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ハードワークはいつの日も  作者: せうたろ
3/9

【1話】狩人、猫、ガラス。【転】

転です。

桜ヶ丘町の名物は桜餅だそうですよ。安直ですね。

隼人が再び件の廃屋を訪れたのは、昨日と同じく西日が眩しい午後五時過ぎであった。

あの昼の出来事の後、少し思うことがあったのか俯き気味で授業を受けていた詞音であったが、学校の帰りの下駄箱でこっそりと声をかけてきた。

「安東くんに気をつけて。」と。

どうやら彼女は安東を疑っているらしい。あのバカ男を疑えと言われてもしっくりこなかったのか、隼人は昨日起こった出来事の確認をすべく、破片まみれの地に立っている。

「どう考えてもあのバカがやるはずないもんな。」

自分に言い聞かせるように独り言を言いながらその場でしゃがみこみ、当時の状況を思い出す。

行方不明になった不良生徒のほとんどがこの周辺を最後に目撃が途絶えている。警察もここを調べたらしいが、相手が能力を持った者であれば物的証拠をゼロにすることも易しい。この場合警察は役に立たないだろう。隼人は昨日の帰りに行方不明の生徒について話していた詞音と波美子、…特に波美子に不安を感じ、後をつけていたという訳だ。


最初は何事もなかったが、ガラスの割れる音と共にどこに忍んでいたのか、「ガラス男」が廃屋の裏から飛び出して波美子を羽交い締めにした。その時弱々しくはあるが咄嗟に振られた棒が容易く受け止められ、地に落ちた瞬間砕けたのはまさに能力の特徴を示したものだろう。


おそらく「ガラス男」は物体をガラスにするか否かを選択できる。そうでないと波美子の裸が露わになっていたはずだ。…あくまでも隼人の見立てではあるが。

そして音に誘われて出てきた桐島詞音が鋭く振り上げた棒はまるでガラスのように砕け散り、思ったように体のコントロールが効かなくなった彼女はフィギュアスケートの選手さながらスピンするように倒れ込む。隼人はそれを見計らって雑木林から飛び出した。…もう少し早く飛び出していれば背中の怪我はなかっただろう。

詞音をなんとかガラスのシャワーから防いだあと、どうにかして背後からの攻撃を防いで撃破しようとすると彼はもう詞音の銃弾に倒れていた。


…ところで。詞音の能力は猫を媒体にレーザーを撃つものではない。猫が射出しているのはれっきとした銃弾だ。隼人はそれを理解していた。

詞音が光弾を放ったとき、隼人の目にはそれが光の筋にしか見えなかったが、隼人の「能力」はその正体をくっきり鮮明に捉えていたのだ。


その銃弾を頭に受けてもなお動けるのは能力故か、底力なのか。真相は未だわからないが、再びあいまみえた時こそ死闘になること間違いなしだろう。まだ治りきっていない背中がズキズキ痛んだ。

「…しっかし。ほんとに上手く手当出来てんだろうな?もしガラス片とか残ってたら大変なんだぞ。中学の理科の先生が言ってたんだ。うっかり割った試験管の破片が手の中に残って、春になったらそこが疼くって…背中が疼くって聞いたことねえぞ。羽でも生えるのかよ。生えていいのは赤べこ飲んだ時だけだぞ。」

そう言ってド派手な一人言をかます隼人。『自分で』治療したのにも関わらず、まるで他人事のように話している。

次に隼人が向かったのは廃屋の裏手。詞音が異様な光景を目撃した場所だ。自分のいた位置とは真逆で、昨日は確認できていなかった。

壁に伝わるおびただしい数のヒビ。隼人はこの壁の紋章を見たことがあった。

「俺の前のスマホみたいだな。」

物体をガラスにするという能力であることは間違いないだろう。しかし問題はその能力の範囲にある。無機物にのみ適用されるのか、それとも有機物も粉々に砕いてしまうのか。こうなるといよいよ想像の域に達してしまう。隼人は自分の悪い癖が出る前にその場から立ち去った。

「あとは犯人が誰か割れればいいんだけどな。ガラスだけに。…いてて」

背中の傷が冷ややかに痛み出した。




「安東くん。今日の放課後、予定ある?」

朝の通学路でまたもやアオハルが展開されている。

「え!?ない!!ないよ!!行くわ!!!」

案の定安東は拗らせている。

「よかった!じゃあ学校終わったら一緒に帰ろうね!」

「ただ一緒に帰るだけなら最初からそれ言いなさいよ勿体ぶって…毎回毎回カロリー高いのよ。あんたたちの会話。」

隣の波美子がうんざりした声で言う。しかし、今回に関しては詞音の計算された行動であった。ガラス男に怯えて通学した昨日と今日の二日間、彼女は決して怯えているだけではなかった。


フェンスにもたれかかる昼下がり。替えの学ランを頭から被る隼人の元に、1匹の客人…いや、客猫が訪れた。

「ムァゥ。」

「あ゛?」

不機嫌そうに反応する隼人。そこには昨日の猫が便箋を咥えてこちらを見つめていた。ペスだ。

「これはこれは…えーっとペスだっけか。桐島さん専属の郵便屋さんが私に何の用で?」

ペスは手紙をその場に落とすと、のそりのそりと歩いていった。

「…なんだあいつ。桐島を見習えよ。」

ぶつくさと文句を言いながら封筒を拾い上げ、便箋を少し手荒に破く。中には可愛いキャラクターが隅で主張する、可愛い手紙が入っていた。どうやら内容は可愛くないらしいが。


『隼人くんへ

今日の夕方にガラス男と決着をつけます。

力を貸して下さい。この学校の、この町の運命がかかっています。

詞音』


「…町は規模デカすぎだ。バカ。」

隼人は手紙をビリビリと破き、空にむかって振り投げた。

「今日の夕方ね。…覚えとこ。」



憂鬱な昼休みを終えたあと、詞音は思うことあったのか、安東を監視することをやめて愛猫であり自分でもある「ワイルドキャット」、通称ペスを駆り、「ガラス男」の調査を進めていた。


彼女とペスは一心同体である。物心ついた時頃にはペスが自分であることに、詞音が自分であることに、互いに気づいていた。しかし母親をはじめ、周りの人間にはペスが見えていないことに気づくのには、幼い故に時間を要した。自分以外にペスが見えたのは父親と…いや、今はそれについて語るべきではないだろう。少なくとも、「自分と同じような人間」には見えるらしかった。


そんなペスと一心異体である故か、詞音はペスに乗り移ることができる。逆のケースは何度も試そうとしたが出来なかった。猫の視点で世界を見るのは楽しいし、何しろ人間として見られないことから、いわゆるスパイ行為に向いていた。

しかし、完璧ともいえるこの超能力にも欠点はある。それは、

『白目』である。

詞音はペスに乗り移っている最中はものの見事な白目になる。当時7歳の詞音の白目を見た母親がエクソシストを呼ぼうとしたのだから、よっぽどの白目なのであろう。

この致命的な社会的弱点を気にすることなく、彼女は授業中に見事な白目でガラス男の捜索に出たのである。


まずペスが向かったのは行方不明者の家数件。そのうちの一件は二階の窓が開きっぱなしになっていて、容易に侵入することができた。6人目の失踪者、華園 遊助 の自宅だ。

『猫だから犯罪じゃない…ですよね?』

多少弱気になりながらも、忍び足で家の中を探索する。二階は一般的な二階建て住宅のように、家族それぞれの個室になっていた。渡辺の部屋へ迷うことはなかった。扉に貼られているのは有名なパンクバンドのポスターと、余程見られてはいけないものを見られてしまったのか、「ノック!!」と書き殴られた紙が貼ってあった。奥の扉に掛けてあるファンシーなネームプレートには「KOYORI」とある。妹か姉がいるのだろう。

ペスは体をグッと屈めて、ドアノブに飛びかかった。見事に扉を開けて中へと入るペス。SNSで一日二日は話題になりそうな光景だ。

中は男子高校生らしく床が趣味雑多な物で埋めつくされていた。散らかってはいるが荒らされた形跡はおろか、中に誰かが入った形跡もない。少年誌に薄く積もった埃。

勉強机には一冊のノートが置いてあった。「見るな」と題されてあり、詞音は海外のSFアクションモノの盛り上がりを想起する。

おそるおそる肉球で器用にノートを開くと、そこには至って日常的な物事が記されていた。


12月9日:記録ノートがついに15冊になった。わざわざ褒められるようなこともないと思うけどすごく嬉しい。今日は来愛とおもちゃを買いに行った。化粧の真似事ができる物を買ってやった。来愛ももうじきマセたガキになるのだろうか。僕のようにならないか不安だ。…どうなるか少し見てみたい気もするけど。


ヤンキーが捨てられた子犬を拾ったり、実は家で花を育てていたり。彼らの意外な一面を時たま垣間見ることはよくある…いや、そもそもヤンキーという人種をもう見なくなってはいるが、彼は一面どころではない。優しいお兄さんそのものだ。見ようによっては年頃の娘を持った、昔にヤンチャをしていた父親のちょっとした苦悩を描いているようにも見える。

それはともかく。ガラス男に関係のありそうな記述があるか、ページをめくる。ノートの真ん中辺りで、ペスの毛むくじゃらの手が止まった。


3月2日:武田が消えた。消えたのは5人目だ。個人的に、あくまで個人的にだ。砕賀とよくチョコパンの奪い合いをしている奴が怪しいと思っている。たしか安東と言ったか。あいつらが何を根拠か、互いを漢と認めているのは有名な話だろう。ただの購買へのダッシュごときで友好を深められるのは、すごく羨ましいことなのかもしれない。…俺もそういう仲間が欲しいものだ。

それはそれとして。あいつはかなり怪しい。チョコパンの奪い合いに水を差した野郎が翌日には消える。3人目にしてようやく気がつけた。


生憎、その3人共俺は嫌いだ。万引きだの自転車泥棒だのふざけたことばかりしている。正直俺はこのままいなくなってもらった方がマシとまで思っている。でも、ヤンキーでもなんでもない奴を消したのは見逃せない。

…来週、この事実を砕賀に突きつける。来愛とのデートを済ませてからだ。どうなるかはわからない。…生きて来愛に会えるといいが。



その後のページは再び日常の些事が続き、やがて途切れた。案の定、その来週が訪れていた。


やはり安東が一枚噛んでいるのは間違いないらしい。机の上のペス、もとい詞音は義憤に駆られた眼差しを、机の小棚の上に置かれた家族写真に向ける。

人は見た目に依らない。が、見た目通りの悪人でも、誰でも。誰かの悪意から救われるべきだ。

「お兄ちゃん…?戻ってきたの!?」

誰かが廊下にいる。全身の毛が逆立つ。


『ガタンッ!』

椅子か机が揺れる音。驚きのあまり自分自身にも動きが出てしまった。

『…居眠りずらか?』

詞音本体が左から声を聞きとった。瑠美だ。


本体に意識を戻すと、白紙のノートが目の前にあった。瑠美の方に目をやると、瑠美どころか教室の生徒の3分の1はこちらを気にしていた。

「あ…あわわ………虫だわ!虫!…は、羽虫が耳元に来たから、び!びっくりしちゃったわあ!…」

「え、虫!?わたし虫無理なんよー!波美子なんとかしてくんろぉ!」

教室に笑いが響く。なんとか白目はバレなかったようだ。前の席の波美子にも見られていないらしい。見られていたらB級ホラーばりの悲鳴を上げているだろう。しかし、

『わわ!ねこだ!』



こっちはバレていた。振り向くとランドセルを背負った女の子が呆然とこちらを見つめていた。

「びっくりした…?よね。お姉さんは…こわくない人だよ。こっちおいで。」

女の子はしゃがんで手招きをする。このまま彼女を飛び越えて逃げるのも考えたが、その必要もない。根の優しい華園遊助の妹だ。言動からも優しい子なのは分かる。

ペスはゆっくりと彼女に近づき、なされるがままに頭を撫でられた。

「わぁ可愛い…どこの子だろう?かいねこさんかなぁ?のらねこさんかなぁ?」

首元を優しく撫でられて喉を鳴らすペス。肝心の感覚を共有している詞音も、授業中の教室で喉を鳴らしてしまっている。

『詞音…お腹鳴った?』

ニヤついた口調の波美子の声が聞こえる。まずい。

波美子の席は本体から目の前。だから白目がバレる。



一瞬、意識を自身に戻し、伏せ気味だった顔を上げて照れ笑いを見せる。

「えへへ…」





メロドラマの再放送が遠くから聞こえる。華園家の家の2階の窓から、1匹の猫が勢いよく飛び出した。





「で…詞音ちゃん。こんな所で何するの?

…2人ならまだしも、隼人もナミもいるしよ。気まずいわこれ。」

日が傾いた放課後の廃屋に例の4人があいまみえていた。安東の真正面に立つ詞音は少し暗い表情を、詞音から少し離れた所で波美子は怒りを含んだ表情を浮かべている。廃屋の壁にもたれかかった隼人はいつも通り無表情だった。

「桐島さん。別に波美子呼ばなくたってよかったろ。」

「隼人は黙ってて。あんたも何も知らないくせにのそのそ付いてきて…なにかあっても知らないからね。あとなにその黒い布。」

「お前も黙ってろ。」

「おい…ちょっと待てよ。その言いぶりじゃあ俺がなにか悪いことでもやったみたいな…」

そう言うと安東は頭を抱える。俺なんかやったか?授業中にスマホいじったのバレた?それとも…と小さな声で己の罪を反芻する。

「安東くん。正直に私たちに…いいえ。行方不明になった生徒にしたこと。話してほしい。今ならまだ間に合うから。」

安東はさらに訳がわからないと言わんばかりに表情を強ばらせる。

「い!いやいや!俺なんにもしてない!俺がやった凶悪犯罪って駄菓子屋で1本スルメパクったぐらいだから!しかも時効!それ以外は俺じゃない!」

安東の悲痛な叫びを最後に空間が凍りつく。いつかの昼休みでギャグが滑ったあの時よりも、強烈に鋭い視線が突き刺さる。穴が空いてしまいそうだ。

「おい…マジでやめてくれ。めちゃくちゃ気まずいよ。」

「それは気まずいでしょうね。ガラス男さん?」

波美子が呆れた口調で安東に問いかける。安東が は? と口をぽっかり空けた。西日に照らされた安東が長い影を従えている。

「ガラス男?…俺心はオリハルコン製だと思うんだけどなぁ。傷心って言葉が俺の辞書にないのが一番の証明なんだけどな。まぁでも今まさに傷つこうとはしてる。」

「安東くん…!ここまで来てまだとぼけるんですか!

あなたが命を奪った人達にも家族がいるんです!殺したのは人の命だけじゃない!あなたはその人たちの心まで殺したんです!」

「お、おう…」

安東は詞音の言葉に気圧され、黙りこくってしまった。

「…安東くん。この猫が見える?」

例の山猫が後ろの茂みからのそのそと歩いてくる。しかし波美子は釈然としない顔をしていた。

「ねえ詞音。あの猫がどうかした?」

「ええ。波美子ちゃんにはただの猫にしか見えないでしょ。でもね。彼には見えてるの。」

明らかにおかしい様子に波美子は怖くなったのか、隼人に近づく。

「ねえ隼人…詞音どうしたの?おかしくなっちゃった?」

こういう時に限ってピュアな態度を見せる波美子に、隼人は顔色を変えずに呟く。

「黙って見てろ。今にわかるさ。…少なくとも俺はまだ安東を信じてる。…あいつは犯人じゃない。」

「隼人…?」


ペスがあくびをした。口からは銃口が覗いている。

「抵抗したら次は頭だけじゃなくて、体中を撃つ。黙って警察のお世話になりなさい!」

安東はうつむいたと思えば前を向き、瞳孔が開ききった目で詞音を見つめる。いや、もう詞音のことは見えていないのかもしれない。詞音が右手を握りしめると、ペスの銃口がさらに顕になる。なかなかのロングバレルだ。

「桐島。もうやめろ。追い詰めすぎだ。」

廃屋の屋根が軋む。土壁がモロモロと零れたのを頭に受けた波美子は不機嫌そうに日向へ向かおうとしたが、隼人は腕を掴んで引き止めた。

「ここにいろ。そろそろだ。」

「…詞音ちゃん…ちょっといい?」

震える声が呟く。

「ガラス男ってさ…」

安東はゆっくりと人差し指を廃屋の屋根に向けた。

「…あいつのことじゃね?」

何かが砕け散るような音が、夕闇を切り裂いた。



「死ねやぁ!桐島ァァァ!!!」

ついにガラス男が現れました。間違いない、ヤスです。

結へつづきます…?

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