シャープペンと一緒に手に入れたもの
それから二、三日が何事もなく過ぎ、鷺沢くんに変わった様子は見られなかったけれど、それをちらりちらりと確認するぐらいしかできず、私たちは鷺沢くんを正面からまともに見ることもできなかった。
皆、悶々として暗く、話も弾まない。
今日も昼休み、サギトモがベンチに集まって、それは暗く暗く、弁当を食べた。
何を話すでもなく、弁当箱を片付けてスズミが持ってきた食後のデザートを分け合っていると、校舎の方から誰かが歩いてくるのが見えた。
「……ちょ、うそ、あれ、鷺沢くんじゃない?」
アリサの言葉にリカが、あっと声を上げた。
「え、え、え。どうしよう、どうしよう、どうしたらいい?」
リカはパニクると、途端に言葉を繰り返す。
私も焦って、どうしたらいいか分からないでいると、鷺沢くんは、あっという間にベンチの前に来てしまった。
「おい、牧田」
名前を呼ばれ、私は立ち上がって、俯いた。
スカートの裾が折れてめくり上がっていることに気がついたけれど、手で直すという基本動作さえも思いつかず、そのままそのスカートの折れを見つめていた。
「これ、妹から」
え、と思い、顔を上げる。
鷺沢くんの差し出された手には、封筒が。
「手紙を渡してくれって言われた。中見るなって言われたから、俺は読んでない」
それだけ言うと、さっさと教室に戻っていってしまった。
呆気に取られたまま封筒を開けると、そこには三枚の見覚えのある紙とピンクの可愛らしい便箋。
戻ってきた。
自分たちが苦労して手に入れた名前、似顔絵、ラブレター。
それぞれを開けると、私たちはあっと声を上げた。
『鷺沢 裕太』と書かれた文字に添わせて、可愛い花の絵が描き足してあった。
色彩は、色えんぴつ。
オレンジ色や水色、ピンクの花々。
デザインもセンス良く、そして何よりとても丁寧に描かれている。
他の二人の持っている紙を覗き込むと、同様に可愛らしい花畑だ。
それはもう妖精でも踊り出しそうな、カラフルな花々。
みんなで顔を見合わせた。
もう一枚、ピンクの紙をそっとひらける。
するとそこには、まだ幼く、拙い字が踊っていた。
「目が見えないって、言ってなかったっけ?」
アリサが私に疑問を投げかけてくる。
「んー、そうだと思ったんだけどなあ」
「いいよいいよ、そんなの。読んで読んで」
スズミの少し浮わついた声で、私たちはベンチに座り直した。
『お兄ちゃんのシャープペンをねらっている女子の人たちへ』
思わぬ攻撃に、ぶっと吹き出してしまった。
これ以上ないという真面目な顔を、四人で突き合せる。
『私は妹のさぎさわ あやといいます。いつも、お兄ちゃんがおせわになっています』
電車で出会った朝のことを思い出す。
黒髪のおかっぱが可愛らしい、とてもしっかりした子だった。
『お兄ちゃんのことについて、書きます。お兄ちゃんは、やさしくて、目が悪くて見えにくい私のおせわを、いろいろとやってくれます。とてもやさしくていいお兄ちゃんです。やきゅうもがんばっています。もし、カノジョになるなら、お兄ちゃんにやさしくしてあげてください。おてがみはお兄ちゃんから、とりかえしましたので、返します。こんどはちゃんと、わたしてあげてください』
胸が一杯になって、じんと熱くなった。
鷺沢くんが、どれだけ妹を大切にしているか、妹にどれだけ慕われているかが、手紙から滲み出ている。
「可愛いね」
「うん、可愛い」
アリサが言って、リカが答えた。
私も、頷いた。
『PS.お兄ちゃんは学校ではママのこと、母さんって言っていると思うけど、家ではママって言っています』
最後の一文には、これまた、一斉にぶっと吹き出してしまった。
今度は、笑顔で。
あははは‼︎
声に出して、私たちは笑い転げた。
そして、スズミが叫んだ。
「妹、おもしれえ!」
五時限の始まりを告げるチャイムが鳴り終わるまで、私たちはベンチで腹を抱えて笑った。
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散々大騒ぎをしたけれど、結局、誰も鷺沢くんに正式には告らなかった。
相変わらず、鷺沢くんは、時々妹を電車で送っていくし、もしかして野球部の年下マネと付き合ってるかも知れない、という雰囲気をいまだに醸し出している。
けれど、私たちは、満たされていた。
それぞれに、宝物は手に入れた。
思いも寄らず手元に戻ってきた、色とりどりに彩られた、美しい宝物。
スマホカバーのポケットを見る。
鷺沢くんのシャープペンで書かれた彼の名前と、小さな花畑。
彼の特別にはなれなかったけれど、私の特別がここにある。
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鷺沢くんのシャープペンは、現在、(私が把握しているだけでも)7人の女子から狙われている。
もちろん、その中の3人は、私と私の大切な、友達。