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「お嬢様、なんて可愛らしいのでしょう!
まるで天使が降臨したのかと思いました!」
薄い青色のドレスは光に触れ、キラキラと海のように輝く。何枚も重ねた柔らかな生地は歩く度にフワフワと跳ねる。
柔らかいプラチナブロンドの髪は、両サイドを編み込まれてハーフアップにしている。
中央に主張し過ぎないサファイアが埋め込まれた花模様の飾りが、可憐さを際立たせる。
鏡の前で、レティシアはニッコリと微笑むと潤んだ垂れ目が際立ち、鏡の中のレティシアも周囲に幸せを運ぶような花の妖精の如く輝かしい笑みを浮かべる。
あと1ヶ月で10歳になるレティシアは、少女らしさを表す膝下丈のドレスに似合わず、家庭教師にお墨付きの淑女らしい佇まいで凛としていた。
これは、今日のお茶会で信者を増やしそうだ。とエミリーはひとり頷きながらニヤリと笑う。
自室を出ると、ディオンが2階の踊り場で階段の手摺りに背をもたれた状態で立っていた。
学園が休みだからか、白いシャツにベスト、黒のパンツ姿という装いであったがシンプルな姿もまた長い手足が強調されてサマになっている。
「レティ、今日は一段と美しいね。
今日のような澄んだ青空に消えていきそうなぐらいだ」
「・・・ほんとは行きたくありません。
ディオン兄様もいないし」
「私は君たちと6つも離れているからね。今日のお茶会の目的は、殿下方の交友関係を広げるためだからね」
すると、ディオンは3歩ほどレティシアに歩み寄り、耳元に唇を寄せると
「王太子殿下と仲良くなっておいで」
ボソッと告げる言葉にレティシアは驚いたように目を見開くと、信じられないような顔でディオンを見上げる。
「深い意味はないよ。
レティは特別仲の良い友人がまだいないからね。
王太子殿下はレティと同じで年齢よりも聡明と聞くから、きっと話も合うはずだよ」
「・・・でも、実際にお会いしたこともお話したこともありませんから」
「実際に話してみれば良い。
あとは、バリエ公爵家のリーリエ嬢とグリエッド侯爵家のシュザンヌ嬢かな」
「なぜ」
「王太子殿下の婚約者候補の有力株だ。公爵家としてもある程度親しくしておきたい間柄だろう」
何でもないことのように言うディオンに、レティシアは眉を寄せて警戒心をあらわにする。
そんなレティシアの様子を困った子供を見るように見遣り、ディオンは少し屈んでレティシアの目線の位置に顔を合わせると、手をレティシアの頬に沿わせ
「レティ、君は公爵令嬢だ。
もちろん、君と語らい仲良くなれる友人が見つかることも願っている。
ただね、これから向かう先は悪意まみれの嫉妬を伴う戦場だよ。その悪意と上手く立ち回り、自分の手札を増やす。これも貴族にとって大事なことだ。
権力ある者は力の使い方を考え、時に相手の裏をかかなければならない。人の好意を上手く使うこと、必要な情報を得ることは決して悪ではない。
家を守り、民を守る。そして、君自身も守ってくれる力を身につけなさい」
「・・・はい」
「いい子だ」
ディオンは頬に添えていた手を優しく頭の上に持っていき、髪型を崩さぬように軽く撫でる。
「さぁ、伯母上ももう直来るだろう。行っておいで」
「行ってきます。
あの、ディオン兄様。・・・帰ってきたら一緒にお茶してくださいますか?」
「もちろん、レティの話を聞かせて欲しいな」
「では、それを楽しみに行ってきます!」
憂鬱な気分のまま、レティシアは階段を降りていく。そして間もなくやって来た母と共に馬車に乗り込む。
レティシアは、先程のディオンの様子に対する不信感を拭えない。
だが、自分の気づかぬ弱さを励ます様子に対して、力強さを感じたのもまた事実である。
そんな相反する気持ちを、窓から景色を眺めながら持て余していた。




