4
「はい」
慌てて机の上のノートを引き出しの奥深くに入れ、ベッドへと戻り、ひと呼吸おいてから返事をする。
すると、扉から侍女のエミリーが水差しとコップの乗ったトレイを手に入ってきた。
「レティシア様、お目覚めになられましたか!
お水をお持ちしましたのでどうぞ」
「エミリーありがとう。冷たくて気持ちいいわ」
15歳になる侍女のエミリーは、昨年よりレティシアの専属侍女となった。
まだ小さい天使の様な容貌のレティシアは使用人の名前を覚え、よく声をかけるので屋敷のなかでとても人気が高かった。
故に、大事なお嬢様が倒れたということに、使用人たちはやきもきしていた。
このエミリーもまた然り、倒れた時の青白い顔色から、普段の血色の良い顔色へと戻り、安堵していた。
「奥様にもお声をかけたのですが・・・」
気まずそうに視線をそらしながら言うエミリーに、レティシアは苦笑いする。
「いいのよ。お母様は公爵夫人としてのお仕事でお忙しいのでしょう」
そう、レティシアはこの国の公爵令嬢である。
貴族の中でも、なかなかに古い歴史と地位を持ち、父である公爵は国の宰相という責任ある立場にある。
そんなレティシアの両親は所謂、政略結婚というもので、身近で見ていても仲が良いとはいえない。
顔を合わせることもほとんどなく、レティシアが生まれてからは寝室も別であるとか。
父は仕事が忙しいともう1ヶ月は顔を合わせてないし、母もレティシアと話すより、領地の視察や夫人たちとのお茶会の方が好きらしい。
今までのレティシアであれば、落ち込むところである。ずっと寂しい想いをしており、両親に好かれようと頑張っていた。
全く報われなかったが。
ところが、今や大人の事情もわかるレティシアである。
まぁ、仮面夫婦、冷めた家庭っていうのもあるものよね。
「ところで、ディオン様はどうされたかしら?
急に倒れて驚かれたでしょうね」
ディオンという存在を忘れたいが、そうも出来ないことに思わず沈んだ声が出てしまう。
その様子に、エミリーは(お嬢様は倒れたのに、他の方々を思いやれるなんて優しい方なのかしら!
とても6歳には見えないこの聡明さ。天使かしら)
なんていう斜め上の考えをし、感動で震えていた。
「ディオン様は別室でお待ちしております。
お嬢様が倒れられた時、ディオン様が抱きとめられまして。まるで劇の様で、私感動してしまいました!
かなり心配しておいでで、負担にならないようであれば、目が覚めたら少しでもお顔を見たいとのことで」
もう帰ってるかな、なんて甘い考えは通用していなかった。
しかも、倒れた時に抱きとめてくれていたとは。
「えぇ、もう何ともないからお呼びしてくれるかしら」
断りたい。
全力で断りたい。
将来の黒幕との対面に、レティシアは顔が引きつりながらも、元々が小心者である少女は否を伝えられなかった。