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ハードワークはいつの日も  作者: せうたろ
6/9

【2話】それぞれの死闘【承】

お待たせしました。

リアルが多忙で大変という旨の言い訳を考えていたら月を跨いでいました。

この作品は絶対にエタらせません。エタっていいのは地獄を楽しませようとしてくる人だけです。

以上です。

「…時間か。」

体育館裏に1人、佇む砕賀が目を開いた。柔軟運動を終え、テーピングもした。精神面も全く問題ない。真っ直ぐ拳を突き出してみる。

「…よし。」

ベストコンディションそのもの。砕賀は最小限の荷物の入った学生カバンを肩にさげ、旧校舎へと向かった。



半開きになった旧校舎の入口を開け、購買で買ってきた新品の上履きに履き替える。そして2階の2年4組へと歩を進めた。

教室に入ると、机も椅子も棚も。何も無い閑散とした空間が広がっていた。…正直狭い。ここは正直に屋上か、…あの廃屋のそばで闘った方がよかったかもしれない。


時計は4時25分。約束の時間まであと5分。

黒板の縁のチョークを手に取り、ガラスへと変えた。能力もいつも通りだ。

そばの机に置いて、隼人を待つ。4時26分。

教室をグルグル回り、体の火照りを保つ。4時27分。

端に置いてある椅子に座る。目を瞑り精神を集中させる。4時28分。

「…ん?」

砕賀が1人呟き、眉をひそめた。…ここに椅子なんかあったか?いや、机も無かったはずだ。

危機を感じ急いで立ち上がる。が、足元に違和感。

「気づくのが遅いんだよ。」

部屋中に響く声と共に、いつの間にかあったロープに両足を締め付けられ、そのまま引きずり倒される。

「なんだ!?」

あまりの驚きに手がバタつき、視界がブレる。どうやら教室中を引きずり回されているらしい。そしてそのルートにはまたもや無かったはずの机や椅子が現れ、それらを自分自身が薙ぎ倒していく形になった。

「調子に乗ってんじゃねえぞ最上ィィィ!」

両腕で床を全力で押して無理やり起き上がる。その腕力は18歳のヒトにあるまじきものだ。

そしてそのままロープを殴りつけ、ガラスにして割り砕く。そしてヨガで言う弓のポーズで足首の紐を掴み、同じ要領で外した。無事大怪我せずに済んだが、体全体で着地の衝撃を受けたため体がズキズキする。呼吸が安定しない。

「おい最上ィ!いい加減にし…」

しかし隼人の姿は無く、目の前のロープがひとりでに動いている。よく見れば、学校の教室特有の正四角形の木板をしきつめたようなフローリングの溝をまるでレールのように移動していた。

『自分の念じたことに応じて変質する。』

隼人が土を隆起させたように、ロープを変質させたのだろうか。机や椅子もマントで自らを隠したように透明にでもしたのだろうか。

しかし何より許せなかったのは、果し合いという神聖な闘いを汚したことだった。

「こいつ…絶対許さねえ…!」




「あー!」

空き教室は声がよく響く。机や椅子など、反響を阻害する物がないからだ。隼人は砕賀が来てないか探すついでに、いちいち扉を開けては叫んでいた。

しかしどこにも姿はない。

「こりゃ集合4時半だな…トイレ行くか。」

ほんの少し感じた尿意を晴らす絶好のチャンスだった。

2階の玄関から見て左奥。今しがた調べ終わった最後の教室のすぐ隣だ。

トイレに入るとてっきり臭いを誤魔化すために口呼吸するハメになると思っていたが、予想は外れた。もう何年も使われていないのだ。それに町内会の手がたまに入っているとなるとさすがに綺麗なものである。

「こっちのが新校舎なんじゃないのこれ。大の方はどうなんだろ。」

戸を押し開けると色々な本で散らかった教室が広がっていた。壁にもたれて男が本を読んでいる。茫然としていると目が合った。

「……」

「…おじゃましました。」

隼人はおじぎをしながら丁重に扉を閉めた。

「…」

しばらくボーッとしていたが我に返ると再び扉を開けた。が、そこには狭い空間に和式トイレがぽつんとあるだけだった。

「…馬鹿な!?さっきの奴はどこ行った!?」

中へ入って扉を閉め、壁を入念に調べる隼人。

「絶対何かトリックがあるに違いない…こんな所にトイレが…は?」

そうだった。トイレが普通なのだ。あまりの社会的なパニックで我を失っていた。どちらにせよ不思議な状況なのは間違いない。そもそもここは校舎の端だ。つまりこの壁の向こうは外。あの奥行きは何か3Dアートのようなものを使ったに違いない。でもあの壁で本を読んでいた青年は…?

「あーだりぃ!」

考えるのもめんどくさくなった瞬間、その言葉と何かは飛び出す。何ですか?と言わんばかりの純粋な眼がこちらを覗く。

「…お前じゃないぞハードリィ。いい加減聞き分けられるようにしろ。」

ハードリィと呼ばれたそれは大きく頷いた。





「人型のヴィジョン…さん…ですね。お名前はあるんですか?」

死闘を終えたその次の日、いつもの屋上で詞音がハードリィに向かって話しかけている。

「そいつは喋らねぇよ。…『ハードリィワーキング』。俺が付けた。ハードリィって呼んでやって。」

「Hardly Working…『ほとんど働かない』って意味ですよね…でもどうして?」

やたらと綺麗な発音で言い直す詞音。そしてそんな2人の会話にいちいち反応するハードリィ。どうやら名前を呼ばれるのが気になるらしい。

「そのままの意味だよ。初めてこいつに触れた時、そのまま俺の中に潜り込んで2日も出てこなかったんだ。やっと出てきたと思うと背中からしか出てきやがらねえ。いちいち首を捻って話すこっちの身にもなってほしいんだがね。…まあ話は逸れたが、それだけ怠惰な奴に会ってしばらくして、英語の授業でそのハードリィワーキングってのが出てきた。それだ。って思ったよ。」

「でもそれって犬におもらし太郎って名付けたりするのと同じことなんじゃ…」

ハードリィが少し困惑した表情になった。どうやら人の語は理解できるらしい。

「本人がこれで反応するんだ。気に入ってるんだろうしそれでいいだろ。それで、ヴィジョンって結局なんなんだ?」

詞音が軽く咳払いをすると、胸元から手帳を取り出した。

「ヴィジョンというものは人が能力を得るきっかけとなる存在であり、その能力自体です。

動物、植物、そして人型や抽象型など、様々な見た目を持ちます。まさしく十人十色です。しかしそれらの実態は謎に包まれており、正体は一切不明。

ヴィジョンを得るきっかけも曖昧で、自分の精神を現したものだという言い伝えもあれば、空から降ってきたとの証言もある。…ということみたいです。」

とてもよく通った美しい声で文章を読み上げた詞音。こんな凛とした美女が弾丸を放つ猫を飼い、とんでもないド天然であることを想起させない素晴らしさである。

「どこで拾ってきたんだよその情報…

なるほど。結局よくわからん存在ってことか。」

「そうなります。」

真面目な顔で詞音が答えた。

「そういえば昨日の夜のハードリィワーキングさん、勝手に出てきてましたよね?なんでですか?」

「…聞き間違いだ。『あーだりぃ』と『ハードリィ』を。一時は何言われても出てきて煩わしかったんだけどさ、名前付けてから妙に落ち着いて。口癖に反応されるのはちょっと癪だが。」

そこで詞音はハッとした。あの日、閉まる屋上の扉で彼が呟いたあの言葉。

『あーだりぃ。』『だからお前はお呼びでないって。察しろよバカ』

あの時の暴言は詞音ではなくハードリィに向けて吐かれていたのだ。詞音は隼人に心の底から嫌われていないことに心底ホッとした。

「どうした?黙りこくって…」

「い、いや!なんでもないんです。ハードリィ君もお構いなく…」

隼人の後ろのハードリィがなんとなく会釈していた。




「…そうか、3Dアートのシートか何かを隣の部屋から引っ張ったんだ!そうだ!そうに決まってる!」

ハードリィの飛び出した隼人は急いで扉を開けて教室に飛び出した。

「だっ!?」

あまりの驚きにつまづいてしまった。ここで隼人は確信する。これは『現実』だ。3Dアートでどうにかできる領域の話ではない。現に今手をついている場所は位置的に小便器があったはずだ。間違いなくこれは空間を超越している。…能力者の仕業だ。

そして相変わらず壁の青年は、涼しい顔をして本を読んでいた。

「…何者だお前。」

「君こそ背中に化け物を生やして…何者だい?」

「見えてるんだなコイツが…だとするとお前が部屋を弄ってるんだな。…おい、これは一体なんなんだ?」

青年はめんどくさそうな表情でハードカバーの本を閉じ、その本片手に立ち上がった。

「ここは僕の隠れ家さ。昼休みや放課後に心を落ち着かせるためのね。そして偶然にも君は旧校舎のトイレがここへ繋がるのを見つけた。…たったそれだけさ。」

「へえそう。…窓の外から察するにここも旧校舎だよな。しかし俺は用があってここらの教室は一通り見て回ったんだ。こんなことはありえない。」

隼人の言葉に青年は指を鳴らし、からかうように軽く笑った。

「それが僕の能力さ。出ていく前に見ていってくれよ。」

そう言うと手元の本をどこぞの海外企業の社長のタブレットのように回して見せ、種も仕掛けもないことを表した。どうやら見ないという拒否権はないようだ。

無駄まみれの動作からいよいよ本が開かれた。するとまるでもう限界だと言わんばかりに、赤い花びらが本から舞い上がった。そのあまりの勢いで開いた口に2~3枚の花びらが入り込む。

「ぶわっ!止めて止めて止めて!!」

ハハハと声高々に笑いながら、少年は本を閉じる。さっきまでの激しい花びらの潮流が嘘のように収まる。

「面白かった?これ、いつかは誰かに見せるって決めてたんだよね〜…君が来てくれてよかった。」

「まあそりゃよかった。結局なんの能力かさっぱりわからんが、楽しかったよ。じゃ。」

出口の扉へ向かう隼人。教室の引き戸の隣に大いなる違和感をもって存在するトイレの戸を引いた。

「うーん…でも、

やっぱり君を生かしておくわけにはいかないなぁ。」

戸は開かれた。が、隼人はいち早く青年の言葉に反応する。急いで横に転がると、工事現場の足場に使われる鉄棒が教室になだれ込んでくる。ハードリィもワンテンポ遅れて引っ込んだ。…そのままボーッとしていたら無事では済まなかっただろう。


「おいおい…シャレにならんぞこりゃ。」

「避けたか。…まあいい。これで兄さんにバカにされるのは確定だけど、白星のデビュー戦とさせてもらうよ!!」

青年はそのまま手に持った本を開けた。しかし今度は花びらではない。強烈な冷気と大量の氷のブロックが本の開いた角度だけ射出される。その広がりは180度は超えていて、隼人だけでなく教室が氷の危機に晒された。

隼人はとっさに腕で顔を隠したがまさしくそれで正解だった。激しい痛みとともに冷気が体中を襲う。氷が目にでも当たったらひとたまりもなかっただろう。

「うおっ!?雹か!?しゃあねえなぁ…!」


隼人は空いた手でポケットから1枚の黒い布を取り出し、端の方を持った。するとそれはあっという間に肥大化し、隼人の全身を包み込んだ。しかし氷も負けんとばかりに激しく連打する。

「痛ってて…2代目、よろしく頼むぞ。」

2代目と呼んだ布のそれを優しく指で弾く。すると弾かれた部分からまるで隼人を『守る』ように硬化していった。それでもなお衝撃は強い。痛みは感じないが、今の姿勢を保つのが精一杯だ。


「ハハハハハ!!君の能力は面白いな!しかし防御している場合かなぁ?」

西日が教室に当たっているのが幸いして、布の薄地からかろうじて青年の姿が見えた。

空いた手でライトノベルを取り、開いてみせると白い粉のような物が噴出する。

「もしかして…融雪剤?」

「君がもし人並みの常識を持っているならばだが…今、敵に塩を撒く。という言葉が浮かんだんじゃないかな?」

まさにその通りである。が、すぐにそれは杞憂に終わった。周囲の氷は溶けてはいるがすぐに新しい氷が投入されるため、水が接着剤の役割を成し、零下何度かの冷気がそれを確実なものとしている。

「しかーし!ここで一旦支援は打ち切りだ。続きはまた氷がよく溜まりきってからだね。」

青年が塩の本を閉じた。無意識でやっているのかそれとも原理を利用した狡猾な攻撃か。どちらかはわからないが、このままでは防げば防いだ分だけ徐々に氷の壁が高く出来て閉じ込められてしまう。しかしこの状態で動こうとすれば、さらなる追撃を受けるだろう。

「…今は待つしかない。」

隼人は学生服に手を添えるとほのかに服自体が暖まり始めた。「暖める」ように生地を変質させたのだろう。

「…インナー選ぶのめんどくさくて冬用の温かくなるやつ着てきたの、案外正解だったな。」

隼人は誰宛てでもない皮肉を呟き、来るべき時を待つしかなかった。





相変わらず隼人は迫り来る膨大な人工雹から身を守っていた。

なにも出来ないままただひたすら堪えていると、状況の変化が嫌でもよくわかる。

氷と氷が、もしくは氷と硬化した布がぶつかり合う衝撃が弱まっていく。下から上へその衝撃は和らいでいき、やがて氷の壁がついに隼人を覆った。壁の高さが自分の身長を上回ったのだ。

「…!…?」

青年が何かを話しているようだが、何も聞こえない。かろうじて彼の姿が曇りガラス以上に曇って見える。ここまで音を遮断するほどの密度の高い綺麗な壁が形成されているとなると、彼にはそういう才能があるのではないかと隼人は思ってしまった。しかし…極めて尖った才能だ。自慢はまず出来ない。

「さ、どうやって脱出しますかね…って、おお。」

布から手を離すと既に氷に引っ付いたまま浮き上がった状態になっていた。

「…なんかテレビの特番でやってた、凍った電信柱に舌くっつけて取れなくなって大泣きする少年思い出すな。」

肩から提げたままだった学生カバンの無事を確認し何かあるかと探ったが、筆箱とネクタイピンと教科書数冊、おやつの『おかき』しか残されていなかった。床にも先程青年がばら撒いた花びらしか落ちてない。

「…ライターとかがあれば『何かを溶かすため』のライターに変質させられたのにな。」

隼人がボヤく。




彼の能力は一見、どんなものでも自由に形を変化させたりできるように思える。しかしそう現実は甘くない。能力には制限があるのだ。


1,1つの物に対して付与できる変質は1個。


2,変質させる物に『相応しい』変質でなければ、変質することはない。


3,空気や水、つまり気体や液体には使えない。


特に厄介なのは2つ目の項目だ。ライターに『物を溶かす』というのはもちろん可能である。ライターには微力ではあるがその火でプラスチックを溶かすことも可能だ。が、ネクタイピンには物を溶かす用途などある訳ないし、そんな用途があっていい物ではない。

そう、忘れてはいけないのは

『変質させること』は『変化させること』ではないということ。

隼人はその制限まみれの能力を、1年経ってもなお慣れずにいた。




カバンのサイドポケットをまさぐると安東の紙袋が目についた。途端に先週の出来事を思い出す。

安藤はガラスの性質を見抜き、的確な指示まで出した。…あいつならこの状況を切り抜けられるアイディアを出してくれるかもしれない。

大急ぎでイヤホンを耳につけ、ボタンを口元に持つ。

「安東!聞こえるか!?」

藁をも掴む思いで叫んだ。

「叫ばなくてもわかってるって。聞こえてるよ。で、何そのこもった音声。うんこでもしてんのか?紙切れたか?」

安東の呑気な声だ。どうせ仰向けになっているのだろう。声がいつもよりおかしなトーンで聞こえる。

「訳あって今四方を氷で囲まれてる。手元には筆箱、数Ⅱと現国と古典の教科書、こないだ拾った千校のネクタイピン、オマケにおかき1袋と1枚の花びらだ。

今挙げたやつの中で氷を溶かすのに使えそうな物はないか?ちなみに上とか下ぶち抜いて逃げるってのは無しな。異次元に吸い込まれそうだから。」

茶化す隙も与えぬようにノンストップで要件をいった。安東も鬼気迫るものを感じたのか、真剣に考えているようだ。しかし、

「うーん…思いつかん。このままじゃ冷えるだろうし、お前もおかき食いながらゆっくり考えとけ。…それにしても砕賀の能力はガラスだけじゃなかったんだなぁ…そりゃあお前も俺に助けが必要だよな。」

と、隼人の焦りを妙に納得している。

「砕賀の仕業じゃない。別の能力者に襲われてるんだよ。…あと、頼むから真剣に考えてくれ。身動き取れなくて凍死。ってのは嫌だぜ。」

「いいから黙っておかき食っとけ。」

言われたとおりおかきの袋を切り、早速1つを口へ入れた。ボリボリと噛み砕く音がマイクを通して嫌ほど聞こえる。

「…お前わざとやってんの?」

「わざとだ。」

「もうわざとでもいいから、せめてボタンを付け替えろ。手持ち豚さんだろ?」

「…突っ込まないからな。」

しばらくの間、極寒の幽閉空間は、固い咀嚼音だけが響いていた。




「うらァ!」

強烈なブロウが空を切る。あれから砕賀は見えない相手と攻防を繰り広げていた。例の透明マントでも被ってバカにしているとタカを括っていた。

本当にコイツは最上なのか?紐の機械的な挙動と机椅子の猛襲、最上にしては口数があまりにも少ない。と、様々な謎から生まれた疑念を振り払うように空を切り続けていたが、結局1回も進展はなく、むしろ砕賀は追い込まれていた。


1歩進めば椅子が後ろから沸き、2歩進めばそれが飛んでくる。3歩進めば床のロープは移動を始め、いくら角へ角へと詰ませようとしても溝から飛び出す画鋲や古びた鉛筆が砕賀の足を止めた。

「ハァ…いつまでやらせんだ…この野郎。」

砕賀は怒りのあまり無計画に動きすぎたのか、既に疲弊している。上履きに刺さった画鋲のいくつかが足にまで達してしまったのか、歩き方もぎこちない。

その隙を狙われたのか、今度は埃で汚れきったプリントが彼の足を滑らせた。勢いよく転倒する。

「…ッ!クソが…!」

このままではイタチごっこだ。まずは机をなんとかしなければこちらに勝利はない。そう思い後ろを振り返ると、意外な答えがそこにあった。

机が床と床の隙間から這い出るように現れたのだ。しかもひとりでに飛び出しているわけではない。机の足を軍手を着けた手が人力で机を持ち上げていたのだ。そう考えると隼人(仮)は床下、もしくは階下に潜んでいることになる。

「本体は下だったか…なら!」

砕賀は上履きの跡のついたプリントに手を当てた。手を中心に隅々までガラスへと変わっていく。そして透き通った薄い板と化したそれを狙いを定めるように静かに置き、手裏剣の間違った投げ方のように、床を下に、手を上に添えてスピンを加えて滑らせた。

『下』の人間は今まさに机を投げようと振りかぶる瞬間。軍手どころか腕までが表出していた。

「ぐあっ!?」

紙は拳よりも強し。鋭いガラス紙が左腕を切り裂く。ついにダメージを与えることに成功した。さらに、途端の痛みで落としてしまった机が右腕に落下。痛みに唸る声が腕と共に溝へ消えていく。机はその場に落ちたままだった。

「しばらく埋まって痛がってろ。俺もやりたいことがあるんでな。」

砕賀はそのまま机に向かって走り机の足を持つと、廊下側の窓に向けて思いきりぶん投げた。

そしていつか鳴り響くであろう強烈な破砕音を聞く間もなく自らも教室の外へ体を投げ出した。普通の人間ならガラスで塗れた床で大怪我を負っていたが、流石はワレモノの名を冠する男である。自らもガラス片だと言わんばかりに堂々とその場に両手両足で着地した。投げすぎでついに限界が来たのか、バラバラになった机の足が転がっている。

必然か、それとも偶然か。奇跡的にガラス片で怪我をせずに済んだ砕賀であったが、既に足に怪我を負っていた故に着地の際に苦痛の表情を浮かべていた。

「…クソっ。」

砕賀は少し教室から距離をとってから上履きを脱いだ。くるぶしまでの丈の白い靴下が底だけ微妙に赤く、水気を帯びている。靴底を見ると相当な数の画鋲が刺さっていた。幸い深く刺さるような針の長い物ではなかったため、本格的な出血をしなくて済んだといったところか。靴下を脱ぐとぽつぽつと赤い斑点が所々に出来ていた。

飛んできた机による打撲もあり、満身創痍ともいえる状態の砕賀だが、精神はまだ疲弊してはいなかった。むしろ状況が落ち着いたことによって、『男の闘い』が台無しにされたという怒りが大きくなっていた。

画鋲を抜ききった上履きを履くと、机の足を拾い上げた。

「…すまん、雄斗。やっぱり俺はお前のような男にはなれん。…約束、一瞬だけ破らせてくれ。」

教室の扉が勢いよく開かれる。

「チクチクチクチク舐め腐ったことしやがってよォボケがァ!覚悟しろやオラァ!!」

承でした。

大したことない能力って、それを大したことないって気づかなかったからそう言えるんじゃないでしょうか。戦いにまで気づきを求められる時代ですよみなさん。

転もお楽しみに

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