第49話 宮野と鈴原peace2
「鈴原さん、今日は私と帰らない?」
放課後。教室から出ようとする鈴原に声をかけた。
鈴原と公太が私を見る。
「……えっと……」鈴原がオドオドしながら公太を見上げた。
公太は鈴原の口元に耳を近づける。それから顔を離し、困ったように彼女を見た。
「三人で一緒に帰るか?」公太は私に言った。それが鈴原の返事なの?
「うーん、今日は二人で帰らない? 久しぶりに一緒に」私は鈴原に微笑んで見せる。
「俺がいてもいいだろ?」公太が口を挟む。
「たまには鈴原さんと二人で遊んでもいいでしょ?」
「俺もついていく」
「公太は来ないでよ。女の子同士で遊ぶから、男の子は遠慮してよ」
「育、俺がいるとまずい事しようとか考えてないだろうな?」
「何もないよ?」
「だったら俺も行く」
「来ないで! そんなんだから鈴原はいつまでも一人で何もできないままなのよ!」
「育! 余計な口出しするな!」
「余計な干渉してるのは公太よ!」
公太が何か言おうとして、突然黙った。
鈴原が公太の服の裾を引っ張ったからだ。
「宮野」鈴原が聞こえる声量で呼び掛けた。
鈴原を振り返った公太が、何かを怖がるようにビクッとした。
前に同じような場面で、鈴原にビンタされたのを思い出したのだろうか?
今回は鈴原はビンタしなかった。
「宮野。秋山さんと二人にして」
公太が泣きそうな顔をした。
私は公太のそんな顔を見たくなかった。そんな顔をさせたのは鈴原であり、私だった。
「ねえ、どこか寄ってこうよ!」
鈴原と並んで歩く帰り道。
鈴原はずっと無言で歩く。帰り際の公太とのやり取りが尾を引いているのか。
私はずっと心にトゲが刺さったままだ。
バイト先だったメイド喫茶なら鈴原も落ち着けるかな? いや、あそこはむしろ鈴原のテリトリーだ。
「カラオケ行こ!」別に歌いたくもない。ただ誰にもジャマされない場所で彼女と話をしたい。
カラオケ屋さんに入って、ドリンクバーを取ってくる。
彼女の隣に座って水っぽいジュースを飲んだ。
歌うつもりもないので、リモコンすら手に取らなかった。
彼女はコップをもったまま口もつけない。
「今日は公太にビンタしなかったんだね」平坦な言葉でただそう言ってみた。
彼女はビクッとする。
「……この前の事、怒ってますか?」
「どうして私が怒るの?」もちろん怒っている。
「……飯島さんに謝るように言われました」
由紀ちゃんは道理を言っただけで怒ってはいなかったかな?
「公太に謝ったの?」
返事はなかった。謝っていないんだね。
「ねえ、公太とどうして付き合うことになったの?」昼間の質問をもう一度する。今度は由紀ちゃんはいない。
彼女は手に持ったコップを見つめたまま固まってしまった。
コップの中の飲み物は震えていた。
「言いたくないのね。公太との関係を説明するのに、言いたくないことまで話さないといけないから?」
「っ!」彼女は声にならない悲鳴を上げた。
コップの中の飲み物がこぼれる程振るえている。呼吸が早くなって、汗が流れて落ちた。
ここまでのトラウマを負ったの?
私は彼女の手からコップを取ってテーブルに置いた。
そして彼女の手を取って両手で包むように握った。
「言いたくないなら言わなくても良いよ」
彼女の手は震えている。
「でも一つだけ教えて欲しいの」
彼女の目を覗き込む。
「公太を愛してる?」
彼女の呼吸が荒くなり、肩が大きく上下した。
片手で彼女の手を握ったまま、もう片方の手で彼女の背中をさする。
彼女が落ち着くまでずっと背中をさすっていた。
私は途方にくれていた。
長い時間をかけて彼女の呼吸は落ち着いてきた。彼女はつないだ私の手をじっと見ている。
どうしようもない。私は彼女との対話を諦めてしまった。
もう帰ろう。
そう彼女に告げようと口を開いた。
「す……」鈴原さん、そう声をかけようとしたとき。
「あああーーーーー!!!!!」
彼女は突然叫び出した。
私は驚いてつかんでいた手を離しそうになる。
かろうじて踏みとどまった。
彼女の手を強く握り、背中に回していた手で彼女を強く抱きしめる。
「大丈夫! 大丈夫だから! 鈴原さん! 大丈夫だから!」
彼女の叫びが途切れる。
私は震える彼女を抱き締めたまま、「大丈夫、私がついてるから。鈴原さん、大丈夫だから」そう何度も声をかけ続けた。
彼女は不安定過ぎた。
彼女と関係を築いて会話を成立させるまで、公太はどれだけの時間を費やしたのか……?
「鈴原さん、もう帰ろう」
「私は宮野を好きじゃない」彼女は唐突に言葉を発した。
え?
「宮野は私を愛していると言ってくれるのに。私は宮野を愛していない。……ごめんなさい」
誰に向けて謝ってるの? 私? それとも公太?
「宮野は私を助けてくれた。一年のとき。二年の男子が私を好きだと言ってきて、私が断って。それでその男子を好きだった二年の女子が、私がその男子を奪ったって言ってきて。呼び出されて。みんなに殴られて。何人かの男子を連れてきて。みんなの前で乱暴されて。次の日も呼び出されて。そしたら宮野がやってきて。宮野が全部殴り倒して。大丈夫だと言ってくれて。ずっとついていてくれて。汚れてしまった私をきれいだと言ってくれて。私を好きだと言ってくれて。愛していると言ってくれて。死にたいのに。ずっと一緒にいてくれて。死にたかったのに。死なせてくれなくて。愛していると言ってくれて。もう私なんてどうだっていいのに。ほっといてくれなくて。愛していると言ってくれて。愛していると言ってくれて。愛していると言ってくれて。愛していると言ってくれて。愛していると言ってくれて。愛していると言ってくれて。私も宮野を愛したかったのに。男の人が怖くて何もできなくて。宮野が怖くてなにもしてあげられなくて。それでも宮野は一緒にいてくれて。私も宮野を愛せれば良かったのに。私も宮野を愛したかったのに。愛したかったのに。愛したかったのに。愛したかったのに。ごめんなさい、宮野。宮野、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
言葉を止めてしまえば二度と喋れなくなるとでも言うように喋り続け、そして唐突に言葉を発する事を止めた。
嗚咽が聞こえた。
泣いているのかと思ったが、彼女は泣いていなかった。震えも止まっていた。ただ喋り疲れて荒い呼吸をしていた。
泣いていたのは私だった。
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