少女の誓い
―――本当に間違えているのは、この世界の方だ。
その少女は考える。
―――もう……殺すしかない!この世界を!!
少女は、そう誓った。
「――ん……ふぁ……おはようごじゃいます……。そうだ……もう、誰もいないんでした……。」
彼女はベル。
この物語のきっかけとなった少女。
まだ開いたばかりの目をこすり、幸せで暖かな寝床から頑張って起き上がる。
着替えを終え、まだ覚めきっていないぼうっとした頭のまま、お気に入りの髪型に髪を結う。
「えへへ。自分でも上手に結べました!私ももう大人ですね!」
鏡に映るベルはそんな独り言を呟く。
ベルは、一般の成人女性に比べると、背があまり高くはない。
だがそれ故に、長く伸ばした青い髪を、頭の左右で結ぶとその可愛さがより引き立つため、悪いことだけではない。
ただ、本人はそれを良く思っておらず……いえ、良く思っていないのは髪型のことではなく、自身の成長に関すること。
他人と比較した場合に、ベルは自身が小さいことをよく知っている。
色々と……。
「さて、朝ごはんを食べながら、これからどうするか考えないと!」
ベルはむん!と気合を入れ、大事なお守りを持って寝室を出る。
椅子に座り、朝食を取る。
朝食はコーンをメインにしたスープとパン。
それは味のしない食べ物。
昨日の今日だ。
それも当然。
それでも、行動するために必要な栄養を摂取するため、それを口に運びながらベルは考え始める。
まずは、仲間を増やさなければいけない。
この国を殺すためには、きっと一人では何もできない。
いえ、一人でできることなど、たかが知れている。
それなら、同じように大切な人を失った人、この国に不満を持っている人、そういった人と協力して今のこの世界を変える。
ベルは、まだ始まりにいる。
それ故に、今考えることができるのはこのくらい。
「今日は……まず街に出て、何から手を付けるべきか、考えることにしましょう。」
今日やるべきことを口にする。
ベルの住んでいる家は木造の家。
家の外へ出ると、他にも似たような建物が立ち並んでいる。
今いるこの街は国のほぼ中心部に位置するため、栄えているほうだ。
この街の治安は決して良くはないだろう。
人々は貧困に苦しんでいる。
決して仕事がないわけではない。
ただ、どんなに働いても稼げるのはギリギリ……いや、ギリギリにも満たない賃金。
そして、稼いでいない人間がいるということは、稼いでいる人間もいるということだ。
だが、それはごく一部。
お金を稼げる人間というのは、それだけ能力があり、賢くもある。
それ故に人を騙すことが得意なものが大勢いる。
つまり、自分が稼ぐためであれば、貧困に苦しんでいる人であろうとも利用し、搾取するということでもある。
そうなれば贅沢な暮らしをしている人間はより贅沢になり、貧しい人間はより貧しくなるシステムが自動的に構築されていく。
また、貧しい人間というのは生きる活力すらも奪われる傾向となる。
中には貧しい中にも楽しみを見つけ、力いっぱい生きているものもいるだろうが、搾取する側に反抗できるほどの力を得られるものはいないだろう。
搾取する側というのは賢く、狡猾だ。
一見すると、貧しい人間を働かせ、賃金を与え、その生活を支えているようにも見える。
だが、実際の所は働かせ続けるためにギリギリの賃金を与え、利用するだけ利用し、いらなくなれば後のことは見向きもしない。
当然、全てのものがそうではないだろうが、ほとんどのものがそうだと考えた方が良いだろう。
また、搾取する側だけではなく、搾取される側にも問題がある。
自分以外、他の搾取される大勢のものも自分と同じ、みんな同じだから仕方がない。
そう考え、諦めてしまっている。
中にはそれに対し、疑問を感じ、実際に反抗する者もいるが、それはごく一部。
そして、ごく一部の人間は、搾取する側には当然逆らいきれず、本来ならばそれを支持するべきはずの搾取される側の人間までがごく一部というだけ、みんなが支持しないからという理由だけで、自分たちの未来を明るくしてくれるはずのものですらも貶める。
そうして、まんまと搾取する側の思い通りになってしまっている。
それ故に貧しい者たちは貧しいままであり、更に貧しくなっていく一方というわけだ。
そして貧しさというのは、人の心が荒れる大きな要因となる。
そのためにこの街は治安が悪いというわけだ。
そしてベルの前にもその一端が映り込む。
建物と建物の間。
路地とでもいうのだろうか?
そこに一人の男がしゃがみこんでいる。
「ああん?何見てやがんだ?」
ベルは路地に目を向けた際にその男と目が合ってしまった。
たったそれだけのことだ。
それにも関わらず、その男は小さな少女に向かってそんな一言を投げる。
それほどまでにこの街の人々の心はすさんでしまっているということでもある。
「い、いえ、わたしは別に……。」
ベルは答える。
本来であればそんなものは見て見ぬふりをしても良かったのかもしれない。
この街の人間のほとんどであればそうしていたであろう。
この街の人間にはそれができてしまう。
他人に突っかかる者も、他人を無視する者も、同程度に心が荒んでいる。
そうであるから、この街のバランスはとられているのだから。
そこにベルという少女。
この街のその他の人間とは違う少女はその男に反応してしまった。
「今見てただろうがよぉ!!」
男は大きな声でそう言いながら立ち上がる。
立ち上がってみると、その男はベルの二、三倍ほどの大きさもあった。
肌は健康的に焼けており、その男を見るだけで体力や力には自信があることがわかるような体つきをしている。
男の後ろには、他にも何人かの男がしゃがみこんでいる。
「いえ、偶然目に入ってしまっただけです。」
ベルは正直に返答する。
「偶然だと?俺なんか気にするような相手でもねぇってことかよぉ!!」
男はきっとどんな返答をされていても、同じ行動に出ていただろう。
要は、誰でもいいから憂さ晴らしがしたかったのかもしれない。
なにか嫌なことでもあってその八つ当たりがしたかったのだ。
男は左手で拳を作り、ベルの顔に向けて繰り出してくる。
最低だ。
いや、あるいはベルとの身長差が顔以外へ拳を突き出す以外の選択肢を作らなかったのかもしれない。
――ブォン!!
その太い腕がベルの顔の横を通り過ぎる。
「や、やめてください。」
ベルはきっぱりという。
「て、てめぇ!!ざけてんじゃねぇぞ!!」
男は激昂する。
それもそのはずだ。
男が繰り出した拳は本来であれば鼻の骨を砕いていたであろう。
男が意図的に外したわけでもない。
ベルは、それをあろうことか容易く躱したのだ。
「で、ですからこういうことはよくないと……。」
ベルは穏便に済まそうと説得を試みる。
「――うらぁ!!」
だが男はその言葉を聞かず、今度は右の拳を繰り出してくる。
初めに左腕で殴り付けてきたのは、あるいは相手が少女であったための加減だったのかもしれない。
だが、今度は右腕。
男は本気になってしまったということだ。
だがベルは、その拳も左の拳の時と同様に少し顔を傾けるだけで躱してしまう。
拳そのものというよりも、まるで風の動きを、その軌道を視ているようだ。
間髪入れずに男は左足を振り付けてくる。
さらには、その勢いに乗せてもう一度右の拳を叩きつける。
だが、ベルはその全てを躱す。
「や、やめてください!こういうの、よくありません!」
ベルは何事もなかったかのように男に投げ掛ける。
「て、てめぇ……ふっざけてんじゃねぇぞ!!!」
その声を合図にするかのように、後ろにしゃがみこんでいた男たちもが立ち上がる。
「あう……し、仕方ありません……。」
ベルは観念したように呟く。
「――どらぁ!!!」
男はそれが最後だとでも言わんばかりに渾身の一撃を放ってくる。
後ろにしゃがんでいた男たちもそれに便乗するようにこちらに駆け寄ってきている。
「――――ウィングブロウ!!」
ベルは叫んだ。
叫びながら、両の手の平を自分の前に、男たちに向かって掲げた。
――――ビュオン!!
風だ。
突風。
いや、台風。
そんなものでは済まない。
ベルの倍以上もある男の巨体、そしてその後ろから駆け寄って来た男たちは、ベルの叫びと同時に吹いてきた風にふわりと体を浮かされ、進行方向とは反対側に吹き飛ばされていく。
「あーーーれーーーー!!――うぎゃん!!」
吹き飛ばされた男たちは路地の奥へと飛ばされ、一番奥の壁に叩きつけられた。
「――だ、大丈夫ですか?」
そんな男たちの身を案じ、ベルは駆け寄る。
「て、てめぇ……。」
余計に怒らせてしまっただろう。
「あ、あの……。」
ベルはどう声を掛けていいか分からない。
「くく………はは……がっはっはっはっは!!」
男は笑い出す。
「え?あ、えっと……大丈夫?ですか?」
打ち所が悪かったのではないかと、ベルは心配になる。
「――だぁ!!やめだやめだ!!すげーな!!やるじゃねぇか!!」
男は威圧的な態度から打って変わり、ご機嫌な様子になる。
「え?あの……。」
「なんだ今の!!すげー風が吹いてきやがった!!俺はイクス。お嬢ちゃんは?」
「え?あの……わ、わたしはベルです。」
「ベルか。さっきのやつ俺にも教えてくれよ!」
「え……ええ!?む、無理ですよ!」
「まぁまぁ、そう言わずに頼むって!な?」
「あ、あう……。」
ベルは急な展開についていけない。
「そんなわけで、俺はこの嬢ちゃんにいろいろと教えてもらうことにした!てめぇら!後は頼むぜ!!」
襲い掛かってきた男、イクスと名乗る男と同じように吹き飛ばされた、後ろにしゃがみこんでいた男たちにイクスはそう声を掛け、ベルと共に路地裏から出て行く。
「え、えと……。」
初めに口を開いたのはベル。
現状を確認するために質問するべきだと思った。
「んで、ベルの嬢ちゃん。さっきのはなんだ?」
だが、ベルの言葉を待たずに先に質問をぶつけてきたのはイクスだった。
「え?さ、さっきの……ですか?」
「ああ!さっきのすげー風だ!ありゃなんだ?」
「あ、あれは……わたしの力です。」
「つまり……どういうことだ?」
「分かりません。でも、わたしに使える力なんです。」
「なるほどな……つまりベルの嬢ちゃんだけが使える力ってことか。」
「はい。そうだと思います。」
「自分でも分かってないのかよ!――がっはっはっは!!おもしれぇ嬢ちゃんだぜ!!」
ベルは、風の魔法が使える。
ただ、それは生まれた時から使えた力なのか、あるいは生きていく過程で手に入れた力なのか、はたまたベルという少女は、そもそもが別の世界の住人なのか、それはベル本人もよく覚えてはいない。
ただ、今いるこの世界の住人は、本来そんな力を使うことができない。
それ故に、ベルという少女は、少し特別でもあった。
「わ、わたしからも聞いていいでしょうか?」
ベルはイクスに質問する?
「ん?なんだ?」
イクスは何でも来いと言わんばかりの顔で返事をする。
「イクスさんは……なぜあんなことを?」
「ああ……ちょっとイラつくことがあってな……。」
イクスは何かを思い出したのか機嫌の悪そうな顔になってしまう。
「……イラつくこと?ですか?」
ベルは続けて聞くことにする。
「ああ……金持ちの連中が俺たちを利用するだけ利用しやがって、用が済んだらお払い箱ときたもんだ。」
「それであんなことを?」
「いや、それで俺の仲間がガキと嫁さんに顔向けできねぇってんで……首吊っちまったんだ……。」
「そ、それは……!す、すみません……。」
「別にベルの嬢ちゃんが気にすることじゃねぇよ。ただ、やっぱり悔しくってよぉ……。」
「でも、だれかれ構わず八つ当たりしちゃいけませんよ!!」
「お、おう……すまなかったな……俺も大事な仲間がいなくなっておかしくなっちまったんだ。」
「そうですか……。」
「おう……。」
亡くなった仲間を思い出してか、ベルのお説教の気迫のせいか黙り込んでしまう。
「イクスさん。…………私と一緒に、世界を、殺しませんか?」
「……おいおい、嬢ちゃん何言ってんだ?」
イクスは冗談だとでも思ったのかもしれない。
「わたしは……本気です。」
そう答え、ベルはイクスの目を見る。
「マジかよ……。」
イクスはベルが本気だというのを感じたのだろう。
「はい。私は……この世界を殺さなければいけません。イクスさんも、無差別に八つ当たりをするのではなく、わたしと一緒に、世界と戦ってもらえませんか?」
「…………がっはっはっはっはっは!!」
イクスは少し考え、笑い出す。
「え、あ、あの……!!」
ベルは冗談で言ったつもりはなかった。
それに対して笑って返されるとは思ってもいなかった。
「ああ、すまねぇ。ほんとにおもしろい嬢ちゃんだな。いいぜ、俺なんかで良ければ力を貸してやるよ!」
「――そ、そんな簡単に!!私は本気です!!」
イクスがあまりにもあっさりと承諾し、まだ本気だと信じて貰えていないのではないかと疑ってしまう。
「ああ、分かってる!ベルの嬢ちゃんの目を見ればわかる。たしかにそのとおりだ。無差別に八つ当たりするより、世界を敵に世界を殺して世界を変えた方がよっぽどいい世界になりそうじゃねぇか!!改めて、よろしく頼むぜ!」
「え……あ、はい……よろしく……お願いします……。」
ベルは呆気にとられてしまった。