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「ディオン兄様、出かける準備は出来ていますか?」
「いつでも大丈夫だよ、レティ。
私だってこの日を楽しみにしてたのだから」
秋の風が優しく頬を撫でる頃、私レティシアは腹黒メガネのディオン更生計画を実行中です。
本日のメインテーマは《世界は美しい~アメンボだって生きている~》である。
つまり
王都に出掛け、人々が平和に生き生きと生きている姿を見ることで、戦争なんてクソ食らえ計画である。
レティシアは、お忍び街歩きの簡素なワンピースを着ながら拳を突き上げる。
それをディオンは微笑ましそうに見つめるも、何も言わず手を差し出し、馬車までエスコートするのであった。
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「わぁ~、ディオン兄様!あのお店は何でしょう!
あれも、屋台で食べ物を売ってます!」
「レティ、落ち着いて。お店は逃げないよ。
あとでレティの行きたい所は出来る限りまわれるようにするから」
「はい!」
レティシアは馬車の窓から見える活気のある街並みに声が弾み、薄紫の瞳がキラキラと光る。
実は、レティシアは街に出るのが初めてであった。
侍女のエミリーや使用人たちの話を聞くだけで、実際に王都の街を歩いたことはない。
母である公爵夫人とお茶会に出掛ける以外は、家から出ることもないため、この日を楽しみにしていたのだ。
商店の並ぶ表通りの入り口に馬車を停めると、ディオンは先に降り、スマートな振る舞いでレティシアに手を差し出す。
「ありがとうございます」
「今日は私が責任を持って、お姫様のエスコートをするからね。
さぁ、お姫様はどこに行きたいかな?」
キザな物言いも言葉と一緒にされたウィンクも、ディオンがすると絵になってしまう。
レティシアは言葉に詰まりながらも、「まずは屋台!」
と元気よく答える。
「仰せの通りに」
いかにも貴族のお忍び感がありありとしている2人であるが、
レティシアは自分に注がれる視線も気にも留めず、絶えず周囲の活気溢れるお店に目線を動かす。
「見て!あのお店はとても綺麗な飴細工を売っているわ」
ディオンに向かってある店を指差しながら言うと、駆け出そうとするレティシアの手をディオンが捕まえる。
「レティ、はしゃぐのは分かるけど走ってはいけないよ。
人が多いから迷子になってしまうからね」
「また子供扱いして」
「これは失礼。レティは大人になりたいの?」
面白そうに笑うディオンにレティシアは唇を尖らせる。
大人になる。それは死に近づくということ。
でも、最近はディオンと共にいることで変わった気持ちがある。
「もちろんよ。早く大人になってディオン兄様と同じものを見たいわ。
そうしたら、お兄様の背負ってるものを軽く出来るかもしれないから」
ディオンの目をしっかりと見ていうレティシアに、ディオンは驚いたように目を見開く。
少し自嘲するような笑みを見せた後、すぐにディオンはいつもの微笑みを顔に貼り付ける。
「君は明るい世界で、その瞳をいつでも輝かせてくれていたらいい。
そうしたら、私も一緒に綺麗なものを見られるだろう?」
これで話はお終い、と言いたげにディオンは目的地はすぐそこだ、とレティシアに告げる。
嘘つき
声にならない呟きは、レティシアの唇の動きのみで消え失せた。