幼女ノア
タイチは警邏の定期報告を教会警邏団に届けた。
広場近くの教会に常駐している警邏擬士にも光文字のことを窺ったがありえないとの答えが返ってきた。やはりタイチの見間違いだったに違いない。
タイチが自宅への帰路に着こうとしたときだった。
教会の扉を開いてゴウがのそのそと出てくるのを見つけた。
ゴウはタイチを見つけると無精髭を掻きながら口角を少し上げた。
タイチはぶっきらぼうに言葉を投げた。
「教会でお祈りですか」
「俺が祈りなんかするように見えるか、あ? お前もそうやっていつも教会関連で人に睨みきかせるのやめろよな」
豪快に笑いながらバシバシと背を思いっきり叩かれる。身体が吹っ飛びそうになる。
禿頭に膨れあがった肉体。
見た目だけなら最悪だが温和な性格を知っているとその力強さが頼もしく思える。
「だって教会は人間をゼノアから守るのはカルガ様だとか言うんですよ。しまいには擬士を化け物扱いする」
愚痴めいた言葉にもゴウは笑いを崩さなかった。何だか一人熱くなっているのが恥ずかしい。
「しょうがねえよ。実際擬薬で万物の力の一部を借りて闘ってるんだから。普通の人から見たらゼノアと同じに見えるだろうさ」
いや、そうですけどと答えあぐねていると、
「それに俺たち擬士にも問題があるんだよ。ゼノアには勝てない。それは別にいいんだよ。だけど身体の一部くらいはもぎ取らないといけない。擬薬が作れないんだからな。だが、それすら出来てないんだ」
圧倒的に重くのし掛かってくる事実。
「擬薬がないと人は擬態することもできない。擬薬が少ない今人々は不安で文句を言ってきてもおかしくない。だけどそれを抑えているのは教会だ……そんな顔すんなよ」
ふてくされたような顔をしていたようだった。
「別に教会が良いとは言ってない。あくまで俺はカルガと人間は共存関係だと思ってる。カルガの上に来た悪いゼノアを追っ払う。カルガは人間を振り落とさないように背を上向けて飛ぶ。こうして共存してんだよ」
タイチも共存派なだけあって教会の龍神教義は間違っていると思う。
「ま、ちゃんと追っ払えるようになれば、擬士の地位も回復して色々言われなくなるってことだ。才能ねぇしサツキの方がまだ筋が良いが、お前には期待してんだぜ」
才能ないのか、俺……。
面と言われるとすげぇ、ショックだ。
しかもサツキに負けてんのかよ。
何だか肩がずんと重くなった。
ゴウが突然何かに思い当たったように表情を引き締めた。そして小声で囁く。
「タイチ、気付いてるか……?」
その言葉が瞬時に胸の奥底の違和感を呼び起こした。
タイチはゆっくりと頷いた。
「都市の人数が、一人増えてる」
広場の人々の営みのなかに一滴の黒い違和感が産み落とされたようだった。
変わらない日常のなかに紛れる、不気味な何か。広場の喧噪がすっかり遠くなり、ゴウと自分だけが別の空間にいるように感じた。まるで知ってはいけない何かを知ってしまったようだった。
「俺もさっき繭の光文字を見て気付きました。でも教会警邏の連中は否定した」
「どうせ適当に見回ってたんだよ。都市警邏の俺たちに先に気付かれたくないから嘘ついたんだ」
「ゴウも気付いてるなら間違いないってこと、か……」
やっぱりあれは見間違いじゃない。確かに誰かが都市に加わった。
「考えられる可能性は二つだ。一つは、罰せられるにも関わらず誰かが赤子を産んだ」
「簡単に生むとか言いますけど、全員何らかの仕事があって人と接してるのに、内緒で生めますか。それにお腹の膨らみは隠しようがないと思います」
タイチが可能性に対する否定を与えるとゴウは頷きながら言葉を返した。
「確かにその通りだ。だが、都市の仕事がない下民ならどうだ? 下民なら偽擬薬作って金にするだけだから人と会う必要はない。さらにあそこの連中は他人には無関心だ。赤子を産むことができるかもしれない。そしてもう一つ。最悪なのが……ゼノアが都市に入って来てるって可能性だ」
その言葉を聞いた瞬間、身体の底が一気に冷えた。
「ま、待ってくださいよ! ゼノアもカウントされるんですか?」
「されるんだよ、あの数字はな。どういう原理か知らないが、そうなってるんだ。それは以前の事実からわかってる」
「でも24カ所の物見棟には常に人がいるんですよ? 都市を覆ってる繭にゼノアが入ってくれば笛が鳴るはずですよ」
「複数の群れのゼノアなら気付くかもしれないが、一体なら気付かないこともあるかもしれないぞ。……ま、自分で言っててなんだが、この可能性は考えづらい。あの真っ黒な化け物が都市にいたら大騒ぎにならないはずがないからな」
ゼノアがもし都市に入りこんでいたら、大惨事になっていたところだがゴウの話を聞いてタイチもありえないと納得した。
ゴウはもう一度何らかの理由で赤子が生まれたことがないかを調べることになった。
そして教会警邏の連中を説得して調査の依頼も行うようだ。
タイチはひとまず先に下民区へ行き、赤子の調査をする。これも都市警邏の仕事だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
中央の広場から細い枝のように伸びている通路の先が下民区だった。
民家のような立派なものはなく、見窄らしい布のようなものを棒に立て掛け居住場所を作っていた。
近寄ってくる薄着の女性に何度もいかがわしい視線を絡められたが、無視するか額を見せるように睨むとそそくさと周りから立ち去っていた。それらしい赤子がいないか見回っているだけで、従士や売春婦を求めている奴に見られてしまう。
タイチは自分で見つけるのを諦めて偽擬薬の作製の元締めに会い、話を聞くことにした。
しかし、偽擬薬作製に関わっている全員を統括している男からもそのような赤子はいないとの答えが返ってきた。定期的に偽擬薬を作らせるためにその男はいつも見回りをしているそうだった。
タイチは知らなかったが、下民には下民のルールが存在するようだ。
タイチは話を聞きやすそうな人間を探して声をかけることにした。
「おい、起きてくれ」
タイチは低い垂れかけの下で寝転がっている子供を呼んだが、何ら返答がなかった。
軽い龍地の横揺れの後に、ようやく子供……少女はむくりと起き上がりこちらを見た。
年齢は十ほどで背はタイチの胸程しかなく小さい。幼さを残した肌は色白で瑞々しく、一種触れ難い神聖さのようなものを感じる。まるで穢れを知らないような澄んだ瞳がじっとタイチを捉えていた。
「まず卑猥な理由じゃねぇぞ。訊ねたいことがあったんだよ」
少女は瞳をタイチに添えたままぴくりとも動かない。
「この辺りで赤子を生んだ親らしき人を知らないか」
しばらくの時間の後にふるふると首を横に振った。
少女は見つめるだけで言葉を話さない。あまりにも言葉を話さないものだから、タイチは少女が声が出せないのだと察した。声が出せないから健常者と同等に都市の仕事をもらえなかったのだろう。最低限の金は受け取れるが、ただでさえ住む場所が限られているのに少しばかりの金では家も確保できない。だから下民区にいるしかないのだろう。変な想像を膨らませていたタイチは頭を横に振った。
「お前、親は」
少女はまたふるふると否定した。兄弟も友達もいないらしい。
「もしかして……ずっと一人なのか」
こくりと初めての肯定。その肯定がじんわりとタイチの心の底に落ちていった。
少女の肌は真っ白で傷一つ見られない。身体のゼノアの部位を削り取って偽擬薬を作っているわけではなさそうだった。少女に残された賃金を稼ぐ手段……あまり考えたくもない。
「ほら、答えてもらった分の金だ」
タイチは袋から龍の爪を取り出し、少女に渡した。
少女は何故か物珍しそうに手の平の上で金をコロコロと転がした。
少女の遊ぶ姿を見ているとかつての自分の姿が脳裏に蘇ってくる。
幼少の頃、タイチは擬薬を飲んだ時に万物に触れて擬士となった。
額の証紋を携えたタイチを友達だった子供たちは認めようとはしなかった。
「この化け物! あっち行け!」
一人の子供が言うとそれに続くように、どっか行けコールが連なった。
「僕は化け物じゃない! 人間だよ!」
何度必死に訴えかけても子供たちは受け入れようとはしなかった。
奇しくもその時期に擬薬を飲み過ぎ、ゼノア化した人が出てしまっていた。
証紋を持つ人を恐れるのもしょうがなかった。
どうしたら皆が仲間に入れてくれるだろう。そればかりを子供の頃は考えていた。
「そうだ。良いことを一杯すれば良いんだ! みんなが喜ぶことを沢山しよう!」
タイチは名案を思いついたと思った。
直ぐ様タイチは擬薬を飲み命水を操ってみんなのために一生懸命働いた。
大の大人が二人がかりで運ぶ重い龍皮も、擬士としての力で一人で運んで見せた。
みんなの役に立った。きっと喜んでくれる。そう思った。
「子供なのに、何て力だよ。やっぱり悪魔に魅入られた子なんだよ」
蔑みの意味がわからなかった。
どうしてみんな喜んでくれないのだろう。
どうしてみんなは僕を受け入れてくれないのだろう。
子供の頃のタイチは結局疑問を抱えたまま一人ぼっちだった。
少女の興味が金からタイチの額へと移った。
「どうだ? 証紋だよ。怖いだろ?」
少女はじっと視線を証紋に当てていた。
サツキのように証紋を隠せる位置にはない。
タイチはうっすらと口元を上げた。
「……怖くない」
ゆっくりと少女が口を開いていた。
空気も波立たないほど静かで透き通った声音。
「お前、しゃべれるじゃねぇか……」
タイチが想像していたことは一体なんだったのか。
呆れ返っていると少女の腹の虫が鳴った。
「……お腹減った」
何故か視線はタイチの顔へと向けられている。
それはつまり要求しているということなのだろうか。
ごそごそと近づき、タイチの服の裾をそっと握った。
手を払いのけタイチは視線を外してから背を向ける。
「俺はそんなに優しくねぇんだよ」
突き放すように言ってから歩みを進める。赤子は生まれていない。だったら都市の人口が増える要因は一つしかない。最悪の可能性しか残っていない。ゼノアが都市に侵入したというもの。しかし、最悪の可能性は起こりえない可能性でもあった。
一体どうなってる。誰が増えた? 一体どうやって?
後ろで腹が鳴る音が聞こえた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
広場の龍の火から龍油皿に火を移した。
自宅の炊事場で龍油を使って大きな火を作り出し、龍肉を炙ってから皿に乗せる。
そして貯水していた濾過水をコップに汲みテーブルに置いた。
「ほらよ、飯だ。食ったら帰れよ」
少女の表情は無機質だったが、何度も勢い良く頷く姿から本当に空腹だったことが窺えた。
テーブルに肘を着き、少女がナイフとフォークを握る姿をタイチは複雑な気持ちで眺めていた。
ったく、一体なんで俺がこんなことしないといけないんだよ。
「お前、名前は」
龍肉から視線を外してタイチの瞳を覗き込んだ。
「……ノア。ノアの名前はノア」
ノアは淡々と言葉を返すと、両手のナイフとフォークを龍肉に突き立てた。
まるで狩りの初心者のように得物の扱い方がわかっていない。
切ろうとして滑ったり、下の皿までを切り刻んでみたり。
奮闘しているノアだったが、ついには手からナイフがすっぽ抜けた。
力の加わったナイフは勢い良く回転しながら、ノアの足にとんだ。
「おい、あぶねぇぞ! 切れ味いいんだから!」
聞き慣れた肉を裂く鋭い音を聞いた気がした。
タイチはテーブルの下のノアの足下を覗き込んだ。
しかし、予想外にもナイフはノアの足を傷つけてはいなかった。
タイチは違和感を覚えながらも安堵し、ナイフを拾い上げてノアに渡した。
ノアはそのまま奮闘に戻るが龍肉を上手に口のサイズまで切れない。
「……食べられない」
感情は乗っていなかったが、淡々としたなかにタイチは勝手に悲しみを感じ取った。
眺めていると、ノアの視線がふいと上がりタイチの視線とぶつかる。
「……なんだよ」
「食べられない?」
「何で疑問なんだよ」
今まで素手で食ってきたんだろうなとか。
ナイフとフォークは下民区では一般的ではないんだろうなとか。
そんな考えが咄嗟に浮かんだが、それはノアの無垢な要求に対する逃げでしかなかった。
ノア本人は意識していないだろうが、無言の圧力を瞳から感じる。
タイチは軽く舌打ちをしてから、
「ったく、しょうがねぇ奴だな。ほら、かしてみろ」
ノアからナイフとフォークを奪うと、綺麗にノアの口サイズまでスライスしてやった。
普段の狩りのおかげか、我ながら良い出来だと思う。
「どうだ、すげぇだろ?」
「すげぇ」
何か知らないがタイチのまねをしてノアは少しばかり驚いている。
タイチはそのままフォークで龍肉を突き刺して、口元に持っていく。
しかし、ノアは呆然とその様を見つめるだけだった。
「あーん、しろ。あーん」
「……あ~ん」
無機質な声を上げながらノアは口を小さく開いた。
そのなかに、タイチは龍肉を放り込んでやる。
ノアはゆっくりと咀嚼してから飲み込む。
するとじんわりと幸福が広がっていくように、表情が少しだけ緩む。
「おいしい」
「ふん、そりゃ良かったな」
良く分からない流れでそのままタイチはノアに全て飯を食べさせることになった。
しょうがない。しょうがなかった。食えねぇんだから。普段なら絶対にこんなする
わけがない……一体、誰に言い訳してんだ、俺は……。
ノアは食べ終わると、じっと固まるように動かなくなった。
しばらくしてからノアは辺りを見渡して、
「……一人?」
一人にしては広い空間に疑問を持ったのだろうか。
「あぁ、一人で暮らしてる。父親も死んだ。母親も……死んだ」
ゆっくりと食べ物を飲み込むようにノアは言葉の意味を推し量っているようだった。
「一人……ノアと一緒?」
静かな空間に漂う言葉が消えるまで、タイチは何も答えなかった。
しかし、静寂が一層ノアの言外の意味を意識させる。
寂しさ。違う。ノアの言葉には深い意味はない。
勝手に自分が想像しているだけだ。そんな自分を否定するようにタイチは答えた。
「一緒じゃねぇよ。俺は都市警邏の仕事があるし……」
理由を続けようとして言葉が見つからなかった。
否定できるだけの根拠がない。意味のない言葉の羅列を並べているだけだった。
空しさの風が心の内に流れた。タイチとノアの沈黙がタイチを押しつぶそうとゆっくり迫ってくるように思えた。そんななか、胸元に収めた一通の手紙だけがタイチを守ってくれていた。
「何持ってる?」
「……手紙だよ」
サツキにも手紙の内容は話していなかったのに、何故かノアには内容を話していた。
幼少の頃のタイチは自分の居場所がなかった。両親は証紋を受けた直後には二人とも他界していた。
だから、自分の存在を認めてくれる場所がなかった。擬士は化け物という風潮が蔓延した都市のなかで、タイチはいつも息苦しく、つらい思いをした。額の証紋はいつもタイチを化け物だとアピールしているようなものだ。突き刺さるような視線の数々に対してタイチは逃げるしかなかった。しかし繭から出ても直ぐ目の前で世界は終わっている。小さな世界のなかで、タイチは精一杯端に逃げ込んだ。
自分は一体どうしたら良かったのだろうか。
みんなとどう仲良くできるのだろうか。
自分はどうして他の人と違うのだろうか。
答えの出ない問いを頭の中で繰り返すうちに、自分のなかで感情同士が絡み合い訳が分からなくなった。誰にも伝えることの出来ない想いは、遂に身体から溢れた。タイチは自分の感情の塊を紙に書くことにした。高級品だったため雑貨屋で買った紙を破って使うことにした。自分でも何を書こうとしているのかはわからなかった。自分の様々な感情に突き動かされるままに、タイチは紙に想いをぶつけた。
『僕は化け物だ』
書いてみて初めて自分が随分と後ろ向きな感情を持っていることに気付いた。
しかし書いてみたところで複雑な感情の結び目が解けただけで何も解決はしなかった。繭のなかには居場所はなくて、自分の居場所は唯一世界の端っこだった。
こんな気持ちはどこかに行って欲しい。
そう願ってタイチは書いた紙を折り紙飛行機にした。
世界の端っこで放り投げた紙飛行機は、大気の風に呑まれて消えていった。
しかし、自分の鬱屈した感情を紙飛行機は運び去ってはくれなかった。
世界の端っこで空を眺める日が続いていたときだった。目の前の大気のなかから紙飛行機が自分の方に舞い戻って来ていた。タイチは紙飛行機を受け取り、少し笑った。結局、自分の感情が戻ってきたみたいだったから。
しかし、開いてみると自分の文字とは異なることがわかった。
タイチが放り投げた紙とも大きさが違うし、爪の穴のような物が三つ開いていた。
紙にはこうあった。
『もし世界の全ての人があなたを認めなかったとしても、わたしはあなたの傍にいますよ リアラ・セレス』。
タイチが一体何を思っているのか。何を考えているのか。全てを見通した上での答えだった。
短い言葉のなかには、彼女自身が持つ優しさが溢れていて、手紙自身がほんのりと暖かみを持っているような気さえした。
自分だけじゃない。
自分以外に誰かが傍にいてくれる。
孤独の底にいたタイチの上に光が差した。短いその言葉だけでタイチは救われたのだった。
紙飛行機は暖かい感情をタイチに運んできてくれたのだ。
タイチはそれから大急ぎで都市のなかからその女の子を探そうとした。会いたいと思った。会って話がしたいと思った。しかし、リアラという女の子はどこにも見当たらなかった。
もしかして名前を変えて手紙を書いてくれたのだろうか。
一体手紙は誰が書いてくれて、そして、どこから来たのだろうか。
誰が出してくれたからはわからないが、今でもその手紙はタイチを支えている。
話し終えたときもノアの反応は全くなかった。聞いてたのかどうかも定かではない。
改めて自分のことを客観視すると……情けない男。
「こんなような奴が手紙とか持ってるとかおかしいか」
「おかしくない」
「……この話は終わりだ」
ばつが悪くなりタイチは話を締めくくった。
すると、ノアがふらふらと身体を揺らし始める。
「ねむい」
言った瞬間、まぶたがふわりと瞳を覆い、テーブルに突っ伏した。
「おい、こんな所で寝るな。さっさと帰れ」
揺り動かしてもぴくりともしない。静かな吐息だけが部屋を満たした。
タイチは大きく息を吸って、吐いた。
ふざけやがって。
ちょうどタイチの過去が子守歌にでもなったようだった。
タイチはそのままノアを持ち上げ自分の寝台に寝かせた。
「今日俺がしたことっていやぁ、ガキを連れて来て飯を食わせて寝かせただけ……随分と立派な子守だよ」
自虐的に呟いてから頭を掻いた。本当にこの状況はどう見ても――
「タイチいる? 今日のお礼もかねて、洗濯しに来たよ……ってえ?」
軽快なステップでタイチの玄関から入ってきたサツキ。
表情が疑問を通り越して一気に凍った。
表情の先には寝かされている幼子のノア。服装は布きれのようなもの。
「ちょっと待て! 誤解だ!」
タイチの言葉をきっかけにサツキの表情に怒りが集まる。
「この変態っ! 友達がいないからって、小さい子を買ってくるなんて! タイチは情けないけど、そこまではしないと、思ってたのに……」
急に怒りがしぼみ、悲しみに暮れるサツキ。
「違うんだよ、話を聞け!」
「じゃあ説明してよ! どうして下民の子があんたの家の寝台で寝てんの!」
「ちょっと連れてきたんだよ。それから飯を食わせた。それから、ベッドに運んだ」
あ? なんだよ。これ。サツキの想像している通りじゃないか?
「このロリコンっ!」
サツキに頭をぶん殴られた。