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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

足枷

足枷

作者: 沙羅 紫蓉


 和弘の両親である鈴木洋一と鈴木美香子が燃えた車の中から遺体で発見された。和弘はその一報を聞いて思ったのだ。誰が殺したのだろう、と。



「--そういうことで、君のご両親は自殺と判断された」

 二人組の刑事のうち若い方の刑事がそう告げた。大きな二重の目と明るめの髪色で、刑事らしく鍛えている事がスーツ越しでもわかる。その半面、刑事らしからぬ爽やかさを持っていた。特にずんぐりとして表情が変わらない年配の刑事と比べると、その表情の豊かさが際立つ。今はダイニングテーブルの上の手を組みながら痛ましそうに和弘を見ていた。

「……そうですか」

 二人の向かいに座っていた和弘は、握りしめていたマグカップを見つめて言葉を探したが何も出てはこなかった。

「何か疑問点はあるかい?」

「いえ。まだ混乱していて。その……すみません。わざわざうちまで来ていただいたのに」

「いや。気にしなくていいよ。それに今日はご両親にご挨拶をしたいとも思っていたんだ」

「ありがとうございます。遺影は両親の寝室にありますので、よろしければ」

「すまないね。ご挨拶したら帰らせてもらうよ」

 和弘は椅子から立ち上がり、片足を引きずるように歩いて刑事の二人を先導した。

「その足は事故かい?」

 先ほどからずっと黙っていた年配の刑事が言った。

「はい。僕は熱を出していてよく覚えてないのですけど……昔ちょっと。でも、これでも短い距離なら走ることもできるんです」

「後遺症が残るくらいだから、そうとうひどい怪我だったのかい?」

「そんなひどい怪我ではなかったと思います。今もそうですけど、昔はすごい病院嫌いで、怪我をしてから診てもらうまで時間が経ってしまっていたせいだと思います」

 若い刑事は、痩せこけて年齢よりもだいぶ身体の小さい和弘の姿を見ながら、捜査資料の内容を思い出していた。自殺にせよ事故にせよ、あの両親が死んでよかったのかもしれないな、と思ったがすぐに打ち消した。


 寝室はゴミや空き缶が散らばり、その空き缶に煙草の吸い差しがねじ込まれていた。煙草の煙や皮脂、カビの臭いが混じったこの部屋からは使用者の鬱屈とした日々の生活がうかがわれた。

「すみません。汚くて。まだなかなか手をつける気がしなくて」

「みんなそういうものだよ。無理はしない方が良い」

 若い刑事が優しく声をかけた。

「そういえば、やっぱり親戚やお義兄さんとは連絡がつかないのかい?」

「はい。母の方も義父の方も……。義兄は5年前に出て行ったきりで連絡はありません」

 洋一と美香子は再婚同士の夫婦だった。洋一の元の妻は他に男を作り失踪。美香子の元の夫とは死別している。

 二人とも元々家族との縁が薄い人間ではあったが、その数少ない親戚から蛇蝎のごとく嫌厭され縁を切られているのは、二人の素行の悪さによるものだった。大きな犯罪はおかさないが、質の悪い強請りや脱法ドラッグの売人、喧嘩、恐喝。息を吐くようにとはまさにこの二人の事だと思う程に簡単に嘘をつき人を貶める。今まで逮捕歴はなかったが、あのまま生きていても逮捕されるのは時間の問題だと思われた。

 和弘の義兄で洋一の連れ子である洋昌も中学のころから喧嘩が絶えず、高校卒業を目前に家を出てそのまま行方知れずのようだが、両親はそれについて捜索願を警察には出していなかった。

 近所でもトラブルをいくつか起こし、鈴木家はこの地域の住人からも敬遠されていた。

 一家の情報を思い出しながら、見事に離散をした一家だな、と年配の刑事はこの小さな少年の将来を憂えた。



--ピンポーン


「誰だろう?」

 三人そろって正座をして洋一と美香子の遺影に手を合わせていたところ、玄関のインターホンが鳴った。

「すみません。ちょっと見てきますね」

「お客さんかな?私たちはもう帰らせてもらうから、玄関まで一緒に行くよ」

 若い刑事がそう言いながらすっと立ち上がり、続いて和弘も怪我をした左足を庇いながら器用に立ち上がった。その二人を見た年配の刑事は、年齢による腰の痛みを顔に出さないように立ち上がった。

「何も約束はしていないのですが……何かの勧誘かもしれませんね」

「そうか。ならなおさら一緒に行こうかな。悪い人だったら僕たちが対応してあげるよ。あ。鞄は私が車まで運びます」

 若い刑事が床に置かれた年配の刑事の鞄をすっと持ち上げると、年配の刑事は「あぁ」と素知らぬ顔をして言った。どうやら関節が傷みやすい事をしっている若い刑事なりの気遣いのようだった。

「ふふ。本物の刑事さんに対応していただけるのでしたら、心強いですね」

 刑事の二人が初めて見たリラックスした和弘の笑顔だった。


 夫婦の寝室から出てすぐが玄関だった。

「はーい」

 玄関に立つなり相手も確かめずにいきなりドアを開ける和弘を見て、若い刑事が頭を抱えた。

「久しぶりだな、和弘」

「……義兄さん……?」

 それが和弘にとって5年ぶりの義兄―-洋昌との再会だった。

「早々に小言を言える立場ではないけど、誰か確かめもせずに玄関を開けるのは感心しないな」

 切れ長でたれ目がちな目は、微笑むとひどく優しく、そして甘い。

 昔は派手な色に染めていた髪の毛が今は黒い。違いはそれだけのはずなのに、柔和な笑顔を見せる目の前の人間と5年前の義兄とはまるで違う人のように和弘は感じた。



「そうですか、刑事さんなのですね」

 リビングに洋昌と、その洋昌と一緒に同行してきた男の二人を通して、和弘はお茶を出した。刑事の二人も5年ぶりの家族の帰宅という事で一時残ることにしたようだった。

「そうです。事件についてお話が合って。それで今日戻られたのは事件を聞いて……?」

 若い刑事が切り出した。

「はい。両親が亡くなったという事を知って駆け付けました」

「どこでお知りになったんですか?」

「これが本当に偶然で、会社の古い新聞を捨てようとしたところこの事件の記事が目に入って、驚いてこちらに飛んできました」

「今はお勤めされているんですね。どちらで働かれているんですか?」

「はは、まるで取り調べみたいですね」

 そう横やりを入れたのは、洋昌と一緒に来訪した男だった。

「おっと、すみません。そういうつもりはなかったのですが」

「いえ。それよりも和弘君との久しぶりの再会なので、お話しさせてあげたいと思いまして……あぁ、申し訳ありません。私は斎藤と申します」

 刑事の怪訝な表情を察して斎藤が頭を下げながら挨拶をした。

「そうですね。なにせ5年ぶりですしね。和弘君すまなかった」

「いえ……僕も驚いていて、何を話せば良いのか……」

「あんな事件があったのに……遅くなってすまんな」

「ううん……」

「ところで、斎藤さんはなぜ?」

「あぁ、私は洋昌の友人でしてね。税理士をしています」

 斎藤はにこりと笑って会釈をした。どこか爬虫類のような顔だな、と和弘は思った。

「親が亡くなったから、相続があるだろう?もう税理士に相談はしたか?」

「まだ。そこまで頭が回っていなくて」

「そうか。なら良ければ斎藤に任せてみないか?」

「もちろん報酬をいただくけど、友人価格で安くお手伝いしてあげるよ」

「僕、そういうの全然わからないから助かります」

「俺は遺産を受けるつもりがないから、お前が全部もらうといい。借金がないといいけどな」

「そんな!洋昌義兄さんの分をもらうわけにはいかないよ」

 思わずといったように和弘は声を上げた。

「高給取りじゃあないが、俺は働いているから。それに遺産の中で一番大きい金額になるのは多分この家だろ?お前の実のお父さんが遺してくれたものじゃないか。お前に受け取る権利があるよ」

「だったら、現金の方は義兄さんがもらえばいいじゃないか」

「家だけ持っていても腹は満たされないよ。それに家を維持するのにもお金が必要になる」

「まぁまぁ、そういうのを含めてこれから相談が必要だ。まずどんな遺産があるのか調べないと。銀行にはもうご両親が亡くなったことは伝えた?まだなら当面の生活費だけでも引き出してからの方がいいよ。口座の持ち主が亡くなったとわかると、銀行はすぐに口座を凍結させるから。おっと、これは刑事さんの前では言わない方が良かったかな?」

 どちらも譲らない二人を、冗談を交えながら止めたのは斎藤だった。それに乗っかるように若い刑事が答えた。

「ははは。それくらいで目くじらを立てませんよ。お義兄さんが帰ってきてくれて良かった。我々も安心しました」

「そうだな。いったん我々はお暇しよう」

「申し訳ありません。お恥ずかしい言い合いをしてしまって」

 洋昌は苦笑を交えて二人の刑事に向かって謝った。

「いえいえ。お二人でじっくりと話をしてください。事件の件の説明はどうしましょうか?」

 年配の刑事は立ち上がりながら義兄に聞いた。

「まず弟から聞きます。わからない事があればお聞きしても良いですか?」

「もちろん。連絡してくれればいつでも。我々の連絡先は和弘君が知っているので聞いてもらえれば」

「わかりました。色々とご心配をおかけしました。ありがとうございます」

 そうして今度こそ和弘は刑事を見送るために玄関へと向かった。

「何かあったら……私たちのところへ連絡をしてきなさい」

 その言葉は年配の刑事からだった。思いもかけない言葉に和弘は目をぱちくりとさせ「はい」と答えた。

 それを見て二人の刑事は「では」と出て行った。



「彼、ずいぶんまっとうに更生したんですね。資料見ると相当やんちゃしていたようだったので驚きました」

 駐車場に停めていた車に乗り込んだ若い刑事の声は明るかった。しかし、年配の刑事の表情は変わらない。

「そうかな」

 シートベルトを締めながら振り返ると、年配の刑事の眉間にしわが寄っていた。あ、これは相当気になっている表情だ、と長く一緒に働いてきた経験から若い刑事は勘づいた。

「ベテラン刑事のカンってやつですか?」

「そんなんじゃないよ。だがなぁ、足が気になるんだよなぁ」

「足?足の怪我ですか?」

「まぁ、事件は終わった。ほら車を出せ。戻るぞ」

 年配の刑事は眉間のしわを人差し指と親指でぐりぐりと揉んだ。ずいぶん昔に妻に眉間のしわについて指摘されてからするようになった癖だ。

「はい。わかりました」



「あの、洋昌義兄さん、今日はありがとう。びっくりしちゃって、今、いろいろと混乱していて……」

 刑事を見送り、リビングに戻ってから改めて洋昌と斎藤に向き合う和弘は少し緊張をしていた。

「そうだな。色々と苦労をかけた。すまん」

「ううん。そんなことないよ。洋昌義兄さん、今は何をしているの?」

「今は東京の小さい会社の営業をしている。輸入品を扱っている会社だ」

「そうなんだ。びっくりした」

 5年前の洋昌にはない、このそつのない所作は営業を仕事にしている間に身についたものかもしれない、と和弘は思った。

「お前はびっくりしてばっかりだな。まぁ無理もないが。和弘の方は…もう高校生だろ?どうだ?」

「うん……一年生。普通だよ」

「そうか」

「うん……」

 少しの間、沈黙が流れる。

 久しぶりの義兄との会話もあまり進まなかった。和弘は元々口数が多い方ではないのだが、その口はさらに重たくなっていた。洋昌の目が食い入る様に自身を見ているように感じたからだ。噛みつかれそう、と不意に和弘は思った。

「ところで洋昌、お前こっちにはどれくらいの頻度で通えるんだ?」

斎藤が洋昌に尋ねた。

「仕事もあるからまちまちだけど、少なくとも明後日は来るよ」

「ありがとう。でも無理しないで」

「馬鹿。こんな時だ。今は多少でも無理をさせてくれ。それに心配しなくても大丈夫だ。会社には事情を話して仕事の調整をさせてもらっている」

「うん……」

「あの二人の部屋の整理もしなくてはいけないからな。和弘、お前生活費はあるのか?飯はどうしている?」

「うん。ご飯は冷蔵の中の物を適当に食べているよ」

 洋昌は嘆息すると、封筒をカバンから取り出した。

「当面の生活費だ。ちゃんとバランス考えて飯を食え」

 そうとうな厚みのある封筒がテーブルに置かれた。

「そんな!大丈夫だよ!銀行から引き出すから!」

「印鑑の場所は知っているのか?すぐに引き出せるのか?」

「……」

「多少現金は手元に置いておいた方がいい。それに俺はお前の保護者だ」

「ほごしゃ……」

「だろう?」

 親も頼れる親戚もいない。和弘の目の前にいるのは血のつながってはいない義兄。

「和弘君、君は未成年で洋昌は大人だ。甘えたほうが良い。いずれ大人になったら嫌でも自立しなくちゃいけなくなるんだから」

 和弘は戸惑っていた。今の洋昌が記憶の中の義兄とあまりにも違っているからだ。5年という年月がこんなにも人を変えるのだろうか、と、5年前と何も変わらない自分を振り返って和弘は思う。この義兄に素直に甘えて良いのかわからなくなっていた。

「うん……」

「しょうがないな……」

 洋昌が低い声でそう言いながら和弘の頭の上に手を出してきたため、和弘はびくりと身体を固まらせる。思わず顔を伏せて目をつぶったが、和弘が思っていたような衝撃が来ることもなく、優しく頭を撫でられた。

「……っ」

「これは俺の自業自得だな。もっと頼ってもらえるように時間をかけるよ」

 洋昌の手は頭からゆっくりと頬の方に移動してきて、親指で目元を撫でる。思わず目を開けて洋昌の顔を見ると、思いのほか近くにその顔があり、その目から視線を逸らすことができなかった。優しく小指で耳元を撫でられ背中からビリビリとした感覚がした。

「あ……」

「ん?」

「いや……えっと、なんでもない……」

「そうか」

 洋昌が口を歪ませて微笑むのを見た時、ゾクリと和弘に悪寒が走った。

 ――どこかでコレを見たことがある

 洋昌は5年前と何も変わっていないのではないか、和弘の心にポツリと黒いシミができた。

 それからますます口数が少なくなった和弘は、今後の予定について洋昌から言われるがままに頷く事しかできなかった。


「じゃあ、明後日また来るな。さっき言った通りお前はまだ辛いだろうし、何もしなくていい。あの部屋の掃除も俺がするから」

 夕方になり二人はいったん帰るという事で和弘は二人を見送ることになった。

「ありがとう。でも何かしていないと落ち着かないから、僕も少しずつだけど進めるよ」

 なかなか洋昌の顔を見ることができずに、視線が自然と下に行く。オレンジ色の夕焼けの光が玄関から差し込んで洋昌の足元に濃い影が伸びていた。

「それなら良いが、無理はするなよ」

「うん」

「和弘、今すぐには無理だが……いつかは一緒に暮らしたいと、俺は思っている」

「うん……」

 玄関の扉を開けながら洋昌はそう言ったが、和弘からは逆光のため表情を伺うことはできなかった。5年前には一度も見ることのなかった優しい笑顔をしているようにも見えたが、それを確かめる勇気はなかった。



「お前ねぇ、その目、もう少しなんとかなんなかったのか?可愛い弟相手に。まるでハムスターのように怯えていたじゃないか」

「あの怯えた顔、クるだろう?あの場で犯してしまおうかと考えていた」

 怯えた和弘の顔を思い出しているのか、洋昌は目を細めて煙草を吸いこんだ。

「悪いが俺の趣味じゃないな。俺を同席させたのはもしかしてストッパーのためか」

「いや。ちゃんと税理士が必要だろうと思って連れて来た」

「そうかい。でも最近本業の依頼が少なかったから助かったよ。もちろん安くする……ってなんだい?その顔は」

 洋昌が目を見開いて驚いた顔で斎藤を見ていた。

「お前、まだそっちを本業と言い張るのか?」

「そうだよ!」

「お前の言う副業の方がはるかに収入がいいじゃねーか。もうそっちが本業だろう」

「ちがうよ!いいかい。俺は――」

 そこで洋昌のスマートフォンから着信音が鳴っていた。

「仕事の呼び出しだ」

 着信画面を見ながら洋昌は嘆息した。

「そっちも繁盛しているじゃないか。”小さな輸入会社の営業”の仕事か?」

「いや、今回の件の報酬の代わりに仕事を手伝えとさ」

「へぇ」

「人を二人、自殺に見せかけて殺せる人間の伝手を俺は持っていなくてな。法外な値段を提示された。だから不足分は働いて払えと。まぁ、良い繋がりができそうだから悪い話でもなかった」

「――その年で殺人にまで手を出す勇気は俺にはなかったな」

「何言っている。俺よりも若い殺人者なんてゴロゴロいるだろうが」

「わかっているだろう?そんなガキの短絡的な犯行を言っているわけじゃないよ。お前は5年前、いやもっと前から計画していただろう?」

ふぅっと、洋昌は煙草の煙を長く吐き出した。

「さぁ、いつからだろうな。もしかしたら和弘と初めて会った時かもしれないな」

いったいどういう出会い方をしたら『そう』なるんだ、と斎藤は思ったが答えが返ってくる気がしなかったので別の質問を口にした。

「……あの足の怪我、お前がやったんだろう?」

ジロリと洋昌が斎藤を見た。

「お前たち両親を調べる限り、虐待のことを周囲には知られたくなかった様子だった。だから目立つところには怪我をさせなかったはずなのにあの足……不自然だと思わないか? あれはお前がやったんだろう?」

「俺はこれでも死んだ二人には感謝している」

「ん?」

「義母は和弘を産んだことを。親父は虐待の発覚を恐れて和弘をすぐに病院に連れて行かなかったことを。そして二人とも和弘に暴力の恐怖を与えたことを。和弘はもうまともに走れないし、長時間歩くこともできない」

 度重なる両親からの密室での虐待は、和弘を怯えさせ、逃げることも諦めさせた。今の和弘は他者からの支配を唯々諾々と受け入れ、誰かに助けを求めることを考えもしない。目に見える見えないに関わらず両親から受けた傷跡が残る現状はひどく不愉快ではあるが、それもこれから全て自身の物に塗り替える、洋昌はそう決めていた。

「あの足は和弘君が逃げないようにする足枷か」

 どうやら随分と機嫌が良いらしいと、斎藤は呆れたようにいつもよりも饒舌な洋昌を見ながら思った。

「足枷か、良いな。あいつの足を折った時の感触は今でも覚えている。あれは――たまらない」

 洋昌のような人間は斎藤の顧客にもよくいる。何かを偏愛しそれ以外を排除しようとする。そのためには時に粘着的に時に獰猛に行動し、手段を選ばない。選ぶ必要も感じていない。

「せいぜい彼を壊さないように気をつけろよ。まぁ、壊してしまってもそれはそれで楽しそうだけどね」

 その時に洋昌はどうなるのか想像した斎藤は口をゆがめて嗤った。

 結局は斎藤も洋昌と同類。同じ穴の狢。そのことを重々承知している洋昌は何の感情もなく斎藤を一瞥しただけで、和弘をこれからどう絡めとるか想像し、久しぶりの高揚感に身を任せていた。

 

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