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鷺沢くんのシャープペン  作者: 三千
4/6

シャープペンについての勘違い

「じゃあ、作戦を説明するよ」


ベンチに横並びになった、私、アリサ、そして前髪パッツンのリカと、その付き添いS美。


実はアリサがもっとごねるのかと思ったけれど、意外とすんなりとリカを受け入れて、少し驚く。


「いいよ、別に」


数時間前、アリサが登校してきてから、今朝あった事の詳細を話すと、アリサは表情も崩さずに即答で了承した。


意外だった。


何、敵に塩を送るようなことやってんの、バカじゃないの、ぐらいの叱責があるのだと思っていた。


「え、何で? メンバーは多いほうが良くない? 」


どんな顔をしていいのかも分からずに、そこにぼけっと突っ立っていると、更にアリサが続けて言った。


「可愛さで勝てんでも、頭脳明晰、美人薄命でいくから、私っ‼︎」


それを聞いて、私の頭は爆発し、ぶはっと吹き出してしまった。


お腹を抱えて笑いながら言った。


「美人薄命って、それ、死んじゃうからっ。そんで、使い方間違ってるし。これでもう、頭脳明晰も却下だな」


アリサも吹き出して、笑った。


こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。


私がもし、この計画が上手くいって、鷺沢くんのシャープペンを手に入れたとしても、アリサになら差し出すことができるかも、そんな風に思ったことに少しだけ驚いた。


こうして、ここにサギトモが集った。


アリサが提案した作戦を、リカとS美、もとい、べらんめえ「スズミ」が真剣な眼差しで聞いている。


「じゃあ、放課後ね」


「また後で」


私たちは手を振り合って、教室へと戻った。


✳︎✳︎✳︎


放課後、作戦決行の時。


私たちサギトモ三人プラス一人は、7組の教室で息を潜めていた。


廊下を響く足音に注意を向ける。


階段を、一段抜かしぐらいで駆け上がってくる音がして、息を呑んだ。


教室のみんなが帰った後、ターゲットの鷺沢くんがもう一度、教室に戻るよう仕掛けたのは、何を隠そう実はスズミだった。


「何で、スズミが加わるのよ」


「私、鷺沢くん興味ないけど、面白そうだから手伝ってあげる」


アリサが不服そうな顔を寄越したのには苦笑で返して、彼女の「おもしれえ、べらんめえ」が聞けるかもよと、陰でアリサを説得したのが私、というわけだ。


野球部の練習が終わり、部員が着替えて部室を出る頃を見計らって、スズミが声を掛ける。


「8組の鷺沢くんだよね? 私、7組のスズミっていうんだけど、私の友達がさあ、あ、他校の子なんだけど。鷺沢くんにヒトメボレしちゃって。今から会えないかなって言ってるんだけど」


「え、悪いけど。そういうの俺、めんどいから、断っといて」


「ごめん、もう校門の近くまで来ちゃってるみたいなんだ。挨拶だけでいいからさあ」


「……分かったよ」


そこですかさず手を振って、スズミは踵を返した。


「じゃあ、私は8組の教室にいるからさ、終わったら来てね~」


そうして、現在に至るのだ。


「女子マネがさあ、めっちゃ睨んできて、マジ恐怖だったんだけども」


そう言いながら、あははははあぁあ、おもしれえ、と教室に帰ってきて、一気に緊張感が緩んだという。


余談。


耳をすませていると、どんどん足音が近づいてくる。


鷺沢くんの足音が必要以上に大きいのは、もちろん校門には誰も来ず、約束をすっぽかされて、腹を立てているからだろう。


四人が声を潜めて7組の廊下側に張り付いている。


私はその光景が、何だかB級のスパイ映画を見ているみたいで、吹きそうになった。


隣の教室でガラリと音がして、ドアが乱暴に開けられる。


鷺沢くんはやはり怒っているようだった。


「おい、どういうことだよ」


返事がないので、もう一度「おいっ‼︎」と声を荒げる。


そして、それから少しの間シーンと沈黙が下りた。


計画通りにいっているのなら、今、鷺沢くんはアリサが書いて彼の机の上に置いた手紙を読んでいるはずだ。


そして、その手紙を読み終えたのだろう、カバンを抱えた鷺沢くんが廊下に出て、今度は普通の足取りで歩いていってしまった。


廊下の先にある階段の踊り場へと消えていく彼の姿を見送ると、私たちは一斉に7組を飛び出して、隣の教室へと駆け込んだ。


そして、そこには。


鷺沢くんの、机の上には。


彼の愛用しているシャープペンが。


私たちは顔を見合わせて、笑った。


笑ったというより、ホッとして気が抜けた顔。


ぞろぞろと鷺沢くんのシャープペンを囲んで立った。


「アリサから書きなよ」私が言った。


「いいよ、ミズキからで」アリサが笑う。


「じゃあ、リカ、どうぞ」


「何みんな、譲り合っちゃって、あははは、ウケる」


顔を見合わせて笑ってから、じゃあ私からと言って、鷺沢くんのシャープペンを取った。


ノックの部分を、親指でカチカチと二度、鳴らす。


「お借りします」


そう言うと、手帳を破った紙に『鷺沢 裕太ゆうた』と書いた。


これで、夢でも彼に逢えるかもしれない。


会えなくても、枕元には彼の名前。


胸が一杯になるって、こういうことなんだと実感しながら、シャープペンを置いた。


至福の時間を堪能していると、アリサの冷めた声が聞こえた。


「ねえ、ミズキ。あんた、何やってんの?」


惚けた顔を上げると、アリサの怪訝そうな顔がある。


「え、何って、」


「名前しか、書いてないじゃん。早く、手紙書きなよ」


「は? 手紙?」


「え? 手紙?」


今度はリカが怪訝そうな顔をして、声を上げた。


次にはアリサが、眉間にしわを寄せながら、え、ちょ待て、と言った。


「好きな人のシャープペンでラブレターを書いて渡すと、デートのオッケーもらえるんだよね」


「ち、違うって! 彼の似顔絵を描いてキスすると、いつか本当にキ、キスできる、じゃないの?」


リカが顔を赤らめながら慌てて、訂正してくる。


それから、二人が見合わせていた顔を、私にそろそろと向けた。


私は、ゴクリと唾を飲んだ。


飲んだつもりだったけれど、うまく飲めなかったのか、喉でぐうぅっと軽い音が鳴った。


「……好きな人の名前を書いた紙を枕の下に入れて眠ると、その人の夢が見られる……だと思ってた……」


私は今、何か苦くて不味いものを、口に無理矢理入れられた時のような顔を晒しているのだろうと思った。


なぜなら、みんなが同じような顔をしている。


ここまで、サギトモとして、同じ目標に向けて息を合わせてやってきたのに、最後の最後でまさかのこの食い違い。


やるぞー おうっ‼︎ などと、円陣っぽいのを組んだ場面が脳裏に浮かぶ。


みんなの顔が、苦虫を噛み潰したような顔から、呆れ顔へと変わろうとしていたその時、悲壮感の漂う情けない空気を破ったのは、やはりスズミの笑い声だった。


「あははははあぁあ、あんたたち、この期に及んでさあ、」


その声で振り返ると、スズミは腹を抱えて大笑いしていた。


腰を折った姿勢で、背中を震わせている。


「笑えるんだけどっ! ちょうウケるんだけど! ひーーーひひひ‼︎ おっもしれえ!」


その笑い方がたまらなくて、私たちは吹き出した。


アリサが、くくくっと笑いを噛み殺しながら言った。


「うちら、足並み揃わねえぇぇ」


リカが、口元を押さえながら、モゴモゴとこもった声で言った。


「あんだけ、一致団結してたのにね……」


その三人の笑い顔を見ていて、私も目尻に溜まった涙を手の甲で拭った。


「いいよ、いいよ、自分が思ってたように書こうよ」


「あはは、分かった、そうしよう、そうすんべ」


「うん、じゃあ次、私っ‼︎」


リカが、鷺沢くんのシャープペンを取った。


そして、スカートのポケットに用意していた便箋に、鷺沢くんの似顔絵を描き始めた。


それがあまりにもヘタウマ過ぎて、私たちはもう一度、大笑いした。


そして、最後にアリサが、ラブレターを書いた。


見ているこっちが恥ずかしくなるような、という内容じゃなく、一度だけデートしてください、というシンプルな内容。


外見と性格と文面が一致していなくて、乙女かっ! と、ツッコんでから、また笑った。


久しぶりの、大笑い。


こんな大きな声を出したのも、一体何年ぶりだろう。


こうやって友達とはしゃいだりするのは、本当に楽しいんだなと思って、嬉しくて嬉しくて、乾いた地に水がみるみる染み込んでいくようにして、心が満たされていく。


もっともっと、自分から声をかければ良かった。


もっともっと勇気を持って一歩を踏み出せば良かった。


もっともっとこの指先を、欲するものの方へと、伸ばしたら良かったんだ。


私は、臆病だったのだ。


そんな自分に気付いた時、今さらかと、やっぱりそれにも笑えてきてそのまま笑い続け、そしてこの四人の国境を越えた笑いは、なかなか収まることがなかった。


そしてそれぞれが、思う存分、鷺沢くんのシャープペンを堪能した後、机の中へと丁寧にそれを戻すと、私たちは学校を後にした。


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