第40話 文化祭count3
「メイド服と執事服のレンタル。安くてそれなりの見繕っておいた」
俺はプリントアウトしたカタログを机に並べた。
高校の文化祭程度で本格的な衣装はいらない。レンタル衣装で安くて見栄えのよいのをネットで見繕っておいた。
「これよくね?」加藤がコスプレ感あるミニスカメイド服を指した。
「私はこっちの方がいいけどね」育がクラシックなメイド服を選ぶ。俺達がバイトしたメイド喫茶の服に似ているデザイン。
ずっと会話に参加していなかった加藤の友達や由紀の友達も興味を示す。
先に楽しそうな話題を選んでよかった。
加藤をぶん殴っておいて、バイクの話をしてから本来の集まった用件に入った。居間に戻って文化祭の打ち合わせをしていた。
加藤をぶん殴ったのは余計だった気もするし、そもそも殴る理由もなかった。
何か浮かれていたのかな。
友達が俺の家に集まるなんて久しぶり過ぎたから。いや、いつもの幼馴染み以外俺の家に友達が来ることすらなかった。
「嫌だって言ってたのに、ちゃんと打ち合わせの準備してたんだ」由紀が嬉しそうに話しかけてくる。
キッチンで由紀と二人、お茶のおかわりを淹れている。
「由紀も嫌がっていただろ?」その割には楽しそうだよな?
「んー、公太くんが育ちゃんに優しくすると、育ちゃんが嬉しそうだから」
「ん? 由紀は育が嬉しそうだと嬉しいのか?」
「育ちゃん、公太くんの事になると見ていて楽しいよね。怖くなったり、イケメンになったり、可愛くなったり」
「育はいつでも可愛いだろ」
「あはっ」由紀が声を出して笑った。
俺、笑われるようなこと言ったか?
「公太くん、育ちゃんの事好きだねー」
「ああ」もちろん好きだが?
「付き合わないの?」
「いや、好きの種類が違う」俺の彼女は鈴原だ。「育は家族みたいなものだから」
「家族?」
「姉みたいだろ?」
「姉なんだ?」由紀は意外そうな顔をした。
何が意外なんだ?
俺はテーブルにおいたノートタイプのパソコンで表計算ソフトを開く。
「育、この備品欄に品名と値段を入れろ」
ためにし『メイド服』と品名を入力してレンタル金額も入力する。「コーヒーサーバーのレンタル代とかもここな」
それからカーソルを消耗品欄に移す。
「こっちが商品原価な」コーヒー豆の値段と一袋から作れる個数を入力する。とりあえず紙コップの値段も仮で入力する。
「で、提供予定数を入力すると、幾らで提供すれば採算取れるか表示される。逆に提供金額を入力すれば何個提供すれば採算取れるかが表示される。わかった?」
「……、どうなってるのこれ?」育が目をぱちくりさせて訊いてくる。
「ただの表計算だけど」
「公太が作ったの?」
「そうだけど」
「こんなの作れるの?!」
「いや、バイトで新メニュー考えるときに使ってただろ」それを真似して自作した。
「そんなのやってたんだ?」
育はホールにいたから知らないか。
「メニューも何個か作れるから好きに使え」
「嫌がってた割に準備良すぎ」由紀が楽しそうにからかってくる。
ほっといてくれ。
「あと、文化祭までのタイムテーブルと、当日のシフト表の雛形作っといたから使え」
「ありがとう、公太!」
「どういたしまして」そう言ってパソの前から立ち上がって、育に席を譲った。
みんなが育の周りに集まってパソの画面を覗き込む。
それから育はすぐにやることを理解して委員の由紀と斉藤に仕事をふっていた。
俺の仕事はこれくらいでいいかな。
育の役に立ったよな?
俺は新しいコーヒーを淹れることにした。
朝の教室。
私の周りには文化祭実行委員とそのお手伝いが集まっている。
昨日、公太の家で今日のホームルームで提示する資料を作った。その資料の確認と打ち合わせをしている。
昨日、公太は最初に資料の作り方の説明をしただけで、後は話に加わらなかった。
離れた場所で一人コーヒーを飲みながらスマホをいじっていた。
お陰でみんなが話しやすくなった。
ソウジャナイ……。
公太がクラスに溶け込むのは簡単じゃないね。
クラスの空気が変わった。
いつもの事だ。公太と鈴原が教室に入ってくる。
「おはよー」いつものように由紀ちゃんが声をかける。
「おう」これもいつものように公太がエラソーに返事をする。
「ちょっとごめんね」私は断りを入れて席を立った。
公太と鈴原のところに行く。
公太がギョッとした顔をするが、前よりは嫌がっていない。すでに諦めが入った表情。
今更他人のふりは無理があるからね。
「おはよう、鈴原さん」
鈴原ににこやかな笑顔で話しかける。
鈴原は「おはようございます」と聞き取れないぐらいの小さな声で返事した。そしてすぐに視線を外す。
私の美少女スマイルが通用しない……。
公太には挨拶をしない。今日も夜明け前におはようの挨拶は済ませている。
毎朝、峠に走りにいっているから。
公太が鈴原をかばうように間に入ってくる。
「鈴原さんと話したいんだけど?」
「何?」
「公太、ジャマ」
「何の話だ?」
「オトモダチと話するだけよ」
「は?」
「ね、鈴原さん。オトモダチになったものね」私は笑顔で鈴原に話しかける。
この前メイド喫茶で言質を取った。
公太が胡散臭げに鈴原を見る。
鈴原は小さくうなづいた。
私は公太を避けて鈴原に近づく。
公太は咎める事ができずにただ見ていた。
「ねえ、鈴原さん。一緒にメイドさんしない?」
鈴原が、え? て顔で見てくる。
やっとこっち見たか。
イライラスル。
「鈴原さん、メイド喫茶の常連さんだから、やることわかるよね?」
「育」公太が私をさえぎる。
ジャマしないで!
「いつまでもそんなんでいいの? 戦わないと変われないよ?」私は作り笑いを棄てて鈴原をにらみつけた。
鈴原が怯えた顔をする。
「育!」公太が怒鳴って、私を鈴原から離れさそうとする。
「公太、ジャマしないで!」
「いい加減にしろ!」本気の公太にあっさりと押し退けられた。
ムカつく!
私は思わず握った右拳で公太に殴りかかった。
公太は左手で私の拳を左に受け流し、体を回すのに合わせて右手でカウンターを入れてきた。
私は顔を殴られて倒れる。
痛い……。
殴られたところを押さえる。痛くて涙が出た。
前も同じことがあった。でもあの時と公太の本気度が違った。
昨日、加藤くんを殴ったときと違って手加減もしていない。
公太は驚いた顔で私を見下ろしている。本気で殴りかかられるとは思っていなかったのだろうか?
「宮野ー!」加藤くんが怒鳴って駆け寄ってくる。
「手を出すな! これは私のケンカだから!」私は怒鳴って加藤くんを止める。
彼は立ち止まった。
彼じゃ公太に勝てない。
私は立ち上がる。殴られたところを押さえていた手をどける。
涙目のまま公太をにらみつける。
公太は私ににらまれて怯んでいた。
ケンカで私に負ける筈無いのにね。
「宮野」小さな声がした。
公太が後ろを振り向く。
公太の名を呼んだのは鈴原だった。
パン!
教室に平手打ちの音が響いた。
え?
鈴原が公太をビンタしていた。
……。
教室中が音を無くす。
誰にとっても意外な事態だった。
公太が唖然として固まっている。
私もだ。
「私は秋山さんと話をしているの」
静まり返った教室に鈴原の小さな声が聴こえた。
公太は泣きそうな顔をしている。
「……秋山さん、……後で……」鈴原は緊張で震えながらそう言った。
「……ええ」私は戸惑いながらもそう返した。
これは私のケンカだと宣言した筈なのに……。
この女は手強い恋敵だ。
読んでくれてありがとうございます。




