1話 最近のイヤホンはBluetoothばかりだ
「おれの名前は梅谷だ!一浪して、本命ではない滑り止めの文強大学史学部通うことになった、イケてる男子大学生だ!実を言うと、大学受験の本命は稲田大学だったが、どうもおれは試験本番に弱いらしく、"たまたま"2年連続落ちてしまった。試験の開示には行っていないが、おそらく誤差程度で落とされてしまったのだろう。まあ生きていれば運が悪い時もあるよな。高校一年生から予備校に通っていたおれが実力で稲田大学に受からないわけがないし、俺の進学を決めた文強大学はFランだが、史学部に関しては早慶レベルだからな…」
俺はこの頃、自室で1人永遠とこのようなことを呟いている。というのも、明日は大学の入学式なのだ。新天地での華々しいデビューを決めるために受験合格後から今日までの間、毎日自己紹介の練習を毎晩続けているのだ。
「安心しろ、ここまで自己紹介の練習を続けた新入生は俺以外にいるはずはない。大丈夫だ、きっと成功する、成功させるんだ…」
ーーこの通り、冴えない男、梅谷は一浪した末に無駄に膨大な学歴コンプを引きずる悲しい童貞である。だが、当然といえば当然の話である。彼は妄想癖があり、自信過剰な"バカ"なのだ。もちろんそれは膨大なプライドと謎の自信によって支えられているわけであるが…
これはそんな冴えない男が大学デビューをしようと奮闘する話ーー
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「もうこんな時間かよ!髪の毛セットできないじゃねえか!」
昨日、彼は自己紹介の練習をしすぎた為、朝の陽射しを感じ気持ちよく寝付き、案の定寝坊をしてしまったのだ。そのように、何度か夜更けに妄想を膨らませ、寝坊することは中学高校から度々あったのだが、彼は遅刻をしたことがない。ここだけは優秀であると言えよう。しかし、これには悲しき理由が存在する。そう、彼は遅刻をする男は大嫌いなのだ。彼は、学生の頃、遅刻する奴によく虐められていた。更に、そのような"陽キャラ"に限って、成績優秀、運動神経抜群、極めつけには、彼が当時、好きだった女の子にも例の"遅刻魔"系陽キャは好意を寄せられていて………それは劣等感を感じても当然であろう。だからこそ、人一倍遅刻には敏感なのである。そんな悲しい過去を持っている彼であるが、本人は大学では華々しくデビューをする気満々であるのが、また面白いところである。
「拓哉〜、そろそろ家出る時間よ〜?」
「わかってるわ!俺の偏差値は80だぞ!」
俺の偏差値は80、これは死ぬまで永遠に誇っていこうと思っている。高校一年生の時の模試で、得意科目でたまたま取れただけではあるが、俺はこれをたまたまなどとは思っていない。運も実力のうちであるからな。ちなみに、偏差値80を取れた模試の結果用紙は未だに部屋に飾ってある。
さて、そろそろ外に出るとしようか。新たな門出にはうってつけの日だ。朝の陽射しが気持ち良い。小学生の頃はよくこのような時間に家を出たものだ。
「いってきます」
「行ってらっしゃい拓哉、友達たくさん作るのよ〜!」
道を歩いていると様々なことを思い出す、小学生の頃はランドセルをここにあった田んぼに投げられてよく泣いていたな、いい思い出だ、そんな田んぼも今ではすっかり住宅マンションになってしまった。最近の都市計画著しいこの街は20年後どのようになっているのだろうか、せめて公園の遊具だけでもそのままであってほしい。懐かしいなんて感情がこれほどまでに尊いものであるとは、思いもしなかった。
駅の階段を下り、改札に入る、そして電車に乗る。浪人中は毎日憂鬱な日課であったはずなのに、入学式に向かうという目的の違いだけでここまで違うものなのか。物凄く気持ちが爽やかだ。まるで元旦の日の朝に新品のパンツを履いたかのように、爽やかだ。
割と、俺の地元駅から都内は近い、それもそうだ、俺は富裕層の家庭に育ってきたのだからな。やはり金持ちの子は気持ちが良い。
おっと、八段下駅だ。ここで降りる事をすっかり忘れていた。つまり、入学式会場に着いた。ご存知の通り東京武道館だ。ここに来るのは初めてだが、大したことないな。稲田大学のキャンパスの方がよっぽど神々しく見えるな。やはり元浪人生として、落ちてしまったのは惜しい、仮面浪人でもしてみようかな…いやいや、性懲りも無くまだ受験のことを考えてしまっているのは浪人の性か。
挙動不審に会場入りを入学式開始30分前に済ませ、着席をする。10分前行動ならぬ30分前行動である。そして、家から持ってきたコーラを流し込む。こんな俺でも、緊張はするらしい。1000円カットで3日前に切ったばかりの髪を掻き、額の汗を袖でふきとる。受験のストレスからなる円形脱毛症も最近は治ってきた。
ちなみに俺はコーラばかり飲んでいるから太っているとは微塵にも思っていない。
「ここにいる生徒はざっと1000人くらい…か?この中の平均偏差値はどのくらいなのだろうか?コテ慣らしに隣のヤツに話しかけてみるとするか。」
「君も、文強大学の新入生かい?」
「………」
ん?なんだ、こいつ。言うならば、弱そうな陰キャラ。だが俺は無視されている。何故だろう。もう一度話しかけてみよう。
「君も、文強大学の新入生かい?」
またしても彼は無視をされた。
ゆるく書いていくつもりではありますが、気軽にコメントや評価ください、多分書いてくれたらモチベになります(^^