第42話 文化祭count5
鈴原に殴られた。
今まで鈴原に殴られたことなんか無い。ケンカすらしたことがない。
なぜ殴られたのかよく分からない。
育から鈴原を守ろうとしただけだ。
育は苛烈すぎる。
育に殴りかかられた。反射でカウンターを入れていた。いきなりだったので手加減する余裕がなかった。
育は殺気を出すのと同時に手が出ていた。予備動作もなく、最短距離で殴りかかってきた。打撃スピードも速く、体重も乗っていた。
避ける暇はなかった。
青あざになるぐらいのカウンターになった。カウンターの性質上、自分の攻撃が自分に跳ね返る。
つまりは育のパンチは青あざができるくらいの打撃だった。
どうして俺が、そこまで本気で殴られなければならないんだ?
育は苛烈すぎる。
それにくらべて鈴原のビンタには困ってしまった。
予備動作もあったし、速度も遅かったので考える時間があった。その分、色んな事を考えてしまった。
鈴原にカウンターなんてできる筈はない。ガードすらするわけにはいかない。素人相手にガードすると、殴った方がケガをする事すらある。
避けるわけにはいかなかった。
おとなしい鈴原がビンタをするなんて、よほどの感情があったのだろう。
それを蔑ろにすることは、鈴原を傷つけるかも知れない。受け止めるしかなかった。
鈴原のビンタは全く痛くはなかった。
ただ心が痛かった。俺は鈴原を守りたかっただけなのに、なぜ彼女に殴られなければ行けないんだ?
俺はどうして良いかわからず、ただ呆然としていた。いつの間にか1日の授業が終わり、ホームルームの時間になっていた。
育が教壇に立って何か話をしている。
左頬のほとんどが湿布で覆われて、サージカルテープで止められている。
見ていて痛々しいが、育は何も気にする様子もなく笑顔で話をしていた。
「メイドさんと執事の希望を取ります」
ああ、文化祭の話し合いだったか。
「先に鈴原さんからメイドさんをやりたいって申し出を受けました。他にもやりたい人いる?」
結局、鈴原はメイドをするのか……。
席の後ろを振り返り、鈴原を見る。
鈴原は無表情のまま育の話を聞いている。メイドをする事を嫌がっていないようだ。
納得してやるとは思えなかった。育が無理やり承諾させたのじゃないだろうな?
何人か申し出ていた。三バカは当然のように手を上げている。お調子者だからな。
由紀の友人の高木と川野も手を上げていた。
由紀も友達二人に促されてしぶしぶ手を上げた。仲直りできたようで良かった。……良かったのだろうか? 由紀はあまりメイドに乗り気ではなかったが?
「私もメイドさんやるね! それから、私と一緒にメイド喫茶でバイトした宮野くん! 執事やってくれない?」
はあ? やるわけ無いだろ!
「彼女と、同じシフトにするから、ね!」
鈴原に一人でメイドをさせる気か? と言ってきた。
鈴原がメイドをやっている間、彼女の面倒を見ろと言うことか?
……。
鈴原を振り返る。
彼女は不安そうな顔をしている。
育は鈴原に何らかの策を使ったな?
ホント、良い性格をしているよ、育は!
「やればいいんだろ!」俺は育を怒鳴りつけた。
教室中が恐怖に染まる。
多分、俺を怖がっていないのは、鈴原と由紀と、そして育だけだろう。
育は俺の怒鳴り声に素敵な笑顔を返した。
「ありがと! 公太!」
育は痛々しい治療後を顔につけていたが、ものともしない美い笑顔だった。
いい女は顔に傷をつけたくらいでは、その価値を損なわない。
育は忌々しいくらい、いい女だった。
「帰るぞ、鈴原!」ホームルームが終わってすぐに鈴原に声をかけた。
育にしてやられて不機嫌になってしまっていた。
昼に鈴原にビンタされた事も尾を引いている。必要以上にみんなの前で強がっているのは自覚している。
「早くしろ!」みっともないから早く帰りたい。
帰り道。
いつもと同じで鈴原はあまり喋らない。
「鈴原、何で俺は殴られたんだ?」俺は静かに彼女に話しかける。怖がらせるつもりはない。
鈴原は黙っている。
「ごめん。怒らせるつもりはなかった。何で怒ったんだ?」
鈴原は黙ったまま。
俺は立ち止まった。
彼女も立ち止まる。
「言ってくれないとわかんねーよ……」泣きそうになる。彼女の前でみっともないとこを見せたくない。
「宮野は……」彼女は何かを伝えようとして、いい淀んだ。
俺は待つ。言ってくれるまで前に進めない。
「宮野は私のためって言って、私に何もさせてくれない」
「鈴原を守りたいんだ」
「秋山さんは、戦わないと変われないって言った」
「一人で戦わなくていい」
「そう言いながら、宮野は私を鳥籠の中に閉じ込めるのでしょ?」
俺は反論する言葉を無くした。
鈴原は変わったのか?
育が転校してきてからみんな少しずつ変わってきた。
鈴原も変わりたいのか?
育は正論と正義を振りかざす。
育ぐらい強くて自由ならそれで押し通せるかも知れない。
けれど育に感化されたって、みんなが育と同じようにはできない。
俺たち幼馴染みは今でも育の呪縛に囚われている。
それでも俺たち幼馴染みは自分で戦える。理不尽を暴力でねじ伏せられる。
でも鈴原や、由紀達にはそんな事はできない。
育に憧れて育のようになりたくても、誰も育にはなれない。
本当に迷惑なカリスマだ、育は。
育の家に来ていた。
居間のソファーに座らせて育の湿布を取り替えた。少し内出血をしていた。
「すみません。育にケガをさせてしまいました」俺は育パパとママに頭を下げた。
「公太くんにケンカ売って、返り討ちにあったんだろ?」育パパが呆れたように言った。
「公太くんに迷惑かけては駄目よ?」育ママは育を叱る。
「どうして私が怒られるのよ! その通りなんだけど!」育がむくれた。
それから、育は真面目な顔をして俺に向き合い、
「公太、今日はごめんなさい」そう言って頭を下げた。
「あ、うん」
謝るときはちゃんと謝れる。それが育だ。
「由紀ちゃんに、ちゃんと謝るようにって怒られた」
「そういう事も言えるんだ。ちゃんと友達やれてるんだな、二人は」
「ん、……前の由紀は嫌いだったけど、今の由紀は嫌いじゃないかな」
「そうか」
育は周りを自分に合わせて変えてゆく。
戦うことしか能の無い俺とは格が違った。
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