第57話 intermission3
バイト代が入ったのでバイクの消耗品を交換することにした。
日曜日。公太はバイクをけいくん家のガレージに入れるとそのままバイトに行った。
で、私はけいくんの手伝いをしている。
今日も汚れても良いくたびれた服を着てきた。既に油まみれだ。
まあ、私くらいの美少女にもなると、どんなボロを着ていても美しさは隠せないんだけどね!
「前もそんな事言ってたよね」けいくんが車体から外したタイヤのホイールとタイヤゴムの間に、2本のレバーを差し込みながら言った。
今日はけいくんと二人っきりだ。
「事実だし」
「事実だけど、俺しかいないのに誰に向かって言ってるの? アピならこうたくんがいるときにしたら?」
「公太はバイトだから仕方ないじゃない!」
「そうだね。いくちゃんも別に俺の手伝いしなくて構わないよ?」
「公太が消耗品代を全部払ったから、私は何もしてないんだよ! けいくんが工賃受け取ってくれるなら私が払うよ?」
「こうたくんからもいくちゃんからも、技術料をもらうつもりはないよ」
「だから私がけいくんの手伝いするしかないじゃない」
「まあ、自分達のバイクを、自分でメンテナンスするのは悪くないよ」
そんなわけでタイヤを取り外したついでに、私がスプロケットとチェーンを洗浄している。
けいくんは交換したタイヤにパイプを通してクルクル回して遊んでいる。
「遊んでないから! バランス取ってるんだから!」
そんな感じでわちゃわちゃしながらメンテを進めている。後、ブレーキパットやエレメントも交換する予定だ。
「今日はたまちゃんは?」
「かずくんとデートだよ」
「……あんな派手にケンカしても仲いいね」
「いやいや、俺もいくちゃんとケンカしてた筈だけど」
「私とケンカしてたと言うより、たまちゃんに加勢しただけだよね。私は別に殴られてないし。殴ってないし」
「……何? 何か不満なの?」
「私だけ仲間外れ! 仲間外れ、ダメ! 絶対!」
けいくんが声をあげて笑った。
「ごめんごめん、いくちゃんも殴り合いしたかったんだね」
いや、ケンカを遊び感覚でされても……。
「今から俺とする?」
「しないよ」遊びに誘う程度のノリだよね。
けいくんはメーターにスマホホルダーを取り付けた。電源もバッテリーから取れるようにした。
そしてシートの後ろにキャリアを着けた。
これでタンデムツーリングの準備の出来上がり。
「来週、ツーリングに行くの?」
「寒くなる前にね」
「土日だけ? どこまで行くの?」
「さあ? 公太任せ。多分弾丸ツーリングになる」
観光スポットに行くのではなくて、道を走ること自体が目的のツーリング。
公太と二人っきりの旅行。
「楽しみだね」けいくんが笑顔で喜んでくれる。
私はとても楽しみにしている。
公太は楽しみにしていてくれるだろうか?
鈴原の事がなければ、公太ももっと楽しめるだろうに。
……私のせいか……。
「そうだね」
これは逃避行かな……。
ツーリングの前日の金曜日。
バイトも入れずに鈴原を育と二人で家まで送っていった後、すぐに帰った。
育と二人でツーリングに行くと言っても、鈴原は特に何も言わなかった。
育がツーリングに持っていく荷物を俺の家に運び込んだ。育は今日は泊まりだ。
俺は母と二人で夕食を作る。
育は俺の家で一緒に夕御飯を食べる事にしていた。
夕食を作っている間、育は暇なのかスマホを弄っていた。ソファーに寝っ転がって。
俺の父の膝を枕にして……。
父も特に気にした様子もなく、スマホを弄っていた。
「あれ、いいの?」と母に言ったが、母は肩をすくめただけだった。
育が俺の家でくつろいでいても、当たり前のように誰も何も言わない。いや、くつろぎ過ぎだろ。
なんかムカつくので育を風呂に追いやった。
夕食の後に俺も風呂に入る。出てきたら育と父がコンシューマーゲーム機で対戦していた。
「育、明日早いから寝るぞ」
「もうちょっと」
「明日起きれないぞ?」
「はーい。公太パパ、またね」
夜の8時過ぎにはベッドに入った。
明かりを消してからも育がモゾモゾしている。
遠足の前に眠れなくなる子供か!
「明日は何キロ走るの?」
「地図上では600キロ位かな」
「公太がソロで行ったときは1日何キロだった?」
「1000キロ」
「何時間走ってたの?」
「20時間くらいかな?」
「寝てないじゃん!」
「ほとんど寝なかったな」
「ヤバ」
「だから早く寝ろ。寝不足だと死ぬぞ」
俺は育の頭を抱き寄せて胸に埋めた。もうしゃべらさないように。
「ふにゅ」育が変な声をあげて、そして黙った。
育は抱きつくようにポジションを決めて大人しくなった。しばらく頭を撫でていたら寝息が聞こえてきた。
今度は俺が寝られなくなった。
いや、明日のツーリングが楽しみで興奮しているだけだからな!
夜中の2時。
両親を起こさないように静かに家を出た。
けいくんに借りたテントや寝袋、銀マットといったかさ張るものをキャリアに積む。他にもコッヘルやランタンなどキャンプ用品も借りた。
育がライダーズジャケットを着てメットを被る。小さめのツーリングバックを背負った。
俺は2ウェイのバックをタンクに着けた。
育が頷く。
俺も頷いてバイクにまたがる。
育はキャリアに積まれた荷物の上まで足をあげてまたがった。
キーを回してセルスターターを押した。
夜の住宅地に4ストマルチのエンジン音が響く。
育と二人っきりの旅だ。
子供の頃はいつも育といて、育とどこまでも行けると思っていた。
7年の時間は俺達の関係を変えた。
そんな感傷は積み荷にはない。
ただ走る。
どこまで走っていけるだろうか?
「行こう」育が言った。
読んでくれてありがとうございます。




