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もえび  作者: しょうの
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1.はじまりは突然に

 「姫様。顔色がとても悪いようですが、このまま進んでいってもよろしいですか?それとも速度を緩めてもらいますか?」


 「だ、・・・・大丈夫よ!このまま進めて頂戴。気分が悪いのではなくて、ただ、売られていく子羊の気分になっているだけなのだし。」


 「羊じゃなくてウサギじゃないですか・・・・。」


 「気分の問題なのだから、細かいところはいいのよ、アーニャ。」


 ぷんぷんと軽い怒りを込めて、ラリエットは向かいに座るアーニャを睨む。

 スプリングにより衝撃が緩和される馬車ではあるが、舗装されていない道の荒れが全て吸収されるわけではなく、時折、ガタンと大きな揺れがあり、小柄なラリエットはその度に体が浮いてしまっていた。

 窓にかかるカーテンの隙間から外をちらりと見遣り、ラリエットははぁと深く嘆息した。


 「・・・途中で車輪でも外れてしまわないかしら。」


 ぽつりとラリエットが漏らした言葉をアーニャは聞き逃さず、ラリエットよりも盛大な嘆息とともに言葉を返す。


 「車輪が外れることよりも姫様のドレスのボタンを外されないようにお気を付けください。猛獣系の種族は、正確も猛々しいですが、色恋も激しいと聞きます。それに、こんなところで立ち往生していたら、バクリと食べられますよ。既に領界を超えていますから。」


 ラリエットは耳まで真っ赤になり、手をパタパタと振り回す。


 「な、なんてこと言ってるの、アーニャ。・・・は、破廉恥だわ。」


 ぷくりと軽く頬を膨らませて、ぷいっと視線を外すラリエットを見ながら、「姫様は本当にお可愛らしすぎる。別の意味で猛獣にバクリとされそうだわ。」と、アーニャは軽く頭を悩ましていた。


 「冗談はさておき、陽が沈む前にはこの辺りを抜けておきたいですね。いくら馬車に魔法陣が刻まれていたとしても、野生のトラに効くかどうかは分かりかねますから。」


 ラリエットもすっと表情を引き締めると、こくりと頷いた。


 「そうね。猛獣の活動時間では心許なさすぎるわ。・・・いくら血の盟約による婚姻の申し入れだからといって、こんなにも慌ただしく、パーティーへの招待を受けるなんて、ホントお父様は小心者なのだから。」


 ラリエットは、数日前の出来事を思い出しながら、「猛獣相手では仕方ないとは思うけど。」と独り言ちた。



 ウサギ族の領主であるラリエットの父からの緊急の呼び出しを受け、ラリエットは慌てて執務室へと向かった。ウサギの習性か元々の性格故か、何事にものんびりとしているラリエットの父が、ラリエットを急に呼び出すなど未だかつてなかった。よほどの事が起きたのだと、逸る心を抑えながら、執務室の前に立つ騎士に取り次ぎを頼むと、領主である父自ら扉を開け、ラリエットを中へと誘った。

 執務室の中には、ラリエットの母である領主夫人がソファに座っていた。常にほんわりと和やかに微笑んでいる羊族出身である母ですら、ぎゅっと手を固く握りしめ、その顔には微笑みが浮かんでいなかった。また、母の座るソファの後ろには、3人の兄達が緊張の面持ちで立ち、じっとラリエットの動きを見つめていた。

 「何があったのかしら。」と、更にラリエットの鼓動が早くなる。ラリエットは、父に示された母の隣へと腰を下ろしながらも、父から目が離せないでいた。父は向かいのソファにと座ると、一瞬の沈黙の後、話を切り出した。


 「・・・・血の盟約による婚姻の申し入れがあった。」


 ラリエットは、目を丸くして、きょとんとしてしまった。


 血の盟約―この世界の全獣人の領主間で結ばれている唯一無二の契約だ。

 数千年前までそれぞれの獣人族の領主はその血統を尊び、近親者での婚姻を繰り返し、より血統の純潔を守ろうとしていた。そのうち、体も弱く薄命であるものが生まれるようになり、更には、凡そ百年毎に、決まった獣人族ではないが、特異なるものが生まれるようになった。特異なるものとは、生まれながらにして膨大な魔力を持つものであるが、その魔力を制御することができない。そのため、魔力暴走を起こすことがあり、その魔力暴走は、かなりの範囲の獣人族の領地を消し飛ばほどの爆発となる。

 時の科学者たちが調査に調査を重ねた結果、獣人の族性を確定する遺伝情報が全て同一の族性となると、特異的な遺伝配列となり、異常をきたすということが分かった。そして、更に、族性は父親の遺伝情報が優性として現れるということも判明した。つまり、領主の血統は男側で繋いでいくことにより、その血統をほぼ純潔に近い状態しておくことができるというのだ。それでも、他種族の血を混ぜ、特異的な遺伝配列となることを防ぐことは、完全なる血統の純潔ではないと渋る種族もいた。しかしながら、5代に一度だけ族性の異なる獣人族より妻を娶ることで、恒常的に特異的な遺伝配列を防ぐことができるという遺伝計算の結果を鑑み、全獣人族の領主は、『必ず5代毎に別種族から妻を娶り血統を繋ぐ』という盟約にの合意をしたのであった。そして、この盟約を遵守しなければ、その種族は絶滅することが血脈に刻まれたことから、血の盟約といわれている。

 この血の盟約は、娶る側の獣人族に絶対的な決定権がある。意に沿わない婚姻により、その獣人族の血統が守れなくなることを防ぐためだ。そのため、血の盟約により申し入れの合った婚姻は全ての獣人族により、正当性を欠くと決議されない限り、申し入れを受けた側からは断ることができない。過去を振り返ってみても、正当性を欠くと決議されたのは、既婚である領主一族の女性に横恋慕し、血の盟約を以てして、自身の妻にしようとした事例のみであった。


 ウサギ族の領主一族として生を受けた以上、血の盟約による婚姻の申し入れがあるやもしれないことは分かっていたことであり、今更、父と母がこれほどまでに動揺している理由がラリエットには理解できず、きょとんとしてしまっても仕方がないことである。


 「私も領主一族に生まれた以上、覚悟はしておくようにと常に聞かされていたことですよね。それに、お母様も血の盟約により、ウサギ族に嫁いで来られているのだし、なぜこんなに皆が動揺しているのか・・・」


 一人だけ状況を理解していないような雰囲気に居たたまれず、ラリエットは疑問を口に出した。領主である父は、声を少し震えさせながら話し出した。


 「婚姻の申し入れがあったのは、トラ族からなのだ・・・・。」


 「トラ族!?トラ族って猛獣じゃないですか!!・・・なんで、猛獣が草食獣の中でも小動物といわれるウサギ族に婚姻の申し入れなんてするのですか!?」


 ラリエットは驚愕に目を見張った。領主である父も涙目になりながら、言い募った。


 「儂にだってわからんのだ。猛獣の獣人族は、血の盟約による婚姻といえど、猛々しい血統に小動物である儂らの血統を混ぜることを良しとせず、常に猛獣の獣人族の中から妻を娶っておったし、儂ら草食獣の獣人族も草食獣の中での婚姻が常で、それが、不文律のはずなのに。」


 母も軽く首を左右に振りながら嘆息した。


 「本当に理解の範囲を超えた申し入れですわ。猛獣の獣人族に婚姻可能な女性がいないのかと思ったのだけど、そういうわけでもないのでしょう?ランスロット。」


 呼びかけられた一番上の兄、ランスロットが頷きながら母から話を引き受けた。


 「その通りです。オオカミ族にはラリエットと同じ年の女性がいますし、確かヒョウ族、クマ族にも近しい年齢の女性が何人かいると聞いています。それに、今回婚姻の申し入れをしてきたトラ族のリカルド様は、年も19歳と若いですし、見目も秀麗で、猛獣の獣人族の中で婚姻相手に困るような方でもないはずなのですが・・・。」


 父、母、兄の言葉をラリエットは上の空で聞きながら、泣きそうになっていた。

 -猛獣の獣人族って言ったら、物凄く好戦的で、う、噂によると、私たちのような小動物の獣人族をパクリって食べちゃうって・・・。だから、絶対、猛獣の獣人族の前で、ウサギの姿になってはダメだって、昔語りでさえ言われてきているのに。そこに、嫁ぐってことは、私、生きてられないのじゃないかしら。


 二番目の兄であるランバートが、ラリエットに近づきながら、声をかけてきた。


 「ラリエットは、そのリカルド様と知り合っていたりとか・・・しないよね?」


 「しないわよ!!だって、猛獣の近くになんていったことないもの。たくさんの獣人族の集まるパーティーだって、猛獣の獣人族のいる辺りには、絶対に近寄らないし、言葉だって交わしたことないわ。だって、怖いじゃない。」


 「まぁ、そうだよね。僕だってそうだし。」とランバートは納得して頷いた。


 確かに、どうしても出席しなければならないデビュタントのような大掛かりなパーティーには、トラ族もいたとは思うが、基本的に、隅でこっそりとしているラリエットに出会う機会など到底ない。

 はぁ、と溜息をつきながら、父は話を続けた。


 「ラリエットももうすぐ17歳になるから、そろそろ婚姻をと考えておったのだ。補佐官のところの跡継ぎあたりが良いかのうと話しておったのだが、まだ、全く話は進んでおらなんだ。せめて、婚約の取り交わしでもしておれば、内々に許しを請うこともできたかもしれんが。

 血の盟約による婚姻の申し入れがあった以上、これに背く行為は、種の絶滅を意味してしまう。・・・・ラリエット、行ってくれるかの?」


 「・・・はい。」


 ラリエットには頷く以外の答えを出すことができなかった。


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