ……?」
「それで……。」
「ああ、俺にできるのはそれくらいしかねぇからな。小せぇことかもしれねぇが、それでほんのちょっとでも何かが変われば本望ってもんよ。」
「あなたは……。」
ぶっきらぼうに語る男の言葉にベルは何を返せばいいか分からなくなってしまう。
「――ん?嬢ちゃん、なんか言ったか……?」
「……いえ、その……もしよければ、あなたも私たちに協力してはいただけませんか?」
ベルは特に考えもせず、そう口走ってしまった。
それは、大工の男の言葉が、あまりにもまっすぐだったからかもしれない。
「――なんでぇ、他にもなんか直せってか?」
「い、いえ、そうではなく……。」
「じゃあ、俺みてぇな不器用なやつに何しろってんだい?」
「……私は……この世界を、殺そうと考えています……。」
「――おいおい嬢ちゃん。いきなり何いってやがんでい。」
「私は……本気です。」
ベルがそう口にすると、大工は作業をする手を止めてベルの方をじっと見る。
「――そんなことしてどうしようってんだ?」
「私は、この世界を変えようと思っています。そのために、この世界は一度殺さなければいけません。」
大工はベルの方をじっと見る。
「…………なるほどな……まぁ、俺に何ができるかは分からねぇが、できることくらいなら手を貸してやってもいいぜ?」
ようやく口を開いた大工はいう。
「――本当ですか!」
「ああ、ただし……できねぇことはできねぇからな。」
「――はい!ありがとうございます!」
「……嬢ちゃん……名前は……?」
「……べ、ベルです。」
「ベルか……。」
「大工さんのお名前は……?」
「――ああ、俺はニトロってんだ。よろしく頼むぜ、ベルの嬢ちゃん。このイカれちまった世界に綺麗な音を響かせてくれや。」
「はい。よろしくお願いします。ニトロさん。」
「――おうよ!!」
ローザの家の修理は、数時間程度で終了した。
二トロの腕がそれだけいいこともあったのだろう。
さらには、余った材料を使ってベッドや椅子、その他小物なども作っていってくれた。
ニトロは中々に気前のいい大工だったようだ。
「――ありがとう、ベルちゃん。おかげでお家がとても綺麗になったわ。心なしかお家が広くなったみたいよ!」
ローザは嬉しそうにいう。
「い、いえ……私ではなくニトロさんに……。」
「――そうね。あの大工さんにも今度お礼をしなきゃダメよね。」
「――はい。」
こうして、ローザの家の修理は無事に完了した。