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第52話 秋山と鈴原 act1

 

「鈴原さん、おはよう」

 公太と鈴原が教室に入ってすぐに私は鈴原のところに行く。

 迂遠なことはもうやめる。


 公太がギョッとした顔で私を見る。

 公太を無視して鈴原に笑いかける。もう鼻を覆っていたガーゼは取れた。必殺の美少女スマイルを使う。

「……おはようございます……」鈴原は目をそらして小さな声で返事をした。


 無視されないだけましだね。


 いつもなら公太はすぐに自分の席に行くのだが、その場にとどまる。私を警戒する目で見てくる。

 気にしない。鈴原の机の上に座った。

 公太が停学中はいつもそうしていた。


「育、何座ってんだよ」公太が不機嫌に言ってくる。

「公太もいつも座ってるよね」

「……俺の場所だ」

 そう来るか。

「別に私が座ってもいいよね、鈴原さん」私は微笑んで鈴原に話しかける。

「えっ……」鈴原はこっちを見て、すぐに視線を外す。


「育」公太が困ったように名前を呼んだ。

「ん? 何?」私は公太に笑顔を返す。


 私は筋を通して鈴原を口説いている。公太の性格では力ずくで邪魔することはできない。

 鈴原が拒絶しない限り。




「鈴原さん、一緒に帰ろ」

 放課後、公太が鈴原と帰ろうとしていたところに突撃する。

「鈴原は俺と帰るんだ」公太がにらんでくる。

「公太はいつも一緒に帰ってるよね? たまには私と帰ろ?」

 彼女は助けを求めるように公太を見上げる。


 自分で決められないの?


 イライラスル。


「鈴原は俺と帰りたいって言っている」

 いや、言ってないよね?

「じゃあ三人で帰る?」

 また、彼女は公太を見上げた。

 公太は少しかがんで、彼女の口元に耳を近付ける。


「鈴原さん。自分の口で言おう、ね」私は鈴原に微笑む。

 彼女は言葉をやめて私を見た。

 公太は困った顔をして鈴原から顔を離した。


「……はい……」彼女はかろうじて聞き取れる声で同意した。



 三人の共通した場所、私たちがバイトをしたメイド喫茶に寄ることにした。

「お帰りなさいませ。公太くん、奈々ちゃん。あ、育ちゃん、久しぶり」かつての同僚が嬉しそうにお出迎えしてくれた。

 公太と鈴原は結構な頻度で来ているのかな?


 4人掛けの席に公太と鈴原が並んで座る。私はムッとした顔を隠して、鈴原の向かいに座った。

 今日のターゲットは鈴原だ。


 鈴原はいつものフレーバーティーを注文していた。

 公太と私はブレンドティーを注文する。


 途中、春ちゃんがやってきて少し話をしていく。

 春ちゃんの視線のほとんどは公太に向いていた。

 公太は春ちゃんと仕事の事や、困ったことはないか尋ねていた。家庭の話まで及んでときには、公太は踏み込み過ぎてはいないかと心配になった。


 ……、私も鈴原に踏み込むつもりだったね……。


 春ちゃんと交代で店長がやってきた。

「冬休みはバイトに入ってくれない?」

 夏休みに引き続き、冬休みも一見さんを引き込みたいんだね。


「冬休み以外でも入りますよ?」公太はそう答えた。

「? 何で? 何かあった?」私は公太に尋ねる。

「タイヤだよ。毎日走ってるからタイヤがヤバい」

「あ、そうだね」

 グリップ重視でコンパウンドが柔らかめのタイヤを履いているから減りも早い。それに2人乗りしているのも早く減る原因だろうな。


「私も。たまになら入ります」

 店長は機嫌よくカウンターに戻っていった。


「育、タイヤは俺が買うからな」

「2人乗りはタイヤの減りも早くなるよね」

「そんなに変わんないだろ」

「そろそろ、オイルもブレーキパットも換えないといけないんじゃないの?」

「……」公太が黙ってしまった。

「それにツーリングにも連れってくれるって約束忘れないでね」

 公太が驚いた顔をして、そして鈴原を見る。


 鈴原は何の感情も浮かべていなかった。

「鈴原さん、土日で泊まりがけのバイク旅行に行くんだけど、公太借りていい?」

 彼女は驚いた顔をした。多分急に話しかけられたから驚いただけだろうか? 彼女は少しの間を置いてから小さく頷いた。


 それを見た公太は寂しそうな顔をした。

 何かが私の胸を刺した。


 少しはいやがる素振りぐらいしたら?




「公太、大丈夫? 元気無い?」

「大丈夫じゃないし、元気も無い」

 夜のひととき、いつもの窓際。

 俺と育は手を伸ばしあえば届きそうな距離で、実際には届かない距離で話をしていた。


「育、酷くないか?」

「何が?」

 本気で言ってるのか? 馬鹿にしてんのか?


「育、俺と結婚するって言ってたよな?」

「うん、するよ?」

「何で鈴原、口説いてんだよ!」

「え? 公太、やきもち?」

「ちげーよ!」

「ふ、ふーん」育が得意気な顔でこっちを見てくる。

 うっぜ……。


「俺の彼女に手を出すな」

「鈴原が嫌がるならやめるよ?」

「まさか育、俺が鈴原にフラれたら、俺が育のものになるなんて思ってないよな?」

「は? 思ってないよ? 流石にそれはない」

「じゃあ、何でだよ? 育、鈴原のことホントは好きじゃないだろ?」

「うん、嫌い。大嫌い」

「えー……、全然わからない」

「前に言ったよ? 公太が愛するものなら私も愛せるよ?」

 今、嫌いって言ったよな?


「私が公太も鈴原も、まとめて愛してあげる!」


 本気だったのか……。


「……、育の中では矛盾してないんだろうけど……、俺には理解できない……」

 凡人には育は理解できない……。


「公太」育が真剣な声色で呼び掛けてくる。「公太が鈴原を救いたいと思うなら、私も鈴原を救いたい」

「……鈴原を救うのは俺でありたい」

「……無理だよ……。鈴原はちゃんと公太のことを好きだと思う。……でも同時に公太のことが怖いんだよ」


 そんな事はわかっていた。

 鈴原は俺と過ごすときは穏やかでいてくれる。最近では触れても拒絶しなくなった。

 それでもそれが限界だった。

 普通の恋人ならするような事ができない。彼女が性的な事を怖がるから。

 そして彼女は罪悪感に苛まされた顔を俺に向ける。


「公太!」

 育の声で意識が戻った。思考の海に囚われていた。

「大丈夫?」

「……ああ、悪い。考え事していた」

「……」

 突然育が窓枠に足をのせた。

「そっちに行く!」

「おい!」


 育が飛んだ。


 俺は慌てて身をのりだし手を伸ばす。

 育も腕を伸ばす。

 育は俺の腕の中に飛び込んできた。育を抱き締める。反動で窓の外に引っ張られるのを踏ん張って留める。育も外壁を蹴って部屋の中に飛び込んできた。


 育を抱き締めたまま床に倒れた。


「っざけんなよ!!」

 驚いた。受け止め損ねて育が落ちたらと思うと恐怖で体が震えた。

 仰向けに倒れた俺の上に乗る育を強く抱き締める。

「公太、泣かないで」育が俺を抱き締めて優しく言った。

「泣いてねー!」

「公太が泣いているのを放ってなんておけないよ」

「だから泣いてねーよ!」


 涙が零れた。




読んでくれてありがとうございます。


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