第55話 秋山と鈴原act4
夕方の近所の公園。
私達幼馴染みは町内の公園に集合していた。
夕方だからか小さな公園には私達しかいない。いや、昼間でも子供が少なくなったせいか滅多に人がいない。
私が公園に来たときには公太以外が先に来ていた。
かずくんとたまちゃんはくっつくようにブランコの周りを囲む柵に座っていた。
その前にけいくんが立っている。
私はけいくんの隣に立った。
「や、みんな」私が軽く挨拶をする。
「よう」
「やあ」
けいくんとかずくんも軽く挨拶を返す。
「いくちゃん、来てくれてありがとー」たまちゃんがいつになく真面目な顔で挨拶してきた。
今日、集合をかけたのはたまちゃんだった。
「……公太は?」幼馴染みの中で公太だけが来てなかった。
「……呼んでない」たまちゃんが答えた。
どう言う事だろ?
「こうたくん絡みの話かな?」かずくんが隣のたまちゃんに尋ねる。
「うん」たまちゃんはかずくんの袖を掴んで彼を見上げた。
何かすがり付いているようにも見えた。
「どうしたの?」かずくんが優しく声をかける。
「ん……」彼女はホッとしたように息を吐いた。そして彼の腕に短い間しがみつく。
かずくんの腕から手を離したたまちゃんは精悍な顔つきに変わっていた。
彼から勇気をもらった? 気合いをいれた?
たまちゃんは立ち上がり、私に対峙した。
「いくちゃん、鈴原がこうたくんをいいように利用しているから絞めるって話してたよね?」
「……、それは私が鈴原とちゃんと話するから待って、て言ったよ」
「それがどうして、鈴原をこうたくんから奪って付き合うことになるの?」
「それが公太のためよ。公太には荷が重すぎる」私にも荷が重い……。でも公太が捨てられないなら私が背負う。
「こうたくん、泣いてたよ」たまちゃんの目は怒りを隠しもせずに私を見据えていた。
「っ……」
公太に対する罪悪感が一瞬頭をよぎる。すぐにそれを振り払う。もう決めたことだ。私はもう迷わない。
たまちゃんの怒りに満ちた目をまっすぐににらみ返す。
たまちゃんは一瞬怯んだ目をしたが、すぐににらみ返してきた。
彼女は虚勢を張っている……。冷や汗をかいて膝が震えている。
それでも私をにらむことをやめない。
ケンカなら私より強い筈なのにね……。
「いくちゃんがこうたくんから彼女を奪ったようにしか見えない。いくちゃんが鈴原の事を悪く言ってたのは嫉妬していただけにしか思えない」
そうだよ、たまちゃん……。
「いくちゃんが何をしたいかわからないけど……。こうたくんが泣いていたのは事実だから」たまちゃんの呼吸が荒くなる。
私を怖がってる?
「いくちゃん、私言ったよね」たまちゃんは勇気を振り絞るように言葉を続ける。
「うちの可愛い末っ子を傷つけるやつは、ただじゃ済まさない、って」
……。ああ……、仕方ないな。
私はケンカは得意じゃないけど、引くつもりはない。
私が公太に嫌われることになっても、私は公太を守る。そう決めたんだ。
たまちゃんに何を言われても変える気はない。
殴りたければ何発でも殴っていいよ。
どれだけ殴られようとも、私は絶対に引かない!
たまちゃんの後ろで座っていたかずくんが、仕方ないな、て顔で頭をかいた。そして立ち上がる。
かずくんは恋人のたまちゃんのために加勢するつもりだろうか?
公太に殴られたときはかなり痛かった。公太よりはるかに強いかずくんに殴られたらどうなってしまうのだろう?
かずくんがたまちゃんにつくのは是非もない。殴られておこう。
おとなしく殴られる気はないけど。
たまちゃんがすがるようにかずくんに手を伸ばす。彼女がいくら強いと言ったって、恋人に頼りたいこともあるのだろう。
いや、私、そんなに強くないよ?
かずくんはたまちゃんの手をすり抜けて私の隣に立った。
そして彼は彼女と対峙する。
たまちゃんは可哀想なくらい傷ついた顔をしていた。
「ちょっと! かずくん!」私の方が慌ててしまう。
「ごめん、たまちゃん」かずくんは大して悪いと思っていない温度の声色で話しかけた。
「たまちゃんは彼氏の僕より、相棒のけいくんを優先するよね? 非難してる訳じゃないよ? 恋人より友情を優先するそんなたまちゃんだから、僕はたまちゃんの事が好きになったんだからね」
この場面で惚気る?
「同じように僕にだって譲れないことがあるんだ。……、彼女がボスと対立するなら、僕はボスにつく。たまちゃんといくちゃんがケンカするなら、僕はいくちゃんの味方をするよ」
たまちゃんは泣きそうな顔をしていた。
「駄目だよ! かずくんはたまちゃんとケンカしちゃ!」二人が私のせいでケンカする必要はない。
「聞けないな、いくちゃん。いくちゃんが白と言ったら、黒だって白になるんだ。自分の吐いた言葉は飲めない。それが人の上に立つって事だろ?」
かずくんは私が間違っていると断罪した。そしてそれがわかっていて私につくと言っている。
「たまちゃんも……」かずくんは再びたまちゃんに話しかける。
「いくちゃんがいなかったとき、いくちゃんならこうしてただろうと言って好き勝手してたよね。全部いくちゃんに責任を押し付けてさんざん好き勝手してたのに、いくちゃんが過ちを犯したからと言って切り捨てるのかい? そんな事は認められないな」
たまちゃんがこらえきれずに涙を流した。
これまで黙っていたけいくんが動いた。
けいくんは私の隣から離れてたまちゃんの隣に立つ。
「ごめん、いくちゃん。いくちゃんに思うところは無いんだ」けいくんは私に寂しそうに謝罪した。
そしてかずくんをにらむ。
「俺も言ったよな。たまちゃんを泣かせるなら、俺を殺す覚悟しとけって」
「負けるのわかっていて僕にケンカ売るの?」
「俺一人なら勝てないけどな。たまちゃんと二人なら誰にも負けない」
二人の殺気は一触即発なところまで達していた。もう私には止められそうにない。
「たまちゃん、行くよ」けいくんが声をかける。
「うん」たまちゃんは袖で涙を拭く。もう戦う人の顔になっていた。
けいくんはノーモーションからいきなり動いた。
私に突進して殴りかかってくる。
私は動けない。
横からかずくんがけいくんを止めた。
けいくんが私に殴りかかったのはフェイントだった。かずくんが止めに入った隙にたまちゃんがかずくんの背に回りこむ。
背後からの攻撃にかずくんはノールックで防御する。
こうして幼馴染み達のケンカは始まった。
ケンカの原因である筈の私は、蚊帳の外に追い出された。
私は、かずくんのジャマにならないように離れるしかなかった。けいくんとたまちゃんは私に見向きもしなくなった。
公太のケンカのしかたはハイレベルだと思っていたが、この三人はそれ以上だった。
予備動作無しから最短の攻撃を繰り出す。
無駄のない最小の動きでそれを防御する。
かずくんとたまちゃんのコンビネーションは芸術的だった。入れ替わりも同時攻撃も、まるで一人の人間が二人の身体を操っているかなようだった。
それにも関わらず、かずくんはそれに対応していく。
お互いの攻撃が決まりはじめて、ダメージが蓄積していく。
血が飛び散って凄惨さを増していく。
たまちゃんがかずくんの腰に取りついた。
捨て身でかずくんの動きを止めて、けいくんの攻撃に全てを任せた。
かずくんが右手でたまちゃんの髪の毛をつかむ。つかんだ手でたまちゃんを引き離しては、引き寄せながら顔面に膝蹴りを繰り返す。
その間も、左手だけでけいくんの攻撃をさばく。
頭を押さえられたまま何度も膝蹴りを喰らったたまちゃんの力が抜ける。
かずくんはたまちゃんの髪の毛を振り回して、地面に放り投げた。
たまちゃんは動かなくなった。
一対一になった瞬間にパワーバランスは崩れた。
かずくんは一方的にけいくんを追い詰め、最後の後ろ回し蹴りでけいくんは倒れた。
激しく肩で息をしていたかずくんは、二人が立ち上がらないのを見ると、叫び声をあげた。
「どうだー!! 俺が一番、強ぇーんだ!! どうだ、参ったか!! お前ら!!」そう叫んでゼイゼイ言う。
かずくんが私に振り向く。
顔中アザだらけで腫れていた。鼻からも口からも、皮膚が薄い頭からも血を流していた。
服もボロボロでそこら中に傷を作っていた。
それでも誇らしげな顔で笑いかける。
「どう? いくちゃん。僕が勝ったよ! 僕が一番強いだろ?」
傷だらけの顔を満面の笑みにして私に近づいてくるかずくんに呆れてしまった。
かずくん、ケンカの原因忘れてるよね?
「すごいでしょ? ねえ、すごい?」かずくんが嬉しそうに私の前に立つ。目線を合わせるように腰を少しかがめて、私の目を覗き込んでくる。
褒めてほしそう……。
「うん、かずくんは強いね」そう言って彼の頭を撫でた。
かずくんはとても嬉しそうに目を細めた。
勝者を称えるのはリーダーの義務だよね。
……、何をさせられてるんだろ? 私は……。
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