【1話】狩人、猫、ガラス。【々】
はい。あれだけ引っ張っておいて結ではないです。
持論なのですが、こういった物語において一つ一つの話というものは、あくまでもパーツにすぎないと思うのです。不完全です。なにかしらの謎を残して次の話へバトンを回します。なので「起承転々」なのです。
そうやって様々な話が補足しあって、時には反発しあって。やがては1つの重力を持った、ある意味歪で、ある意味もっともらしい1つの最終回を形作ったうえで「結」と気持ちよく結ばせていただきたい。そんな、所存でございます。以上です。
「死ねやぁぁぁ!桐島ァァァ!!!」
男の怒号が破砕音をもって詞音の下に急降下する。
「おいナミ!隠れとけ!」
波美子を廃屋の縁側へ押し倒し、詞音のもとへ走る隼人。その手には黒い布…いや、外套が握られている。それを一思いに身につけると、消えた。
いや、誇張でも、素早く駆け抜けたことの比喩ではない。その場から消えたのだ。
「は、隼人…?」
すると上からまもなく学生服を着て顔を黒フードと黒マスクで隠した男が鉄パイプを片手に落ちてくる。
「上ッ!?ペス!」
詞音も右手を上げた。激しい銃声。しかし銃弾は左に逸れた。
「うわあっ!!」
安東があまりの展開に腰を抜かして倒れこむ。
「トった!!」
ガラス男の雄叫びと共にドンッと鈍い衝撃音。
次の瞬間、ガラス男は空中に留まったままぐったりとして大きな呻き声を上げた。
「ぅぁぁぁあ…!な、なんだァ…!?」
「不意打ちは苦手か?それとも見られるのも作戦の内?それともバカか?」
その場から消えたはずの隼人の声が聞こえたと思うと、まるでSF映画のワンシーンのようにぼんやりと空間が歪み、そこからくしゃくしゃの髪と真っ直ぐと突き出された拳、履き潰したスニーカーが見えた。隼人だ。
「天下のガラス男が笑えるなぁ。おい。」
顔は笑っている。が、声は堅い。
「ぐっ…おまえ…この前のマントか。」
家の中のちゃぶ台の下で震える波美子は目の前の事象をただ見つめることしか出来ない。さらに近くでそれを目撃している安東も同様だ。下半身に温かいものを感じてもおかしくはない出来事だ。
歪んだ空間がやがて元の黒い布に戻ると、隼人も腕を下ろし、ガラス男をがさつに降ろした。とんでもない腕力だ。
「…桐島。俺の能力は複雑だ。戦いながら詳しく説明してやる。波美子と震えながら聞いとけ。」
そう言われると詞音はハッと我に返り、ちゃぶ台の下の波美子を見つけると、ペスを縁側で構えさせ、自分自身も屋内に入った。
「…クソがッッッ!!このマント野郎!ナメてんじゃねえ!」
ガラス男が脱げかけの黒フードを被り直し、今度は隼人の顔目がけて大振りのパンチ。隼人は機敏に首をすくめて避け、地面にそっと手を置いた。
「1つ目。生き物以外の物…例えばこの土なんかを触ると…」
隼人の触れた先の土が勢いよく隆起し、まるでそれは直角に繰り出されたアッパーのようにガラス男の顎を直撃した。
「『自分の念じたことに応じて変質する』。今の場合俺は土に『攻撃』を念じた。」
姿勢がぐらつくガラス男。しかし決定打にはならなかったようだ。残った土の柱の先端が不自然にグニャリと歪んでいる。シリコンのような柔らかさまで感じるように思える。
「こんなもん屁でもねえな…」
「…あれ?おかしいな。ごめん桐島、一旦説明中止。」
隼人はとぼけたようにそう言うとすぐさま再び土に手を当てた。しかし、2度目も同じように男はそれを防ぐ。
「…お前の顎、ガラスどころかダイヤモンドだろ。ガッチガチじゃねえか。」
そうおどけながら隼人は後ろへ退りながら土柱を繰り出すが、全く通用しない。
「…そういや、俺の事『ガラス男』だなんだ言ってるが…そんなだせぇ名前よしてくれ。俺には『フラジャイル』っていうイカした名前があるんだ。」
顎に何度も土柱を食らいながら言うガラス男改めフラジャイル。
「へえ『フラジャイル』。えーと、そう。…ワレモノね。英語の教科書に載ってたな確か。
…プフッ!ワレモノって!」
何本目かもはやわからない土柱の一部がガラスと化し、けたたましい音と共に崩れた。振り下ろした拳が隼人を指差す。
「お前、確か最上だったか…俺の能力は単純だ。…お前の体で実感しろ。」
フラジャイルが大きく振りかぶる。
「めんどくせぇ…防げるかなぁ?俺。」
「最上君!その位置じゃ安東くんも危ない!安東くん早く逃げて!」
「え…いや無理無理無理!腰抜けた!」
いつの間にかすぐ後ろに近づいてしまっていた安東を背に、隼人はいよいよ真剣に身構えた。
「あの土柱の先っちょ…そうか…!
隼人!土のそれ!次それやるならもっと早く強く顎に押し込め!」
安東が既に体を背けながら叫んだ。隼人は今までより強く、殴るように土に触れた。
先程よりも太く、長く伸びた土柱がフラジャイルの顎を捉える。しかし様子がおかしい。土柱の先端がまたも歪んだかと思いきや、その部位が砕け、再び顎に余剰分の伸びが迫る。そしてついに、
「無駄…があッ!?」
吹っ飛ばされて倒れるフラジャイル。やっとダメージらしいダメージが入った。
「やった…やったぞ!」
「おお。やったっぽいな。…で、なんでお前、こうなるってわかったのさ?」
安東はため息をついたあと、嬉しそうに舌打ちした。
「いいか?奴の能力はおそらく物をガラスにする能力だ。…いたって聞こえは単純だがガラスはそう単純なものじゃあない。奴の顎はおそらくガラスどころか普通の人間の顎さ。
土柱の先っちょにあったあのガラス、あれは普通のガラスより高密度の物で、普通のガラスより柔らかく出来ている。だからあいつはさっきの攻撃をいなせたんだ。でもガラスはガラス。勢いよく衝撃と圧力を加えればいつか割れる。それで攻撃が通ったわけだ。
…どうだ?俺なかなか物知りだろ?俺趣味でライフハッ…」
「はいはい解説どうも。…って言ってる間にガラス野郎起きちまったわ。どうすんだ。」
のっそりと立ち上がったフラジャイルが、そばにせり立った土柱に手をかける。するとあっという間に透明の柱に変貌した。
「お前…今すぐ安東の傍から離れろ…そいつはこの件とは無関係だ。殺すのはお前と桐島だけでいい。」
「分かったよ。」
素直に指示に従う隼人。わざとらしく両手をあげて安東から離れていく。しれっとフラジャイルの視線がちょうど西日に直撃する所に位置取った。
廃屋の物だろうか、それとも他人の不法投棄か。まだ使えそうな扇風機に片手を置き、わざとらしく言う。
「さあ、次は何を身をもってわからせてくれるんだ。そろそろ俺も説明を再開したいんだが?」
「…俺の能力は安東の言う通り、物をガラスのような構造にするものだ。それ以外の何ものでもない。桐島のように猫に銃を撃たせることも出来ないし、お前のように土柱だなんだと土遊びすることもできない」
「だからまだ色々能力あるんだって。」
「うるせぇ。…ガラス男ガラス男ってバカみてぇな名前つけやがってよォ…」
またフラジャイルが大きく右手を振りかぶる。
「虫唾が走るんだよ!虫ケラァ!」
ガラスの柱に振りかぶった拳が炸裂する。従来のガラスのようにひび割れが起こったかと思うと、従来のように拳が貫通しガラスが崩れ去るのではなく、破片のそれらは散弾のように隼人の元に発射された。大小形それぞれの弾丸が物凄いスピードで隼人に迫る。
「それは普通に危ない。だが。」
隼人は落ち着き払って扇風機の「強」のスイッチを押した。
するとあっという間に風がガラス弾の勢いを抑えた。先程のとんでもない速度はなんだったのか、呆気なく地面に落ちていく。
「なんだこの風は!?」
フラジャイルがあまりの風圧にたじろぐ。その後方のボロ家も身を震わせ、中の詞音と波美子も目をしかめながらその事の顛末を見守る。
「隼人君!私達もいます!ガラスだけはこちらに飛ばさないように!」
「わかってらぁ!こっちは制御するのに精一杯だ!」
電源も繋いでいないのに扇風機は風を創り、その風は業務用扇風機の何倍もの暴風を発生させていた。異音を立ててフル稼働する小さな扇風機がその異常性を際立たせる。
ガラスはもう既に落ち切った。しかし隼人は風での追撃を緩めない。
「土だけじゃねーんだよバーカ!」
その時、フラジャイルの黒いフードが船の帆のようにはためき、隠された顔面上部が顕になった。額には山猫の一撃の跡か、丸く抉れた皮膚から小さくヒビが広がっていた。
「クソっ!貴様ァ!!」
「やっと正体現したな。クソヤンキー。」
「え?お前…なんで…」
安東が悲しげな声で呟く。男のグレーの髪の毛が役目を終えた扇風機の残心で揺らめいた。
ガラス男が学生であることはわかっていたが、その生徒が誰であるかは、転校生である詞音にわかることは大抵ないはずだが、その男には見覚えがあった。
一昨日の朝の抜き打ち持ち物検査。それに昼のパン競走。信楽生活指導員、安東と激しいデッドヒートを繰り広げていたあの男だった。
「あなたは…!」
「砕賀 和利。ガラスお…フラジャイルであり、桜ヶ丘高校生徒失踪事件の犯人だ。まさかお前だったとはな。」
観念したのか、砕賀はマスクをやおら取り、わざとらしく落としてみせた。
「フラジャイルまでは合ってる。…だが失踪事件とは俺は関係ない。むしろ真っ白だぜ俺は。」
また近くの土柱をガラスにしたかと思うと、砕賀はそれを椅子替わりに使った。
「今から半年前の話だ。」
高二の秋は一生忘れられないだろう。何しろ自分の仲間が目の前で殺されたんだからな。
いつも通りその日は信楽に怒鳴られて、安東とパンを奪い合って、仲間と睨みあいながら笑いあって食って…日常を過ごしてた。でもよ、その日は少しだけ違ったんだ。
帰りにゴミ山に行った。…桐島は知らないか。学校の裏山のさらに奥。ゴミ処理場でもねぇのに山ほど色んなゴミが捨てられてる無法地帯だ。どこぞの企業だかお偉いさんだか知らねぇが…まぁいい。そういう場所があるんだ。
俺と藤森と土井の3人で行ったが、無事に戻ってこれたのは俺1人だった。…化け物が出たんだ。
別になにか目的があって行った訳じゃない。何となく行きたくなったから行ったんだ。実際向こうに着いても臭いわ汚いわですぐ帰ろうとした。
悪夢だったよ。突然目の前のゴミ山のてっぺんからとんでもない蛆虫の群れがうじゃうじゃ出てきて、あっという間に俺たちを呑み込んだ。もがいてももがいても、足掻いても足掻いても。蛆虫は荒波のように俺たちを流していくんだ。…ガキの時分に遊びに行った海で溺れかけたのを思い出したよ。
どれくらい流されたかもわからなくなったとき、突然蛆虫たちの動きが止まった。目を開けたら、綺麗な月と…そびえ立つゴミ山に立つ『何か』がいたんだ。
「な、なんなんだよ!出せよ!」
「そこのあんた!助けてくれ!」
藤森と土井が恐怖のこもった声で喚き散らす。俺は2人をなだめようと声をあげようとしたが、遠慮もなく口内に入り込もうとする蛆虫を遮るので精一杯だ。月明かりがやけに明るく、視界の先の『何か』が影を落としている。
「君たちはどちらだ。善人か、悪人か…」
「誰かいるのか!?そんなことどうでもいいから助けてくれ!早く!うわぁああ!!」
パニックを起こした藤森が恐怖のあまり叫ぶ。どうやら『何か』は声色から察するに男らしい。しかしどうにもそのシルエットは人間離れしたものだった。落とされた影は蠢き、まるで彼自身も蛆虫の集合体であるように不定形であった。
「素晴らしい。それが正しい人間としての本能だよ。君は選ばれる資格がある。」
そう言うと男は手のような何かで杖のようなものを空に掲げた。目の錯覚か、杖の先端から紫の光が放射されていくのが見える。
「ああ…?…あぁ…」
どれくらいその紫を眺めていただろうか。藤森がこの状況においてありえないくらいリラックスした声を発した。思わず俺はとてつもない不安に襲われる。
「おい藤森!しっかりしろ!どうなったんだよ!おい!」
蛆虫なぞ構わず声を上げた。口に2、3の蠢きを感じ、大急ぎで吐き出す。
「彼は選ばれなかった。仕方ないが、彼は『桃源郷』への足がかりとさせてもらうよ。」
「おいマジでいい加減にしろよ!ブチ殺すぞこの野郎!」
土井が激昴している。彼は藤森とは竹馬の友だ。無理もない。
「怒り。…いいぞ!!怒りこそ本能だ。君も選ばれる資格がある!」
再び男が杖を掲げる。藤森の結末を知っている故、土井は大声で叫んで、力の限り体を動かして拒んだ。蛆虫が激しく揺れ動く。しかし、それが収まった頃、土井の抵抗は無意味であるという証明がなされた。
「嘘だろ…?おい土井!土井!!土井!!!」
「彼も…選ばれなかったか…」
残念そうに呟く男。しかしその感情の矛先は2人の生命に明らかに向いてはいない。
「さあ、あとは君だけだよ。」
俺の番だ。その時、1つの感情が生まれた。
『なにがなんでも生きたい。』
誰を蹴落としても、何を犠牲にしようと生きたい。涙がこぼれる。全身の力が抜け、全神経が緩慢になる。そのまま俺はこう呟いていた。
「生きたい。殺さないでくれ。」と。
男は俺の言葉に頷くと、杖を掲げた。紫の光が俺に降り注ぐ。…光の奥から何かが落ちてくる。
やがて体に強烈な衝撃を感じた。それすらも他人の出来事のように感じる。
「…君は…選ばれた…」
目を覚ました時には全てが消え去っていた。蛆虫も、男も、…藤森と土井も。全て消え去っていた。助かったと思った。そんな自分にひどく吐き気も感じていた。
ただ、右手に広がるガラスになったゴミが、俺を異質なものへと変貌させたという確信があった。俺は人間性を失った化け物だということを認識させられた。
その代わり得たものはあった。二度と払えはしない自分自身への疑念。藤森と土井を蹴落としてまで生きようとした、永久に赦されることのない罪。
…それ以来俺は、これ以上俺のような化け物が生まれないように裏山へ行こうとしたやつを呼び出して、説得した。しかしそいつらの行方は…
「…これで満足か?」
疲れきった表情の砕賀。さっきまで警戒していたはずの詞音と波美子が縁側で黙々と話を聞いていた。
「俺はあの時、助かった。と思ってしまった。
所詮俺は口だけの男なんだ。あいつらが死んでいったとき…自分じゃなくてよかったという気持ちが沸々と湧き上がってきた。…怖かった。」
「なあ砕賀…それお前のせいじゃないって。俺がお前みたいな3人目だったら素直に喜ぶぜ?…まあそりゃ死んだ2人は浮かばれないだろうけどよぉ。しかもなんでもガラスにしちまう能力なんて最高じゃん!そいつらの分背負ってその能力なにかに活かせよ!ほら!なんかプラモをガラスにしてさ!」
「…俺は常にアイツらのこと、ずっと覚えておくべきなんだ。夢に出るんだ。アイツらの叫び声や恨み言が。…背負った罪の重さを忘れたくはない。俺はいつかあの蛆虫共と男を殺す。」
砕賀は立ち上がると、目を瞑る。強く握られた拳の震えが止まった時、砕賀はフラジャイルへと戻っていた。
「最上!続きだ。どっちみち俺にケンカを売ったことには変わりねえ。…俺を誘拐犯と勘違いしたことと、おれのデコぶち抜いたお礼はいくらでもしてやる。」
「じゃあなんであの時ナミを襲った!さっき桐島も襲ったじゃないか!」
「噂じゃそいつは好奇心の強い女らしい。ここいらでトラウマ背負ってもらわねえとゴミ山に行きかねねぇ。その隣の保護者もな。」
フラジャイルが後ろを指さす。
「あんたに口出しされる筋合いはないわよこのバカ!」
「でも…そういえば彼は1回も私たちに手出しはしていない。むしろ波美子ちゃんを守ったわ。…ということは彼の言っていることは本当。もしかしてこの家の裏の壁って…」
「お前らみたいなバカをビビらせるためだ。…こんな廃屋、1回建て直しでもしなきゃ何ともならんだろ。有効活用させてもらった。」
「畳はわりと寝心地いいよ!」
ちゃぶ台の下で少しの間震えた波美子が反論する。詞音はそんな波美子を見てにっこりと微笑む。
「なんなんだこいつらは…」
「頭湧いてんだ。ほっとけ。」
隼人がぶっきらぼうに答える。
「…まあいい。そんなことはどうでもいいんだ。それよりお前ら。なんで誘拐犯が安東だと思った。」
「そうだよそこだよ!なんで善良な17歳の俺が疑われなきゃいけないんだよ!」
安東が思い出したとばかりに大声で批判する。まるで大型特番の雛壇芸人のようだ。
「…こいつはいつもこうやって飄々としてるがよぉ。この学校の誰よりも『漢』なんだよ。俺なんかよりずっとな。どんなことにも全力で立ち向かう。俺みたいな見た目の奴にも分け隔てなく接する。お手本のような漢だよ。そんな奴をなぜ…」
「お前見た目も中身も怖いけどな。で、なんで俺のこと疑ったのよ?」
隼人はため息をつくと詞音の方をじっと見つめた。視線を感じた詞音はぽっと頬を赤らめている。
「あ、あの…額の傷だけで私早合点しちゃって…」
「あぁこれ?そりゃ事件翌日にこんな怪我してたら疑われるよな…そういやお前頭撃たれたんだよなあ?痛くなかったの?それ。」
「俺の額を一瞬防弾ガラスにした。…もう二度とやらねえよ。傷跡が残る。」
染めた髪で傷跡を隠す砕賀。
「そうかー。俺は徹夜でプラモ組んでたらさぁ、うとうとしちゃってヘッドパーツの角がグサーッと。」
そう言うと安東は絆創膏をめくり傷跡を見せた。赤黒い縦筋が生々しく姿を見せる。
「プラモにもちょっと血がついちゃったからさ、ごまかして濃い赤塗ったら意外とかっこよくなっちゃったよ!ハハ!」
「洗えよ。」
「あ゛!?てかお前のツッコミ1万光年ぶりに聞いたわ!なんか嬉しいなぁ!」
「光年は距離だバカ。」
隼人の冷静なツッコミに素直な喜びを見せる安東。いつしか砕賀の表情にも綻びが現れていた。
「さて…俺らから買ったケンカ。どうするんだ?このバカみてえな雰囲気でやれるか?」
隼人がニヤリとした顔で語りかける。
「…闘る気が削げた。また今度にしてやる。ただ…ゴミ山には絶対に近寄るな。」
砕賀はそのまま歩きだし、錆びた門の傍に置いてあったカバンを背負った。
「うわぁ気づかなかった。」
素っ頓狂な声を上げる詞音。隼人も頭に手を当てている。
「砕賀!」
安東の呼びかけに足を止める砕賀。彼でなければその足を止めることはできなかっただろう。
「お前は絶対悪くないからな!なんならその…罪!?俺も一緒に背負ってやるよ!」
「トシ。気安すぎ。まぁでも…砕賀、あたしを脅そうったって100年早いわ!なぜなら私にはロビンフッドと隼人と詞音がいるもの!」
「誘拐犯と間違えてしまって本当にすみませんでした!」
三者三様の対応。
「…あのなぁ。」
それに呆れる隼人。
「…勝手にしろ。」
砕賀は門を開けっ放しにして出て行った。
「悪いな桐島。俺の能力説明会は延期だ。」
「いえ、いいんです。それより怪我がなくてよかった…」
「それにしてもあいつの言ってた蛆虫の男…ありゃなんなんだろうな。そいつが能力持った人間増やしてるとなると…悪用するやつも増えるな。」
「私たちで何とかできるようなことではないのかもしれませんね…」
「私たちってなんだよ。お前と絡むつもりはねぇぞ。でもまぁ…たまに助太刀してくれたら助かる。」
「…素直じゃないですね。」
「うっせ!…まあでも、俺はそいつらを絶対許すつもりはないよ。この能力は悪事を見過ごすために授かったわけじゃない。…そのためにはまずマントを新調しなくちゃな。そもそもマントってどうなのかね。ちょっとクサいか。」
「匂いませんよ?」
「そういうクサいじゃない。」
砕賀が去った後、隼人は謎の能力について騒ぐ波美子と安東を仲直りついでに帰らせた。日も沈みかけで、辺りは真っ暗になり始めていた。
「そういえば、隼人くんはなんで能力に目覚めたんですか?」
「あぁ、校舎の屋上で昼寝してたら落ちてきた。…本当だぞ?」
訝しげに見つめる詞音に、隼人が毅然とした態度で言う。
「…桐島はどうなの?」
「私は父から」
「お前のがよっぽど嘘っぽいわ!お前の能力は風邪か!」
詞音がクスクスと笑う。緊張から解放されたのか、隼人も薄い笑みを浮かべていた。
「でも、今日は本当にごめんなさい。」
詞音が突然頭を下げた。
「私…何も出来なかった。何もしていない安東くんを疑って、倒れて…おまけに自分の身すら守れなかった…」
「別に俺は何も気にしてねぇよ。桐島。あれは誰でも引っかかるわ。この世に冤罪って言葉があるのも、こういうことがあるからだ。」
俯いてアンニュイな表情の桐島の肩をポンっ と叩いた。
「…今、私に何かしましたか?…なんだか急に心がすごく落ち着いて…」
「してねぇよ。まだ。」
ウロウロ周りを歩く隼人はぶっきらぼうに呟く。しかし彼なりの不器用で優しい嘘は、物事を真っ直ぐに捉えすぎる詞音にも伝わった。
「やっぱり隼人くんって、ほんとはすごく優しいのね。口は悪いけど、正義感があって」
「うるさいわ。もう帰るぞ。…何時だと思ってんだ全く。」
2人は歩き出した。ペスもゆっくりと後をついて行く。電柱もろくにない桜ヶ丘町の夜空は星がよく見える。
「…はい!そういえば隼人くん背中の怪我は?」
「治った。」
「嘘つき…えいっ!」
「痛っった!!おいやめろよ!…あーだりぃ。なんか血出たっぽい。」
そう言うと隼人は制服を脱ぎ始めた。
「え、どこですか!?見せてくだ……は?」
そこで詞音が見たもの。それは、
え、今俺のこと呼んだ?
と言わんばかりにとぼけた顔をした何かが、隼人の背中から生えていた。
「…どちら様でしょうか?」
「…ハードリィお前…出るなって言ったろ…?」
頭に手を当てた隼人に、ハードリィと呼ばれた何かは申し訳なさそうにそそくさと体へ戻っていった。
「…彼らのデータは取れたかい?」
「多分。奴の能力は物質をある程度自由に操る能力だ。フラジャイルとやらはものをガラスにする、桐島詞音は…あんたがリサーチ済みだったな。」
「彼らは一体どっちの味方になるんだろうねぇ。僕ら側か、それとも『桃源郷』側か…フラジャイルくんはこれからもノーサイドなんだろうけど。」
「あいつが、砕賀が白だってわかって…ぼ、俺ほっとしたよ。必死であんたを探したかいがあった。」
「フフ…これから後悔することになるさ。さあ、そろそろ行くよ!H!」
「…その呼び方やめてくんないかな…」
ヤスではありませんでした。
なんならヤスでよかったんじゃあないかなとまで思い始めています。
前説で真面目にやりすぎたので、後書きの方は起承ヤス々とさせていただきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。2話も是非よろしくお願いします。