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ハードワークはいつの日も  作者: せうたろ
7/9

【2話】それぞれの死闘【転】

前回からかなり時間が経ってしまいましたが、小説に飽きていたわけではありません。トノサマバッタが殿様ではないように、小説家も小説を書くだけの存在ではないのです。

そんなことを言っているうちにも、物語の方では隼人も砕賀もグダグダで泥臭い死闘を繰り広げております。果たして2人は約束通り果し合いが出来るのか。

以上です。

「…寒い。」

「でしょうな。」

いよいよおかきを食べ終わって隼人が悲しげに呟いた。

「これで閉じ込めっぱなしだったらどうすんのこれ。なんかわりと酸素は持ってるけど、食べ物無くなって餓死ってのは1番嫌だわ。死ぬなら目いっぱい肉食って死にたい。…『食べられません』食ってまで飢えを凌ぐなら俺は床ぶち抜くぞ。なぁハードリィ!」

呼ばれたハードリィが慌てて飛び出し、訳もわからず何度もうなずいている。

「なんだよハードリィって…はいはい。お前言っとくけど乾燥剤なんか食ったら胃がウェルダンになっておわ…」

安東の音声が途切れた。

「…どうした?もしかして壊れたかこれ。」

「いや、ちゃんと電波4本ピンコ立ちだべ。

いやさぁ…出れるわそこ。」

「ま?」

「ま。」

隼人の素っ頓狂な声に安東が念を押す。

「いいかよく聞け。今から聞くことは絶対に真似しちゃあいけないぞ。」




「…ちっ、もう弾切れか。これからが面白いのに。」

勢いが落ち、小さな氷がいくつか零れ落ちたあと、青年は読んでいた本を閉じた。

結構な時間がかかったからか、他の本を支えに本を開いたままにしていたらしい。

それにしても氷の数は尋常ではなく、長方形の部屋の長辺が氷で覆われていて、透明で小高い壁が形成されている。

「途中で布か何かに細工を施していたようだが…怪我は防げてもその極寒には耐えられまい。ここまで積もれば相当な重さだろう?…まあ動けば次の策も用意してある。まだまだこれからだ。」

そう言うと乱雑に落ちてある傍の本を拾い上げた。

題名は「異世界に最強スキル:伝説の鍛冶屋を持って転生したので、その場で溶かした鉄で敵を燃やして冷やして固めてそのまま売っちゃいます!」だった。

「いつ買ったんだこんな本。…まあいい。今度は高温で熱した金属にでもしようか。氷に冷やされていい塩梅になるか…焼け死ぬかのどっちかだな。」


「残念。こっちはもう解決済みだ。」


後ろから声が聞こえた時にはもう勝負はついていた。隼人がローキック、背中に横蹴りと、やけにリアルで手際の悪い攻撃をお見舞いする。そしてそのまま素人らしく全身で青年を押さえ込んだ。

「な、何故だ!?氷の山は完全にお前を包んでいたはずだ!そもそもどこから…」

「こっちだバカ。」

隼人が青年の頭を掴み、無理やりに穴の空いた方角へ向ける。一面氷張りに見えるが、よくよく見れば穴が空いていることがわかる。

「あ、ありえない!ならあの人影はなんだ!」

「学生カバン。お前インテリのフリして天然だろ。もっと身の丈にあった生活すればどうだ?」

「黙れ!くっ…また兄さんに笑われる…!」

苦虫を噛み潰したような青年の顔に、隼人は長い封印から解放されたような悪魔のような笑いを浮かべていた。




「確認だ。その『食べられません』、どんな袋に入ってて、どんな中身か開けずに教えてくれ。…絶対に濡れた手で触ったり、濡らしたりするなよ?」

素直に『食べられません』を調べる隼人。どうやらそれは白い袋に入っていて、粉のような、粒のような感触の中身だった。

「ビンゴ。酸化カルシウムだ。

…さぁ、ここで化学のお勉強といこうか。文系の最上隼人くん!酸化カルシウムの化学式はわかるかな?」

「しらね。CaOか?」

隼人が久しぶりに理科の記憶を脳みそに探らせた。

「流石天才!正解だ。

説明しよう!この酸化カルシウムは水と混ざると水酸化カルシウムってのを発生させるんだ。その副産物は」

「熱か。なんか教科書に載ってたな、そんな実験。」

納得した隼人はそのまま乾燥剤を持ち、目をつぶった。

「そういうことよ。そこでお前の能力使って一気に氷を溶かせば…!?」

「俺も氷もドロドロだわバカ。詰め甘すぎるだろ。」

「あ。」

「…一応『発熱する』ってのをいじって、ずっと発熱されるようにした。水をかけたら永久激熱カイロの完成だ。」

そういうと隼人は自分の座っていた場所に学生カバンを立てて置き、布を無理やり氷から剥がしとって、布にも『温もり』を付与した。

「ちなみに目に入ったらただじゃ済まないからな。絶対に目に入れるんじゃないぞ。」

至極やらなくて当然の事を至極真っ当に注意する安東。

「…お前理系のがよかったんじゃないか?そんなに詳しいなら化学もいい点取れるだろうに。」

「俺化学式と数字見たらイライラするんだよ。イメージは出来るけど数式には変えられないんだ。」

「お前ほどのバカな天才はいねぇよ。」

隼人の皮肉(?)が褒め言葉に聞こえたのか、1階の下駄箱の上でニヤニヤする安東。乾燥剤について詳しく載ったサイトが表示されたスマホを片手にまだ、寝転がっていた。

「絶対思ったより熱いから持てるものか挟めるもの用意しろよー」

「大丈夫だ。1番いいのがある。」

ネクタイピンを軽く弾いた後、学ランの袖を手全体が隠れるようにずり下げて、その手で丁寧に乾燥剤を挟み氷に塗りたくる。

すると、ゆっくりとそれは熱を持ち始め、触れていた部分の氷がかなりの速さで溶けていった。

「よし。なんとか出られそうだ。あとはあいつに気づかれないようにすれば…」

「待て待て。何使ったのさ。」

「ネクタイピン。『挟む』に熱いものをなんとか挟めるように変質させた。まあ怖いから袖も使ってる。」

「…それってなんか雑に見えるよな。なんて言うの…あの、包丁切れなくなったからアルミホイルで無理やり研ぐみたいな。ああいう雑さを感じるわ。」

安東の指摘をかき消すように、隼人はアツアツの乾燥剤を満遍なく進む方向へ塗りたくっていく。まるで『戦闘の真っ只中』とは思えないゆったりとした時間が過ぎていく。





どれくらいその途方もない単純作業と何気ない日常会話を続けていたのだろうか。ようやく氷ではない壁が高熱源体に触れた。タバコの火を押し当てたような小さな黒ジミが残る。

自分がいた廊下側の窓のすぐ側からこの校庭側の窓まで。氷の壁を暴力的に解決するなら10秒もかからない距離だが、リスクと相手の命を考えた結果、時間にして15分もかかってしまった。時刻は3時50分。それでもなお氷を吐き続ける本と、呑気に本を読んでいるであろう青年のシルエットが非常に腹立たしい。

「…安東。着いた。ずっと中腰なのきついわマジで。…ま、これも戦いから逃れる大事な大事な通過点か。」

「着いたか。こっちも色々分かったことがある。…その前に一休みしておかないか?足伸ばせるスペースくらいはあるだろ。そこでちょっくら俺の質問に付き合ってくれ。」


_____お前はなんでそんなに戦うのを避ける?




よくヴィジュアル系のバンドにこういう歌詞あるよな。

「壊れてしまうほど君を愛してる」。「壊してでも君を愛する」。

…あの甘ったるくて全身の毛が逆立つようなあの歌詞、俺は一切共感が出来ない。

壊れるほど愛そうとするのは壊したことがないからだ。壊してでも愛そうとするのも。


お前は俺がやられるかもしれないと思って今みたいな質問をしてくれたのかもしれない。でも現実は真逆だ。俺の能力は

「壊れてしまうほど敵を打ちのめす」。「壊してでも敵を打ちのめす」。…いや、壊れてしまうほど『殺してしまう』んだ。

別にお前を脅そうと誇張してるわけじゃない。

俺には。ハードリィには。それくらいヤバい能力がある。だから、お前の質問に対しての答えは


___力を抑えている。




「…としか言いようがないな。」

その語り口とは裏腹に、布にくるまり寒さを凌ぐ隼人。背中が塞がれているからか、肩から出てきたハードリィも目を細めてのんびりとしている。

「…そうか。わかった。ただし、もし自分が危なくなった時は惜しみなく能力使ってけ。非戦闘なら俺にも知恵がある。なんでもいいから」

「言われなくてもやるよ。壊れるほどな。」

安東の言葉だけでなく、自分の言葉すらを茶化すように言うと、上手く溝に突き立てた上向きのネクタイピンを取り、寝転びながら作業を再開した。

「で。出たらどうするん?」

「2号の『隠す』を変質させて透明になる。正直それが何秒持つかはわからんが。」

「2号ってなんなんだよ。例の緑マント?」

「ありゃ初代だ。二度と使うかよあんな色の布。あー腹立つ!!何がロビンフッドだ!」

徐々にあの時の羞恥心が戻ってきたのか、ネクタイピンを持った手はそのままに、体を捩らせている。

「なんでわざわざ緑にしたのよ。普通目立たないようにするには黒だろうが。」

「…初代が緑だったのには意味があるんだ。GBグリーンバックみたいにその景色に溶け込む、もしくは映像を浮き上がらせてビビらせる。それなりに考えて色々やってんだよ。」

「あっそ。考えて色々やってるやつが、トイレのドアを開けたら教室だったなんて言わねえと思うけどな。トンネルでもそこを抜けたら雪国が限界だって川端康成も言ってるだら。」

「…お前、佐々木の方言うつってないか?…あいつ黙ってたら桐島くらい可愛いのにな。」

「…やかましいわ。黙って氷溶かせ。」





「お前は舐めてたマント野郎にしてやられたんだよ。ほら、てってれれー。透明マントー。」

隼人が透明になったマントを首元で持って、生首を演出する。青年は拘束された今も尚その体裁を保っていた。

「貴様…!バカにしやがって!これを解け!私はお前のような低脳よりは強いはずなんだ!」

縛るための紐が青年の手と足に巻かれている。教室の廊下側、氷のない側の隅に彼と彼のグチャグチャにかき乱されたカバンが横たわっているのを、隼人はニヤニヤしながら見ている。

『隼人お前…やめとけマジで。うちの生徒だろそれ。いくら散々な目にあったからってそんなに酷いことすることはないだろぉ。あとで変に学校にチクられても知らないぞ?』

「大丈夫だ。そんなこと言えないようにこいつを死ぬより若干つらい事で改心させてやる。1人で昼休みに飯食う場所をお前の同じクラスのバカどもに教えるよりもずっと辛いぞ〜?」

「や、やめろ!あいつらにだけには!!」

「…苦労してんだな。…今から始まるのはお前のプライドを折りに折る羞恥プレイだ。な、稲 田 辰 信 ! 1 年 生 !」

学生手帳をめくりながらわざとらしく大きな声で名前を言う。青年改めて稲田の赤面は隼人に急襲されて以来、およそ3分にわたって続いていた。

「くっ…で、でも!!お前はもう二度とここから出られない!全てのドアを亜空間に繋げた!…この部屋から出られるように出来るのはこの私。だから君は今すぐ…」

『うん隼人、ちょ隼人。ちょっともうこっちまでうるさいわソレ。なんとかして。』

安東も止まらない減らず口に腹がたってきたのか、ついに過激派に変貌した。

「同感。黙れお前。」

隼人はその場で1番硬そうで重そうなハードカバーの本を手に取り、腹に向かって投げた。題名は「バリー・ポーターの尿路の石」。お下劣ファンタジー大作452ページの重みが脇腹のいい所に入る。呻く稲田。

『1年生の分際で何が私だァ!?イキってんじゃねぇぞコラ!てかお前最初の方僕っつってたろうがぁッ!おお!?一人称ブレブレじゃねえか中二病かお前は!』

「…お前なんで知ってるんだそれ。」

まるで本を投げたのは自分だというようなテンションで暴言を隼人の耳に吐きかける安東。当然の疑問に隼人は首を傾げた。

『…ごめん。実はマイク最初から入ってた。えへ。』

「お前は…後で変に学校にチクってやる。信楽に。…稲田、お前砕賀来るまで待ってろ。どうせ知ってるだろあのクソヤンキー。あいつに供物として捧げるわ。」

『砕賀は邪神か。』

「俺にとっては貧乏神だ。」

「君は誰と話しているんだ?…もしかしてさっきの背中の化け物か!?…まさか最初の相手が『オリジナル』とはね!僕はツイてる!兄さんに報告しないと…!」

隼人の片耳のイヤホンに気が付かなかったのか、稲田は意味深な発言をした。2歳差ではあるが、若気の至りとはこの事だろう。

「…なんだその『オリジナル』って。」

「お前には関係ない!いずれにせよお前は『神』も物になる…!」

「何をバカ言って…」

「でしょ?兄さん」

稲田が隼人の方を見て笑った。

「まさか…!」

隼人が後ろを振り返ろうとしたが、何者かがそれを止める。ハードリィだ。

「うおッ!何すんだお前!」

いつもの何も考えていなそうな寝ぼけた顔とは違って、凛々しい顔と神経質そうにも見える大きな目が『振り向いてはいけない』と忠告しているような気がする。

「兄さん?…兄さん!?」

稲田も異変を察知したのか異様に怯えている。手足をばたつかせてもう後がない教室の角へ角へと寄っていく。

『な………………!聞こ………!?………じ…………!!』

耳のイヤホンからラジオデッキの選局のツマミを何度もめちゃくちゃに捻ったようなノイズが安東の声を遮っている。おそらく向こうも同じような状況が起こっているのだろう。

「安東!…安東!!…クソっ!!」

やがて部屋はカーテンを閉めていないのに暗くなり、稲田の震えに同調するように部屋が振動しはじめた。心なしかおどろおどろしい雰囲気と冷たい風を感じる。

「おいおい…お前トイレに教室繋いでたから花子さんに目つけられたんじゃねぇの…?おい。…おい稲田ァ!!」

恐怖が振り切れたのか、薄い笑みを浮かべる稲田。

「なんだ…?」

「お前の兄貴は妖怪か何かか!?」

「………それ以上だよ。」

そう言うと稲田は目を開けたまま涎を垂らし、項垂れたまま動かなくなった。

「…マジかよ。おいハードリィ!お前何見たんだ!?ジェスチャーとかで教えてくれ!」

右の肩を叩かれる。振り向くとそこには黒くて赤いなさうゆさちぬつぬつそめけひあねほつほたゆほとほのね





「………これは少し奇妙すぎる。彼なら振り向くことなく窓から出ただろう。いや、あるいは…」


「辛い…辛い。」



「山の方は順調か。」





「なに起こってんの!聞こえてる!?…………クソっ!ジャミングされてる!!」

あまりの焦りに安東は飛び起きた。下駄箱が揺れる。稲田の『兄さん』がどうとかが聞こえて以来、テレビの砂嵐のような音が大音量で流れだしていた。おそらくは『能力』だ。

「…あいつが危ない。行かなきゃ…!」

下駄箱から飛び降り、すぐ近くの階段に向かう。しかし手すりに手をかけた時、あの時の記憶がフラッシュバックした。

砕賀や桐島、それに隼人の3人が見せた意味不明な能力。能力を明かされた今でも理解不能なのに、自分というただの人間が能力すら把握出来ていない奴に勝てるだろうか。

「…やめようかなやっぱ。」

そう弱音を吐いた安東だったが、足は勝手にその先へと進んでいた。勇気や情が恐怖に勝ったわけではない。正と負の感情が入り交じった状態だ。

十何年もの腐れ縁がそうさせるのか、それとも安東の意志なのか。そんなことも考える暇もなく、安東は件のトイレのドアの前に立っていた。

「…やめられねえなやっぱ。」

安東は高まった恐怖感の中で幼少期の記憶を思い出していた。


小学二年生の頃だ。桜ヶ丘の北側に位置する出留の公園で熊が出没したという噂を波美子に聞いて安東はすぐに、この当時からも慎重主義だった隼人を無理やり引っ張って行った。

公園には結局薄汚れた小さいアスレチックと遊具があるだけで、熊はおろか虫を除く野生動物の気配を感じなかったが、その代わりにタンクトップで「お前が山田か!?」と、ことあるごとに叫ぶ不審者がいた。それが安東の方へ近づき、何度も例の文言を繰り返す。通称山田おじさん。

「お前が山田か!?」「お前が山田か!?」

もちろんえもいわれぬ恐怖と混乱で小学二年生の安東は腰を抜かしたが、隼人は涙を流しえずきながらも安東を連れて逃げた。隼人の背中が大きく見えた。…安心した。


___本当にどうでもいい事件だ。不審者はただただ叫んでいただけなのかもしれない。もしかしたら誘拐されていたのかもしれない。でも、あのとき隼人に腕を引っ張られたとき、彼の心の中で1つの疑問が生まれていた。

『なぜ勇気を出すのか』

自分がやる必要もないのに何故、勇気が必要なのか。行動を起こさなければいけないのか。


何故、隼人はあの時、安東を連れて逃げる選択が出来たのか。


その答えがようやく分かった気がする。


「…大事な友達失うと思えば、そりゃ頭も回らなくなるわ。」

安東はトイレのドアを開けた。話に聞いていた通り、扉は氷漬けの教室へと繋がっていた。

「…助けた恩は必ず返せよ…!隼人!」

安東は学生カバンからデオドラントスプレーとチャッカマンを取り出した。

「簡易火炎放射器じゃああああああ!!!」

雄叫びと共に氷の壁に向けて放射される炎。溶けかけだったのか、みるみるうちに溶けていく。そしてあっという間に壁をぶち抜き、部屋のど真ん中で倒れている隼人を見つけた。部屋の隅で泡を吹いているのは稲田だろうか。

「隼人!!」

近づこうとした矢先、なにかにつまづく。それは火に炙られて黒く変色したカバンだった。…おそらく隼人のものだろう。

「………隼人!」

全て何も見なかったことにして再び隼人に駆け寄る。呼吸はある。脈も。外傷も特に見られない。安堵したのもつかの間、ここで何者かによって隼人が気絶させられたという現実を思い出した。

周囲に散らばる本に何か細工がしてあるかもしれないと安東は警戒し、急いで隼人を担いで出口へと走った。トイレを出て、廊下に出る。高鳴る鼓動が未だに危険を感じさせる。

「隼人起きろ!!いつ襲われても知らないぞ!お前はまだ死んじゃダメだ!俺も!!俺もまだ死にたくない!!!」


半泣きになって警告したとき、今の自分が小学二年生の隼人と重なったことを安東は理解した。

えずきながら自分の手を引く少年がどれだけ無力であったか。

今の自分がどれだけ無力であるか。


勇気の代償は大きかった。


後ろ。後ろが見られない。何かがいても見ている暇はない。隼人を救うためには走るしかない。走る。逃げる。怖い。怖い。


助けて。


「う……うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

背中に迫ってくるような黒い恐怖感を必死で拭い去るように安東は走った。隼人と、勇気というあまりにも重い責任を抱えて。



『いいか!!君の能力はいとも容易く人を殺す!他の能力者も然りだ。君は今、ヒーローでも悪党のボスでもない。ただの一般市民だ!

街中にマシンガンを持った男が歩いていて許されるか!?』

「人殺し」

『君は悪くない。…その能力を有意義に使ってくれ。私の死は…それくらい…有意義…だ…』

「人殺し。」「人殺し!」「人殺し。」「人殺し。」

人殺し!人殺し。人殺し。人殺し!人殺し!



「うわあああああああああああああ!」

「うるさっ!?……大丈夫か!?」

「安東!?…ここは?」

隼人が目を覚ましたのは教員用のデスクが置かれた部屋だった。自分がさっきまでいた空間とは違う景色に、隼人は混乱している。

「…職員室。お前から連絡が途切れて、俺が死にものぐるいで助けに行って、やべえのに追いかけられて。それなのにお前を担いでここまでお前走って。んでお前が起きたのはそれから25分後の16時45分。…訳あってお前のカバンは黒焦げだが、前言ってた廃墟探索には付き合ってもらうぞ。落としかけた命だ。」

いつもより暗い調子でまくしたてる安東の目にはうっすら涙が溜まっている。

「……何もされなかったか?…………!そうだ!稲田の兄貴の方は!?」

突然立ち上がろうとした隼人を安東が両肩を持ってがっちり抑える。

「…もう何もいねぇよ。終わった。

お前は負けた。あいつらは逃げた。…これでいいんだよ。」

「どいてくれ。あいつら放っておいたらロクなことになんねぇよ。もしかしたらあいつらのいる場所に繋がる扉が…」

「いい加減にしろッッ!!」


____沈黙。安東の声が裏返った叫びを笑う者はいない。

「…お前がわざわざ戦う必要はねぇんだよ。お前がこの町を守る必要なんてない。

第一お前は誰に守られるんだよ。…俺はもう二度と助けてやらないぞ。」

「俺を守るのは俺自身だ。自己責任さ。」

隼人の言葉に安東は怒りに震えた手で机を叩いた。

「おいバカ野郎。よく聞け。

お前の命が、お前だけの命だとしても。お前という存在は…誰にも代わりは出来ない。」

真剣な眼差しから涙がこぼれた。

「…そんなアツいお前も町もまとめて守るのが…俺の役目だ。」

すっかり力の抜けた片手を優しく振り払い、隼人は廊下へと向かう。

「隼人待ってくれ!」

「…なんだ?泣き言ならもう聞かないぞ。」

「…山田おじさんっていたろ。」

「あーそんなのいたな。それが?」

「あん時お前は俺のこと引っ張って助けてくれた。」

「おう。」

「あの時のお前をつき動かした勇気と、今のお前をつき動かしてる勇気。どう考えても別物だ。」

「…そうか?」

「教えてくれ。……自分の命なげうってまで、どうしてそんな勇気が出せる?」

深刻な表情で安東が問いかけた。

「うーん…まぁ、その方が俺にとって『有意義』だからかね。めんどくさいけどな。」

隼人は少し考えてから、思いついたように言った。

安東くんは肝試しで、誰かがお化けを見たと言い出したら真っ先に逃げるタイプの人間ですね。

ちなみに彼が感じた背中の恐怖感の正体は『気のせい』です。

次回もお楽しみに。

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