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中二シンドローム

作者: ねむ

わたしは中二病だ。

この病名を知ったのは私が中学二年生になってすぐ、クラスでのあいさつの時だ。


城戸きど 公太郎こうたろうくんの自己紹介は今でも覚えている。

「オレには力がある。封印されしこの力はこの漆黒の瞳に宿っている。オレには貴様らには見えぬものが見え、聞こえぬ声が聞こえる。」


「よっハムちゃん!今年度も中二病真っ盛りだね!」と渡辺君がはやし立てる。


そのとき中二病というのを知って、それから徐々に中二病というのが何なのか理解していった。それと同時に城戸君のあだ名についても理解していった。

公太郎の「公」の字がカタカナの「ハ」と「ム」だから、ハム太郎→ハムちゃん。

後は「城戸」の城の字を英語にしてキャッスル。やっぱり名字の城から「王子」とか「貴公子」とか。


わたしはそうして中二病の存在を知り、自らが中二病であったのだと知ったのだ。

そう、わたしは他の人に見えないものが見え、聞こえない声が聞こえるのだ。


朝、通勤の電車に揺られる。


「あーあ、いやだいやだいやだいやだいやだ」

「うるさいっ!」

「いやだいやだいやだいやだいやだ」


電車の中はうるさい。

そいつらは網棚の上に乗ってずっと騒いでいるのだ。今日も。


最初は声からだった。やっぱり電車の中で言い争う声が聞こえたのだ。

最初は気にしなかった。でも毎日毎日同じ声が同じように言い争っている。

車両を変えても、時間を変えても同じように聞こえてくるのだ。

そしてそれはどんどんヒートアップしていった。


「殺す、殺す殺す殺す」

「きゃああああああ殺される!死にたくない!」


悲鳴が聞こえて、さすがに思わずあたりを見回す。

周囲の人はまるで聞こえていないみたいに、気にするそぶりをみせない。

無関心もここまでくると恐怖を覚える。


さすがに誰か間に入らないと、警察を呼ばないとと、初めてちゃんと声の出所を見ようとした。でも、見えなかった。そう、そんな言い争う人などいなかったのだ。

冷や水を浴びせられた気持ちになった。言い争う人などいない、そして声もその瞬間聞こえなくなった。


ただ電車の揺れる音が聞こえるだけ。

「次は~〇〇~。次は~○○~。」アナウンスが入る。


わたしはおかしいのだ。

誰にも言おうとは思えなかった。

理解してもらえるとは思えなかったし、それよりも誰かに伝えることで声のやつらに“見つかってしまう”のではないかという漠然とした恐怖があったのだ。


だからそれからずっと聞こえないふりをし続けてきた。

「たぶんわたしは疲れているのだ」そう思って。

そうして聞こえていないふりを続けていたら、今度は姿まで見えるようになってしまったのだ。


「いやだいやだいやだいやだいやだ」

「だからうるさいと言っているだろう!!」


金網の上、上はアロハシャツ、下はスーツ、足にはビーチサンダルを履いた男性が腰かけている。両手を胸の前で曲げ、手をしきりに開いたり閉じたり会わせたり震わせたりしながら、呪詛のように「いやだ」と繰り返している。


もう一人は手のひらサイズのスーツ姿の恰幅のいい男性。髪の毛は長く雑に一つに後ろでまとめられている。


ああ、今日もわたしはおかしい。


いつも通り造作なく視線を外し、車内を見回したとき、城戸くんをみつけた。


城戸君はドアのところに寄りかかりイヤホンで何か聞いていた。

何とはなしに彼に近づいた。城戸君とはまともに話したことはない。

だから、話しかける内容なんてなくて、ただ城戸君にもこの声は聞こえているのかなと、いやそれさえも考えていなかった。なんとなく、近づいていたのだ。


「〇〇~。〇〇~。お出口は右側です。」

ちょうど駅につく。学校まではまだ先。ドアのほうに向かっていたわたしは一度降りて、城戸くんの正面、反対側に寄りかかって立つ。


乗り込んでくる人が彼のイヤホンをひっかけ、端子が抜けた。

車内にやけに可愛い女性ボーカルの歌が漏れる。


思わず口に手をあてて微笑んでしまった、そして何とはなしに視線を車内に向けて、”目”が合ってしまった。


「笑ったあいつ俺を笑った。笑った笑った笑った許せない許せない許せない許せない」


大きく目を見ひらいて、そらすことが、できない。


「本当だ!見てる!あいつ俺を見てる!」

手のひらサイズのやつが叫ぶ。


「許せない許せない許せない許せない殺す殺す殺す殺す」


金網から、男が下りる。そして、こちらに近づいてくる。


息を飲む。電車の揺れる音が遠ざかっていく。あいつらの声が鮮明になっていく。


「~♪♬」


音が聞こえた。


可愛い、女性ボーカルの。

ぼやけてきた車内の中で、その音が色をもったのがわかった。

それはオレンジ色でピンク色で淡い水色で、そして広がっていく。


「あああああああ許せない許せない俺を笑った俺を笑った俺を嘲った」


そして、呪詛をはく男にぶつかる。


「あ?あれ?あああ?」


男の存在が希薄になっていく。


消せる、と思った。手をあげて自らの腕をつかむ。イメージする。

音で、あいつを包み込む。ぎゅっと腕を痛いほどつかみ、目を閉じた。同時に音であいつを包み込んで凝縮していって、そして、消した。


胸の中心に小さな穴があいたみたいな違和感と、ハイキングの次の日みたいな疲れが全身を覆う。

でも霧が晴れたみたいに、視界はクリアだった。そして電車の揺れる音と、城戸君のイヤホンからの音漏れ。


へんな男の姿はみえないし、声もきこえない。

すごく当たり前の車内の風景があって、それにどうしようもなく感動した。


ふと、城戸君が目線をあげて目が合う。


「城戸君、音漏れしてるよ」


「ぅえっ!?」


「それ、可愛くていい曲だね」


「あ、えと、」


慌てた様子で耳からイヤホンを抜き音楽をとめようとする城戸君。

これが、城戸君との最初の会話。

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