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別の龍の世界


 訝しげに見つめる門番を無視してタイチたちは通路を進み人気のある場所へと赴いた。


「ここが、別の都市……カルガ以外の場所……」


 呆然と呟きタイチは左右を見渡した。

 カルガの規則正しく並んだ民家よりこの都市の家は雑然と並んでいる。

 まるでそこらじゅうに家を押し込んだ感じだった。


 広場らしき場所に続く大通りを歩いて行くうちに、人の活気が溢れてくる。

 市が広場だけでなく辺り一面で行われていた。

 タイチの知らないような物品も沢山並べられている。

 人々の会話が辺り一面で広がり、巨大な喧噪となって広場周辺を覆っていた。

 タイチは人の流れを邪魔しないように、通路の端へ移動した。


「さて、これからどうする。ひとまず別の都市に来たわけだ」

「地図を探す。あとご飯を食べる」

「まともな飯も食ってないからな……それから寝床も探さないとな」


 露店でのやり取りを見るにこの都市ではカルガの通貨は使えそうにない。

 広場周辺に視線をやると、胸元の開いた灰褐色の薄着を着た売春婦が男と腕を組み入っていった。

 泊まるならあの宿屋で良いだろう。

 地図を探すにしてもリアラを見つけるにしても、しばらく拠点を構える必要がある。

 その隣の建物には、仕事斡旋所の看板が立て掛けられていた。


「まず適当に仕事を見つけて賃金を手に入れるぞ」


 こくりと頷くとノアは唐突にタイチの腕を取った。

 まるでタイチにしがみつくような格好だった。


「どう?」

「どうって何がだよ」

「人っぽい?」


 ノアは先ほどの男と女の関係を見てまねをしているようだった。

 多分、あの二人がどういう関係なのかは理解していないだろう。

 自分もノアに説明する自信はない……。


「あぁ、人っぽい人っぽい」

「ノア、さすが」

「いいか、ノア。良く聞け」


 タイチはノアの耳元に口を寄せ、小声で言った。


「俺たちは兄妹だ。お前が妹で、俺が兄。この都市ではそれで通す。ゼノアであることは絶対に隠せよ? ゼノアが都市にいるなんてことになったら大騒ぎだからな」

「わかった。そうする」


 ノアの好きにさせて腕を組ませたまま店内に入る。

 どうせ周りからは仲の良い兄妹くらいにしか見えないだろう。

 ま、よっぽどサツキみたいに穿った見方をしないならな。


 店内は人で賑わっていた。タイチがカウンターに向かっていると複数の視線が浴びせられる。

 そのどれにも嫌悪が含まれているような気がした。


 この都市でも擬士はそのような対象なのだろうか。


 ちょっとした疑問を浮かべながらカウンターの老婆に訊ねた。


「何か、仕事はないか」


 老婆の訝しげな視線がタイチの額に止まる。

 ふっと視線を外すと、老婆は言った。


「沢山あるよ。最近は大忙しさ。シェーアの脱皮が始まるから収穫祭が近いって話。狩屋の連中なんか今から脱皮した龍皮をどう分配するかで悩んでるね」

「だったら狩りの仕事か」

「いんや、あんた擬士だろ? だったら腕っ節があるんだろうから、龍地監視の仕事でもしてもらいたいね。この時期は盗人も多いからね」


 タイチはある地主の龍地を監視する仕事を得た。


 龍の地図が龍地に埋まっていないかを調べるのにもベストな選択だった。

 タイチは指定された龍地に向かうように指示されたが、通路が複雑に入り組んでいるために迷ってしまった。人に道を訊ねても芳しい結果は得られなかった。知っていても教えてくれないような人もいるように思える。


 それよりも気になったのは、道行く人々の態度だった。

 タイチのことを横目でちらちらと見ることがある。

 まさか、別の都市の人間だとばれているのだろうか。

 その中の視線には確かに敵意も感じ取った。

 タイチも反抗するようについにらみ返すこともしばしばだった。

 タイチはここに来てから気分が良くない。


 シェーア(この龍の名前らしい)では何かあるのかもしれない。


「完全に迷子じゃねぇか……ガキかよ、俺は……」


 裏路地で途方に暮れるタイチ。ノアはすやすやと既に背中で眠りについている。

 本人曰く、食べることと寝ることはゼノアにとって非常に重要なことらしい。


 道なりにタイチが歩いていると、二人の男女を見つける。


 男は少女に詰め寄り、背後の壁に押しつけていた。

 男の表情はねぶるように歪み、威圧的だった。

 人の事は言えないが、人相が悪人面だった。少女の表情は窺えなかったが、状況から予想できるものだった。情事であるわけがない。


 タイチはいつでも命水を扱えるように、擬薬を口に含んだ。


「おい、嫌がってんだろうが」


 低い威圧的な声に男は反転する。

 鋭い視線に、負けじとにらみ返す。

 口角をつり上げていた男の表情が一瞬だけ強ばった。

 タイチの額の証紋に気付いたからだった。


「てめぇ、擬士か」


 口に擬薬を放り込み、腰を落とす様を見てタイチも擬薬を飲み込んだ。

 まさかこのようなところで擬士と相対することになるとは思わなかった。


 タイチが身構えても男は詰め寄る気配がない。

 不審に思いながらも、タイチは一息で距離をゼロにする。

 驚きに染まった男の表情を見つめながら、右腕に凝水する。


 瞬間、男の左腕が伸びる。


 男の左手の先で空間が歪み、茫漠とした炎がその身を現した。

 しかし、炎が形を伴う時間すら許さず、タイチはそのまま拳を男に突き刺した。

 まるで壁から重力で引っ張られるように男は民家に叩き付けられる。


「さっさとどっか行きやがれ」


 龍地に跪く男に言葉をくれてやる。

 手加減はしてあった。死ぬような痛みではない。


 男は敗北を悟ったのか、名残惜しそうにちらりと少女に視線を当て、去ろうとした。


「ちっ、俺もバカだな。今更ニアだってことに気付くとは」


 ニアと呼ばれた少女に一瞥をくれてから、男は足を引きずりながら去って行った。

 タイチは男が使った擬術のせいで頭に違和感がこびり付いていた。


 あれは俺が知らない力だった……。


 確かに男は擬薬を呑んだ。擬士だったはず。


 あれは命水の力ではない。命水には飛び道具なんかない。


 この都市は何なんだ?


 一人難しい顔をして唸っていると、ニアがきょとんとした顔で近寄ってくる。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて丁寧な物腰だった。

 起き上がった表情には柔らかい笑みが浮かんでいる。

 この都市に来て初めて態度の良い人に出会えた気がする。

 今までが睨まれたり、敵意むき出しだったり散々だった。


「いいんだよ、ニア。別にたいしたことじゃない」


 ニアは短い髪を揺らしてタイチを上から下まで流し見る。

 仕草の一つ一つに落ち着きがあり、柔らかみがある。

 大きな瞳がきょろきょろと動く様には可愛げも感じる。


「えっと……お名前は?」

「良いよ、別に。ただの通りすがりの不良だ」

「お守りをする不良さんなんですね……可愛いです」


 ぐっと思わず呻く。


 指摘されて初めてノアがまだ背中で眠っていることに気付く。

 助けたものの、随分と様にならない格好に見えるに違いない。

 ニアは二人を微笑ましそうに見つめている。

 何だか気恥ずかしくなり、タイチはぶっきらぼうに言い放つ。


「じゃあな。俺は用事あるんだよ」


 タイチは格好付けてそのまま通路を進もうとするが、既にどっちから来たのかすら忘れてしまった。ただでさえ入り組んでいるのに、先の戦いで教えてもらった道順すら忘れた。

 タイチは背後にいるニアに振り向いた。


「俺、迷子なんだよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 結局シェーアの人間であるニアに案内してもらい、何とか目的の龍地に到達できた。

 まだシェーアが休息を取っているのでゼノアがシェーアに乗り込んでくる危険性があった。

 しかし、ニアは助けてくれた礼もあると、タイチの監視の仕事に付き合ってくれることになった。

 二人は盛り上がった龍地に腰を下ろし、盗人が来ないかぼんやりと監視する。

 随分と時間の掛かる仕事だった。


「先ほどはすごい力でしたね。わたしには禁則であるように見えたのですが?」

「禁則? なんだそりゃ」

「タイチの動きは自分の身体を強化しているように見えました。魔精の第一法則では自分への干渉はできないとなっているはずですが?」


 ニアの言っていることの半分も理解できなかった。

 この都市では命水はないのか。

 都市の外から来たことがばれないように、タイチは誤魔化す。


「な、何言ってるかわかんねぇな……俺、学舎行ってねぇし」

「あ、不良さんなんでしたね」


 少しだけからかうように背中のノアを優しげに見つめる。


「擬士は魔精と呼ばれる存在と交信することで力を貸してもらってるんです。魔精には階位がありますから、その階位より自分が高い所に位置していれば、下の階位の魔精には命令して力を借りることができるんですよ」


 全くカルガとは異なる法則だった。

 擬士という概念は存在するようだが、万物に触れたときの力の顕現の形が異なるのだ。


 そこまで説明してくれてからニアは疑問を浮かべたように人差し指をあごに当てた。


「あれ……? ではどうしてわたしのことをニアと呼んだんですか?」

「ニアってお前の名前じゃないのかよ」

「ニアは、最も上の禁階に、最も近い人の尊称です。純学の人達から良く呼ばれるので、タイチもそうだと思ったのですが違うようですね」

「じゃあ、お前名前はなんだよ」

「わたしの名前はリアラ。リアラ・セレスです」


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