第59話 intermission5
星を見ていた。
峠道の小さな展望公園に勝手にテントを張った。
日帰り温泉に入って、安そうな店で海鮮丼を食べた。
後は寝るだけだ。
テントの前で育と二人、並んで座る。
コンロバーナーでお湯を沸かして、ドリップでコーヒーをいれる。
「わざわざ荷物増やさなくてもよくない?」
「無駄なことしたくないなら、わざわざバイクでツーリングなんかしない」
育は、「それもそっか」と納得したようだった。
「ミルクと砂糖は?」
「無いよ」
「何で?」
「荷物になるだろ?」
「……、え?、ドリッパーやバーナー持ってきといて?」
「コーヒーくらいブラックで飲めるだろ。お子さまか?」
下らない話をしながら星空を眺める。
日本海側は雲が多いのか?
二人ともそれなりの大人だ。お互い不快になりそうな話題を口にすることはなかった。
逆に言えば、鈴原の話題を避けることで、かえって意識していることを自覚する。
育と二人で旅行に行くと言っても、鈴原は顔色ひとつ変えなかった。
シュラフは四角型でファスナーを開けると布団のように使えるものだった。同じシュラフをもうひとつ用意するとファスナーで連結できて、二人用の布団型シュラフになった。
育と二人で二人用のシュラフに潜り込む。
秋の山は冷える。
銀マットを敷かなければ底冷えするだろうし、フライがなければテントは凍結しそうだった。
寒いからか、それ以外の理由からか、育が抱きついてくる。
「公太、寒いからかプロレスごっこしよ?」
「夜にプロレスごっことか言うと、勘違いするからやめろ」
「……勘違いしてもいいよ」
「アホ」
「ヒドくない?!」
「いいから寝ろ。明日も走るから」
走ってきた距離を、走って帰らなければならない。
「今日、キスした」
「育がな」
「抵抗しなかった」
しなかったな。
「ホントは私の事が好きなくせに」
「そうだな」
「え?」
「? 何?」
「……いや、認めるとは思わなかった」
「否定したことは無いと思うけど?」
「じゃあ、する?」
「しない。寝ろ」
「そっかー。残念!」
それほど残念そうには聞こえなかった。
ツーリング明けの月曜日。
一日中走って夜に家に帰った。
まだ疲れが取れない感じで、少しボーっとしている。
それに比べて、育は元気で楽しそうだった。
鈴原の机の上に座って、みんなに囲まれていた。
鈴原は積極的にしゃべらないが、迷惑がる様子もなく育が喋るところを見ていた。
育の周りには由紀たちや加藤たちが集まっていた。
「いいなー、バイク。俺もツーリング行きてー」
藤原の声が聞こえた。彼はバイクに興味があるようだが、周りとはズレていた。
「そんなことより、宮野と二人で旅行って……」
由紀の友達の高木が藤原を無視して呟いた。
加藤や斉木は戸惑った表情で黙っていた。
加藤が俺の方を見てきた。
少し離れた自席でずっと鈴原を見ていた俺と目が合う。
何だ?
加藤が慌てたように目を反らした。
言いたいことがあれば言えよ。
「ねえねえ、二人でテントって、宮野に何もされなかったの?」由紀の友達の川野が興味津々で訊ねる。
育の取り巻き連中に緊張が走る。特に由紀がアワアワしだした。
「ちょっと! 公太くんと育ちゃんはただの幼馴染みで仲良いだけだからね!」何故か由紀が言い訳を始める。
鈴原に向かって言っているらしい。
当の鈴原は何の表情も浮かべずに由紀を見ていた。
育はイタズラっぽい表情を浮かべて、こっちを見た。
「公太! こっち!」
何だよ?
何かめんどくさそうだから無視しようかとも思ったが、無視すると更にめんどくさいことになりそうだったので育たちのところに行く。
鈴原が俺を見たが特に何も言わない。
「何? 育」
「みんなツーリングの話、聞きたそうだったから」
「育が話したいだけだろ」
「そうとも言う」
「あ、俺は興味あるかも」藤原が言う。
彼はバイクに興味があるらしいからな。
「免許取れば?」
「今、バイトしてる」
「何乗りたいの?」
「カッコいいやつ」
いや、わからん。格好いいかどうかは人によるだろ。
「レプリカかな」
カウルがごっついやつね。あれ値段高いよな。
育が何台かメジャーなバイクの名前をあげる。
育と藤原が二人でコアな話を始めた。他の人はおいてけぼりだ。
育がチューニングの話を始めたので、俺もおいてけぼりになった。
藤原は理解できないところを育に質問しながら聞いていた。
「そう言うことじゃないよ! 」川野が突っ込みを入れた。「二人で旅行って! 何も無かったの?! 宮野」
川野に直接話しかけられるのって初めてか?
「何が有ったら満足なんだ?」
女子って恋ばな好きだよな。面白そうな話題は提供できない。
育とは何もないからな。
「一つのテントで二人で寝るの?」
「ああ」
「寝袋? あれは一人づつ?」
「いや、二人用のシュラフを使った」
「えーー!!」川野が大声を出した。
他のやつも叫んでいた。
何騒いでんだ、こいつら。
「お前、育ちゃんと同じシュラフで寝たのか?」斉木が凄い形相で訊いてくる。
「そうだけど」
「それで何もないって、無いでしょ!」これは高木。今まで俺の事、怖がってあんまり話をしなかったよな?
みんなが口々に質問と言うか、何か責めるような口ぶりで言ってくる。
育と藤原は、みんなが急に騒ぎ出したのでビックリしてこっちを見ている。
普段から育と同じベッドで寝る事があるのは、話さない方がよさそうだ。
「何も無いよ」薄い表情で見てくる鈴原を見ながら、みんなに向かってそう言った。
「え? 有ったよ?」育が俺の発言を否定する。
育をにらむ。何を言うつもりだ?
育は悪い顔で俺を見てから、爽やかな笑顔で、「公太とキスしたよ」とぶちこんだ。
そこからは大騒ぎになったが、どうでもいい事だった。
鈴原が嫉妬の目を向けていた。
俺にじゃなくて、育に……。
読んでくれてありがとうございます。




