第51話 宮野と鈴原peace4
鼻にガーゼを当てた育がテーブルの上のクッキーをつまみながら俺の父とテレビを見ていた。
顔の真ん中にガーゼがあると目立つ。
こないだまで育は左頬に湿布を貼っていた。
よく怪我をするな、育は。
どっちも俺が殴ったんだけどな。
「育、ご飯の前にお菓子食べんな」俺は台所から育に声をかける。
俺は母と夕食の支度をしていた。
「公太の作ったクッキー、美味しいよ?」
「ありがとう。でも食べんな」
「えー」
「今のうちに風呂入ってこい」
「はーい、おかーさん」
「おかーさんじゃねー!」
育がめんどくさそうに風呂に入りに行った。
父はすでに風呂に入った後だ。料理の役に立たないこの二人は先に風呂に入ってもらう。
今日は別に育の両親の帰りが遅いわけでもなかった。育がお泊まりしたい、と言って押し掛けてきた。育の両親も俺の両親もあっさり許可するところが、まあ、いつも通りだ。
今日は育ともめたので仲直りしたいのかとも思ったが、朝に治療した辺りから育の機嫌は良かったので、そうでもないかも?
「いただきます」
四人で食卓を囲む。家は畳にローテーブルだ。
「野菜ばっかー」育が文句を言う。
「レンコンもピーマンも肉入ってるから」レンコンに肉を挟んだのと、ピーマンに肉を詰めたの。あとポテトをバターで炒めたのとチンゲン菜のソースで炒めたのは酒のつまみだ。
「公太パパ、ビール注ぐね」
「あ、ありがとう」
育が父にお酌する。この二人は風呂上がりなのですでに寝間着でくつろいだ格好。
「ポテトちょうだい」
「いいよ」
育が父のつまみを横から取っていく。
「ピーマンも半分こしよ? 肉もらうね。ピーマン食べて」
「いいよ」
「育、野菜食え。父さん、育を甘やかさないで」
どんな半分こだよ!
「育ちゃん、これ、公太に殴られたの?」
「そうそう」
「公太、女の子を殴っちゃダメでしょ」
母に責められた。ムッとして無視する。
「昔はいつも育ちゃんに泣かされてたのに。いつの間にかDV夫になっちゃって」
夫じゃねー!
「えへへ」育が嬉しそうに照れる。
どこに喜ぶところがあった?
食器を洗ってから風呂に入った。
風呂から出てきたら育は父と据え置きゲームで対戦してた。
「育、二階に行こう」
「もうちょっとゲームする」
「俺の部屋で良いことしよう」
「良いこと? する!」
ゲームを打ち切って二階の俺の部屋に連れ込む。
勉強した。
「良いことじゃないー!」
「試験近いだろ、ちょっとは勉強しろよ」
ローテーブルに向かい合って座って勉強させる。
「育、よく編入試験受かったな?」呆れる。
「公太と同じ高校に通いたかったから頑張ったよ」
「あ、うん。頑張ったな。……でもうちの高校、けっこう底辺だからな。大学行きたいならもうちょっと頑張ろうな」
「私、公太のお嫁さんが第一志望だから、別に勉強しなくてもいいんだけど」
「E判定です」
「顔面偏差値SSRだよ?」
「ゲームのレアリティかよ」
しばらく勉強していたが、育は退屈しだした。今では俺の足を枕にして寝そべっている。
「公太、スマホかして」
「自分のスマホあるだろ」
「貸してー」
スマホを渡す。何か俺のスマホをいじった後、「はい」と渡された。
見ると地図にGPSが表示されていた。表示されていたのはこの場所、俺の家だった。
「何これ?」
「私のスマホの位置情報」
「何で入れたの?」
「鈴原の位置情報入れてるよね?」
「入れてるけど?」
「私のも入れといてあげる」
「……俺の位置情報取ったのか?」
「ん? 公太のは入れてないよ?」
「……そう」
勝手に俺の位置情報を取ることはしなかったようだが、何で俺のスマホに自分の位置情報を入れるかな?
……まあ、鈴原に対抗してるんだろうな。
しばらく勉強した後、俺も飽きて床に寝そべっている。俺も別に勉強好きじゃないし。
育は膝枕から、俺の腹の上にうつ伏せに顔を埋めていた。おとなしくなっている。
「育、眠いなら布団入れ」
「ん……」
もう10時を回っていた。良い子は寝る時間だ。
二人でオレのベットに入る。
育は俺に抱きつくようにして眠った。
未明、育のスマホのアラームで目が覚めた。育は俺より早くアラームを設定していた。
「着替えてくる」育はそう言ってパジャマのまま自分の家に帰った。
俺は支度をして外に出る。
しばらくしてから育も出てきた。
ライダーズジャケットを着た育は格好いい。キリッとした表情で髪を後ろにまとめてゴムで止める。
顔の真ん中にガーゼを当てているのもワイルドな雰囲気を醸し出していた。
ハードボイルドな育も格好よかった。
「何?」俺の視線に気づいて訊ねる。
「いや……」視線を外す。
「見とれていたでしょ?」
見とれていた。
育はフルフェイスのヘルメットをかぶって、「行こう」と言った。
彼は誰時の薄暗い道をハロゲンライトが照らす。
今日は少し遠いが海岸線のPロードを走ることにする。リアス式の海岸で海にせりだした峠道。
いつもなら育を下ろして一人でタイムアタックをするのだが、今日はずっと育とタンデムで峠を攻めた。
いつものA峠と違って直線も長く高速コーナーも多い。必然速度も高くなる。
育は200キロ近い速度から躊躇なく地面をこするほど身体を乗り出す。
減速されたコーナリングとは言え高速コーナーでは100キロを越える。アスファルトスレスレの目線では体感速度はそれ以上の筈だ。
怖くないのか?
最近、一人で走るより育とタンデムしているときの方が走りやすく感じる。
展望台に二人で朝日を見ている。
リアス式の海岸がキラキラと光っていた。
「けいくんとたまちゃんのコンビより速く走れるようになったかな?」
「いや、無理だろ」
あの二人はノールックで物の受け渡しができる。
「育、怖くないのか? 自分で運転してるわけでもないのに?」
「公太を信じてるからね!」笑顔で答えられた。
「いや、絶対こけないってほど、俺は上手くない」
「怪我しても自己責任だと言えるくらいには、私は公太を……、私の事も信じてる」真顔で言われた。
育は男前だな。例え怪我をしても俺を恨んだり後悔したりしないと、未来の自分を信じている。
俺には無理だな。育に怪我をさせたら後悔する未来しか見えない。
俺は自分のライディングテクニックも、俺を信じると言う育も信じきれない。
俺は育を乗せて限界走行をすることはできない。
育が育を信じるほど、俺は俺を信じていない。
太陽が完全に空に登った。そろそろ帰る時間だ。
「ねえ、公太」育は緊張した声で俺に呼びかけた。
「ん?」
育は少しためらってから、こっちを見ずに話を続ける。
「フェアじゃないから言っておくね」
俺は真剣な表情の育の横顔を見る。
「私、鈴原を口説くことにしたから。鈴原を公太から奪って私の女にする」
「……はあ?」
はあ?
読んでくれてありがとうございます。
公道では交通法規を守って安全運転を心がけましょう。




