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ずっと会いたかった人


 リアラという単語が一瞬脳内で認識されなかった。

 聞き流しそうになったときにようやくリアラという単語が意味を持つ。


「お前、リアラ!?」

「はい。どこかでお会いしましたか?」

「いや全然」


 咄嗟にタイチは否定してしまっていた。


 不自然な挙動を見せるタイチにリアラは不思議がってから、顔を前へ向けた。


 突然の出来事に脳が追いついていなかった。


 リアラが隣にいる。


 ずっと昔にタイチに手紙を寄越し、タイチを救ってくれた女の子。


 それと同時にタイチに助けを求めた女の子。


 リアラが隣にいると意識するだけで身体がむずがゆくなる。


 遙か昔から会いたかった子が今隣にいる。


 伝えたいことが沢山あったはずだった。


 手紙を読んだ。


 助けに来た。


 色々な言葉が脳内でぐちゃぐちゃになって結局タイチは、


「……今、何か困ってることないか」


 結局タイチは動揺が見え隠れしないように憮然と訊ねた。


 言えるわけねぇだろ……。


 助けに来たとかって。恥ずかしすぎる。言ってどうなる?


 『格好いい!』ってなるか? なるか、バカ……。


 急な質問に対してリアラは真意を測りかねていたようだった。


「別に何も困っていませんよ」


 じんわりと広がるような笑顔をリアラはタイチに送った。

 それだけで今までの気苦労とか、不安とかがゆっくりと溶けていった。


 そりゃそうだよ。 ずっと昔のことなんだから、今でも困ってるわけがない。


 繋がれない都市の壁を越えてやって来たが、少しだけ安心したと同時に恥ずかしくなる。


 自分は一体、女の子のために何をしているんだ、と。


 自分がリアラを追いかけてきた何て絶対に言えない。言えるわけがない。


 タイチが一人悶々と言葉選びに悩んでいると、隣のリアラがふいと背中のノアに優しげな視線を送った。まるで見守るような笑顔を湛えつつ、ノアのぷっくりと膨らんだ頬を突く。


「可愛いです……えっと」

「妹だよ。ノアだ。最近寝るばっかりで困ってる」


 愚痴の言葉が聞こえたように、丸い瞳がゆっくりと開きこちらを向いた。

 軽く伸びをしてからすたりと龍地に降り立つ。

 ノアが目の前のリアラに瞳を注いでいたので、


「リアラだよ。さっき出会った」

「……リアラ? タイチがずっと――」


 確信的な言葉がこぼれる前に慌ててタイチはノアの口を塞いだ。

 そして耳打ちする。


「そのことは絶対に言うなよ。絶対に、だ」


 こくこくと頷くノアを確認してからノアをリアラの前に突き出す。


「ノアはノア」


 淡々と挨拶を述べてから、すっと右腕を伸ばす。

 リアラは微笑みながらノアの右手を握った。


「はい。わたしはリアラです。よろしくお願いします。ノアはタイチと仲が良いです」

「別にそんなんじゃねぇよ。こいつが人様の迷惑にならないように仕方なくだな」

「ノアとタイチ、仲良し」


 勝手にタイチの腕を取り、ノアは仲良しアピール。

 こいつも精一杯やろうとしているのだろう。

 嬉しそうに見つめるリアラに見られるのが恥ずかしくてタイチはノアの手を振り払う。


「え~もっと仲良くしてくださいよ」


 駄々をこねるようなリアラの口調に言い返す。


「お前は一体妹に何を期待してんだよ……」

「ずばり!」


 リアラは唐突に声を上げてタイチに顔を寄せる。

 何故か瞳がきらきらと輝いている。


「いけない関係ですっ! 兄妹なんですよね? 夜とか一緒に寝たりしてるんですか!? お風呂は!? キスは済ませましたか!? あぁ、ダメなのに……お兄ちゃんダメ」


 一人で謎の妹役にのめり込むリアラ。


「でも、お前が好きなんだ……あぁ良いです。実にしっくりきます。で、タイチはどうなんですか!?」

「ねぇよ、アホか」

「ないんですか……」


 リアラの活力に溢れていた瞳から力が抜ける。

 落胆したように少しだけ肩を落とす。


「お風呂もない?」

「ない」

「キスも?」

「しつけぇな、ねぇよ」

「ではでは、裸を見たりは!?」

「それはある」

「やっぱりあるんじゃないんですかっ!」


 何であったことがそれほどまでに嬉しいのか。


「最近、兄妹の禁断の恋愛の書物を読んだんです。やっぱりそういうこともあるんですね。あぁ~いいですね。ふへへ」


 恍惚とした表情でリアラは実にうっとりとした表情。気持ち悪い笑い声。


 その蕩けた脳内では一体どんな妄想が繰り広げられているのだろうか。

 言い直すのもかわいそうになる。


「高尚な趣味してんな。本とか高くて読んだこともない」

「確かにお金は掛かりますけど……わたしはずっと家で勉学を教わって来ましたから、友達もいないんです。学舎にも行ってません。だから本ばかり読んでます」


 寂しげな表情を一瞬浮かべたが、リアラは直ぐ様笑顔で塗り潰した。


「お前、友達いねぇのかよ」

「タイチはいるんですか?」

「そ、そりゃあ、もう沢山な」


 冷や汗がだらだらと流れた。


 あー言ってしまった。何でこんな所で強がる必要があるんだ、俺は。


 自分の強がりを情けなく思っていると、ノアが二人の会話をしげしげと眺めていることに気付いた。

 人のまねを精一杯しようとノアは人を研究しているらしい。


 軽い龍震で龍地が左右に揺れた。

 シェーアの首が持ち上がり、大空に向かって突き出すような格好となった。

 繭の中の物見棟から笛の音が鳴った。

 カルガとは異なった音色だったが、凪の終わりを告げているのは何となく理解した。


「狩りしてる連中も帰ってるぞ。繭に入ろう」


 龍地から立ち上がり、タイチは狩り連中の流れを見つめた。

 リアラはゆっくりと立ち上がり、タイチに顔を向けた。


「大丈夫ですよ。知られてませんが、シェーアがネストを飛び立つときは軽い凪の状態になるんです。前に、偶然発見したんです。良く外界には来てますから」


 シェーアの鈍重な身体がそうさせるのだろうか。

 カルガならネストを飛び立つときには外界に留まることなんかできない。


「……タイチ、最果てに行きませんか?」

「お、何だよ。肝試しか? 俺もガキの頃良くやったよ」

「違います。ただ、好きなんです。あの場所が」


 リアラは微動を続ける龍地を軽々と移動していく。

 凪のときよりも激しい風が身体を揺さぶるのに、リアラは動きを乱さない。

 背の上を歩きながら、三人はシェーアの首根っこまでやってくる。


 最果てまで来るとさすがに、上下の振動が激しかった。

 足を滑らせれば、簡単に泥に落ちてしまうだろう。


 リアラは更に首の上を歩き、シェーアの頭まで到達する。

 最果てに何度も通い慣れているというのも嘘ではないらしい。

 そして何故か慈しむようにシェーアの頭を撫でた。

 シェーアは意にも介さず赤色の瞳を茫漠と広がる大空へと向けている。


 シェーアはゆっくりと身体を持ち上げ、ネストから浮き上がっていた。


 遙か彼方で太陽がその身を隠し、世界はゆっくりと暗闇に包まれる。


「まるで何も見えないな」


 タイチがそう呟いた瞬間だった。

 遙か後方の繭の中からうっすらとした光が漏れてくる。

 その光に照らされて、ぼんやりとしていたリアラの姿が浮かび上がった。


「サラマンダーに火を借りますか? わたしも擬士ですからできますが」

「いや、良い。よく見える」


 タイチはシェーアでの火の扱いに驚いていた。


 カルガでは、ずっと昔から絶やさないでいた広場の龍の火しか火の元がない。

 だから夜に入れば自然と行動は制限される。しかし、シェーアでは擬士がいれば火を簡単に取り出すことができる。シェーアは肉厚なこともあり、龍油も豊富にあるのだろう。


「わたしはここが好きです。繭のなかだと世界はとても小さい。でも、ここでシェーアと一緒の視線で世界を見て、自由に飛び回っているシェーアと過ごしていると、自分もこの世界を自由に飛び回っている気分になれるんです」


 リアラは風に逆らうように真っ直ぐ腕を伸ばした。

 かつてタイチが手を伸ばした姿と重なって見えた。


「もし……もし、外に世界があったらどうしますか?」


 心臓が跳ね上がった。

 タイチの驚いた顔を見て、リアラは苦笑した。


「もしですよ。わたし達以外にもシェーアのような龍の上で、生きている人達がいるとしたらです」

「それは……素敵な話だな」

「はい。それはとっても素敵なことだと思います。もしいるなら会ってみたいです。話してみたいです。もしかしたら、こうしてわたしと同じように手を大空に伸ばしているのかもしれないんです」


 繋がれない都市同士が結びつくことはない。


 龍同士がすれ違わないから、お互いはお互いの存在を知らない。


 だけど、奇跡が二度起こった。


 タイチの手紙がリアラに届いた。


 そして、その手紙がタイチに舞い戻ってきた。


 手紙が二人の間を繋いだ。


「リアラ……実は……」


 真実を伝えようとした言葉は笛の音色に邪魔された。

 軽い高音が繭の中から漏れ聞こえてくる。タイチは音色の種類を知らない。

 リアラが視線を上向けたのをタイチは追った。


 暗闇にぽつりぽつりと浮かぶ星々。その一つ一つが小さな光を投げ掛けていた。

 その光が揺らめきながら大きな燐光に変わり、落ちてくる。星が、降ってきた。


 リアラは小さな灯火を手の平で受け止める。


「星降りですね。こんなタイミングなんて……」


 小さな星々はリアラの手の平に降り積もってゆく。


 カルガの若者達の噂話を思い出した。

 夜に星降りが重なるときに外界にいる男女は結ばれる。

 凪という条件も重ならないといけないので、非常に難しい。

 もしかしたら、シェーアにも同じような噂があるのかもしれない。


「知ってますか? こんな噂話が――」

「知らないな」

「まだ何も言ってないんですが」


 リアラは少しだけ頬を膨らませる。


 どうして自分はいつもこうなってしまうのだろうか。


 自分の何とも言えない感情に自分で弄ばれていると、リアラはくすりと笑った。

 見透かされている気がして、一層気まずくなる。

 タイチはリアラの顔なんか見れるかと背後を振り返る。

 後方へと霞んでいる天生樹から大量の光の粒子が飛んできていた。


「最近星降りがなかったから良かった。これで薄くなった繭が厚くなる」

「そうですね。これでゼノアが入りにくくなります」


 結局ロマンチックな話を即物的な話で自分からぶっ壊す。


 風の勢いが増した。

 リアラは何かを察したようにこちらに一歩歩み寄った。


「もう軽い凪が終わります。シェーアに振り落とされる前に帰りましょうか」


 タイチを横切り首根っこまでさっさとリアラは進んでいく。

 その後ろ姿を見ながらタイチは声を掛けた。


「リアラ……お前、友達いないんだろ。俺がまた、その……遊んでやるよ」


 どうしてこんな物言いしか出来ないんだろうか。


 もっと気の利いた言葉とか、もっと良い言い方があるだろ。

 横柄にもほどがあるし……情けねぇ……。


 リアラはタイチの物言いに一瞬驚き目を丸くした。

 苦笑した表情を一瞬隠してからリアラは頬を緩めて滲むように笑った。


「はい。また遊んでください」


 タイチの物言いに対しては何も文句を言わなかった。

 タイチが瞬間的に顔を背けたのにも何も言わなかった。


 リアラはやはりタイチの心の内を見透かしている。

 そんな性格が見え隠れするから尚更自分が恥ずかしくなる。


 しかし、確信したこともあった。

 リアラは確かに手紙を送った主なのだと。

 自分が何に悩んでいるかを理解し、まるで包み込むように励ましてくれたのは、リアラなのだと。


 リアラとは次の朝の音色が鳴ったときに広場に集合になった。

 自分が別の都市から来たことや、自分が手紙を受け取ったことやそして自分が助けに来たこと。

 そんなことを伝える機会はこれからまだまだ沢山ある。

 次会ったときでも良いし、また次の次の機会でも良い。まだまだ時間は沢山ある。


「タイチ、顔がおかしい」


 ノアに指摘されて初めて顔が緩んでいたことに気付く。


「おかしくねぇよ! ほら……斡旋所で金もらって宿屋に行くぞ」


 先に帰ったリアラと同じようにタイチはノアと繭の中へ戻った。

 今まで感じたことのないような高揚感があった。ようやく出会えたのだという感動があった。

 その高まる感情に隠れるように違和感が一つだけあった。


 どうして、自分はリアラを殺したいと思ったのだろうか。


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