【2話】それぞれの死闘【起】
2話の起です。続いたことに作者が1番驚いております。
先日私事でWiFiのない家に拠点を移すことになりまして、隙あらば動画を見たり電話するというイマドキの女子高生のような生活から抜け出したことが、小説を書けている原因かと思われます。
もし、なにかをやりたくても続かない方はWiFiを断ってみてはいかがでしょうか。…なんだかんだ言っておいてフリーWiFiで動画を見ている僕からの身も蓋もないアドバイスです。
以上です。
この世において。
学校の自分の机に置いてあってもまだギリギリ理解できるのは花瓶だ。…心無い壮絶ないじめを許容できるかは別だが。
ならば理解できないのは何か。鉗子?地デジチューナー?それとも高級キャバクラの領収書?
否。『果たし状』である。
「…なぁ隼人。果たし状ってさ、こう…『果たし状』っ!て感じじゃないとダメだよな。」
安東が真剣な顔でまじまじと果たし状を見つめている。
「…今はお前の言いたいこと、わかるわ。」
つくづく今日は早めに登校してよかったと感じる。珍しく人が数名集まった隼人の机の上には、フォントのサイズ36のMS游明朝体で丁寧に『果たし状』と記された封筒が置いてあった。
「最上くんなにかやったの?人の親とか彼女殺した?」
メガネ男子の片岡直人が神妙な顔で言う。
「俺が人生の中で殺したのは蚊と蟻とムカデとゴキブリだ。果たされるような事なんて…」
落ち着き払って言ってはみたものの1つだけ心当たりがあった。
砕賀 和利。
1週間経って完全に忘れていたが、凝りに凝り固まった思考の頑固な奴が、最上隼人はじめバカ御一行が喧嘩を売ったという事実を忘れられるはずがなかった。
「まあいい。開けるぞ。」
躊躇もなく隼人は封を切り、この件とは何も関係の無い片岡の目に文章が晒されないよう、わざとらしく背を向けて読んだ。
『果たし状。
今日の午後時半、旧校舎階の年組にて戦いの続きを申し込む。逃げたら桐島詞音の命は無いと思え。
砕賀和利』
「おい環境依存文字!!」
安東が耐えきれずに叫ぶ。
「あ〜なんで印刷のプレビューチェックしないかな〜!というかなんでそもそも数字が環境依存文字になってるんだ!!果たし状作るのだんだん楽しくなって変な変換してんじゃねぇぞこいつ!!!」
「お前、この手のヤツに詳しかったよな。これ何時に集合あるかわかるか?」
「いやわかるかい!」
ここぞとばかりにベストなツッコミが入るが残念ながらクラスに人はほとんどいない。彼の秘めに秘めたるポテンシャルはここぞという時には発揮されなかった。
「…まぁ、どうせ放課後だろ。授業終わった後すぐに旧校舎前に立っといたらいいんじゃね?」
「そうするわ。…あークソっ。まだ失踪事件の件もまだ終わってないってのによお…」
隼人は投げやりに呟いた。
「ねえ詞音。ロビンフッドってどんな能力なのかな?バカ隼人とかバカ砕賀みたいなへっぽこ能力じゃないのは確かよね!」
「え、ええ…」
波美子のこの話はいったい何回目なのだろうか。詞音は思った。
あの廃屋での出来事のすぐ後、隼人には釘を刺されていた。
「いいか、何があっても俺が『ロビンフッド』だってこと言うなよ。バレたら一生の恥だからな。」
「それより1番不思議なのは詞音、あんたの能力なのよね。今もこの辺でウロウロしてるんでしょ?猫。」
その呼びかけにナァオ、と波美子のすぐそばのブロック塀の上を歩くペスが応えた。
「ええ。私の能力は能力者同士じゃないと見えないの。それに私とペスはかなり特殊だから…」
「ふーん、そっ。」
学生で賑わう通学路を歩く2人。それゆえに不思議と、奇妙な話も昨日のアニメの話のように聞こえる。
「あっ瑠美だ。おーい!瑠美!」
「2人ともおはようさん!なあなあ、お化け屋敷のガラスの噂聞いたかいのう?あのボロボロの空き家のそばの地面から、生えてきたみたいなガラスの柱が山ほどできてたんやって。不思議やねぇ。」
「…事後処理、させとけばよかった。」
「…そうですね。」
桜ヶ丘町は今日も平穏な日々を送っている。
「いい加減話してくれないか。お前の能力とか、詞音ちゃんの能力とかさ。」
「桐島のネコも、今俺が思いっきりお前に晒してる能力の全貌も見えてない時点でお前に教える意味はない。」
昼休みの屋上に、珍しく安東の姿があった。いつもは他人が入ってくると嫌悪感を滲ませる隼人だが、今日は違った。彼なりに思うところがあるのだろう。
そんな心境の変化を気にもかけずプレミアム水墨チョコパンを貪る安東。今日も例の修羅場をくぐり抜けてきたようだ。
「普通の人間には見えない能力って…しかも能力が見えると来たら、それお前ス〇〇〇じゃね?〇で貫かれたりした?」
「してないしその警察24時みたいな声の部分はなんだ。」
「ならいいんだけどよォ。…そういやァ俺を疑ったお詫びってのがまだねェよなァ〜って思って。」
隼人の発言を無視し、なかなか特殊な語調で隼人の寝転ぶ無事2割床に侵攻する。
「おい!勝手に入るな。せめて上履きを脱いで入れ。」
「失礼します。でよォ隼人。」
安東は丁重に靴を整えて腰を下ろし、隼人の後ろへ寝転んだ。
「なんかないの?謝罪の言葉以外で。」
「先週お前が言ってた心霊スポットかなんかについて行ってやる。」
「言質とったぜ?来週の土曜に行くから絶対来いよ?…でもよォ…俺はお前らの能力のコト、もっと知りたいんだけどなァ…」
安東が隼人の耳元まで寄って行って生温かい息をわざとらしく吐くと、気持ち悪さの臨界点を超えた隼人は手をわちゃわちゃさせながら起き上がった。
「わかった!わかったからその話し方やめろ!」
「そうこなくっちゃ!ほっぺを舐めずに済んでよかったよ!ほんとに!」
正直俺もわからないんだ。ほんとに。俺がなんとなく例の屋上の無事2割で寝転んでた時、空から落ちてきたんだ。
それは透明だけどそこに存在していた。落ちた時の音から察するに結構軽いヤツだ。
最初はパニックになって飛び起きて、何が落ちてきたか目で探したよ。でも何も見当たらない。変な夢でも見たのかと自分を騙しつつ、もう1回寝転んだ。でもそれは間違いだった。
いたんだ。ヤツの落ちてきた所に。息遣い…とは言えないが、何か生きている反応を感じるんだ。それで俺は何を思ったか、おそるおそるその方へ手を伸ばしたんだ。そしたら…
「テレビの砂嵐みたいな目眩がしたと思ったら、恨めしそうな顔したヤツがこっちをじーっと見てた。」
「えっ…こわっ!急に怖い話にシフトするなよ!キャーっ!……それから?」
一瞬でもおどけた安東に語る気が削げたのか、隼人はぶっきらぼうに言う。
「そいつが勝手に体に入り込んだ。以上。」
「雑ッ!それで例の能力が!?」
「ああ。しばらくこいつが勝手に体から飛び出たりしたせいで、似たようなヤツに襲われたり、そんなヤツに襲われてるヤツを助けたり…散々だ。あーだりぃ。あ、出た。」
頭の後ろ辺りを指さし、ついでにこった肩を激しく鳴らした。
「まぁ昔のことはまた機嫌がいい時にでも聞いてくれ。説明するのもめんどくせぇよ。」
「…詞音から聞いたロビンフッドってやつも似たようなヤツなのかねぇ?知り合いだったりしないの?」
一瞬波美子の差し金かと安東を疑ったが、そんなことはないとすぐにわかった。安東は隼人の後ろのほうを目をしかめたり、逆に見開いたりしてじっと見つめていた。
「…知らねえよそんな野郎。」
隼人は嫌でも、押し入れに押し込んだ緑色の外套を想起せざるを得なかった。
「にしても。砕賀の件はどうするのさ?」
「適当にあしらって帰るさ。…それで済めばいいんだけどな。何も考えたくないよ。俺は。」
「だよな。…あーあ。俺もボーッと生きてえなぁ。」
話を終えた2人は、授業開始5分前の予鈴が鳴るまでのしばらくの間、何も考えずにただただ寝転んでいた。
「砕賀さん。『アレ』、今週もお願いできますか?」
見た目は完全にインテリアヤ〇ザの工藤が、周りの目を気にしてこっそり話しかける。
「…あぁ。明日持ってきてやる。今回のもかなりいいぞ。」
「あざっス!助かるっス!!」
体育館の裏で、図書室から借りてきたマンガを読む砕賀とその他ヤンキー風の生徒たち。彼らの見た目や性質上、少年漫画雑誌の譲渡もきな臭く見えるのはご愛嬌だ。そんな中、
「アニキ!焼きそばパンとおにぎりと栄養ドリンク買ってきたっス!」
「…また勝手に買ってきたのか。頼んでもないのにお前はなんで…」
いかにも舎弟らしい容貌をした良建 合太(りょうけん ごうた)が笑顔で寄ってきた。
「だってアニキ、今日喧嘩するんでしょ?だったらいっぱい食べて元気出さないとぉ。」
そういって袋からコロッケパンと手巻き寿司、そしてマカの含有量が強調された赤いドリンクを取り出した。
「どうっすかアニキ!今回は言った通りの物、入ってるでしょ!?」
「バカヤロお前コノヤロー!全部微妙に違うんだよ!砕賀さんは全然怒んないからアレだけどよぉ、周りの俺らからしたらムズムズして堪らないんだよ!…なんでお前はすました顔で精力剤買えるんだ!バカ!そもそも不良というのはだなぁ!」
不良の1人がいかにもムズムズしているのを抑えようと悶えながらキレ続ける。
「船井、落ち着け。…今回はかなり惜しかったな。ありがとよ。頂くぜ。」
ドスの効いた声ではあるが、小柄な肩を優しく叩き、手巻き寿司の包装を破き、大きく頬張った。
「あざっす!へへっ、嬉しいっす!」
高校1年生とは思えない純粋な感情表現を見せる良建。それを見て平和で和やかな表情を浮かべる不良の中、船井と呼ばれた眉毛に剃りこみを入れた男1人が唯一、釈然としない怒りを膨らませていた。
「…ったく、砕賀さん。そんなに誰にでも甘かったらいつかこの高校、他の高校の野郎に滅茶苦茶にされますよ。」
中学での暴力沙汰に飽きたのか、それとも無理して『デビュー』したのか。普段から船井のその言葉に同意する者はこの高校にはもはやいなかった。
「…そン時もどうせあんたは、無血開城とかするんだろうけど…桜高の頭張ってる不良の自覚あんのかよ…!」
「ああ全くその通りだ!『千中の千人殺し』の覇気が感じられんぞ!」
突然大きな声が轟いた。正門側の方から、何者かが白の学生服を翻し、木刀片手に近づいてくる。ボタンの文様からして明らかに別の学校の生徒だ。それに対して工藤や周りの不良が怖気もせず立ち上がり、砕賀を守るように立ちはだかる。しかし、船井と良建の2人は男の声とその風貌に圧倒されたのか、そのうんこ座りを崩せすらしない。良建に関しては震えている。
両者の距離がすぐそばまで近づいた。白い学生服の男は立ち止まり、ニヤニヤと薄気味悪い笑顔をわざとらしく見せる。
「千校か…何モンだお前。」
工藤が口を開いた。
「…男気あるじゃねえかよ。まあ落ち着けや。別に戦争しにきた訳じゃねンだわ。後ろの頭と話があンだよ。」
「工藤。通してやってくれ。」
砕賀がいつもと変わらぬ様子で言う。
「しかし…」
「なら俺が行く。」
工藤たちで出来た壁をすり抜け、堂々と男の前に立った。
「3年ぶりだなァ…背ェ伸びたンじゃないか?
それよりも、だ。あン時の人を刺すような目はどこに行った?」
「お前は全然変わらないな…湊。人は見かけによらないって何回言えばわかるんだこの凡骨が…!」
砕賀の目に攻撃性とギラつきが徐々に宿っていく。それはまるで内なる何かを抑えているような、少しずつそれを小出しにすることで爆発を抑えている、そんな気配を良建は感じとっていた。
「あぁ。今また思い知ったよ。能あるトンビがナントカだなこりゃ。…千高はいつでもお前を待ってるぜ。」
「あんな掃き溜め行く気ねぇよ。便所コオロギどもにそう伝えとけ。…俺はお前らとは違って…投資家になって大金持ちになるんだ。」
「…お前まだそれ引きずってたのか。哀れだよなァほんと。」
湊は唾を砕賀の靴のすぐそばに吐き、一瞥してから木刀をアスファルトの叩きつける。後ろの2人が縮み上がった。
「…また来るわ。まぁ…すぐ来るからせいぜい準備でもしとけ。」
去っていく湊の後ろ姿が見えなくなるまで、工藤とその他の不良たちはじっと彼を見つめていた。
桜ヶ丘高校、通称桜高は温和な生徒が多い校風だ。桜小、桜中、桜高と、地方の高校によくある望んでもないエスカレーターが用意されているからか、それとも近くの高校、千本針高校から逃れるためか。
千本針高校、通称千高はこの辺りで最も郡を抜いて荒々しいモノを持っているといっても過言ではない。流石に生徒全員が不良というわけではないが、それなりに荒れた校風だということを想像して頂きたい。
その千高も、望まぬエスカレーターが仕込まれており多くの温厚な千中生徒が桜高に流出してくる。学業面の観点でも同様だった。
とはいえ、桜中にも荒くれ者はいた。工藤が桜中の校舎の中でチャリを乗り回したのが桜中から上ってきた生徒には有名だ。
そんな彼もまるで牙を抜かれたかのように高校では体育館の裏でマンガを回し読みしている。時には単語帳をじっと見つめる日も。就職困難や経歴至上主義が跋扈する日常を見てきた彼らにも、何か思うところがあったのかもしれない。皮肉ではあるが、時代が彼らをなだめてしまったのだ。
元はと言えば、砕賀も千本針町出身の男である。フラジャイルとなった例の事件も相まって安東を漢と認める異常事態になってはいるが、彼には『千中の千人殺し』という、最早社会に出ることが許されないシリアルキラーのような異名を持っていた。
そんな彼もとある事件をきっかけに変わった。
…語るべき時は今ではないだろう。
逆に船井は千中のスクールカースト下位に属する男で、桜高で一山当てにきたつもりだったようだが…浅はかな発想ではあるが、気持ちはわからなくもない。
そんな、入学2年目にして、喧嘩に明け暮れる日々を送ったいわば不良OBとその現役を目の当たりにし、意気消沈していた。
「…なんだよ。これじゃまるで俺が…」
1人だけ…しかし良建を除いて。立ち上がれずにいた船井がひっそりと呟く。
「所詮俺は…ツケ上がった高校デビューだよ…」
震えた足で立ち上がり、よろよろと湊とは逆方向の校舎へ歩いて行く。
呼び止める者は、誰もいなかった。
「えー田森です。もうじき席替えするから誰か適当に紙でも切ってクジ作っておいて下さい。不正してもバレるからな。以上。」
3時20分。SHRが終わると、隼人はいつものように手早く荷物をまとめ、旧校舎へ向かった。詞音や波美子に嗅ぎつかれないように、慎重かつ大胆に。
桜ヶ丘高校の旧校舎はそこまで旧校舎という出で立ちではない。二階建ての横長い一般的な建築物で、どうやら今でも人の手が入っているらしい。緊急避難所である体育館が満員になった時にここを使うと聞いたことがあるが、小中高もあるこの町内、近場に3つも体育館があれば十分人間は収容できると思うが…それはまあいいだろう。玄関はいつでも開くようになっている。田舎に不用心という言葉はない。隼人は引き戸に手をかけ、中へ入る。
「よ。早いな。」
入るとすぐに、下駄箱の上に寝そべっていた安東が声を掛けた。彼はヘッドホンを外し、隼人が文句を言う前に小さい紙袋を投げつける。
「愚痴愚痴言う前にそれ見てくれ。1つは俺の自作だから悪くはないと思うぜ。」
不満の表情もそのまま、隼人は紙袋を開けた。中には補聴器のような片方だけのイヤホンと桜高指定のボタンが入っていた。
「ワイヤレスのイヤホンとマイク。俺とお前が連絡取る用だ。そのマイクすげぇだろぉ!?わざわざこのためにボタン買ったんだべ!?」
「これ付けてどうするんだ?」
「お前が砕賀にやられそうになった時に止めに行けるだろ。こないだ見ただけじゃお前弱そうだしさ。サポートにって思って。」
若干の軽蔑を感じたのか隼人はそれらを紙袋に戻し、無造作にカバンに入れた。
「どうしてもって時に使うわ。…お前にだけはバカにされたくないしな。」
「まあ照れちゃって。オペレーターもどきもやってやれるのになぁ〜頑張れよ〜」
どこかに去っていく隼人に適当に手を振る安東。その耳にはもうイヤホンが詰め込まれていた。
世の中には中高大と様々な『デビュー』がございますが、もっとも痛々しいのは高校デビューと思われます。特に理由はありませんが。
もし、あなたがまだ高校生ではなく、高校デビューを検討しているのなら、その人格の検討を必ず怠らないで下さい。屋上で寝転がったり昼休み前にクラウチングスタートの姿勢をとる人間にまともな人間はついてきませんよ。ご利用は計画的に。
2話承に続きます。