同じシャープペンを狙う→戦友
好きな人が使っているシャープペンでその人の名前を書いて枕の下に入れるとその人の夢を見ることができる
✳︎✳︎✳︎
私にとって、鷺沢くんは高嶺の花だ。
地味で無愛想、みんなから敬遠される私と、クラスで人気者の鷺沢くんとは雲泥の差がある。
夢の中で会えるだけで良い、まあ、学校でも会えるんだけど、それが理由で私は彼のシャープペンを手に入れようとしている。
「もう、あの年下マネが手に入れてるかも」
私が先日、グランドで二人きりで居るところを見かけたと、とうとう白状すると、A子もとい「アリサ」は顔を歪めて騒いだ。
「うっそ、うっそ、マジでか、やばい、それ絶対告ってるよね。あかーーん」
眉間にこれでもかというくらいの盛り上がりを二つ作って、アリサががばっと机に突っ伏した。
「……うん、まあ、そうだろうね」
私が熱の冷めた言い方をしたもんだから、もしここに私の菓子パンか何かがあったら、多分それを取り上げて、ムシャムシャと食べ始めてしまうだろう。
私の、まだカバンの中に眠っている菓子パンの、身の危険を感じるぐらいの勢いで、アリサはまくし立てた。
「ちょ、ミズキってばどうしてそんなに冷静なのよ。もしかしたら、もうその年下マネと付き合ってるかも知れないんだよ。そんなの最悪じゃん、悔しくないの?」
「………うん、」
「はああああ? 何だっつーの、それ! ミズキってば、鷺沢くんのこと、ほんとに好きなの?」
さすがに最後の方はボリュームを落として言ったけれど、周りにバレても仕方がないくらいの音量だ。
「あのさ、」
私は付き合いたいわけじゃないから、そう言おうとして、口を噤んだ。
当の本人、鷺沢くんが他の運動部の連中と、ガヤガヤと大声で話しながら、教室へと入ってきたからだ。
騒ぎを続けながら、ガタガタと大きな音を立てて席に着く。
私たちは二人して、亀のように首をすくめた。
「ねえ、さっき私が提案した作戦、やってみようよ」
私は先ほど、アリサから打ち明けられた作戦を頭の中で反芻した。
「上手くいくとは思えんけど」
「あんたねえ、前から思ってたんだけどさあ……ほんと、ヤル気ないよね」
「そんなこと、ないけど」
私だって、鷺沢くんのシャープペンをゲットしたいのに。
そう思うと、ヤル気がないと言われて途端に腹が立ってくる。
「うそ、だって情熱ってか、愛みたいなもん、全然感じないよ。好きっていう気持ちも、ミズキからは全然伝わってこない」
キッパリと言われて、私はさらにムッとした。
「だとしても、いいじゃん。アリサにとっては、ライバルが一人でも減った方がいいでしょ」
「はあ? 何なのそれ。お互い協力しようって言ったじゃん」
「言ったけど!」
「だったら、それ貫き通してよ。途中で辞められても私、困るから!」
もういい、あんた一人でやって、と言おうと心で準備していたら、そう釘を刺されて言えなくなり、私はアリサから視線を外した。
「…………」
私は自分でも知らない間にムッと下唇を突き出していた。
久しぶりだな、こんな顔すんの。
「明日の放課後に決行ね。手紙は私が書くから。いい?」
アリサに強く念押しされて、不機嫌な顔のまま、何とか頷く。
「じゃあ、私、家帰って用意するから、今日は先に帰るね! バイバイっ‼︎」
活発なアリサと話すようになったこの数週間、学校が終わって途中で道が分かれる場所まで、鷺沢くんのどこが良いとか、ここが好きとか、そんな話をしながら一緒に帰っていた。
けれど、今日は久しぶりに独り、か。
誰かと一緒にいることに慣れてしまうと、独りって途端に寂しくなるもんなんだな。
「明日、決行かあ。けっこう、重いな」
オヤジギャクをかましながら、足取り重く、家へと歩いて帰った。
✳︎✳︎✳︎
翌日の朝。
いつも通りの時間に教室に着いた私は、人の気配を感じて教室に入る足を止めた。
そっと八組の前のドアから覗いてみると、目を疑って二度見してしまうような人物。
「あ、ミズキ、おはよ」
教室を間違えたと思い、おはようと小さい声で応えてから、踵を返して廊下をいこうとすると、「ちょ、待て待て」とドアから顔を覗かせてくる。
「ミズキの教室、ここだから。間違えてないから。ここ、8組だよ」
そう言われて、ドアの上をみると、確かに『八組』の札が掛かっている。
私は頭を下げると、改めて教室に入った。
「ねえねえ、私のことを覚えてる? ってか、知ってる?」
当たり前でしょ、去年クラスが一緒だったべらんめえの人、S美さん。
そして、隣にいるのは前髪パッツン子さん。
私は頷いてから自分の席へと行き、カバンから教科書を出していると、二人がそろそろと近づいてきた。
「ねえねえ、同じクラスのさあ、鷺沢くんっているじゃん? 」
あ、そっちの用事か、と思う。
「鷺沢くんって、モテるのかなあ?」
前髪パッツン子は、身じろぎ一つせず、そこに突っ立っている。
とっくにイスに座っていた私は、S美を見上げて言った。
「うん、モテるよ。もしかしたら、もう付き合ってる子がいるかも」
容赦ないとは思わない。
これは、サギトモ(さぎさわくん狙いの友達)のアリサとの間で出した結論でもある。
私は教科書を出し終えたカバンから、文庫本を取った。
今から読書時間です、との体だ。
「え、そうなの?」
前髪パッツン子が呟くように言った。
その声で、私は彼女を見た。
うん、まあ、アリサよりは少しだけ可愛いかな。
そう思いを巡らせていると、S美が大声を上げて笑った。
「まあ、彼女いても別に良いじゃん。そんなの奪っちゃえば関係ないって、あはは」
笑いの後に、例のアレが出るかと期待したけど、今日は出なかった。
不発。
「あのね、鷺沢くんにシャープペンを貸して欲しくって。でも本人に頼むわけにもいかないから……牧田さんに頼めないかなって思って」
私は読みかけの本を閉じてから、顔を上げて言った。
「もしかして、例のおまじない?」
前髪パッツン子は、少しだけおののいたようにあごを後ろに引いた。
そして観念したように、そのままコクっと頷いた。
眉は弓なり、目はぱっちりと見開かれて丸い。
みんながやっているようなツケマはしていないけれど、必要ないでしょ、というような長い睫毛。
人形みたいな顔だな、そう思うと、私は言った。
「いいよ」
彼女の顔が、ぱあっとなった。