第35話 新学期episode2
アスファルトをハロゲンライトが照らす、いつもの峠道。
東の空が暁色に染まり出す。
コーナー手前で上体を起こすと空気抵抗だけでエアブレーキがかかる。合わせてフルブレーキ。回転数を合わせるためにスロットルを吹かしながら1段づつシフトダウン。パワークラッチがロス無くシャフトをつなぐ。後ろタイヤをロックさせないように、かといってパワーロスしない回転数を模索する。
ABSが作動する直前までブレーキレバーを握り込み、ロック音を聞きながらカウンターを当て車体をバンクさせる。
シートから体を乗り出し、膝が擦るほど重心を内側にいれてバイクのバンクを押さえる
旋回を始めたところでブレーキをリリースしてスロットルをパーシャルに。
コーナー出口が見えたところでスロットルを徐々に開けて、クラッチを使わずにシフトアップ。
出口直前からシートに戻りフロントが浮かないように前傾姿勢で押さえ込んでスロットルを開ける。わずかにスロットルを戻して更にシフトアップして加速する。
次のコーナーのブレーキポイントまでシフトを上げながらフルスロットル。
何度も繰り返した動作。
たまちゃんが教えてくれたテクニック。何度かこの峠で引っ張ってもらった。
バイクを買ってから毎朝峠を攻めている。
朝日が眩しくなる時間になってきた。そろそろ終わりにしようか?
集中力が切れた瞬間に高速コーナーでリアが滑った。侵入速度が高すぎたのか、タイヤのグリップが落ちてきたのか?
恐怖に速度を落としそうになるが耐えてスロットルを開け続ける。スロットルを戻すとグリップが回復して外側にバイクが跳ねる。内側に転倒した方がましだ。
何とか転倒せずにコーナーを抜けた。
潮時だ。ペースを落として駐車場まで戻った。
巨大な白い風車の下で育が出迎える。
「お疲れー」
エンジンを止めてヘルメットを脱ぐ。
育にスマホを渡される。
スマホのストップウォッチ機能でラップタイムを計測してもらっていた。
「速くなってるよ」
笑いかける育にスマホを返す。疲労で返事が億劫だ。
スマホと引き換えにタオルを渡された。
バイクから降りてジャンパーを脱ぐ。Tシャツになって汗を拭いた。
育もジャンパーを脱いでTシャツになっている。
秋になったとはいえ、まだ暑い。
アスファルトに座り込んで育に渡されたペットボトルの水を飲む。
一息ついて後ろ手で体を支えて空を見上げる。
青い空に白い風車のブレードが回っていた。
ブレードの風切り音を聞きながら息を整える。
「最初に比べたら大分速くなってるよ」育が自分の事のように嬉しそうに言った。
「たまちゃんのタイムよりも全然おせーよ」
けいくんのタイムよりも遅い。
「あの二人はねー」育が仕方ないよね、て感じで慰めてくる。
けいくんはたまちゃんよりも遅い。それなのに、「タンデムした方が速いなんておかしいでしょ」育は呆れたように言った。
ホント、呆れる。たまちゃんがけいくんの後ろに乗ると、たまちゃんのソロのタイムよりも速くなる。
意味がわからない。
「私達もタンデムの方が速くなれるかな?」
「無理だろ」育を乗せて限界走行するつもりはない。
「むー」何故か育は不満そうな顔をした。
「どこか走りに行こうよ」育が背中に抱きついてねだる。
暑いからくっつかないで。あと、胸が当たってる。
わざとだろうから突っ込まないけどな!
今日は土曜日なので時間がある。来た道と反対側の道にバイクを走らせた。
育が背中にしがみついてくる。
育の胸パットと俺の脊椎パットが当たってゴツゴツする。
無言でバイクを走らせた。そもそもインカムとか持ってないので話はできない。
走っているときに話をする必要性も感じないけどな。
調子にのって越県した。
広い公園にバイクを止める。観光地になっていて人が溢れていた。
「鹿! 鹿! 触れるー!」育が公園にいる鹿の首筋に抱きついた。
公園は鹿だらけで、そして人に慣れていた。
いや、鹿ぐらいさっきの峠にもいただろ。夜は対向車よりも鹿の飛び出しの方が怖いくらいだ。
「鹿せんべい買う!」
育が鹿せんべいを買ったとたんに、さっきまでおとなしかった鹿が育に押しかける。
「わ! わ!」鹿に囲まれた育がたまらず逃げ出すが、鹿に追い回される。
育が楽しそうでつい笑ってしまった。
育は俺の方に駆け寄って、「はい」と鹿せんべいを押し付けてきた。
「は?」
今度は俺が鹿にたかられた。
「痛! 噛むな!」
俺から離れたところに立ち止まった育が楽しそうに笑った。
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