シャープペンをゲットなるもその魂胆はバレてました
いつものように早起きをして家を出る。
友達との距離は少しだけ近くなったけれど、やっぱり家族とはわけが違う。
昨日、私の中に宿った思いを、今朝の朝食の席に抱えていって置いてくる勇気は、まだなかった。
けれど、いつか。
私から、行動を起こすことができるように。
まずは友達と繋がったこの結び目を固く固く、解けないように指で、ううん、手や腕で力いっぱい引っ張って、ちょっとやそっとでは壊れない、頑丈なものにしよう。
そう思いながらホームに立つ。
風を連れて、電車が滑り込んでくる。
開いたドアに、小さくジャンプ。
まだ昨日の余韻が身体のそこら中に残っていて、足も腕も、何もかもが軽い。
そして、シートへと座って顔を上げると、向かいの席に思わぬ鷺沢くんが座っていて、私はあっと声を上げた。
鷺沢くんが、じっと見てくる。
私は昨日、胸に抱いた勇気を思い出した。
「……おはよう」
「おう」
「今日は妹さんは?」
「ん、ああ。今日は母さんが送っていったから」
少しの沈黙。
「……車、で」
「そうなんだ」
それから、私は首を捻って窓の外を見た。
顔の横半分で見る車窓の景色は、歪んで見えるんだ。
「なあ、」
鷺沢くんに声をかけられて、顔を戻す。
鷺沢くんが、何だか変な顔をしているように見えて、少しだけ胸がざわりと鳴る。
彼は前髪に手をやり、少しだけ整えた。
「あのさ、牧田」
鷺沢くんは重ねて言った。
「牧田さあ、お前、俺に何か渡すもんない?」
その言葉を聞いて、きっと私の顔は色を失っていったのだろう。
さあっと、引き潮のごとく、血の気が引いていくのを感じた。
え、え、え、え、何で。何で、知ってるの? っていうか、もしかして、バレて、た?
私の中は、腕を突っ込まれてぐちゃぐちゃとかき混ぜられた、嵐か台風かのように渦を巻いて混乱した。
その混乱の中、何も言えずに固まっていると、鷺沢くんがカバンをごそごそと探って、一枚の紙を取り出した。
それは、見覚えのある便箋。
アリサが今回の作戦のために書いて、鷺沢くんの机の上に置いた手紙だ。
「これ、お前らだろ」
いやいやいや、違うんだけどって言いたいけれど、そうなんだけど!
混乱は混乱を呼んで、さらに固まる。
「これ読んでさあ、昨日シャープペンを机の上に置いてきたんだけど……」
手を後頭部に回して、ぐしゃぐしゃと掻く。
「それって、あれだろ? す、好きな人のシャープペンでラブレ、えっと手紙か何かを書いて告るってやつだろ?」
うわあ、バレてるよ。
三人の認識はバラバラで違っていたけれど、大まかに一括りにすればまあ、そういうことだ。
私は、どうしようと思った。
これが三人が揃っていれば、きっと顔を見合わせて頷き合い、告白っ! の流れになるのだろうけど。
私一人だけ、抜け駆けなんてできないし、そもそも私は告白なんてするつもりじゃなかったし。
私は下を向いた。
すると、本当に何も言えなくなった。
「妹に聞いたら、そういうおまじないだって言ってたけど、違った?」
息が苦しくなってくる。
喉に何かが詰まって、今にも吐き戻しそうだった。
あのシャープペンは、確かに鷺沢くんの物だし、盗んだわけじゃないけど、騙すようなことして借りた行為は、もしかしたら卑劣な行為だったのかもしれない。
浅はかな私たちは、やり方を間違えたのだ。
そう思い至ると、最低な気分になって、その事実が私を苛んだ。
「ごめん、」
私はカバンからスマホを取り出し、カバーの裏側にある小さなポケットから一枚の紙を出した。
二度、折られた紙の中には、好きな人の名前。
そして、ぐっと指に力を入れると、立ち上がって鷺沢くんの前に、ぐいっと差し出した。
何度も、ごめんね、と言いながら。
「シャープペンは、机の中に返してあるけど、ほんとごめん」
受け取った鷺沢くんは、そのまま制服の胸ポケットに入れて、決して中を見なかった。
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「……バレてたんだね」
サギトモの面々はその後、アリサのラブレターもリカの似顔絵も、さっさと鷺沢くんによって回収されてしまった。
「あんな手紙、怪しいに決まってんだろ。何だろなと思って、時間おいて教室に戻ったんだよ。お前ら、俺の机囲んでバカ笑いしてただろ。最初、イジメかよって思ったっつーの」
「……見られてたんだ。いや、ほんとごめん」
「何か、すげえ楽しそうだったから、そのままほっといて帰ったけども」
「いやいや、マジでごめん。マジで、マジでこの通り!」
マジでを繰り返しながら何度も手を合わせる、スズミ。
四人は鷺沢くんに平謝りを繰り返して、手に入れたものを渡した。
その後の、昼の時間。
口々にバレてたあ、などとと言いながら、お弁当のウィンナーやらカラアゲなどを咀嚼している。
グランドの隅のベンチで、横並びに座って、全員が項垂れて力の入っていないバカ面を晒している。
「まあ、あの手紙の内容じゃあ、バレるってもんかあ」
なぜか、今ではサギトモのうちの一人にカウントされている、スズミがさらりと言ってのけた。
『突然ですが、アンケートにご協力ください。文房具はどこのメーカーを使っていますか?』
「……いや、これさあ。マジで唐突すぎるな。自分で書いておきながら、なんだけど」と、苦笑しながらアリサ。
「まあ、意味不明だね」と、私。
『良ければ実物を見せてください。シャープペンを机の上に置いておいてください』
「絶対、怪しいよ~。儀式か!」と、一人ツッコミのスズミ。
「確かにこんな手紙で鷺沢くん、よくシャープペン置いてったね」と、リカが改めて苦笑まじりに言った。
「鷺沢くん……良い人だああぁ」
口々にそう言って、はあっとため息をつくと、サギトモの面々は、止まっていた箸を動かした。
そして、アリサが突然、「作戦失敗! と言いたいところだけど、結果的にラブレター渡せたわ」と、カラ元気に言ったけれど、スズミがガハハと笑っただけで、あとは誰も笑わなかった。
けれど、アリサはそんな私たちを気にせず、両手の握りこぶしを空へと突き上げながら、んんん~と盛大に伸びをした。