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もえび  作者: しょうの
2/5

2.つづきは強引に

 ラリエットは、今後に思いを巡らせながらぼぉっとソファに座り込んでいた。父も母も兄達も沈痛な面持ちでラリエットを見つめていた。執務室の重苦しい雰囲気を破ったのは、扉の向こうから聞こえる慌ただしい足音と焦ったように扉をノックする音だった。


 「はいれ。」


 父が領主らしい威厳を以て入室を許可すると、補佐官が額にびっしりと汗を浮かべて入ってきた。普段からウサギ族らしくなく、忙しない人ではあるが、それにしても焦り過ぎだ。


 「ト・・・トラ族より、こちらの招待状が届きました。」


 補佐官が告げると、補佐官の後ろにいる侍従がトレーにのった招待状を恭しく父に差し出した。侍従が心なしかブルブルしているように見える。血の盟約による婚約の申し入れで動揺している最中だ。続けざまのこの攻撃は一体何なのだろうかと、ラリエットは怯えを隠すことができなかった。


 - ウサギ族が何かひどくトラ族の機嫌を損ねることをしたとか・・・


 その間にも、父は招待状を開こうとしていた。慌てるあまり封蝋を指でカリカリしだしたので、慌てて補佐官がペーパーナイフを手渡していた。ペーパーナイフを持つ手も震えているのか、何度か空を切ったり、招待状の端を切ったりしていたが、何とか封を開け、中の招待状を取り出した。そして読み進めるにつれ、さぁっと顔が青ざめていった。


 「明後日のトラ族主催のパーティーにラリエットを招待したいとのことだ・・・・。」


 「明後日!!」


 その場の皆の声が揃う。いくら何でも性急すぎるので、次の機会にと丁重に断るに違いないと皆が思う中、父は、ちらりとラリエットを見ると、おどおどしながら続けた。


 「ラリエット。すまんが、急ぎ準備をして、トラ族の領主城に向かってくれんか。側付きと一緒でもよいようじゃから、アーニャを連れていくとよかろう。・・・数日間は滞在することになるのでな。・・・ささ、早く。」


 追い立てられるように執務室を出たラリエットは、扉を閉めながら、訝し気に後ろを振り返った。扉の外には、既にアーニャが控えていた。恐らくアーニャの父である補佐官が呼びに行かせていたのだ。


 「姫様。顔色があまりよろしくありませんので、ひとまずお部屋に戻りましょう。一度落ち着いてから、今後についてお話ししましょうね。」


 消え入りそうな声で、「そうね。」と答えると、ラリエットはとぼとぼと先ほど来た道を戻りだした。



 ラリエットが退室した後の部屋では、ウサギ族の領主が、「すまんのう。すまんのう。」と何度も小さく呟いていた。領主夫人が訝し気に領主に近づき、手元の招待状を確認し、「ひぃ。」と小さく悲鳴を上げた。

 その招待状には、明後日のパーティーの詳細に加え、1カ月ほど滞在してはどうかとの誘いがあり、最後は、『覚悟して来られたし。』と結ばれていた。


 「どういうことですの。覚悟してって・・・。ラリエットがどのような扱いを受けるのか!あなたも分からないわけではないでしょう?」


 驚き、怒り、恐怖が入り混じった領主夫人の言葉に、領主はただただおびえていた。そして、「血の盟約なのだ・・・・。仕方ないのだ・・・。ラリエット、すまんのう。」と繰り返すだけだった。

 他の者にも、それ以外の方法が思いつくわけではなく、沈痛な面持ちで立ちつくしていた。

 父の手元の手紙をちらりと見たランバートは、『覚悟して来られたし。』の前あたりが先ほどのペーパーナイフの失敗で少し破れていることに気が付いた。



 そして、今に至るわけだ。

 相変わらずの悪路が続き顔をしかめていたが、トラ族とウサギ族の領界を越え、トラ族の領主城へ近づくにつれて、道の整備がされているようで、馬車の中は落ち着きを取り戻していた。


 「トラ族は道路整備もこれだけ進んでいるのね。猛獣の領地は富んでいるとは聞いていたけど、ホント大きな差があるのね。」


 外を見ながら、ぽつりとラリエットが漏らす。自然豊かと言えば聞こえがいいが、開拓の進んでいないウサギ族の領地では、主力は農業であり、街道も最低限の領地間の産物の運搬ができてる程度でしか整備されていない。種族間で能力差にあり、小型の草食獣であるウサギ族は、全体的に体が小さく、体力もない。その一方、トラ族のような猛獣と言われる種族は、体格がよく、力の強いものが多い。更に、商才に優れたものも多いようで、発展している領地が多いのも特徴だ。

 数千年前までは、力の強い猛獣が支配的であったが、現在では、ラリエット達のような小型の草食獣も猛獣と共存できるようになっている。猛獣の脅威におびえなくてもよくなったのは、ひとえに血の盟約の恩恵である。血脈に刻まれた盟約はそれほど強いのだ。

 血の盟約に従った婚姻をしない、他の種族が断絶するほどの脅威を与えることは血の盟約に背く行為であり、それらの行為はその種の断絶を意味すると言われている。


 「これだけ種族間の差があると、共存って言っていいのかわからないわね。何かウサギ族が誇れるものってないかしら・・・・危険感知能力?逃げ足の速さとかかしら・・・」


 大きなため息とともにラリエットが独り言ちる。アーニャも「うーん」と考え込んだが、何も思いつかなかったのか、ほぉっと息をついた。


 「・・・肉食獣のかてになること・・・・。」


 「こ、怖いこと言わないでよ、アーニャ。言葉にしちゃうとホントにそうなっちゃうんだから、気を付けないとダメなのよ。言葉の力って怖いんだから。そうだ!アーニャもトラ族領地にいる間に間違ってもウサギになってはダメよ!!絶対パックリされちゃうから。」


 「そんなうっかりさんは、姫様だけですけどね・・・・。」とアーニャがぼそりと呟いた。



 街道が整備されているため、トラ族の領界に入ってからは馬車のスピードも上がり、気が付けば、領主城の敷地内へと入ってきていた。ラリエットは緊張で指先が冷え、感覚がなくなっていることに気が付いた。更に、ぎゅっと体を抱きしめ、何とかその震えを治める。

 そんなラリエットと対照的なのが、アーニャだ。肝が据わっているのかアーニャはいつも通りの様子で、「そろそろつきますね。」と手荷物などを簡単にまとめだしていた。


 領主城の正面に馬車は停まった。程なくして、外側から軽く扉を叩く音がして、ラリエットは不審に感じた。今回の御者は護衛も兼ねていることから、ウサギ族にしては体格がよい者である。その代わりというか、気遣いという言葉を全く知らず、街道の状態が良ければスピードを出し、良くなくても、ぐいぐいと馬を走らせる。道中で休憩の時も、「開けますよ!」という言葉と同時に扉開けてしまっていたくらいだ。「アーニャの繰り返しのお小言で改心したのかしら。」と考えていると、外から、艶やかな低い男性の声が聞こえてきた。


 「ラリエット姫。扉をおあけしてもよろしいですか?」


 色気すらも感じる低い声にラリエットは、一瞬、頬を赤らめ、その後、サーっと血の気が引いた。「もしかして、ついて早々、トラ族とご対面なの!?心の準備がまだなのに!!」と先ほど何とか治めた体の震えがまた戻ってくるような心地であった。ラリエットがなかなか返事をしないでいると、向かいに座っていたはずのアーニャがラリエットの隣に来ていて、髪やドレスをささっと直し始めていた。


 「今しばらくお待ちくださいませ。・・・・ラリエット姫のご準備ができました。どうぞ。」


 ラリエットが小声で「心の準備はまだよ!」とアーニャに文句を言うと、「そんなのは外に出てから準備してください。」としれっと返された。アーニャは全くと言っていいほど、動じていないようだった。


 アーニャの返事から、少しだけ間をおき、静かに扉が開けられた。柔らかな金色の髪をさらりと横にながし、少し色の濃い肌に金色の瞳をした男性が艶やかに微笑んで、タラップ横に立っていた。


 「ラリエット姫。ようこそおいでくださいました。」


 言葉とともに、自然にエスコートの手を出されてしまい、ラリエットは観念したように重い腰を上げた。決して、後ろから、アーニャに小突かれたから動いたわけではない。そして、差し出されたての上に、ちょこんと手をのせると、ゆっくりと馬車を降りた。剣をもつ者特有の硬い手のひらであり、また、ラリエットの手と比べると、非常に大きな手であった。「うぅ、私の首なんて片手できゅっとできてしまうくらいたくましくて、大きい手だわ・・・。」とラリエットは泣きそうな気分であった。

 同じ地に立つと、このトラ族の青年は見上げるほど背が高かった。馬車から見た時は細身に思えていたが、均整の取れたしなやかな体格をしていた。少し離れたところでおどおどしている御者とは比べものにならないほどの体格だ。

 トラ族の青年は、見上げたラリエットと目線が合うと、艶やかな微笑みを深めながら、すっと片足を引いて跪くと、ラリエットの手に軽く唇を寄せた。


 「急なお誘いにもかかわらず、お越しいただき、嬉しく思います。

 私は、トラ族の次期領主のリカルドでございます。お会いできるのを心待ちにしておりました。」


 「ひぃぃ。本人・・・・!!本人が玄関前に待機しているってどういうことよぉ。」と心の中で大絶叫しているラリエットは、リカルドに手を預けたまま固まり続けていた。

 後から馬車を降りたアーニャがリカルドには見えないように、ラリエットの背中を小突いたことで、ラリエットはやっと現実に戻り、たどたどしく返事をした。


 「こ・・・この度は、・・・ご招待いただきありがとうございまひた。私は、ウサギ族の領主の娘、ラリエットと申しましゅ。」


 『くっくっくっ』と噛み殺した声がリカルドの背後より聞こえてきて、リカルドは立ち上がりながら、背後を軽く睨んだ。ラリエットが視線を上げた時には、リカルドの顔は先ほどと変わらず、艶やかな微笑みを湛えていた。

 ラリエットの手を自身の腕へと位置を変え、「お疲れでしょう。一度応接室へご案内しますね。」と声をかけ、リカルドが歩き出す。ラリエットは、それについていく形でひょこひょこと歩き出す。リカルドは、通り過ぎざまに、背後に控えていた侍従、レイモンドに軽く指示を出していた。アーニャは運んできた荷物を領主城へ運び込むよう、てきぱきと動いていた。ラリエットは、赤くなったり、青くなったりを繰り返し、一人状況についていけていなかった。


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