表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/59

第58話 intermission4

 

 朝日が昇り始めた。

 夜のうちに都市部をパスしたので朝のラッシュに巻き込まれることはないだろう。


 紅葉の山道を上る。

 途中コンビニに二度ほど寄って少し休憩しただけでずっと走っている。

 走っている間、何もしゃべらない。しゃべる必要も感じない。

 信号待ちのときに、「休憩はいいか?」と訊くぐらいだ。


 休憩のときも大して会話はない。

 ヘルメットをとって伸びをする育を何となしに見ている。

 俺の視線に気づいた彼女が笑いかける。

 俺はその笑顔も何となしに見ていた。

 特に話をする必要を感じない。


 更に山道を走る。

 標高が高くなる。背の高い樹がなくなる。

 僅かな低木と草原と岩肌ばかりの景色に変わる。

 道幅の広い走りやすいドライブウェイに入った。


 一つ目の目的地だ。


 走るのが楽しそうな道。景色が良さそうな道。

 それがこの旅の目的地だ。

 走るために走ってきた。


 ずっと育は俺の腰に手を回して抱きついていた。

 たまにポジションを変えてタンデムバーを握ったりしたが、ほとんどは俺に抱きついている。


 観光道路なのでツーリングバイクも増えてきた。


 何台かにピースサインを送られる。

 俺も慌ててピースサインを返す。


 今回の旅はピースサインを送られることが多いな。と思ったら原因は育だった。

 育は俺の背中から顔だけ右側に出して対向車線を見ていた。

 バイクが来ると右手を俺の腰から離してピースしていた。


 俺は左手だけハンドルから離してメットの右前で小さくピースをしていたが、育は右手を大きく振っていた。


 たまに両手をハンドルから離してダブルピースかますお調子者とかいて、テンション上がった育が手を振り回す。バランス崩すからやめろ。


 ピースを無視されるとへこんだのか、顔を背中に埋めてきたりする。

 忙しいやつだ。


 何も遮蔽物のない山頂のドライブインにバイクを停める。


 バイク用駐車場に先に停めていた男性ライダーに「どうも」と声をかけられた。俺も「ちわ」と返事する。

 いや、先に育がピースサインを出していたらしい。


 バイクから降りてメットを取る。

 育がメットを取ると、男性ライダーは驚いた顔をした。

「お、かわ……女性か」

「驚きすぎじゃないです?」育は楽しそう。

「いや、女性のライダーは珍しいから」

 今、可愛い、て言いかけたよね。

 まあ、驚くよね。急に育ぐらいの美人に声かけられたら。


 育は男性とバイクの話を始めた。何かスペックの話をしている。

 いつの間にか俺より詳しくなってないか?


 育は俺がいないときにけいくんのガレージでバイクの簡単な整備を教えてもらっていたのは知ってるけど。



 その後も高原を走る。

 今日は飛ばさない。激しいロールは積み荷が不安だから。それに積み荷があるから育の体重移動もスムーズにできない。


 景色が良い展望スポットがあればバイクを停める。

 急ぐ旅じゃない。

 走りたい道の目星はつけているが必須じゃない。



 展望スポットの駐車場に停めたとき、育が女性ライダーに声をかけていた。

 女性のソロツーリングは珍しいかな?


「公太、写真撮って!」

 育に渡されたスマホで二人の写真を撮る。二人揃ってピースサインを出してきた。


「写真撮ってもらっていいですか?」育が女性ライダーに自分のスマホを渡した。

 育は俺達のバイクの前に立って、「公太!」と俺を呼んだ。

 俺は育の隣に立つ。

 バイクと景色をバックに写真を撮ってもらった。

 育はバイクに乗っている時と同じように、右手で指を開いたピースサインを作った。

 俺もバイクに乗っている時と同じように、左手で指を揃えたピースサインを作った。


「二人は大学生?」

「ううん、高校生!」

「高校生でテントでお泊まりかー」

 テントは積み荷を見たらわかるよな。俺達がカップルでないことは見ただけではわからないか。

 育はあえて誤解を解かずにニコニコしていた。


 さっき撮ってもらった写真を確認する。

 育はとても嬉しそうな笑顔をしていた。

 育の隣に写る俺も嬉しそうな顔をしていた。



 山を降りる。

 夕方前には日本海側までたどり着いた。

 海岸を走る。

 砂のきめが細かく海水を吸って車が走れるほど砂浜が固くなっているので、車が走れる砂浜として観光地になっている。

 普通車だけでなく観光バスまで走っていた。


 たまに水が流れて段差ができているけど。


 波打ち際から離れたところにバイクを停める。潮風はバイクに良くないからあまり砂浜には停めたくはないけど。


 育がブーツと靴下を脱いで海に突入していた。

 俺も波打ち際に裸足の足をつける。

 波が引くたびに、足の裏の砂が持ってかれる感触が楽しかった。


 日の入りまで海岸にいた。

 北に伸びた半島の西側なので、海に沈む夕陽が見れた。


 俺達が住んでいるところは海が東側なので、朝日が海から昇るところは見れるけど、海に沈む夕陽は珍しかった。


「公太、キスする?」

「いきなりだな。何で?」

「みんなしてる」

 育が指を指す方向を見る。


 車で来ているカップルが車内でいちゃついていた。

「……こんな人目のあるところでできるか!」

 車は密室に見えて、外から丸見えだった。

「できるよ?」育は楽しそうに言った。旅のテンションで開放的な気分になってるのか?

 夕陽を背にする育は眩しすぎる。


「……、いや、俺達付き合ってないし」

 夕陽が眩しくて、いや、育が眩しすぎて視線を反らした。

 育が近づいて俺の顔を両手で挟み、育の方に無理やり向かされた。


 近づく育の顔を見ていた。


 拒否しようと思えば拒否できた。

 それでも拒否する気にはならなかった。


 育の唇が俺の唇に重なった。

 しばらく重ねたままでいた。


 ゆっくりと顔を離した育は微笑んで、「ね、できるでしょ?」と言った。

 彼女の顔は夕陽に照らされて赤くなっていた。


 俺の顔も夕陽に照らされているせいか、火照っているようだった。


 俺達は遠くまで走ってきた。

 本当の想いがどこに有ったのかわからないぐらいに。




読んでくれてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ