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幽霊ポストとねがいごと

 部長にお礼を言い、部室を出た後、僕はその足で旧校舎に向かった。

 旧校舎、と言うと、陰鬱でボロボロな、暗い建物を想像する人も多いだろうが、ここのは違う。老朽化はいくらか進んではいるものの立ち入れないほどではなく、授業はもう行われていないが、部室通りからあぶれた部活や同好会の部室があったり、倉庫になっていたりとちゃんと使われている。人の出入りは多くないが、当然電気だってついている。

 玄関から中へと入り、簡単に見渡す。作りは普段目にしている、普通科校舎のものとなんら変わりのない配置だ。

 はたして、目あての404番の下駄箱は意外と簡単に見つかった。入って一番奥の列の、上から4番目である。

 少ないとはいえ、周囲には人の気配があった。おまじないめいた行いがバレたら恥ずかしいので、僕はフタを持ち上げ、旧校舎への道中で用意してあったルーズリーフに書いただけの手紙を素早く押し込み、何事もなかったようにターンして離れた。

 内容は「明日の朝食はハヤシライスがいい」。…ハヤシライスは僕の好物で、いついかなる時も食べたいものランキング不動の1位だ。朝だって別に問題ではない。くだらないにもほどがあるが、一応朝からハヤシライスが食べられたら本気で嬉しいし、内容はなんだってよかった。無理難題を押し付けて、スルーされる方が怖いし。

 僕は隠しきれない期待を抱きながら、念のため、夕日が照らす帰り道を走って帰った。これが成功すれば、ここ最近の悩みが一気に解決できるのだ。

 帰宅し、いつも通りの行動を心がけながらも内心は不安と期待がせめぎあっている。家族に指摘されたらどうしよう、なんて答えようと心の中でシュミレーションもしてみたが、そういう時は聞かれないものである。

 心なし早く布団に潜った僕は、明日の朝食に想いを馳せながら眠りについた。



 明くる朝。

 目覚ましが鳴る前にふと目が覚めて、珍しくすぐに頭も覚醒した。時刻は7時。休日にこんなに早く目が覚めたのはいつぶりだろう。

 自分の部屋を出て、階段を降り直進。扉1枚を隔てた向こうに、ダイニングとキッチンがある。中からは両親の話し声がする。姉の声は聞こえない。まだ寝ているようだ。

 手汗をズボンで軽く拭い、ドアノブに手をかける。ことさらゆっくりと扉を開く。いつも通りの朝の挨拶をした。

「…おはよう」

「おはよう、こんなに早いなんて珍しい…今日どこか出かけるんだったっけ?」

 キッチンにいた母が顔を覗かせ、問いかけてきた。今日は仕事がない父は、テーブルでゆっくりと新聞をめくっている。

「いや、なんとなく、目が覚めて」

 受け答えもそぞろに、僕は意を決して本題に切り込んだ。

「母さん、今日の朝食、何?」

 身構える間も無く、ほとんどノータイムで母は答えた。

「朝ごはんは─…」


 そう言って、目の前に差し出されたのは…菓子パンだ。ジャムとホイップのやつ。

 好物どころか、これは世間一般ではちょっと適当な部類に入るやつだ。


 いや、薄々分かってはいたのだ。ハヤシライスなら扉を開ける前から匂いもするはずだし。そもそもこんなに早くから出来上がっているはずもないし。ただレトルトとかいつかの残り物とか、可能性がないわけではなかったから希望を捨てきれなかっただけで。

 目に見えてテンションが下がってしまった僕に母は焦って謝ってくれたけど、別に菓子パンに不満があるとかではないので曖昧に笑って完食した。


 自室のベットへ腰掛け、こらえきれないため息を吐き出した。時刻は8時。

 この土日をどう過ごすべきか、考える必要がある。土曜日は授業は無いのだが、ここで月曜日までただ唸っているわけにもいかない。今日も下駄箱には行く必要があるだろう。

 現状、あきらめるつもりはない。普通なら、怪談なんてそんなものだろうといって忘れるか、そもそも実行する気にもならないかのどちらかなのだろう。しかし、僕にはこの話に賭けてみようと思うだけの理由があり、この話を疑わない根拠がある。

 まず、部長の話が作り話にしては出来すぎていること。僕へ嘘をつくメリットなどないこと。部長自信が、確信を持ってが1度それを記事に仕上げていること。

 そして、そういう得体の知れないものがこの世界には存在する、ということを僕は知っていること。

 なので僕が懸念しているのは話そのものの信憑性ではなく、期限に間に合ううちに、願いを叶えてもらえないことである。いつになるかも、そもそも僕の願いが聞き届けられるかもわからないままじゃ、記事は書き上がらない。やはり本命以外のダミーとなる記事も用意しておくしかないだろう。

 今日もまた同じように手紙を書き、下駄箱へ投函する。そして最悪の場合に提出できる原稿を書き上げる。そうと決まれば、あとは行動するだけだ。立ち上がると、机の前に座り、便箋と封筒を取り出した。

 明日には確実に結果が確認できるような内容で、それなりに真剣な願い…それを意識し、ほとんど悩むことなくペンを進め、昨日のものよりは体裁が整った手紙が完成した。封筒へ入れ、手紙以外はほとんど手ぶらのまま、僕は学校へ行くために下へ降りた。この時間なら、昼前には帰ってくることができるだろう。



 予定通りの時刻に鳴りだしたスマホのアラームを止め、起き上がる。日曜の朝9時。昨夜は割と遅くまで起きて記事を書いていたため、昨日よりは遅めの起床になった。


 昨日、朝の内に学校に着き、旧校舎404番の下駄箱を開くと、そこには僕が入れたはずの手紙がなくなっていた。そこまでは部長に話を聞いて知ってはいたものの、やはり驚いた。

 下駄箱に出した手紙は願いの叶う叶わないに関係なく、出した日の放課後から翌日の登校時間までの間に姿を消すらしい。オカルト的な事象にしろ、人為的なものにしろ、こちらに期待と信憑性を持たせるには十分な話である。

 部長は当然のようにこの手紙が回収される場面を抑えようと、ある日は一晩中張り込みまでしたそうだ。すごい根性である。

 しかし、例のごとくこの必死の張り込みも空振りに終わってしまったらしい。警備が厳しく校舎の外から見張るのが精一杯で、間近で一晩過ごせなかったことが敗因だった…と言っていたが、記事のためだとしても旧校舎で1人で夜を明かすなど、僕なら死んでもごめんである。


 空になっていた箱に、新たに出した願い事は「アリストラトテレスのツアー初日チケットの当選」である。アリストラトテレスは4人組のロックバンドで、僕が中学生の頃から1番好きなアーティストである。去年、人気ドラマとのタイアップで一気に人気が出てしまい、ファンとしては嬉しくも複雑な心境だ。当然、チケットの倍率は以前とは比にならず、今回のツアー初日の会場のキャパシティーから考えると、いかにファンクラブ先行とはいえど倍率5倍強がいいところだろう。

 昨日、2つ目の願い事を考えた時、たまたま日曜の10時がチケットの当落発表だったことを思い出してこれにしたのだが、悪くない願い事だと思う。少なくとも、朝ハヤシライスに比べれば真剣だし、結果が確実に確認できる。気になるのは倍率5倍…確率にして20%が、決して実現不可能な数字ではないので、僕自身の運との見分けがつかないこと。いくらなんでも当選者の決定が発表の前日はあり得ないので、手紙を出した時点で僕の当落はすでに決まってしまっていることだが、わずか20%の当選をものにできるとすれば結構なことには違いないし、後者に関しても、そもそも七不思議なんて非科学的なものがその程度の現実、ひっくり返してくれなければ困る。


 軽く朝の支度を終えて、原稿に向き合ってはいるが、正直昨日の夜からほとんど進んではいない。パソコンのキーを叩いては消して時計を見て、を繰り返している。

 10時まで残り15分になったところで、執筆を諦めてスマホをいじり始めた。SNSなどを見ても集中はできていないのだが、なんとなく何もしないよりはマシだ。エゴサしてみると、僕と同じように当落を待つ人のつぶやきが散見されて、同じような気持ちでスマホをいじって時間を待っているのだろうかと思うと少し面白い。

 3分前にはすでにメールの画面をひたすら更新し続ける作業に取り掛かっていた。僕は記事とライブ、両方がかかっている分切実なので当選させてくれとまで思う。そんな都合、他のファンは知ったことではないと思うけど。


 そして、何十度目かの更新で10時をわずかに回り、メールが読み込まれ始めた。…来た。

 新聞部の部室に初めて集合した日をはるかに上回る緊張の中、「抽選結果のお知らせ」という件名のメールを触り、開いた。

 目は前置きを飛ばし、必要な部分だけを見つけた。

 厳正なる抽選の結果…チケットを用意…


 …することができませんでした。

 

 そのあとはもう読まなかった。だいたいいつも同じような文言が書かれているだけだ。

 僕はどうやら、七不思議に2連敗してしまっただけでなく、ライブにも行けないらしい。自分を恨めばいいのか、七不思議を恨めばいいのか、微妙なところだがはずれたものは仕方ない。

 結果が空振りに終わってしまった以上、今日もまた学校に手紙を持っていかなければならない。今から書いて持って行けば、行きは歩いて学校へ向かえるだろう。

 出しっぱなしになっていた便箋に向き直り、ペンを走らせる。昨日のうちにダメだった場合に備え考えてあったので、今日もペンはスムーズだ。「明日の英単語のテストのヤマが当たりますように」。昨日今日とダミー記事と七不思議にかまけていたせいで、月曜1限の英語の授業の最初にあるテストの対策が何一つできていない。完全に諦めて再試を受けるつもりでいたが、回避できるものならしたい。


 いささか乱暴に封筒へ突っ込むと、適当なカバンにそれをしまい、僕は家を出た。すでに通い慣れてきた学校への道のりは徒歩で20分ほどで、かなり自宅から近い。自宅の近くに大きな公立高校があって、しかも学力も合っていたのは運が良かったと言える。

 黎明総合はその規模ゆえ、公立の高校だが例外的に近隣の県からも入学ができる。そのため、県内どころか県外からもかなり遠くから通学してくる生徒もいる。一応寮はあるものの、基本的には部活が厳しい体育科の生徒向けの施設だ。たいていの生徒は公共の交通機関で通学している。徒歩で登校しているのは、僕を含めてもかなりの少数だろう。

 近いとはいえ、20分の行程のうちには歩道橋を1回、横断歩道を2回、渡らなくてはいけないのでそれなりに面倒臭い。ここ、四谷市はいわゆるニュータウンで、県内でもそれなりになんでもそろった所であるため交通量が多いのが原因だ。僕の家は昔からここに土地を持っていて、たまたま後から色々できていったらしいので、住むところに関しては代々運がいいのかもしれない。


 2つ目の横断歩道を渡り、角を曲がると、高校の入り口は目の前に突然現れる。

 日曜日の今日も開いている大きな校門の奥には、すでに様々な運動部が活動している気配がしていた。

 高校の敷地が広いため、一番奥に位置している旧校舎への道のりはそれなりに長い。途中、いくつかの校舎やグラウンド、校庭を横切って、ようやくその前へとたどり着いた。明るいうちに見る旧校舎は、なんだかあまり衰えてはいないように見える。科が増える時に大きな校舎に立て直したそうなので、実際そこまで古くもないのだろう。そこらのボロ…伝統のある学校に比べれば、むしろ新しいとまで言えそうだ。

 二度あることは三度あるのか。それとも…三度目の正直が起こるのか。ここ3日で慣れてしまった旧校舎通いも、できれば今日で終わりにしたいところである。


 カバンの中から封筒を取り出すと、僕は旧校舎へと足を踏み入れた。

 と、同時に、違和感を覚える。昨日までとは、何かが少し違うような…

 考えてみてすぐに、その正体はわかった。静かなのだ。中からまるで人の気配がしない。休日だからなのかもしれないが、昨日はそれなりに人がいたと思う。なんなら来た時には玄関にも人がいて、少しやり過ごさなくてはならなかったくらいなのだ。

 静まり返った玄関に、僕の足音だけが響いている。普通なら不気味なシュチュエーションなのかもしれないが、まだ明るいからか、嫌な感じはしなかった。

 たまたまなのだろうけど、誰にも会わないなら幸いだ。もしかしたら運が向いて来ているのかもしれない。今日もさっさと投函してしまおう。

 404番の下駄箱を開ける。やはり昨日の手紙はなかった。


 さて、中に手紙を…というところで、不意に、七不思議の文言が頭をよぎった。

 『旧校舎の404番の下駄箱に()()()()ねがいごとを書いたおてがみを入れると、時々かなうよ』

 この話だけは正確に、形を変えず伝え続られてきた。

 それが意味のないことだとは思えない。人為的な伝聞で伝わってきたこの七不思議は、つまりは正確でなければならなかったのではないか。

 七不思議は正確に実行されなければ、意味を成さないのかもしれない…という、漠然とした思いが湧いてくる。

 心からのねがい…ねがいは、本当に心からのものだけでなくてはならない。文言にわざわざそう添えられてある以上、本当に、切実な願望でなくてはならなかったのだ。

 今までの2つの願いと今日の手紙に認められた願望は、どれもそれなりに本当で、決して嘘ではない。けど、たとえ叶えられていたとしても、僕の人生に大きな影響は及ぼさなかっただろう。

 そういう突発的なねがいじゃなくて、もっと根本的な。僕自身がとっくに叶えることを諦めてしまった、それは…


 今、時刻はすでに昼時。今日、この後の帰り道のことを考えたら。書くことなんて1つしかない。


 心なしか震えている手でカバンを探ると、入れたかも定かではないが、バインダーとボールペンが出てきた。バインダーを開き、ルーズリーフを1枚破りとる。

 まだ、玄関には誰の気配もない。

 ほとんど殴り書くように、濃く強く、僕はねがいをしたためた。

 それはたった一言。

 僕以外には誰にも理解されないような、もしかしたら些細なねがいかもしれないけど、その裏にあるものは些細でも普通でもない。だからどうにもならないと悟ったまだ幼い頃に、もう期待することはやめてしまったけど。思い出すのもほとんどやめてしまったけど。

 僕は…僕の本当のねがいは……


 下駄箱の蓋を下ろし、呼吸を止めていたことにようやく気付いた。

 ハッ、と顔を上げると、このほんの数秒が何分もあったかのように感じられた。

 踵を返すと、僕は駆け出した。行きより早く流れていく景色は来た道と何も変わらないはずだが、そこにはすでに朝の光景とは違うものが潜んでいた。

 校門を出ても速度は緩めず、慣れた帰路をほとんど視界に入れないように努めてひた走った。



✳︎



 翌朝、ある予感とともに学校へ向かう。いつも通りの騒がしい登校風景に押されるように校舎に入り、自分の靴箱に向かう。

 慣れた動作で開くと、そこには見慣れないものが置かれていた。

 僕の上履きの上にそっと乗せられたそれは、シンプルな長方形のカードであるらしかった。それを素早く手に取ると、階段を上がり、人気がなくなる方へ小走りで向かった。なんとなく誰かにみられたくなかったのだ。

 周囲を見回して、人がいないことを確認すると、初めてじっくりと眺める。


 「聞き届けました。本日13時、旧校舎4−4教室までお越しください。」──濃淡のある青いインクで書かれたその文字は、実に綺麗な流れるような筆跡だった。

 まぎれもない、これは七不思議からの返事である。

 僕のねがいは聞き届けられた。4−4で僕を待っているものが何なのかはまだわからない。だが、旧校舎通い…いや、長年の悩みが、報われる時がようやく来たらしい。 


 予鈴が鳴る。ポケットにカードをしまうと、教室へと向かった。



 結局、完全に忘れていた英単語のテストは、ヤマを張るどころか範囲の確認すらしていなかったため本当に最悪だった。だがもはやどうでもいいことだ。午前中の授業を全てうわの空で乗り切ると、チャイムがなり終わらない間に、僕は教室を飛び出した。

 4限目の終わりが12時50分なので、猶予はそんなにない。走って旧校舎に入る。

 4−4というからには4階なのだろうと、階段を登り始めた。旧校舎の階を上がるのはこれが初めてである。

 ここ最近でもう慣れたと思っていた緊張感がたやすく蘇ってきた。


 ここに来るまで、校舎内では誰ともすれ違わなかった。4−4は、4階の1番奥、家庭科室の隣にあった。

 引き戸式の扉に指先をかける。が、思いとどまってスマホを取り出した。時刻はまだ12時59分。

 手を離すと、意識して静かに細く息を吐いた。少しだけ冷静さが戻ってくる。

 中で待ち受けているものが人かは定かではないが、授業を終え、校舎からここまで10分あれば間に合うということを知っているということは、少なくとも学校の関係者が関わっていることは間違いない。

 この、1分を長く感じる感覚にデジャビュを覚える。すぐにわかった。チケットの当落メールを待っていた、昨日の朝だ。

 デジタルでの時刻の表示が一気に変わる。13時ちょうど。

 素早くノックすると、中から返事が聞こえた。

「はい」

 まさか返事があるとは思っておらず、身構えていなかった僕は一瞬固まると、「失礼します」と返事をしながら、今度こそ指先に力を込めた。

 今の返事、声が震えてなかっただろうな…緊張が伝わるのは何となく恥ずかしいな、とゆっくり開いていくと、予想していたよりも大きな音を立て、扉が開ききった。


 中は小さめの教室で、どこかの準備室のような雰囲気を感じる。

 教室の奥の壁の上半分は窓で、そこから差し込む陽光が若干埃っぽい空間を照らしている。左右の壁に並ぶ本棚。そのちょうど中間にその人はいた。

 回転椅子に座るその人が、ゆっくりとこちらにに向き直る。僕が着ているものとまったく同じ制服を着ているので男なのだろう。しかし、その顔は限りなく中性的で、そして美形だった。

 男にしては少し長めの癖のある黒髪が、持ち主の動きに合わせて揺れる。つい顔ばかり見てしまい、慌てて目線を落とすと、彼の手には紙が、正確には1枚のルーズリーフがあった。

 彼はルーズリーフがこちらに見えるように手を掲げた。間違いなく、僕が昨日投函したねがいである。


 そこには、見慣れた自分の字でこう書かれていた。「帰り道を、誰かと歩いて帰りたい。」


「初めまして、1年2組、鳥上(とりうえ)真昼くん」

 手紙には書かなかったはずのフルネームを呼ばれるが、もはや驚きはない。この人が七不思議の片棒を担いでいるならば、普通の学生ではないだろうから。

「僕の名前は間藤(まとう)(めぐる)。君の2つ先輩だよ」

 涼やかな声でそう名乗ると、間藤さんは笑みを浮かべた。2つ上、ということは3年生か。彼は学年で色が変わるネクタイを結んでいなかったので、見た目からはわからなかった。

 僕は意を決して問いかける。

「…あなたが七不思議を流している張本人ですか?この教室は、一体なんですか?」

 間藤さんその問いには答えず、指先で僕を指差した。僕?どういう意味だろう、と思ったが、指がさしてているのは僕の背後、教室の外のようだ。

 出ろということか?開けたままの扉から1歩外に出て、彼を見ると指先は斜め上を向いていた。素直にそちらを向くと、扉の隣にはよくある教室名が書かれたプレートがある。

 4−4と書かれたその下には、来た時には気にしていなかったが、家庭科準備室とある。だがその文字の上にはそれを打ち消すように線が引かれ、見覚えのある綺麗な字で「オカルト部 部室」と書き添えられている。


「君のねがいは聞き届けられた。ようこそ、オカルト部へ」



✳︎



 これがオカルト部部長、間宮巡と僕のの出会いであり、全ての始まりであった。

 とある穏やかな春の日。これから次の春を迎えるまで旧校舎通いが続くことになろうとは、この時の僕はまだ思ってもみなかった。

 たった1年弱で、僕は想像もしてなかったような人たちと出会い、多くの別れも経験することになる。




 これは、僕たちが夜明けを目指し歩く物語。




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