13 ♦︎
ディオンは、遠去かる馬車を自室の窓から腕を組みながら険しい顔で眺める。
馬車が見えなくなると、机の引き出しから鍵付きの箱を取り出す。
シャツの首元から手を差し入れると、首にかけていた細いチェーンを首から外す。チェーンに付けられていたのは小さい鍵でその鍵を使い箱を開ける。
そこには封筒が1通入っており、隣国の言葉で書かれている。
ディオンは椅子に腰掛け手紙を取り出しサッと読み終えると、眉間にシワを寄せ険しい顔つきのまま、グシャリと手紙を握り潰す。
しかし、すぐさま右手でパチンと指を鳴らす。
すると、手紙はテーブル上の灰皿の上で燃える。
燃え尽きた灰は、もう1度ディオンが右手を鳴らすと全て消え失せた。
ふぅ、とひとつため息をつくとディオンはおもむろに天井を見て無表情のまま声をかける。
「おいエクトル、降りてこい」
天井の一部が開き、顔以外全て黒い衣服を纏った青年が音もなくディオンの前に降り立つ。
「はいはい、我が主」
その青年はスラリと背が高く、茶色の髪が所々跳ねている。少しつり上がった眼は糸目と呼ばれるような細いもので、飄々とした様子で腰に手をあて立っている。
「あいつの様子は?」
「変わんないすね。相変わらず、脳内花畑の世界に旅立ってます。
主の弟くんは一応可愛がってるみたいですけど。まぁ、自分の息子って認識出来てるとは思えないですけどね」
「あぁ、レオンか。
よくあの頭のおかしい女にアルノーも目をかけてるもんだな。
いまや、自分の名前さえ忘れてニコニコしてるんだからな。
ほんと反吐がでる」
「主の母君は歳の割に今もキレイですからね。
侯爵は元々母君がこの国にいる時から取り巻きだったそうじゃないっすか。だからこそ、ひきとったんでしょ」
「どうだか。あのサリバンの狸王に金でも詰まれたんじゃないか?」
「オレも流石にいちおー自分の国の王の悪口は言えないっすわ」
主従の関係の割にフラットな物言いであるが、ディオンは苛立つこともない。むしろ、これが当たり前と言った慣れた様子である。
「で、主はあのお嬢をどうするおつもりで?」
「レティシアか。今のところ使う予定はない」
「なぜです?顔は良い、頭も良い、高貴な者達とも関われる。だから近づいたんでは?」
エクトルにとって、ディオンの返答は予想外であったようだが、その返答を揶揄うような楽しげな声で返す。
ディオンは苛立った様子を隠そうともせず、眼鏡を外すと目元を手で押さえる。
「頭は良いが目が離せない危うさがある。
・・・それに、まだ幼い」
その返答にエクトルは思わず吹き出しそうになる。
しかし、そうすると報復が恐ろしいので肩が震えるのを気合で堪える。
(あんたもオレもお嬢と同じ歳の頃には、もうどっぷり暗闇に染まってたのにな。
随分、過保護なことで。
この変化が主にとって、良いものであればいいが)
エクトルは顎に手を当て、しばし考える仕草を見せ糸目の奥の瞳を光らせる。しかし、また飄々とした顔つきに戻す。
「とりあえずは現状維持だ」
「了解っす。じゃあ、また任務に戻るんで用あったら鳥飛ばしてくださーい」
エクトルはそう言うと、音もなく2階の窓から屋根に飛び乗り消えていった。
ディオンは自嘲の笑みを浮かべ、エクトルが開けっ放しにした窓から王宮の方角を遠く眺めた。
貴族たちの本音を隠した悪意渦巻く城にいるであろう、レティシアのことを知らず知らずに思い浮かべていた。
「俺はあいつをどうしたいのか・・・」