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第31話 夏の終わりLAP1

 

 けいくんとたまちゃんはバイクでツーリングに行ってしまった。

 公太のバイク、正確には買う予定のバイクは整備途中で止まってしまった。


「俺のバイク……」公太がしょんぼりしているが、どうせ夏休み全てを使ったバイトの給料が入るまで買えない。

「公太、ほら元気だして! バイト頑張ろう! ね!」

「……そうだな」カウンターの中の公太はグラスを磨きながらそう返事した。


 メイド喫茶の仕事にも大分なれた。むしろ楽しい。

 同僚のメイドさんに言わせると、嫌な客もいるらしい。

 私は嫌な客に当たった事がない。


「育ぐらい美人過ぎると、ちょっかいの掛けようがないんだろ」公太が訳知り顔で言った。

 そうかもね。納得した。


「育ちゃんにちょっかい掛けるとバウンサーが怖いからだよ」同僚メイドの春ちゃんが言った。

 バウンサーとはお店の用心棒の事らしい。公太の事だ。

「俺はキッチンスタッフで雇われてます」公太は手を休めること無く春ちゃんに反論した。


 春ちゃんは小柄でおとなしい。ふわふわした髪型と雰囲気の癒し担当メイドさんだ。


 ちなみに私は美少女担当だ。私が決めた。


 春ちゃんはちょっとおとなしい。こんな仕事向いてないのでは? と思うくらいには気弱なところがある。

 守ってあげたい小動物系か。守ってあげたい妹キャラか。

 本当は二十歳過ぎた女子大生らしいけど。


 気弱キャラは、守ってあげたい保護者なご主人様に人気だ。騎士にでもなった夢を見せているのか?

 でも、気弱キャラを加虐して喜ぶたちの悪いご主人様もいる。

 そう言うロールプレイをしている分にはいいんだけど、リアルとロールの区別がつかない困ったご主人様がたまに問題をおこす。


「いいだろ! いくら貢いだと思ってんだ!」

 こんな感じで。

 春ちゃんに怒鳴っているのは、おとなしい感じの男性。大学生くらいか?

 貢いだもなにも、喫茶でメニュー頼んでお会計しただけだよね?

 客は店員に何を言ってもいいと思ってるバカな客はどこにでもいるよね。


「どうしましたかー? ご主人様ー?」私はすぐに春ちゃんのところに行く。わざと語尾を伸ばしてバカっぽく話しかける。


 イラついた客が剣呑な目を私に向ける。が、すぐに目をそらした。

 ニッコリと笑いながらにらんでやったらすぐこれだ。自分より弱いと思った相手にしか威張れないってダサいよね。


「うちのメイドが失礼しました。お詫びをしたいのでどうぞこちらにいらして頂けませんか? 旦那様」いつの間にか公太が来ていた。

 公太は客の荷物を持つと、客の肩に手を掛ける。

 そして有無を言わせずバックヤードに連れていった。


「ありがとう、育ちゃん」春ちゃんにお礼を言われたが、私は大したことしていない。

「いいですよ。馴れてるから」と言ったけど、何に馴れてるんだろ? 私は。



 バイトが終わり片付けをしてから店を出る。

 公太も私も遅番の時は一緒に帰っている。公太が早番の時は公太は鈴原とデートだから私は一人で帰らされる。


 午後8時過ぎ。夏なので薄明かるい。日もだんだんと短くなっている。暑さも弱まって、夜だと涼しいと感じられる季節になった。


 公太は歩きスマホをしている。操作はせずに画面を見ていた。

「歩きスマホは危ないよ?」

「ああ」

「なに見てるの?」

 公太のスマホを覗くと地図が開いていた。

「GPS」

「道ぐらいわかるよね?」

「ここじゃない」

 見るとGPSはここより少し先を表示していた。

「何のGPS?」

「春ちゃん」

  春ちゃんの居場所を表示してるの?


「え? 何? 公太、ストーカーなの?!」

「そう言う冗談はいいから」公太は真剣な声色で返した。

 ごめん。

 当然春ちゃんの同意がなければGPS表示なんてできない。

「いや、さすがにそれはないでしょ?」

「無駄足なら、それでいい」


 私たちは夜道を駅に向かって歩いている。春ちゃんは少し先を駅に向かって歩いているらしい。


 公太の気にしすぎだと思ったので、私は既に興味を無くしていた。


「けいくんとたまちゃんから連絡あった?」

「無いな。問題ないんだろ?」

 便りの無いのは良い知らせ、か。

「かずくんところにはあるのかな?」

「さあ? 流石にたまちゃんは連絡してると思うけど」

「バイク買ったら、私たちもツーリングに行こ。テント持って」

「んー、バイク買う頃には夏休みも終わってるけどな」

「学校サボって」

「そんな悪い子に育てた覚えは無いんだけど」

「育てられた覚えも無いんだけど?」

「土日の一泊二日なら」

 そんな会話をしているときに、公太のスマホに着信が入った。

 デイスプレイに『春』と表示された。


 公太が一瞬でトップスピードで駆け出す。

 私も反射的に駆け出していた。

 出足は同じだったのに徐々に公太に離される。


 最後にGPSが示していたのは店舗街。但しこの時間は店が閉まって人通りが少なくなる場所。


 春ちゃんが男に腕をつかまれていた。掴んでいたのは昼間お店で春ちゃんに怒鳴っていた男。

 バカなの?

 お店でのロールを店の外に持ち出すなよ。

 そもそも今日の今日で警戒されてないとでも思ってたのかな?


 一気に距離を詰めた公太が走ってきた勢いのまま男を殴り付ける。倒れる男に腕を掴まれて引っ張られた春ちゃんを、公太は抱き締めて男から引き離した。

 公太が春ちゃんを私の方に差し出してきた。私は春ちゃんを受け取って抱き締める。


 公太は春ちゃんを離して、倒れた男を見下ろす。

「何だよ、お前!」気の弱そうな男が、全然怖くない威嚇をしながら立ち上がった。

 ポケットからカッターナイフを取り出した。


 ……しょぼ……。

 さっきコンビニで買ったの?


 頭に血がのぼった男は、カッターナイフで公太に切りかかる。

 全然様になってない。

 公太はアッサリとナイフを叩き落とし、再び男を地面に叩きつけた。そして落ちたナイフを拾う。


「春ちゃん、大丈夫? 怪我していない?」

 春ちゃんは震えていて返事ができない。見たところ怪我はなさそうだった。


 公太がスマホで電話をしている。

 男は倒れたままうなっていた。


 しばらくその場で立ち止まっていた。


 たまに通りすがりの人が見ていくけど、トラブルに巻き込まれたくないのか私たちを避けていく。


 春ちゃんは落ち着きを取り戻すと今度は泣き始めた。私は彼女を抱きしめて落ち着かせる。


 公太は倒れた男をにらみつけている。

 男は倒れたまま動かない。多分公太が怖すぎて動けないフリをしているだけ。


 しばらくして制服警官が二人やってきた。

 公太が電話で通報したから。多分近くの交番のお巡りさん。


「また、宮野か」お巡りさんが呆れたように言った。

「うっす」公太が短く挨拶する。


「おい、立てるか?」お巡りさんが倒れていた男を立ち上がらせる。「ちょっと話聴かせてもらえるかな?」


 もう一人のお巡りさんが私たちを見て、「君たちも来てくれるかな?」と言った。


 えー、警察に連れていかれるのはじめてだよ。

 ……公太は馴れてそう。て言うか、お巡りさんと顔見知りって何よ?



「ここに来るの何度目だよ? 宮野」

 警察署の中の一室。お巡りさんが呆れたように公太に話しかけていた。

 パトカーに初めて乗った。


 取調室って事はなく、普通に執務室のテーブル。

 男は流石に別室だ。

 春ちゃんも別室に行っていたが、戻ってきていた。


「手間掛けてすみません。ナイフ出さなければ話し合いで済ませるつもりだったんですけど」

 公太の話し合いはぶん殴ることらしい。

「こういう事は警察に任せて、学生はおとなしく勉強してろ」

「うっす」

 ふてぶてしい公太はカッコいい。

「べっぴんさんもうっとりと見てないで、彼氏に危なっかしいヒーローごっこ辞めるように言ってくれ」

 私に話を振られた。べっぴんさん、て言い方新鮮よね?

「私の彼氏はヒーローですので」機嫌よく返事する。

「何で嬉しそうなの?」

「彼氏じゃないです」公太が反論した。



「こんなことあったけど、お店、どうする?」公太が春ちゃんに声をかけた。

「……辞めない」春ちゃんはうつ向いたまま、弱々しく答えた。

「うん。頑張ろう。こんなことで自分のやりたいことを諦めるなんて無いよね」私は春ちゃんの手を取って励ます。

「……私はメイドのロールプレイしているときぐらいしか、ちゃんと人と話できないから……。辞めない」

 そんな事情なんだ……。私に言われても重いんだけど。

「なら辞めるな。何かあったら俺に言え」公太は平然と答えた。

 公太は春ちゃんの事情を知ってた? 今、春ちゃんは公太に話をしていた?


 何なの、公太。たらしなの?


「育、顔怖い」


 春ちゃんの母親が迎えに来た。危ないから、こんな仕事は辞めろと言った。子供がこんな目に会って、メイドなんて怪しげな仕事を辞めさせようと思うのは仕方ない。

「変わりたいなら、自分で戦わないと変われないですよ」公太が春ちゃんの母親に言った。

 春ちゃんと母親は私たちにお礼を言って帰って行った。

 春ちゃん、辞めなければいいな。


 私の母親と公太ママが二人で迎えに来た。

 公太ママも警察には馴れているらしい。


 公太ママは警察官に謝っていた。

 警察官は、「また表彰されるだろうから、連絡します」と言った。

 表彰されるの? 表彰されたことあるの?

「要らないですから」公太は興味無さそうに言った。


 夏休みの一日が終わった。

 わりとよくある一日だった。公太にとっては……。

 私にはもうお腹一杯だよ!




読んでくれてありがとうございます。

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