デパートだった7階に象が迷い込んでるって、本当なの
寒くなる一方。この街のメインストリートに建っている去年閉鎖したままのデパートを見ていると余計に寒くなる。
でも、もし、この中に、逃げ出した小象が密かに住んでいるとしたら。あたまだけでも楽しい汗をかいてきそう。
「このまえ閉店した丸川デパートのあとって、なんになるんだろうね」
いつものバーのいつもの常連から投げ込まれた次の「お題」だ。今宵は若い新顔のカップルも混じっていて、マスターを介したり無視したりしながら話が廻ってる。
「どうせマンションか何かになるんでしょ」
「メインストリートの角地でマンションだなんて、のっぺらぼうみたいでバッカバカしいじゃないの」
「それじゃ、何が出来たらみんな頷いてくれる。ソウルフードたっぷりの飲食ブース入れて、フードテーマパークでもしてみるか」
「駅からは遠くて、駐車場っていえば立体の行列つくって並ばなきゃ入れないところに・・・・・別によそからの観光客ばっかりの施設でなくていいんだから。うちらがこうワクワクする、なにか・・・・・・」
と、急にカップルの彼女の方をジッと見る。 ー 聞いてるばっかじゃなくてあんたも何か考えなさいよと、言いたそうな顔で。
「ほかの県にはあって、ここにはないものがいいな」
あたりさわりのない返しだ、ヨシヨシ。
「そんなものいっぱいあるわよ。叙々苑もないしC&Cカレーもない、・・・それに嵐もいない。サクライくんもニノも」
「アンナミラーズもないし。おれっ、出張のお昼、あそこって決めてるの」
「制服フェチなだけやん」
「ジャニおたなだけやん」
このままオタク街道のまっしぐらのディープゾーンに突っ込むかと思ったら、さっきの女の子が「あっ、わたし、動物園がいい。うちの県、動物園ないもんね。動物園あってもいいんじゃない」
「おれもそれ乗っかる。賛成、動物園いいよ、屋内動物園。これから寒くなるし、アフリカあたりの温ったかい動物、屋内でみてみたい。ライオン、ピューマ、ヌーなんてのもいたよね」
彼氏のほうのフレッシュカクテルが一杯余計目だったみたいで、思考回路はどんどん飛んでく、飛んでく。
「わたし、象がいいな。ちっちゃな子象。アフリカ象よりインド象が好き。だって大人しくてすぐに乗っけてくれそうだもん」
「どこかに余ってないかしらね。厄介だって捨てちゃうぞう、あげちゃうぞうってひと、いないかな」
「逃げた象が迷い込んだりして、ここなら隠れるぞーって、こっそり荷物用のゲートから忍んできて、止まってるエスカレーター登って、今頃7階の催事広場で万国旗からだ中に巻きつけてたりして、楽しいぞー」
酔っ払いたちのだじゃれがテンポよく飛び出してくるようになって、小象の身体はキラキラしだした。
「最近、丸川さんみないね」
「そういえば丸川さん、あんなふうだけど丸川デパートの親戚なんですって」
「えー、そんなお嬢さん育ちだったの」
「ひいおじいちゃんが創業者だって言ってた。始めた頃は2階建ての呉服屋と雑貨屋の毛の生えた店だったって謙遜してたけど、この街の名士の血を引いてたわけだ」
「それじゃ・・・・・・ちょっと落ち込んでのかな、デパート閉店するの。だって密かな自慢だったんでしょ、彼女の」
「いまがリア充って雰囲気、あんまり感じないもんね」
ちょっとしんみりがにじみ出た。先ほどまでのキラキラが湿ってきそうな匂いを感じて、マスターがとっておきをぶつけてくる。
「でも丸川さんて、ある意味、可愛い感じしませんか」
「マスター、それっ、本人がいるとき言ってあげてよ。お世辞ってわかってても喜んじゃうよ、高いやつ頼んじゃうよ」
「いやっ、そういうフェミニンな方じゃなくって、可愛いでも色々あるでしょう。ぬいぐるみとか動物とか」
「あっ」と、糸に針が通ったような声があがる。
「ねっ」とふたりでにやにや。他の客にはまだ見えてこないスクリーンを見ているようで、背中が痒くなる。
「なになに」
「だから、ねっ。ほうら丸川さん、何かに似てない。大きな顔、おでこもほっぺもこれでもかって付け足したようなお肉、そのくせ小さな目と口」
「・・・・・・・」
もうヒントこれが最後だよって、グーにした両手をお遊戯したみたいに積み上げてそのまま鼻のところまでもっていくと、
「子象、実写版のダンボだ」
「うわー、もう、それにしか見えない」
「それじゃきっと、丸川さん、籠もっちゃったんだな。デパートに」
「7階の催事場、昔の大食堂だったところだよ。きっと懐かしくなって、お子様ランチお腹いっぱい食べにいったんだ」
「絶対、子どもたちの人気ものになるよ。12月に入ってこれから雪ばっかりの毎日になるから、学校から帰るとみんなデパートに入って子象を探しにいくの。今日は3階の婦人服売り場かな、5階のおもちゃコーナーかなって」
「何か食べ物もっていってあげないと。にんじん、キャベツ、パンの耳だってきっと大好物かな。丸川さん、ハード系のパン好きだって言ってたから」
「夜は寒くなるから干しわらいっぱい敷いてあげないと。丸川さん、寒がりだから」
「でも、そんなに大勢のこどもが来たらまずいよ。丸川さん、一人っ子だったって、だから子どもが嫌いなんだって」
「そんな好き嫌いなんて贅沢いってたら動物園は成り立っていかないの。嫌いなものも食べて慣れていかなくちゃ。甘い果物ばかりじゃなくて酸っぱい干し草だって食べていかなくちゃ、嫌いな子どもにだって笑顔を振り向けていかなくちゃ」
「それじゃ人間だったときとあんまり変わらないじゃないの。せっかく子象になったのに」
「しょうがないの。ここはアフリカでもインドでもないんだから。寒い寒い北国なんだから」
若いカップルはもういない。ゼロ次会を終えて本当の宴会の店へと出かけていった。けれど、そんなことは気付かない或いはどうでもいいいつもの中高年たちは、最近みかけなくなった丸川さんさえほったらかしにして、オシャレなバーで焼酎のお湯割りをどんどん空けていく。
いったんぐるぐる回りだしたものは、おのずと止まるまでもう誰も止めることはできないから。