第37話 新学期episode4
「行くぞ」俺は鈴原に声をかける。
昼休みの教室。
鈴原への態度が、育にエラそうで怖いと言われた事がある。
だってみんなが見ている教室で彼女に優しく接するなんて、……恥ずかしいだろ!
誰もいない美術準備室に入る。
カギは持っている。勝手にスペアキーを作ったから。
生活指導の強面体育教師に咎められたが、「鈴原が人がいるところでは落ち着いて食べれないので」と言ったら、
「卒業するときには返せよ」と言われた。
鈴原と机を挟んで座る。二人とも弁当だ。
俺の弁当は母親が作っているが、たまに自分で作る。
鈴原はいつも母親の手作りらしい。
特に会話はない。彼女の口数は少ない。
先に食べ終えた俺は食事中の彼女を眺めながら待つ。
最初は彼女も、「食べてるとこ見られるの恥ずかしいよ」と言ったが、今では慣れて普通に食べている。
彼女の食事が終わってから、俺は持ってきたクッキーを出した。赤色と緑色と茶色の三色のクッキー。
「食べる?」
「うん。……これ、初めて」
今回は初めて作ったクッキーを持ってきた。
透明な袋から緑色のクッキーを取り出して、「はい」って、彼女の口元に差し出す。
「ありがとう」彼女はクッキーを手にとって一口かじる。
彼女は俺の手からお菓子を食べてくれない。
俺の幼馴染みは、あーん、されたがるんだけどな。
「……野菜クッキー?」
「そう。野菜を乾燥させて粉にしてクッキーに入れた」乾燥野菜パウダーも自作だ。
「ピーマン?」
「当たり」
彼女はニンジンとゴボウも当てた。
「どうかな?」
「美味しい」
「どれが一番旨かった?」
「全部美味しかった」
彼女は何を食べても美味しいとしか言わない。素材の味を当てられるのだから、味音痴と言うわけでもないだろうに。
「秋山さんは野菜嫌いなの?」何の脈絡もなく彼女は言った。
どうして育が野菜嫌いだと知っているのか?
「ピーマンが一番嫌いなのね」
「……」俺は返事ができない。野菜嫌いの育のために作ったおやつなのは確かだ。味見を鈴原にさせたことを咎められているのだろうか?
まるで浮気がばれた気分だ……。
「怒ってないから」鈴原は優しく言った。
「……何でわかるんだよ」
「こんな変わったおやつ作るのは、何か理由があると思うでしょ? 野菜嫌いな誰かに食べさそうとしているって思うよね」
その通りだった。どうやって育に野菜を美味しく食べてもらうかを考えて作った。
「秋山さんはピーマンが一番嫌いだから、ピーマンクッキーを最初に食べさそうとしたのよね。一番気になるから」
その通りだった。
「……ごめん」
「謝らなくっていいよ。宮野が秋山さんと幼馴染みな事は知ってる。仲が良い事も知ってる」
「……、育とはただの幼馴染みだから……」
「秋山さんは宮野の事、私の男、って言ったよ」
何を言ってるんだ、育は!
「戯言だ。本気にするな」
「身を引いても良いよ」
「育に遠慮なんかしなくていい!」大きな声を出してしまった。
鈴原がビクッとする。
しまった……。彼女を怖がらせたことを後悔する。
「秋山さんに遠慮してないよ。……宮野に遠慮してほしくないだけ」
この話は前にもした事がある。育が引っ越してきてすぐの時に。
何でこんな話になるんだ……。
俺はうつ向いてしまった。
「……俺が好きなのは鈴原だ」俺はうつ向いたままそう言った。
「育に料理を教えてやってくれないか?」育パパが俺に話しかけてきた。
育パパはダイニングテーブルに座って何となしにテレビを見ている。
既に缶ビールを開けてチビチビやっていた。さっき俺が適当に作ったおつまみを食べながら。
「いいですよ」俺はキッチンで料理をしながら返事した。
育は聞こえないふりしてテレビを見ている。
「育、やってみる?」
「え、……えっと、いやー……、いいかな……」育がしどろもどろになる。
「料理ぐらいできないと、結婚してから大変だぞ?」育パパがほとんど飲んでないのに酔っぱらいみたいなことを言う。
「あ、公太をお嫁さんにもらうから大丈夫」育が当たり前のように言う。
「俺の事、コックか家政婦だと思ってないか?」
「いや、そんな事思ってないよ?」
「お母さんだろ」育パパが呆れたように突っ込みを入れた。
今日は育ママが仕事で遅い。
育に任せると育パパが気の毒なので夕食を作りに来ていた。
今日の献立はアジの野菜餡掛けと野菜たっぷりの味噌汁。あと何か適当な野菜のおひたし。
「うげ」食卓に並んだ料理を見て育が変な声を上げた。
「野菜ばっか。お肉食べたい!」
「今度な」魚は野菜じゃないぞ。
「いただきます」育パパのいだきますで健康的な晩餐が始まった。
ついでに俺も食べていく。片付けもしないといけないからな。
「取りにくいよー」育がアジの餡掛けをつつきながら文句を言う。
アジが身取りにくいのかと思って見たら、餡掛けに入っているピーマンを取り除こうとしていた。
はじきにくいように細かく刻んだんだけどな!
「後でおやつあげるから、残さず食べろ」
食器を洗い終わったあと、約束通りクッキーと紅茶を出した。
「あーん」クッキーを入れた袋を開けようとしている先から、育が口を開けて要求してくる。
俺の手からじかに緑色のクッキーを育に食べさせた。
「んー、美味しいー」育が幸せそうな顔をした。
育パパも一つ食べて不思議そうな顔をしている。
「赤とか緑とか、変わった色ね。どうやってるの?」
「んー、食品色素」
「ふーん」そう言いながら赤や茶色のクッキーも自分の手でつまんで美味しそうに食べた。
「食わず嫌いか……」育パパが呆れたように呟いた。食品色素じゃないことに気づいているようだ。
俺も緑色のクッキーを一つ食べてみる。
ちゃんとピーマンの味がした。
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