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幼女ノア②

 サツキに散々罵倒されながら何とか上手に説明することに成功した。

 当事者はサツキの騒音でようやく目を覚ました。

 目をしょぼしょぼさせ眠たそうに顔を上げる。


「……うるさい」

「お前のせいで俺はあらぬ疑惑をかけられそうなんだよ」

「タイチが小さい子を連れ込むからだよ」


 唇をとがらせてサツキは頬を膨らませる。


「せっかく洗濯してあげようと思って来たのに」

「別にお前にしてもらわなくても自分で水を汲んでやるよ。人の分をやるほど余裕でもあんのかよ」

「ふふ~ん。最近水を余分に手に入れたの」

「あっそ。だったらノアの分をやってやれよ。随分と汚れてそうだから」


 布きれのような服には龍皮のカスがこびりついて汚れている。


「あ、そうだ。ついでにお風呂も一緒に入ろっか!?」


 途端に妹が出来たようにサツキは目を輝かせた。


「バカ言え。浴場が使える時はまだ先だ」

「じゃあさ、じゃあさ! 布でふきふきしてあげる!」


 何でこいつはこんなにやる気なんだろう。

 世話をしたがりなのだろうか。


 ノアは一人場の空気に追いつけていないように静かに言葉を返した。


「……ふきふき?」

「そう! 水も余ってるし、今日ぐらいは贅沢しようってこと!」

「……ノア、きれいになる?」

「なるよなるよ。服も脱いで洗濯して、その後にあたしが拭いてあげる」


 サツキの言にこくこくとうなずき、ノアは服の裾に手を掛け持ち上げた。

 可愛らしいへそが最初に覗き、雪のような肌を晒す。最後にちらりと膨らみかけの双丘。


「別にガキのを見ても何とも思わねぇよ」


 機先を制してタイチは偉そうに言った。


「だったらじっと見るな! この変態っ!」


 またしてもサツキにぶん殴られた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夜の刻を知らせる音色が家の外から聞こえる。

 差し込む光がじんわりと弱くなり、辺り一帯が急に真っ暗闇に覆われた。

 ノアとサツキの二人は拭きあいっこが終了したようだった。


 寄り添う姿は仲がよさげな姉妹のように見える。

 洗濯籠には水を張り下着がつけ置きしてある。


 タイチは室内の龍油皿をテーブルに置き、周囲を照らした。


「もう夜だぞ。帰れよ、サツキ」

「ノアちゃんはどうするのよ?」


 サツキの質問に答えあぐねた。

 ノアを一体どうするのかは全く考えていなかった。


「暗いんだし今から下民区に帰すわけにもいかないだろ。ま、泊めたら良い」


 物言いたげな目線でタイチを流し見た後、


「……タイチが信じられない。今日はあたしも泊まる」

「サツキは家あるだろ」

「帰るまでに使う龍油がもったいないし。それに監視しないと」


 勝手にしろと、愚痴てからタイチは床に寝っ転がった。


 二人は当然の権利と言わんばかりにタイチの寝台を奪った。

 ノアはサツキのお古のショートローブに着替えて丸くなっていた。

 ノアをまるで覆うようにサツキは寝台に横になり、ノアの頭を撫でている。

 その光景を最後にタイチは目を閉じた。

 次起きたらゴウに調査の結果を報告するべきだ。ゴウも進展があるだろう。



 どのくらい寝ていたかは定かではない。

 心地良い音色が耳をくすぐり始めたのを感じて、タイチは目を覚ました。

 音色をぼんやりと聞きながら、タイチは起き上がる。


 サツキは腹出して寝てやがった。幸せそうにノアを抱きしめて頬を緩ませている。

 ノアは寝台に付いたときと同じ格好で死んだように動かない。


 タイチはそのまま扉の鍵を開けて外に出た。

 その音でサツキの目が覚めたようだったが、タイチは無視して袋の偽擬薬を口に含んだ。

 擬薬よりは効果は薄いが命水の流れを確認するだけなら偽擬薬でも十分だった。


 額が熱を持ち、筺の中の命水の感覚が身体に広がった。

 舞のような動きを使って命水を動かし筺の形と転位の位置を確認した。

 擬士としての日課が終わってからタイチは広場に向かい、都市からの食料を受け取った。

 ついでに龍の火ももらってから家に戻る。


 炙る量を調節して龍肉をスライスして皿に盛った。

 サツキもタイチと同じように外に出て龍肉を持ち帰り炊事場で調理した。

 サツキもタイチもノアの分の飯を分け合って作った。

 増えないはずの都市で人が増えた。

 その謎を頭の中で転がしていると、サツキが洗濯籠に視線をやった。そして驚き声を上げた。


「ない……あたしたちの下着がない!」


 謎がサツキの声で木っ端みじんにされて鬱陶しく感じたが嫌々籠に視線をやった。

 寝る前に水につけていたノアとサツキの下着類が消えていた。


「一体どうなってんだよ、こりゃ……」


 自然と怒りがこもったサツキの視線がこちらを向く。


「白々しい! タイチが取ったに決まってるじゃん!」

「はぁ? とるわけねぇだろ!」


 ノアは二人のやりとりをじっと見つめて、


「どうして、取ったの?」


 タイチが否定する前に、サツキが先手を打った。


「それはタイチが変態ロリコン野郎だからだよ。ノアちゃんの下着が欲しかったの」


 サツキの暴言の数々をゆっくりとノアは飲み込んでいた。視線をこちらに向け、


「このろりこんやろう」


 多分ノアは意味をわかっていないだろう。

 怒りを通り越してサツキは呆れていた。


「ほんと、情けないよ、タイチ……」

「哀れみの目で見るんじゃねぇ! 俺は何もしてない」

「絶対タイチだよ。寝る前に見たときはあったもん」

「それはそうだが……」


 タイチは籠を良く眺める。水につけられていた下着は確かに消えていた。


「ね? タイチが取ったってことになるでしょ?」

「ちげぇよ。外から盗人でも入ったんだろ」


 変態にされないためにもタイチは必死だった。


「それはないよ。だって寝る前に扉には鍵を掛けてたもん」


 結局下着を盗めるのは三人しかいなかったわけだ。

 で、取る理由を持っているのはタイチだけと言いたいのだろう。

 家のなかを探して見てもそれらは見当たらなかった。ノアも知らないと言う。


「俺じゃねぇんだよ……」


 サツキは腕を組み、哀れみの視線を向けてくる。


「ごめんタイチ、タイチはそんなになるまで……」


 と変な妄想まで加えてくる始末。結局下着泥棒が鍵を開けて侵入したとしか考えられないが、その下着泥棒はサツキとノアのなかではタイチになっている。


「タイチ、ノアの下着すき?」


 ノアもわけがわからない。

 人数の謎を追っているときに自分は一体どうして下着泥棒の嫌疑を掛けられているのだろうか。

 あほらしくなり、タイチは開き直った。


「はいはい、もういいだろ。下着とか。俺が取ったとしても誰が取ったとしても」


 開き直ったとか散々罵倒されようがタイチは動じなかった。

 実際に取ったのはタイチではない。

 自分の知らぬ間に身体を乗っ取られ、下着を奪ったのではない限り。


 サツキは幻滅したとばかりに消沈していた。

 何故かあたしのも取られたから良いか、と良くわからない論理に達している。


 

 タイチは二人を置いてゴウと状況を確認しようと家を出た。

 すると、ノアがタイチの裾をちょっこりと掴む。そしてタイチを見上げながら呟いた。


「ノアは地図が欲しい」


 買ってやる義理なんかなかったが、タイチは交換条件として下着泥棒は吹聴するなと言った。

 ノアも納得したようでこくこくと頷いた。

 ノアを引き連れながらタイチは広場に赴いた。広場にはゴウが腕を組んで突っ立っていた。


「新しい仕事か、タイチ? お守りはお前には向いてないぞ」


 タイチはあきれ顔でため息を吐いてから話を切り出した。


「俺の方は収穫はゼロです。赤子が生まれた形跡はないです。ゼノアがいた形跡も」

「俺の方も同じだ。一応、光文字の数字が増えているのを俺たち以外で見たって奴がいるのは確認した。だけど、赤子もゼノアも見当たらない」


 増えないはずの都市の人数が増えた。

 ありえた二つの可能性は全て潰えた。


 一体誰が増えた? どうやって? 何の目的があって? 結局答えなんか出るわけがなく、


「はぁ……誰かが降りてきたゼノアを倒したんですかね」

「はっはっは。そりゃ傑作だ。再生能力もあって何でもできるゼノアを倒せる奴がいりゃ俺たちも安泰だな。だけど倒したのなら人数は減ってるぞ」


 意味のない言葉の応酬。

 八方ふさがりの状況でタイチたちは為す術がない。

 結局調査の進展が見られず、タイチはもう一度赤子関係を調べることにしたがほとんどやけくそだった。


 広場の雑貨屋で都市の地図をノアに買ってやってから庁舎に足を運んだ。

 食料問題を抱えているために、赤子の産まれた日とその赤子の名前を都市は台帳に記していた。

 タイチは厚いページを捲りながら意味もなく赤子の名前を眺めていった。

 どうせ何かのヒントが見つかるはずがない。


 ノアは買ってやった地図を広げていた。

 広場を中心として円形の都市構造を眺め、そして何も書かれていない裏面を見やった。


 ノアは遂に龍地を掘り始め、龍肉の血をすくって地図に塗り始めた。

 タイチはノアの行動を尻目に捉えながら、ページを捲った。


 そしてあるべきはずの事実がそこにはないことに気付いた。


 どういうことだ? どうしてない? 


 疑問に次ぐ疑問が頭に浮かび、その疑問の塊は、都市の人の数が一人増えた謎と結びついた。

 瞬間、タイチは全てを悟ってしまった。ノアは少しだけ不満足気に立ち上がった。


「これは地図じゃない」

「あ? それは地図だよ。広場とか庁舎とか全てわかるだろ?」

「違う。ノアが欲しいのは、龍の地図」


 一体こいつは何を言っているのか。


 ひとまずノアのことは置いておいて、タイチはノアの腕を引っ張った。


「謎が解けたぞ。外は危険だ」


 タイチはノアを家に連れ込んだ。

 扉を薄く開けて外の様子を窺う。

 ノアは不思議そうに小首を傾げていた。


「謎、解けた?」

「もう調査する必要はなくなった。ノアがヒントになったんだ」


 都市の人の数が一人増えていた。

 カルガの周りには大空だけ。人が増える原因は存在しない。そして台帳を見て全てが繋がった。


「教えて欲しいか?」


 若干得意げに言ってやると、ノアはこくりと頷いた。


「うん、教えて」

「ったくしょうがねぇなぁ……」


 タイチは言葉を溜めてからノアに言い放った。


「お前、ゼノアだろ」


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