友人も恋人もいなかったけど幼馴染がいた
快晴だった。
窓の外では、セミが風流にみんみん鳴いていて、空が青い。
俺はクーラーのきいた自室に寝転がって夢のような世界を思い描いた。
きんきんに冷えたジュースを飲みながら、汗ばんだ半袖の女の子とデートする。浴衣を着て花火大会なんてのも良い。せっかくの夏休みを利用して、旅行もしたい。
だけど、俺には彼女がいない。一緒に夏を満喫してくれる友達さえいないのだ。
ひとつ溜息をついて、昼寝をしようかと目をつぶったとき、インターホンが鳴った。
訪ねてきたのは、金髪の幼馴染。イギリス人と日本人のハーフのエミリーだった。
「どうせ暇を持て余してると思って来てあげたのよ。感謝しなさいよね」
「確かに暇だけどさぁ。お前こそ何の用なんだよ」
「そ、それは……。暇で暇でしょうがなくて、間抜け面になった、あなたの顔を拝みにきたのよ」
「なんだよその理由。まあ座れって」
「言われなくても座るわよ」
自室のベッドに二人で座る。女の子と二人っきりのシチュエーション、普通ならどきどきしてもおかしくない状況だが、あいにくとこいつは彼女でも友人でもなく、腐れ縁の幼馴染だ。
俺はエミリーをじろじろと観察する。
輝く金髪をツインテールにして、真っ白なワンピースを着ている。まるで絵本か何かから飛び出してきた妖精か何かだ。
幼馴染の家に遊びにくるのに、そんなにおめかしする必要があるのだろうか。
彼女の見てくれは良いのに、どうして俺なんかと一緒にいたがるのか不思議に思う。
さっさと彼氏でもつくって山でも海でも行ってくればいいのに。
「何見てるのよ」
エミリーは鋭い目つきで睨みつけてくる。
そうだった。こいつは性格が悪いし、超インドア派で外出もほとんどしないゲーマーだった。
彼氏なんてできるはずがない。
俺はその考えにたどり着くと、なぜか安心した気持ちになった。なんでだろうな。
エミリーは肩から斜めに下げた小さなカバンから携帯用ゲーム機のPFPを取り出した。手で持つのにちょうどいいサイズで、さわやかな水色のカラーリングがされてあった。
「ねえ、PFPやらない?」
「俺、ゲームやらないんだよな」
「じゃあ、私が教えてあげるわよ」
エミリーは目を輝かして、PFPをかなり強引に俺に渡そうとする。
無理やり手に押し込まれたPFPを見る。
「で、何をやるんだ?」
「えっと、電源ボタンを押して……、はうわ!」
エミリーが変な声を出して固まる。どうしたのかと見れば、顔を真っ赤にしている。
本当にどうしたんだ? 今日は暑いから熱中症か? 台所からコップ一杯の水を持ってきて飲ませた方がいいか?
PFPを壊さないよう慎重に脇に置こうとしたとき、PFPの画面が目についた。
「ん?」
画面にはノヘルゲームっていうのか?がどうやらプレイ途中のままの状態で映っていて、そこに俺の名前が大きく表示されていた。
一瞬事態が飲み込めなかったが、よく見てみると、攻略対象らしきイケメンの名前が俺と同姓同名だった。
そんな偶然あるのだろうか。
もう一度エミリーの顔を見ると、赤くなって目を伏せてもじもじしている。
「……返して」
「うん?」
「返してよー!」
エミリーは叫ぶと、俺を突き飛ばして、俺の手からPFPをひったくり、家から飛び出していった。
「何だったんだ……?」
何だかよくわからないが、嵐が過ぎ去り、俺は一人取り残されたようだ。
<side エミリー>
「失敗したわ……」
よく失敗する方だという自覚はある。これまで何度も失敗し、その度にへこんでしまうのが常だった。今日も、乙女ゲームで男子の攻略方法を研究するわ!と意気込んで、好きな男子の名前を攻略対象につけていたのを見られてしまった。ああ、もう恥ずかしい。穴があったら入りたい!
今、公園のブランコにひとり寂しく座っているのだけれど、どこにも穴なんて見当たらない。
「はぁ……」
深くため息をつく。
「もしかして嫌われちゃったかな」
公園には生命が溢れていた。草木は青々として萌えているし、スズメやハトは楽しそうに戯れている。公園の生きとし生けるものすべてがぎらつく太陽に照らされて明るかった。それなのに、私だけ生命の色を失ったように暗い顔をしている。この場所に私は不釣り合いだ。
恥ずかしさが薄れ、次第に悲しくなっていく。
そして考えは悪い方に悪い方にと向かって行き、私にはどこにも居場所はないんだという不合理な考えに行きついた。
せっかくのおしゃれも意味なかったし、嫌われてしまったのならこんな服。
私は噴水のある池に踏み入った。綺麗なワンピースも、PFPも全てめちゃくちゃにしたかった。
「おい、何してるんだ」
「ちょ、ちょっと。離して! って、あんた!?」
「よう、エミリーさっきぶりだな」
ダイブしようと池に足を入れたところで、腕を掴まれた。
「突然家に押しかけてきたと思ったら、いきなり出ていってしまうし、心配したんだぜ」
「そ、それは悪かったわよ。でもあんた私のこと嫌いになったでしょ?」
「何言ってるんだよ。お前が変なのはいつものことじゃないか」
「その言い方、悪意あるわ!」
「まあ、まあ。とりあえず、ここから離れないか? 俺たち目立ってるぞ」
「!!!」
公園の池に入り込んでいる女と、その女の腕を掴んでいる男、いかにも修羅場を想像させるシチュエーションだ。
「そ、そうね。でも、その前にひとつ聞かせて。私のことどう思ってる?」
「腐れ縁の幼馴染だ」
「そっか」
不満を感じる返事だが、同時にまだ幼馴染ポジションにいられたことに安心もした。
目を離すと何しでかすかわからないからという理由で、手を握られていて、私たち、もしかして恋人みたいに見えるんじゃないかしらと思うと、顔が熱くなった。
自宅までそのまま帰った。手をつないで。