第1話:ずぶ濡れ
最近、凄く冷たかったのよ彼。
ついさっき別れて来たの。
3年も付合ったのよ。私達。
それがこんな簡単に。
ちゃんとサヨナラも言ってないし...。
正直辛いよ...。寂しいよ...。
込み合った地下鉄の座席に座りうつむいたまま、私は人目も憚らず泣いた。
隣に座る人の目も、目の前に立つ人の目も
私を珍しがって見ているに違いなかった。
混雑した車内は以外と静かで、私はシクシク泣いていたつもりだったが、
何だか車内中の人間が私の泣き声に聞き耳立てている様に思えた。
それでも涙は溢れ出た。
私が零した涙の海で、皆が溺れてしまえばいい。
そんな風に思うくらい自暴自棄な状態だった。
地下鉄が止まりホームに降りると、手を繋いだカップルと目が合った。
二人とも少し驚いた様な目。
おそらく、私の目はもの凄く腫れ上がっていたのだろう。
とっさに顔を隠し、コンクリートの階段をコツコツ駆け上がった。
改札を通り外に出ると、傘を持つ人が目の前を行き交っていた。
私は傘を持ち合わせてはいなかったが、その方が今は都合が良かった。
降りしきる雨に涙を紛らせながら歩いた。
駅に向かう人の流れとは逆に。
もう私を珍しがる人もいない。ゆっくり家まで歩こう。
どうせ一人暮らしの部屋には、孤独と寂しさしか待っていないのだから。
アツシ(彼)は他に好きな人が出来たと言った。
勿論、納得出来るものではないけど、他の人が好きなアツシと私は付合えない。
振り向くまで頑張る。そう言う性分でもない。
他の理由ならまだ納得出来たかも知れない。
他の女とアツシが歩いている。
それを想像しただけで、また涙がポロポロ。
私、何も言えなかった。ただアツシの前でポロポロだった。
「お前のそう云う所嫌なんだよ。」
アツシはそう言った。その時の彼は凄く嫌な奴に見えたけど、
でもやっぱり別れたくは無かった。
やっぱり好きだったのよ、アツシを。
はっきりと物が言えないこの性格、自分でもキライ...。
きっとアツシが惹かれた人は、はっきり物言う人なんでしょう?
私、変わりたい。
うつむいたまま部屋の前まで。ずぶぬれの体引きずって。
「風邪ひくぞ。」
優しい声、今の私には毒牙。
うつむいた目の先には、大きな茶色の革靴。
男がドアの前に立っていた。
to be...