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鷺沢くんのシャープペン  作者: 三千
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狙われたシャープペン


鷺沢さぎさわくんのシャープペンは、現在、少なくとも3人の女子から狙われている。


✳︎✳︎✳︎


私には好きな人がいる。


同じ学校、同じクラス、野球部のその人は私の斜め前で、いつも背中を丸めて座っている。


数学の授業は起きていて、国語の授業はいつも寝ている。


起きているか寝ているかは、その丸めた背中の角度で判断。


端正な顔立ちが、この席からだと視界に入らないのが残念だ。


それでも彼の程よく削られたシャープなほっぺを堪能する、それが斜め後ろの席に座す、私の楽しみとなっていた。


これだけ凝視していると、いつか周りにバレそうだなあ、なんて。


ぼんやりとそう思い始めていた頃、私の斜め後ろの女子に指摘を食らった。


「ねえ、M子ってさあ、鷺沢くんのこと好きでしょ?」


ストレートな内容に一瞬のたじろぎがあったものの、私が、もしやこの子も? との印象と予感を持っていたA子に対し、私は正直に首を縦に振った。


そして、しばしの沈黙。


A子と私、お互いに泳ぐ視線がぶつかる。


「……え、っとお。じゃあさあ、もしかして。あれ、狙ってる?」


A子が栗色に染めた内巻きの髪をゆらっと揺らしながら、斜め後ろに顔を遣って少しだけあごを打つ。


その仕草を見て、あ、可愛いと思いながら、私もその方角に曖昧な感じで視線をやり、「ん、まあ、ね」と答えてから真似してあごを打った。


そこには鷺沢くんが、今終えたばかりの授業の板書をノートに写している姿。


愛用のシャープペンを、右手の親指の付け根で、器用にもクルクルと回している。


それは、芯が折れないという、七不思議的シャープペンだという。


顔を元に戻すと、私とA子は何となくの協定を結んだ。


二人の狙いは、鷺沢くんが今、一生懸命ノートに書きつけているシャープペンなのだ。


✳︎✳︎✳︎


私が、つまらなくて仕方がないと思ってやまないこの高校へと足を運ぶのは、信じられないくらい厳格な父親の戒めを免れるためと、毎日家にこもっていても何もやることがないという、二つの理由からだ。


今、私は高校三年生だから、あと半年ガマンして通えば、大学生だ。


その大学も、さらに四年こんな地味で息苦しい生活が続くと思うと、人生お先真っ暗な気持ちになる。


けれどクラスに、というか学校自体に友達と呼べる存在も居らず、ゲームやマンガやオシャレとかみんながのめり込むようなことにも興味の一欠片も持つことができず、楽しいと心から思えるものを何一つ持っていない私が、そんな人生に無関心な日々を送っていた私が、あろうことか男を好きになるとは思いも寄らなかったのだ。


もう、それこそ思わぬ落とし穴に落ちて骨を折った、ぐらいの衝撃だった。


いや、もっと知的に言い換えると、青天の霹靂ってヤツだ。


「ねえ、M子お、他に鷺沢くんのこと狙ってるのは? あとは誰か知ってる?」


昼の時間、自作の茶色い弁当を前にして、A子が顔を近づけてくる。


「隣のクラスの、前髪ぱっつんの子」


私がそう言うと、A子が一瞬だけ、げっと言って変顔を作る。


そして、ふうっと盛大に溜息、いや鼻息を吹く。


「ああ、あの子かあ、そうなんだあ。勝ち目ねえぇ」


「…………」


そんなことはない、あんたの方が可愛いよ、なんて言おうものなら、A子は途端に顔を真っ赤にして憤慨し、私が今手にしているコンビニパンを取り上げて、ムシャムシャと食べ始めてしまうだろう。


それくらい、A子は自分を可愛いなどとはこれっぽっちも思っていない。


けれど私なんて、そう思い込んでいるあんたのレベルより下なんだから、ほんと勘弁してほしい。


私は、A子に襲われなかった惣菜パンをかじると、ぼんやりと天井を見上げながら咀嚼した。


隣のクラスの前髪ぱっつん子が鷺沢くんを狙っているということは、思いも寄らずに偶然手にした情報だった。


授業の合間、トイレから戻る途中、手をハンカチで拭きながら廊下を歩いていると、一つ手前の七組の教室の開け放たれた後ろのドアから、何やら呪文のようなものが聞こえてきたので、何となく立ち止まった。


「どうしたらいい、どうしたらいい、どうしたらいい……」


「うーん、良い方法が思いつかん。ああ、もう考えるの、めんどいなあ。直接頼んじゃえば? 軽い感じで、ちょっとシャーペン貸してってさっ」


呪文を唱えていたのは、前髪をキレイに切り揃えてあるなかなかの美少女。


そして、突き放したように言った相方は、私が二年の時同じクラスだったS美。


このS美は、女子のくせに男のような女だと思った記憶がある。


なぜそう思ったのか、それは彼女の笑い方だ。


あははははあぁあ……


まず大口を開けて笑う。


そして、笑い方の最後に必ず、「はあぁあ、おもしれえ」。


時代劇とかでよくある、「べらんめえ」って感じがして、何だか笑えてくるのだ。


あれがまた聞けるかもしれないと、私はそのまま耳を傾けた。


「それができたら苦労はないってぇ。鷺沢くんのクラスで協力あおげそうな子いない? 私、8組の子あんまり知らないんだよね」


「私もあんま知らん」


「もう、使えないなあ」


「あはははあぁあ、おもしれえ」


出た。


なかなかの満足感。


私は濡れたハンカチを反対に折ってからポケットに突っ込むと、そんな7組のドアを通り越して8組の教室に入った。


そういうわけで、彼女もまた私たちと同じように、鷺沢くんのシャープペンを狙っていることを知ったのだった。


「あとは?」


A子が再び聞いてくる。


「あとは、野球部のマネージャーの一年女子。シャープペンというより、彼女の座を狙ってる」


「ははあ、あの子かあ。なんか分かる気するわ。よく一緒にいるもんねー。ああ、勝てねえぇ」


またもや、勝てんのか。


私は辟易して、二つ目の菓子パンに手を伸ばして、袋の口を指で摘んで引き破った。


「ってか、何で勝てん?」


「だって、マネージャーっつったら、話すきっかけとか仲良くなる口実とかがたくさんあるじゃん」


「…………」


「それにさ、」


私は取り出した菓子パンにがぶりと食らいつくと、もぐもぐしながら教室をぐるっと見回した。


他の女子はそれぞれのおしゃべりに夢中だし、男子はUNOに興じていて、わっふぃ、とか何とか、よく分からん奇声を上げている。


私は、ブリックのレモンティーに手を伸ばすと、そういえば鷺沢くん居ないなあ、などと思いながら、ストローを思い切り吸った。


「マネージャー、年下じゃん」


ブリックを飲んだ手を戻し、再度パンにかぶりついて、次には窓の外を見る。


「…………」


私が無言なのを良いことに、A子は続けて言った。


「年下ってさあ、男の子には特別だよねー。可愛いんだよ、甘えてくるっていうの? そういうのがたまんないんだよねえ。年下だとさあ、せんっぱあい……っつって、ベタベタするのも、なんか許されるんだなあ」


A子が、箸で刺した卵焼きを口の中へと放り込むのを視界の端で捉えながら、私は窓から見えるグランドを見つめていた。


グランドの端に植わっている大木の木陰。


遠目でもわかる鷺沢くんが、今まさに話題に上っている、その年下マネと話をしている。


(二人っきりで話すことと言ったら……あれしかないよなあ)


開けられた窓からぬるい風が入ってくる。


それが鷺沢くんと年下マネの髪を撫でた風だと思うと、少しだけヤキモチやら羨望やらの匂いがするような気がして、私は目を背けた。


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