【2.5話】虎落笛
おはようございます。起承転結に物語を収められなかったクズです。
こないだ蟻たちが頑張って大きめの虫を運んでいるのを見て感激しました。…まぁ今の話は嘘なのですが、団結って傍から見れば素晴らしいものですね。輪の中に入ると一変しますけども。
このお話もそういったものなのかもしれません。それでは。
見知った白にひじきをふりかけた様な天井が見える。とんでもない凹みがあるのを除いて。
オレンジ色の日差し。そして誰かの気配がある。しかし首は動かない。鈍痛が体中に点在している。
「…船井。そのまま動かずよく聞け。首も動かんだろ。その感じじゃ何日かはギプス生活だ。…最上もハデにやったもんだ。」
その声の主は砕賀だった。
「…オレはな。中学の時に仲間が1人死んでんだ。…愛川だ。知ってるかは知らんが。俺はアイツと約束したんだ。…意味の無いケンカは絶対にしないってな。」
『俺たちは不良である前に!友だちっていう最高の仲間だ!』
『よしてくれ。僕は不良じゃないよ。君も本当はそうじゃない。
…この世の中に不良なんていないよ。みんな心の中に正義を持っていて、善悪問わずそれを信じてる。性善説とか性悪説は間違ってるよ。性義説…ってのが妥当かな。』
『何言ってるか分かんねえ。』
『だろうね。…でも、僕らが友達ってことは間違いないよ。』
『当たり前だ。…お前のおかげでここまで来れた。ありがとな。』
『…………砕賀君。1つ約束してほしい。これ以降、意味の無い喧嘩は絶対にしないでほしい。君は地頭が良い。………運命が許す限り、君は君の道を進むべきだ。』
「……その後あいつは事故で死んだ。ありふれた事故で。しかも俺を庇ってな。あの時死ぬのは俺でよかったはずなのによ。」
半笑いだがどこか悲しげな声の後に続く静寂は、未だ砕賀の心がその思い出に傷つけられている証明だった。
「船井。お前が不良に対して色んな感情抱いてるってのは知ってる。でもな、今のお前は肩書きばっか気にするバカヤローだ。…お前の能力はその肩書きのために得たものなのか?」
砕賀の立ち上がる音が聞こえる。足音が遠ざかっていく。
「オレはお前らと楽しく生きていたいんだ。…オレのために死んだアイツの分生きて、アイツの夢だった投資家で食ってくって決めてんだ。それがオレの運命だ。……お前の運命はどうなんだ?」
夜の2ー4組の教室に一人、佇む男がいた。凹みきった床のそばで彼は埃でくすんだナイフをじっと見つめている。
「オレは…勘違いしてたんだな。あの人を。不良だとか喧嘩番長だとか、千中の千人殺しとか。そんなんじゃない。…一人の筋の通った男だったんだ。それに比べてオレは…」
高校に入学してから船井の頭の中にあったのは、一般的な高校へのイメージと、『何かに守られたい』という欲望だった。
船井にとって『守られる』ということはつまり、強者に従くということだった。中学ではいじめを受けていた船井にとって、助けになったのは『全てをシャットアウトできて、全てを忘れられる狭い場所』と、『仲間』だった。家のソファーと壁の間の空間が最上級の癒しであり、ペットのカメ五郎が心の支えだった。
これは彼の願いである。千中での孤独で地獄の3年間を生き抜いた上で、次の3年間こそ楽しく生きようとした、彼の切実な願いである。故に彼は砕賀という、元千中生徒の中でも強大な力を持った番長に惚れ込み、ある日、『物の溝の中に忍び込める能力』を得た。
そんな彼の中で芽生えたのは不良としてのプライドだった。
この高校で不良を誇りに思っているのは船井ただ1人だろう。あの砕賀や工藤を筆頭とした他の不良も含んで。しかし船井はそれを良しとはしなかった。不良とは何かを日々砕賀達に説き、彼が中学時代経験したカツアゲや嫌がらせを実行しようとまでしていた。
___船井は今までの自身を忘れていた。いや、忘れられた、と形容したほうが良いのかもしれない。
「………オレはただのシャバい不良マニアだ。不良でもなんでもねぇ。肩書きばっか気にするバカヤローだ。…オレは自分の思い描く世界に閉じこもってたんだ………」
「ハァ…まだいたんですねあなた…」
掃除用具入れから男が現れた。稲田と呼ばれていた男だった。船井には事情はよくわからないままだったが、あの奇妙な現れ方から能力者だということは理解出来た。
「早く私の聖域から出ていってください。ここ、本来は僕だけにしか入れない場所なんですよ。」
心底嫌そうな声で言うとその場に座り込む稲田。どうやらダメージが蓄積しきっているらしい。腹を押さえて苦しんでいる。
「……最上と砕賀が知り合いだったとは。ますます放置できない。少なくとも僕の聖域だけは何とか死守しないと…」
稲田という存在は生けるコンプレックスといっても過言ではなかった。兄という存在は己の価値を否定されるような大きな存在であり、親の意向がその卑屈な心をより強固なものとした。でも、自分の本当の気持ちを隠すことはできなかった。兄より賢くなりたい。兄より面白くなりたい。兄より強くなりたい。…そんな思いをどこかで否定している自分がいる。自分は自分である。自分じゃない自分を続けるのは限界だ。と。
_____『もう、いっそのこと他人になって………どこか遠くへ行きたい。』
これは彼の願いである。精神的に未熟ながらも、どこか何かを達観したかのような彼の、隠された願いである。そしてある日、彼の兄に連れられた先で能力を得た。『開くものを別の開くものに繋ぐ』能力である。兄の『あの能力』には遠く及ばないが、どこかでこの能力に心を救われた気がしていた。学校の旧校舎に作られた『聖域』は自分だけの場所。誰でもない誰かになれる唯一の場所。それを他人に汚されるのは、全てのアイデンティティの否定を意味していた。
「…砕賀さんに手を出すからやられんだよ。」
「あのねぇ、私は一切あの人に手なんか出してませんよ。最上を追おうとしたらあんなことに…」
しかし、両者の思いが伝わることは決してない。漢になろうとするもの、他の誰かになろうとするものとでは、何も言わずに通じあうようなことなどない。…唯一あるとすれば、自分たちは負け犬であることだけである。
「…組みませんか。」
「は?」
稲田が唐突に口を開いた。その発想はとてもシンプルだ。一緒に投げられて一緒に殴られただけの関係なのだから、一緒に復讐でもしたいのだろう。
「断る。他を当たれ。」
船井は無常にも立ち上がり、立ち去ろうとする。その退路を当然のように稲田が断った。
「なら僕らの仲間になってください。この世界はいずれ『桃源郷』に成り代わります。……あなたは『ナチュラル』ですか?それとも『ギフト』を?」
「…なに言ってるかは知らんが、俺はお前の仲間にはならねェ。」
「」
不良である前に、……オレは、あの人の仲間だ。
船井は稲田を押しのけ、扉を開けて出ていった。
扉に罠を仕掛けることもできた。いっそさっきの窓みたいに同じ部屋を繋いで永遠ループさせることもできた。でもしなかった。
彼は既に誇り高い群狼の内の1匹だった。別にそれを非難するわけでもなんでもない。少し羨ましかっただけだ。
「あぁ…兄さん、怒ってるだろうなぁ。」
負け犬は遠吠えするしかないのだ。船井が閉め切らなかった扉の隙間から、子犬が遠吠えするかのような虎落笛が響いている。
ようやく2話完結です。
この後稲田くんは普通に兄貴に怒られ、船井くんは後日笑顔で仲間の輪に戻ったそうですよ。
孤独を求める人と仲間を求める人は紙一重なのかもしれないですね。過程は違えど、結果は同じなのかもしれません。
次の話から少し字数を少なくしようと思います。あくまでも思うなので減ってなかったら喜ぶなり批判するなりしてください。それでは。