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第32話 夏の終わりLAP2

 

 夏休みの終わり。俺達はバイトを辞めた。

 俺達は職場の同僚達と良い関係を築けたと思う。少なくともクラスでの俺の立ち位置とは雲泥の差だ。

 特に春ちゃんには辞めることを惜しまれた。あの一件以来懐かれている。春ちゃんは辞めずにバイトを続けている。

「何かあったら連絡してください」そう言うと、彼女に潤んだ目で、無言で見つめられた。

 育が俺をにらんできて怖い。


 育もみんなに惜しまれて挨拶を交わしていた。特にオーナーには惜しまれていた。育に辞められると売上が減るから切実だな。


「公太、写真とろ!」制服を脱ぐ前に育と写真を撮った。

 そのあとメイドさん達とも写真を撮った。

 店の前で集合写真も撮った。


 たかがバイトが辞めるだけで大袈裟だな。

 ま、育だからな。


 こうして夏休みは終わった。




 残暑はまだまだ厳しいが秋だ。

 バイクに乗るには絶好の季節がやってきた。

 始業式から数日学校にかよってすぐに週末。


 土曜日の朝からけいくんちのガレージに幼馴染達が集合した。

 全員集まっている。


 俺のバイクの引き渡しの日だ。


 けいくんとたまちゃんは夏休み最後の日にやっとツーリングから帰ってきた。

 それから直ぐに整備を終わらせ陸運局の登録まで終わらせていた。


 俺はけいくんに手付かずのバイトの給料を袋ごと渡す。

 バイク代や登録費用等は足りていると思うが、色々足りない。


「任意保険はローンで頼む」

「利息がもったいないから一括で払っておいた」けいくんがアッサリと言った。

「は? お金足りないだろ?」

 無利息でけいくんからお金を借りた形になってしまった。

「悪い。保険代も技術料も分割で返す」

 時間ができたらまたメイド喫茶にバイトに行く事にしよう。


「いらない。もうもらった」

「?」

「いくちゃんにね。いくちゃんにもバイト代袋ごと渡されたよ」

 驚いて育を見る。

 育は俺を見ていたずらっぽく笑った。

 こいつは……。


「技術料は要らないって言ったんだけどね」そう言ってけいくんはたまちゃんを見る。

「友達からお金はとれないよ」たまちゃんもけいくんに言う。

「いいよね?」

「うん」

 けいくんとたまちゃんは何かを同意したようだ。


「頼まれていた装備なんだけど」けいくんは段ボール箱を開けた。

 頼んでいた装備とはヘルメットとブーツとグローブ、そしてジャケットだ。カタログで注文してもらった。

「いくちゃんに頼まれてたのも揃ってる」

「育も頼んでいたのか?」

「公太とお揃いのをレディースで注文しといた」と笑顔で育が返事した。

 いつの間に……。


「それでだ。これは俺とたまちゃんからプレゼントさせてくれ」

「「はあ?」」俺と育の声が重なる。

「それじゃ意味ないよね?!」育が抗議する。

「技術料は要らないって言ったのに、無理やり押し付けてきただろ? 俺達は受け取ったんだから、二人も俺達のプレゼントを受け取ってくれ」

「返品は認めないからね」たまちゃんは面白そうに言った。



 さっそく装備をつける。

「このジャケットごわごわするー」育が文句を言った。

「胸と脊髄にプロテクターが入っているからね」たまちゃんが育に装備を説明しながら着せている。

 黒の革ジャンを着た育はカッコ良かった。

「公太も似合ってるよ」育に笑いながら誉められた。

 育に見とれていたのがばれたか。



 メインスタンドを下ろしてシートに跨がる。

 これが俺のバイクか……。

 シートの感触やポジションを試してみる。スイッチ類の場所を確認する。

 バイト頑張った甲斐があった。いや、そんな嫌なバイトではなかったけど。


 キーを回す。

 セルスターターを押した。

 マルチの排気音が僅かな振動とともにした。

 軽くアクセルを開けてみる。スムーズに吹き上がる。心地よいエキゾーストノイズ。

 けいくんとたまちゃんのこだわりを感じる。


「カッコいいよ、公太」育が笑いながら言った。

 何と返していいかわからなかったので黙って笑い返した。


「乗って良い?」育が訊ねる。

「ああ」フル装備しといて今更何を訊いているんだ?

 ……育は人の領域に無粋に踏む込むことはしない。


 育はタンデムステップを下ろして左側から跨がる。

 嬉しそうに俺の腰に抱きついてきた。



「どこ行く?」けいくんが訊ねた。

「A峠に行こ!」たまちゃんが答えた。

 初日から峠攻めるのか。……いいな。


「付いていけるかなー」かずくんが不安そうに言った。スーパーカブだからね。ボアアップしていない50cc(ゼロハン)ではヒルクライムで付いてこれないだろう。

「流すだけだから」けいくんが言った。


 たまちゃんをタンデムシートに乗せたけいくんが発進する。かずくんが続き、そして俺達も発進する。



 千鳥隊列で山に向かう。国道の峠道の一番高い地点から脇道に入る。

 頂上に向かう峠道。

 幹線道路と違って勾配もカーブもきつくなる。

 けいくんがいるので法定速度遵守で頂上の展望台まで。


 夏の終わりの休日。展望台には多くの車が停まっていた。展望レストランもそれなりの客がいた。

 自販機の缶ジュースで休息する。


 眼下に紅葉にはまだ早い山の緑。その向こうに町が見える。そしてその先には海が見えた。


「さて、峠攻めるか?」けいくんが言った。

 展望台から先は峰沿いに峠道が続く。適度なアップダウンときついコーナー。走るには楽しそうな道だ。


「育はここで待ってて」育を乗せて峠を攻めるのは怖い。

「うん。わかった」育はアッサリと同意した。

「僕もいくちゃんと待ってる」かずくんも残る。俺達のペースでは走れないからな。


「最初は押さえて走るから、付いてきて」けいくんが言う。引っ張ってくれるらしい。

 たまちゃんが当たり前のようにタンデムシートに跨がる。パッセンジャーなんて荷物にしかならないのにこれで峠を攻められるのか?


 けいくんのバイクの後ろに付いて走る。

 巨大な風車が連なる尾根を進む。そして巨大なレーダーサイトを通りすぎたところでバイクを止めた。

「戻りは飛ばすよ?」

「ああ」

 元来た道を走る。


 飛ばすって言ってたけど……、飛ばしすぎじゃね?


 タンデムバイクが一人しか乗ってない俺より速いってどういう事?


 たまちゃんは荷物ではなかった。


 コーナーに合わせてシートから身をのりだし身体を路面スレスレまで落とす。バイクをできるだけ傾けずに遠心力を相殺するアクティブバランサーだった。


 けいくんとたまちゃんは喧嘩だけじゃなくて、ライディングも息ピッタリな相棒だった。


 100キロを軽く越える速度からのロック音響かせるフルブレーキ中に身体を乗り出すなんて、たまちゃんは勇敢すぎる。

 どれだけけいくんを信じているのか。



 展望台の駐車場に戻る。

 育が出迎えてくれた。

「公太、大丈夫?」

「……、何でタンデムで俺より速いんだよ……」

「あー、ドンマイ」


「今度は私が後ろ走るから、先に行ってね」たまちゃんがハンドルを握った。けいくんは降りている。

「何回かフルブレーキ掛けて。ABSの作動タイミング試してみて」

「ABS付いてるの?」

「付いてるよ?」

「けいくん、タイヤをロックさせてたよな?」

「ロックするギリギリが制動効率高いからABS作動タイミングを遅らせてるよ?」

 マジか。タイヤロックさせて怖くないのか?


 コーナーできつくブレーキレバーを握る。ロックして前輪が抜けるかと思った瞬間にABSが作動して作動音と共に振動が伝わる。ブレーキングのまま旋回を始める。


 怖い! これ、怖すぎだろ!



 レーダーサイトを過ぎたところでバイクを止める。


「ABSのタイミングこれでいい?」

「ああ」

「作動する直前までフルブレーキね。安全マージン取ってあるから」これでマージン取ってあるのかよ。



 帰りは裏道から帰った。表の国道と違って細くてコーナーもツヅラ折れだった。

 帰りはかずくんも飛ばしていた。ダウンヒルは排気量のハンデは少なくなる。軽量のカブはダウンヒルに向いていた。

 回転数を落とさないようにノーブレーキでコーナーに突入するかずくんは鬼じみていた。


 育とタンデムしているとはいえ、原付に離されるとは……。




読んでくれてありがとうございます。


公道では法令を遵守して安全運転を心がけましょう。

バイクの免許を取得して1年間は2人乗りできません。けいくんも公太も免許取ってから1年経過してるんだと思います。

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